ブログ記事2,681件
このようになってしまうと、人に世話になり浪人したり、あるいはその人の親兄弟親戚に至るまで、短慮非道の連中は想像もつかない悪事を働きかけ、主人に判断してもらって手打ちとすることも聞くことが多い。そんな中、殿にまで名前が聞こえてくるような人が、馬屋で働く中間に罪を擦り付けるため、夜中に忍び厩に入りこんで、鎧鐙を外して盗もうとした。それを中間が見つけ縄にかけた。主人であると話を聞いてくれず、夜が明けて顔が分かったとか。こういう酷い話はいくつかあるというが、想像もつかない。町方にも男伊達とい
今回は、日本の在来王家が崩壊へ向かう契機を紐解くため、まずは『古事記』や『日本書紀』に記された「ある奇妙な物語」から考察を進めていきたいと思います。それは、応神天皇が次代の皇位継承者を決める際、息子の皇子たちに投げかけたという有名な問いかけです。天皇の本心は、最愛の末っ子である菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)に皇位を継がせることにありました。しかし、兄たちの真意を確かめるため、天皇はあえて「先にあるもの(年長者)と、後にあるもの(年少者)、どちらが愛おしいか」という質問を投げかけたのです。
心学「学問」学問とは本来自分自身の仁徳を高め、自ら人に尽くし、社会を明るくすること。書籍や人から学んだことを自分に問うてみる、自分自身に欠けている心はないかを省みる。社会に貢献したのか、友人に正しいことを伝えたのか、自分は誠を尽くして生きているのか。それぞれ自分に必要な心を省みて、人として誠の道を歩む。理想論という人もいるだろうが、理想とは天地自然の道理や真理を想うことである。学校教育でも教えない、社会に出て企業や職場でも、
道(2)君子は本を務む、本立ちて道生ず有子曰わく、其の人と為(な)りや、孝弟にして上を犯すを好む者は鮮(すく)なし。上を犯すを好まずして亂を作(な)すを好む者は未だ之れあらざるなり。君子は本を務む、本立ちて道生ず。孝弟なる者は、其れ仁を為すの本か。学而第一仮名論語1頁5行目です。伊與田先生の解釈です。有先生が言われた。「その人柄が、家に在っては、親に孝行を尽くし、兄や姉に従順であるような者で、長上にさからう者は少ない。長上に好んでさからわない者で、世の中を乱
今日は講座は深い「運命学」を学びました。合間合間に、鑑定する上で大切にすることを教えていただいたり、五徳のおさらいをしたり、充実した時間でした。五徳とは、仁徳礼徳信徳義徳智徳です。礼徳で一番大切なのは「あいさつ」ですが、「その中に相手を敬う心を入れなさい。」と。雑談の中では、「無駄な社員が2割いる会社がいい、って言うわよね。じゃあ2人の会社はどうしたらいい?五行を見るのよ。」とか、Q「伸びている会社で午未天中殺の人はどう使うのがいい?」A「無駄な部署の縮小とかです
19地沢臨(ちたくりん二爻臨は。元いに亨る貞に利ろし。八月に至りて凶あり。兌下坤上の卦地の(坤)の下に沢(兌)があり、ほどよい潤いが行きわたり親しみのある様子を表しています。希望を胸に船出の時、追い風に任せ順調にすすんで行く時です。二爻―人望、仁徳あり、順風運。
2026年、アメリカは建国250周年を迎えた。7月3日夜、トランプ大統領はサウスダコタ州のラシュモア山で演説し、共産主義について、第1次世界大戦、第2次世界大戦、真珠湾攻撃、さらには「9・11」同時多発テロをも上回る、アメリカ建国以来最大の脅威だと述べた。そのうえで、「アメリカは共産主義を打ち破る」と強調した。【続き】パナマ・ベネズエラ・キューバで進む対中共包囲網トランプ政権の戦略トランプ政権は、パナマ運河、ベネズエラ、キューバ、USMCA再交渉などを通じ、米
🌸継体天皇の妻と皇子たち2(婚姻による勢力拡大)⛳手白香命三姉妹と継体天皇父子の婚姻結合☆継体天皇の天皇即位*手白香命との婚姻を前提としていた☆『日本書紀』によると、継体天皇即位後もヤマトに入らず*樟葉宮から在位5年目に綴喜、12年目に乙訓に遷都し*20年目にヤマト入りして磐余玉穂に宮を定めた☆継体天皇即位の反対勢力によって*ヤマト入りが阻止されていたとする理解が根強いが*婚姻という視点に立つとき*そのような考えは成り立たない*継体天皇と手白香命の
