ブログ記事165件
横尾さんの本が届いたよ〜サロンドシマジのオーナーバーテンダー島地勝彦氏が集英社の編集長だった頃…今東光先生の「極道辻説法」の挿絵は横尾忠則さんにほぼ決まっていたという。集英社に飛び込みで行った風祭は…島地勝彦編集長に依怙贔屓をしてもらいちゃっかり「極道辻説法」のイラストの仕事を頂いちゃった🤭見てこれ!買っちゃった!圭子さん…えええー買うの110,000円よ😅横尾さん!流石だね❣️
1月22日木曜日〜その1(写真)華ゆり師匠と言えば、サカイ引越センターのCM出演。そのシングルCDもトクイユウ&DJサカイ名義で日本コロムビアよりリリースされました。(写真)ローオンレコードから発売された、フラワーショウの師匠方の『男のみち』。華ぼたん師がご存命時に出されたシングル盤。菊水丸コレクションには、バッグを務めるバンドマスター吉川肇氏の譜面あり。(写真)ローオンレコードのLP盤『悪名王手飛車※原作今東光』。初代京山幸枝若師匠とフラワーショウ華ぼたん師匠の掛け合い浪曲。華ゆ
12月20日土曜日〜その3松田美智子著『サムライ評伝三船敏郎』を読む。P195では、東宝映画「お吟さま」撮影のこぼれ話が記しある。(写真)菊水丸コレクションの原作今東光※直木賞授賞作『お吟さま』のパンフレット。15時から16時10分まで四度寝。首のストレッチ。四股10回。体重68・0キロ。飲料は、大内山カルシウム元気牛乳、KAGOMEつぶより野菜、ジューサーミキサー製の早和果樹園味こいみかんジュース、TEAPONDEarlGreyBlueBird。かの蜂国産蜂蜜みか
今日は2025年11月29日(土)です。僕は旅番組歴史番組が好きです。観たいものは録画をしてみます。録画していたらCMや番組宣伝を早送りできます。見たく無いコーナーも早送りできます。その方が時間の効率が良いです。============昨夜は朝日放送TVの「探偵ナイトスクープ」を見ました。番組の中で5歳の男の子で六角精児さんの大ファンがいました。この子は「呑み鉄本線日本旅」が大好きです。その願いが叶って5歳の子が六角精児さんと
近鉄の路線図から大阪の南東の「河内」の地理を勉強した私です。改めて河内を舞台にした小説を読み直してみました。神奈川県横浜の生まれの、今東光(コントウコウ)の「お銀さま」の中に出ててくる河内(カワチ)を選びました。今東光が出家して河内の禅寺の天台院の住職となった時の小説です。昭和30年の初めころのものです。直木賞をもらっています。小説の冒頭の部分で、河内の景色をこんなように書いている。「真近にそびえる生駒山の山裾に広がる河内の棟々と、富士川のようにうねりまわって流れる大和川
大阪の南東の地理が分かってきたので、角度を変えて煮よう。河内の人物で私が個人的に思いつくのは3人である。一人目は今東光さんです。関東の出だが八尾市で天台宗の寺の住職になり、そこで河内人の気質に引き付けられ、小説にし、直木賞作家となった。二人目は司馬遼太郎さんです。河内の東、奈良県との境界で育ち、竹ノ内街道から奈良側に行き来しそこがまほろばであると、晩年の作品「街道を行く」に書いている。3人目は森田桂さんです。森田さんは南河内村法善寺という金剛・葛城・生駒山脈に近いところの
今回から「近鉄奈良線」に入ります。下の写真の中央、横一線の路線が「奈良線」です。奈良線と前回までに見てきた南大阪線に囲まれた一帯が大阪の南半分になり、河内(カワチ)である。河内では、河内の朝吉親分「悪名」の作家、今東光、街道を行くを長期連載した司馬遼太郎、そして製薬会社の研究者出身の社長の森田桂さんに思いあたるが、そのことはあとで取り上げます。奈良線の始発駅は色々な説?があるようです。例えば「上時本町駅(ウエホンマチ)」(天王寺区)、「布施駅(東大阪市)、大阪難波駅」(中央区)があげ