並べて論じられることが極めて少ない、二つの事実がある。中国共産党は国内において、文化的な異見を厳しく統制している。その一方で国際的には、西側社会の多文化主義、人種や性別などの属性で分断を煽る「アイデンティティ政治」、そして反西側言説を積極的に支援している。これは矛盾ではない。一つの完結した戦略だ。【続き】北京は何を見つめているのか中国批判をためらう社会のつくり方【地盤が抜かれた後で(4)】中国共産党は西側の多文化主義や対立構造をいかに利用し、自滅を加速させ
曾子(1)曰:「吾日三省(2)吾身。為人謀而不忠(3)乎?與朋友交而不信(4)乎?傳不習(5)乎?」(1)曾子:姓は曾、名は参(しん)、字は子輿。紀元前505年に生まれ、魯の国の人。孔子の高弟であり、孝子として知られる。《孝経》は彼が著したものと伝えられている。後世の人々は、彼を孔子の学問を継承した「宗聖」として尊んだ。四書の一つである《大学》も、彼とその門徒の手によるものである。(2)三省:省(せい)は、検査する、省みるの意。「三省」には3つの解釈がある。1つ目は、毎日
子曰:「巧言令色(1),鮮(2)矣仁。」(1)巧言令色:巧と令はどちらも「優れている」「美しい」の意味。ここでは、言葉巧みに顔色を取り繕う様子を指す。(2)鮮:少ないという意味。【続き】愛想の良さは「偽善」?論語の真義学而篇3孔子の『論語』学而篇・第三章「巧言令色」を現代の視点で紐解く解説記事。へつらいや目先の恭順に潜む「偽善」を警戒し、直言や道義の堅守こそが真の忠孝と仁徳に繋がるという儒家の神髄を分かりやすく明かすwww.epochtimes.jp【
中東の不老不死の聖者「ヒズル」と武内宿禰のシンクロニシティ前回に引き続き、オシリス神と武内宿禰の共通点として、イスラム神秘主義(スーフィズム)などで「不老不死の聖者」とされる謎の存在「ヒズル(Al-Khidr/『緑の人』の意)」が『究極の共通点』である事について触れておきたいと思います。このヒズル(緑の人=オシリス神)は、中東・オリエントに伝わる「若返りの水(命の泉)」伝説の核心にいる存在です。比較神話学においても、古代エジプトの「オシリス神」や「植物の死と再生」の記憶が形を変
🎑武内宿禰の「宿禰(スクネ)」に隠された、ホアカリ(饒速日)と少彦名の関係「武内宿禰(タケウチノスクネ)」という名前は、実は本名ではありません。「武(勇猛な)」「内(内廷・大和の)」「宿禰(高貴な身分を表す称号)」という意味が組み合わさった、最高位の役職であり尊称です。この「宿禰(スクネ)」という言葉の語源を遡ると、驚くべきことに、饒速日命(ホアカリ)の系譜へとダイレクトに衝突します。🎑【「スクネ」の語源は、少彦名(スクナヒコナ)と「宿魂(スクネ)」】日本神話において、常世(と
ブログを見てもらいありがとうございます感じた事を感じたままに伝えたい「緒方康人」ですよろしくお願いしますこんにちは本日で277日目です今日も「心学」自分に言い聞かせるように書いている「強さ」心弱い人間は自分を強く見せようとする確かに周囲は怖がるが内心は弱さを見抜く心強い人間は自分の表情に強弱を見せないいつも微笑んで人の話を聴いていてくれる暴言暴力の言動もなく和顔をで接する弱気人間は幼少期から青少年期に心の修養で仁徳を学ぶことなく儀礼の教育もなし
賢・達・士(38)其の士の仁なる者を友とす子貢、仁を為さんことを問う。子曰わく、工、其の事を善くせんとほっすれば、必ず先ず其の器を利くす。是の邦に居りては、其の大夫の賢なる者に事え、其の士の仁なる者を友とす。衛霊公第十五仮名論語231頁3行目です。伊與田先生の解釈です。子貢が、仁の実践について尋ねた。先師が答えられた。「大工が仕事をよくしようと思えば、必ずまず道具を磨いてするどくする。同様に、仁を実践するのには、先ず自分の身を磨かなければならない。それには、その国の賢大