つい長電話しちゃう相手は?▼本日限定!ブログスタンプ高校時代の同期ですかね?普段は会えないから…「トークの日」日付けは「トー(10)ク(9)」の語呂合わせ毎月19日だそうです…💬でも…最近は"話す"よりメール等のSNSが多いかな?…「苗字の日」1870年(明治3年)戸籍整理のため「平民苗字許可令」が太政官布告され平民も苗字を名乗る事が許されました。苗字はそれまで貴族と武士の特権であったため、なかなか広まらず、1875年(明治8年)に「平民苗字必称義務令」が太政官布告され広まりま
傑作!名手達が描いた小説「蔦屋重三郎と仲間たち」を読みました。6名の作家が蔦屋重三郎とその仲間たちを描いたアンソロジー(共通するテーマについて書かれた作品を集めた作品集)です。NHKの大河ドラマを観ているので、出演者の顔が思い浮かんで面白いです。恋川春町「恋の川、春の町うなぎ屋のおつら」ー風野真知雄作山東京伝「京伝店の烟草入れ」ー井上ひさし作杉田玄白喜多川歌麿「玄白歌麿捕り物帳酔った養女」ー笹沢左保作曲亭馬琴「戯作者」ー国枝史郎作葛飾北斎「葛飾秘画」ー今東光作平賀源内「平賀源内捕
はじめまして。こんにちは。美容家eriです⑅︎◡̈︎*美容が大好きで楽しいことが大好き。美味しいものをいただいている時が1番幸せです❤︎美容が大好き♡がきっかけで自分の毎日をこのブログで書かせて頂いています✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼加賀料理をいただきたくて😋お近くにこんな素敵なお店があるなんてっ♡直木賞作家でもある今東光氏もしたためた「大志満」にお邪魔させていただきました✨大志満の名には「大きな志を満たす」という願いが込められているようですどのお料理も絶
昭和43(1968)年7月7日(日曜)の第8回参議院議員通常選挙に向けた新聞広告2種。この選挙で当時“タレント候補”と呼ばれた石原慎太郎(作家=当時35歳)、青島幸男(放送作家、タレント=当時35歳)、漫画トリオの横山ノック(お笑い芸人=当時36歳)、今東光(作家、天台宗僧侶=当時70歳)らが初当選している。今東光和尚は一期務めた後、政治家を引退。その後は週刊プレイボーイ誌に連載されていた『極道辻説法』などでおなじみの存在だったが、石原慎太郎(1999~2012年)と青島幸男
『毒舌仏教入門』ー今東光●一隅を照らすはこれ国宝なり-➀✪伝教大師は、昔、いろいろ弟子をお取り立てになりました。それ以前、日本では南都仏教(奈良仏教のこと)が俗権と結託して修羅地獄みたいな様子だったのをご覧になって、最澄さんは、わが山の学生(がくしょう)の教育法を定め「一隅を照らすはこれ国宝」とおっしゃった。「国宝とは何物ぞ。宝とは道心なり。道心あるの人を名付けて国宝となす。故に古人(こじん)の曰く、径寸十枚これ国宝に非ず。一隅を照らすはこれ則ち国宝なり」と言うんです。最澄さんが「
『正しい人生』とか『何とかの人生』なんてものはないよ。本人にとっての人生しかないんでね。自分にとっての人生しかないんだ。今東光(僧侶)
「お姫様は抱かれるように出来ている」こんなすごい事を言ったのは今東光氏(1898~1977)。天台宗大僧正にして「毒舌和尚」。かつて週刊プレイボーイで連載されていた「極道辻説法」という人生相談においては、歯に衣着せぬ痛快な回答で若者を中心に大人気を博した。川端康成は無二の親友。瀬戸内晴美が中尊寺で出家得度を行った際、貫主であった今東光氏は自身の「春聴」になぞらえて「寂聴」の法名を彼女に与えた。枠にはまらない破戒僧とも言われたがその知識の膨大