心学「強さ」心弱い人間は自分を強く見せようとする。確かに周囲は怖がるが、内心は弱さを見抜く。心強い人間は自分の表情に強弱を見せない。いつも微笑んで人の話を聴いてくれる。暴言暴力の言動もなく、和顔で接する。弱き人間は幼少期から青少年期に心の修養で、仁徳を学ぶことなく、義礼の教育もなし、荒ぶる気持ちを抑えられる教育や躾も受けず、社会に出てしまい、他人と自分を比較する。教育は人間にとって最重要な修養であり、誰でも受けることができ、為すこ
賢・達・士(37)志士仁人は、生を求めて以て仁を害すること無く子曰わく、志士仁人は、生を求めて以て仁を害すること無く、身を殺して以て仁を成すこと有り。衛霊公第十五仮名論語231頁7行目です。伊與田覺先生の解釈です。先師が言われた。志士仁人は、命を惜しがって仁徳をそこなうことなく、時には命をすてて、仁徳を成し遂げることもある。*志士は仁に志すひと、仁人は成徳の人。この章では、士は「志士仁人」とでてきます。志士は道や学問に高潔な志を持つ人で、仁人は
心学「知足」貧富はいつの時代でも消えない。裕福なる人々は多額の税を支払う義務があり、それに対して悪知恵を以って脱税する。貧賤なる人々は税が少額の為に払い易い。当然、そこには悪知恵は働かない。貧富は人の心に悪を生みやすく、政界まで巻き込む富裕の人間もいる。清貧の心は貧賤であろうと悪事に走らず、貧賤そのものを知恵と工夫を以って、自分の生活に対して「足るを知る」。悪政は裕福なる人間を助け、貧賤なる人間を蔑ろにする。しかし、そ
各地から心学(陽明学)講座の依頼が来ております福岡市も朝日カルチャーセンターにて開講要請が来ており東京地区でも開催予定です残りの人生は心学を広めることに専念する所存です心学は江戸時時代の興った石田梅岩(石門心学)と2500年続いております「儒学」特に江戸時代日本に伝わった陽明学(心学)があります。同じ心学なので石田梅岩は石門心学と言います私は儒学「陽明学」を薦めております何事も自分自身の心から発するものであると・・・・・心学者を目指し
賢・達・士(32)士は以って弘毅ならざるべからず曽子曰わく、士は以って弘毅ならざるべからず。任重くして道遠し。仁以って己が任と為す、亦重からざるや。死して後已む、亦遠からずや。泰伯第八102頁4行目です。伊與田覺先生の解釈です。曽先生が言われた。「士は度量がひろく意思が強固でなければならない。それは任務が重く。道は遠いからである。仁を実践していくのを自分の任務とする。なんと重いではないか。全力を尽くして死ぬまで事に当たる、なんと遠いではないか」この章では、士は「
皆さま、おはようございます。開運薬膳師の詩織です。今朝の書と織りなす言葉。画像にもある通り、今日お届けしたいメッセージはこれにつきます。「まずは、約束を守ることから。」もし、あなたが「自分の運命を大きく動かしたい」と願うなら。実は、奇策や特別な何かは必要ありません。陰陽五行の知恵において、物事の始まりを意味する「東方」は、五徳の【仁(仁徳)】であり、【守備本能】を司る場所。つまり、自分の人生の基盤をつくり、運命を良い方向へ動かしていくための第一歩は、何かを攻撃したり大きく変えよう
心学「徳を修める」組織の上層部や長に徳の心が欠け、部下に対する仁の心も欠けていれば、その組織は成長する限度が決まってしまう。仁徳は人や部下の絆を深める紐であり、以心伝心の紐でもある。長たる資質を持った器なら良いが、自分で判断して仁徳に欠けるならば、心の学問を修徳する必要がある。それは歴史上の偉人たちが行って来た史実。面倒と思う人は上層部や長に相応しくない。面倒でも、時間を要しても、遣り通す心があれば、その器に成れる。人
心学「道」日本には道と付く芸術文化や競技がある。道は老荘思想の道ではなく、思想に於ける道理を意味する。特に日本はこの道理に「仁・義・礼・智・信」を、付け加え、精神的な修養としている。この道を教え導く人間に道理の心がなければ、教わった人はただの技法や術を覚えるだけ。人間的に仁徳を積み、人を慈しみ、平等に人を愛し、思いやりの心を持つ。当然、人を差別することもなく、人の悪口や誹謗中傷は避け、争うことなく、勝敗にこだわることもなく自