『極道辻説法』ー今東光●ケンカが一番強かった作家は?そういやあ、昔の文壇には、ケンカの好きな奴がうんといたな。一番すげえのが葛西善蔵で、同期生がどれだけ奴に泣かされたことか。宇野浩二、広津和郎、谷崎精二、相馬泰三、みんな泣き通しだよ。すぐ絡んできて、ケンカ吹っかけてきて、それで仲間だけじゃなく、よその人ともやったんだから。宮島資夫なんてアナーキストなんか、ドス持ち歩いて、「今東光を殺す!」とか言ってよ、もううるさいのがたくさんいたね。葛西なんかもオレをやっつけてやるなんて言っていたんだ
『極道辻説法』ー今東光●会社で早く出世する秘訣は?オレの親戚にできない野郎がいてね、「ボクをあそこの課長にしてくれたら、腕をふるうんだが」なんて抜かしやがるんで「なんてバカだ、貴様は!」って怒鳴ってやったよ。昔、海軍大将の末次なんていう有名な軍人の親友に中村良三という海軍大将がいた。これは抜群な人で、江田島の海軍兵学校の試験を受けた時、全科目満点を取っちゃった。「これはカンニングしたに違いない」と呼ばれてそう言われたら、「失敬なこと言わないでくれ。疑うんだったらもう一遍、私だけ試験しなおせ
旧大和川=長瀬川・玉串川の桜を巡ぐってポタリング(2025年度-No.21)行った日:2025.3.29(日)ブログ作成日:2025.3.29(土)****************************「寒い」・・・今日はこれが実感こんな日はポタリングで暖まりましょうそこで旧大和川の二つの川(長瀬川と玉串川)の桜の開花状況を視察に行きました数千年前の大阪の想定地図より引用↑八尾市小学校中学年副読本より引用したコース図家から
今東光さん今東光(こんとうこう)1898年3月26日生まれ、1977年9月19日、満79歳没。神奈川県横浜市生まれの小説家、天台宗大僧正(法名春聽)、中尊寺貫主、参議院議員。大正末期に新感覚派の作家として出発。その後、出家し、長く文壇を離れたが復帰。住職として住んだ河内や平泉、父祖の地、津軽など奥州を題材にした作品で人気を得た。週刊誌やテレビでも活躍し、毒舌和尚としても知られた。1956年、裏千家の機関誌『淡交』に1年間連載していた『お吟さま』で第36回直木賞を受賞
前回面倒くさい漢字編で苦労したので、今回は大天狗が好きな格言を彫ろうと思います。今東光大僧正、開高健氏、島津勝彦勝彦氏の格言、迷言を彫ろうと思います。(笑)
JamesSetouchi2025.3.11今東光『夜の客』『一絃琴』河内が舞台1今東光(1898~1977):明治31年横浜市生まれ。先祖は津軽の人。父は日本郵船の外国航路の船員。そのため東光は転居・転校を繰り返した。関西学院中等部に学ぶが中退。兵庫県立豊岡中学校に転校するが退校処分。上京し画塾に通う。大正3年の暮れ、父から勘当された。川端康成と知り合い第6次『新思潮』や『文藝春秋』『文芸時代』同人となり『痩せた花嫁』などの作品を発表。菊池寛と対立し文壇を
JamesSetouchi2025.3.11今東光『闘鶏』河内で闘鶏に熱中する男たち1今東光(1898~1977):明治31年横浜市生まれ。先祖は津軽の人。父は日本郵船の外国航路の船員。そのため東光は転居・転校を繰り返した。関西学院中等部に学ぶが中退。兵庫県立豊岡中学校に転校するが退校処分。上京し画塾に通う。大正3年の暮れ、父から勘当された。川端康成と知り合い第6次『新思潮』や『文藝春秋』『文芸時代』同人となり『痩せた花嫁』などの作品を発表。菊池寛と対立し
JamesSetouchi2025.3.9今東光『お吟さま』千利休の娘の悲恋1今東光(1898~1977):明治31年横浜市生まれ。先祖は津軽の人。父は日本郵船の外国航路の船員。そのため東光は転居・転校を繰り返した。関西学院中等部に学ぶが中退。兵庫県立豊岡中学校に転校するが退校処分。上京し画塾に通う。大正3年の暮れ、父から勘当された。川端康成と知り合い第6次『新思潮』や『文藝春秋』『文芸時代』同人となり『痩せた花嫁』などの作品を発表。菊池寛と対立し文壇を追
1月25日土曜日〜その3P124には、私の少年音頭取り時代からの愛読書、今東光著『悪名』の書き出し「薫風が茶の間に吹き込んで来ると、河内野は初夏を思わせる気候だ」を引いている。私の大好きな一文。そろそろ、盆踊りの季節も近い頃。いちばん、ワクワク感の上がる頃。(写真)文庫、単行本も持っていますが、これは函入りの『悪名』。
1月17日金曜日〜その5首のストレッチ。四股10回。体重69・1キロ。飲料は、カルシウムの多いミルク、KAGOMEつぶより野菜、ジューサーミキサー製の信州松川のりんごジュース、松谷化学工業希少糖含有シロップレアシュガースウイートを加えたNILGIRI紅茶。かの蜂国産蜂蜜昇藤を口に含む。大相撲中継をチェック。(写真)切り抜いていた「きれいに生きましょうね〜84さよなら帝国劇場」草笛光子(R6年10月17日週刊文春)をスクラップブックに貼る。残念ながら、私は帝国劇場には御縁が有りま
島地勝彦氏の心に響く言葉より…《人生は運と縁と依怙贔屓》シマジは幸せにも、3人のスーパーメンターに邂逅(かいこう)した。25歳で集英社の「週刊プレイボーイ」の新米編集者になったとき、運良く時代小説の泰斗(たいと)、柴田錬三郎先生の人生相談「キミはやれ、俺がやらせる」の編集担当になれた。柴田先生がまだ49歳だった。61歳で亡くなられるまで連載が終了しても毎週1回警咳(けいがい)に接した。「シマジ、お前の人生に何が起ころうとも、品格だけは保てよ」と教
「定年前後の人生(余生)は冥土までの暇つぶし」となれば幸いですね?[2024・12・17・火曜日]1941年生まれの島地勝彦氏の『人生は冥土までの暇つぶし』(講談社)を読みました。著者は、「週刊プレイボーイ」編集長などを歴任した雑誌(&書籍)編集者です。新人時代に「週刊プレイボーイ編集部」に配属され柴田錬三郎さんの新連載の人生相談コーナーを担当。そのあとも今東光さんの人生相談(「極道辻説法」)、開高健さんなどを担当。そんな有名作家などとの出会いの回想エッセイもあります。
12月14日土曜日〜その1『一私小説書きの日乗憤怒の章』を読む。P49には、著者が崇拝する藤澤清造の『根津権現裏』を、元本で読み返すと有る。(写真)地下資料室には、コロナ禍に読んだ『根津権現裏』と坪内祐三さんの書評「文庫本を狙え!」、今東光著『東光金蘭帖』をコンプリートにしています。
人生は冥土までの暇つぶしと島地さんは言ってます✨私の大好きな島地氏から本が届いた。わーい🙌嬉しい名前とサイン入りの献本だ❣️中をちょっと覗くうーん楽しい😁特にここがイイじゃん!『美しいものを見たら迷わず買え迷ったら二つとも買え❣️』思わずハイと言ってしまいそう(笑)サロン・ド・シマジに行こう✨日刊ゲンダイに連載していた記事だよね。
最近、風邪が流行っているのかなぁ?時期的にも、風邪は気を付けたいところ今日は、風邪のお話をします。何かショックな事があると人間は、風邪を引きます。風邪は、自分の気に大きく関与しています。今東光さんという僧侶であり、作家であり、政治家の方が「風邪は気の緩み気が緩んでいなければ、風邪は引きませんよ。」こんな事を、テレビで話していたのが私がまだ、小学校3年生くらいの時でした。ムカシスギル
10月11日金曜日〜その4P355では、帝国劇場の成り立ちについて触れている。(写真)『別冊文藝春秋』に連載された、今東光さんの「小説帝國劇場」。未単行本。S49年12月号、S50年3月号と12月号の切り抜きのみが手許に有ります。通しで読みたい作品なり。