1300年ころに編集されたとされているのが、鎌倉幕府草創期から時宗あたりまでの歴史を、源氏の正しい筋道を継承した頼朝が興した鎌倉幕府、そしてその幕府を統治する北条得宗家が正当なる統治者であることを示すための歴史書として編纂された『吾妻鏡』。歴史書としては、あまりに北条得宗家の特に義時や泰時がいかに素晴らしかったかを特徴づける目的で書かれているのが明白なために、そのバイアスを考慮に入れて解釈すべきとされる。内容としては、源頼朝挙兵に至る経緯では、頼朝の正当性を特徴づけ、北条義時が正しい方向に
大阪市街地を南北に走る丘陵(上町台地)の北端大阪城本丸地区(大阪市中央区)の可能性開削した水路や港、難波宮跡(同)で遺構が見つかる産経新聞より仁徳の具体的な指示って...湟咋耳か?16棟もの巨大な倉庫群(法円坂倉庫群)とともに開発されたとする論考を西本昌弘・関西大学教授(日本古代史)が学術誌「ヒストリア300号」(大阪歴史学会)に発表仁徳が高津宮とともに、港や巨大倉庫群を難波に設けた背景に、「当時の緊迫した朝鮮半島情勢があった」と指摘治水に尽力仁徳は応神の第4子
心学「粗末」物事を粗末に扱う人間を観たら、大いにその人間が持つ徳性を学ぶ。同じように自分も物事を粗末に、扱っていないだろうかと省みる。物事を粗末にする人間は、人間関係ではどのような態度なのか。人生には善悪多くの師が登場する。また自分も誰かに善悪の影響を、与えている師かもしれない。他人の悪点を観ても、悪口や批判はせず、黙って学べば良い。その人が持つ本性が観えないからである。心で感じたことはできるだけ心に留め置き、他
心学「仁政」国家は仁政を民に施し、刑罰を省き、徴税を少なくすることが国務である。国家が悪政を民に施し、刑罰を重く、徴税を多くすることは悪公務である。もし国家が悪政を続けたならば、国民はまとまらず、さざれ石は巌にならず、安寧なき世が続くであろう。代議士とは国民の代理に会議をする士である。士とは仁徳を積み教養のある人間を言う。選挙制度は良いが選挙に出る資格を取り、専門的知識、経験を積んだ人間が国家試験を受け、合格をした後に選挙へ
今日は取引銀行の方が、紹介してくださった採用関係の会社担当さんとお話をする機会がありました。高校卒業で新規採用についての取り組みや、ツールなどの紹介をされました。それまで、うちでの高卒からの人材育成などについていろいろとやったことをお伝えしましたが、私が取り組みしたのは令和5年のみなのです。しかし、直近で令和になって新卒者が入ってきたのはこの年だけなんです。何故か?それは私もわかりません。しかし、私が担当になってやったことはこれまでの学びを活かして活動しただけです。東方仁徳を徹底して、
前回のブログで月曜日にジム行った報告しましたが、そん時のエピソードを書き忘れましたw運動終わってシャワーしてたらシャワーヘッドからちょろんと一本おばーちゃんの陰毛!※白髪だったのでおばーちゃんと認識しましたが若白髪陰毛かも知れませんっ!(力説せんでよいw)※生成AIさんにその時の状況の絵を描いていただくよう丁重にお願いした結果、こんなホラー画ですだwとりま後の人のためにも除去したかったのですがなぜかしっかり食い込んでとれましぇん!(爆笑)
こうして、わが国日本の伸君は世界中を清め、仁徳を施していただいた。忠臣は義信を見せて国内に広がっていると言っても、徐々に上下が離れていくにつれて君主の徳が下に旨く伝わらず、教えは民間に逆になって戻っていく。年々民の間から苦しみが出るようになって、咫尺千里[1]のようである。自分が民とともにいなくて、誰が実態を知ることができようか。世界で今こそ聖賢を得ようとするのであれば、聖賢はその余光をおっしゃらず、また何の時を期待しようというのか。これは結局のところ官は君主の威光に負って、却って君主の徳