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人吉鉄映会です。7月2週目の豪雨が1年前の悲劇を思い出させるようでしたが、幸いにも被害が出なくて何よりでした。ただ、熱海の土砂災害は心が痛みます。亡くなられた方のご冥福を祈るとともに被災された方に心からお見舞い申し上げます。さて、昨年の豪雨で被災した肥薩線の復旧を祈って懐かしの肥薩線川線(八代-人吉)を過去2回に渡お送りしてきました。今回は時代はずっと下って平成時代の懐かし風景をお送りします。①1996年(平成8年)3月31日肥薩線上り856Dキジ馬号一勝地-球泉
人吉鉄映会です。今回も前回に引き続き肥薩線川線(八代-人吉)の懐かしい鉄道写真をお送りします。①1969年5月18日えびの2号肥薩線下り1113D球磨川第2橋梁那良口-渡②1969年5月18日えびの1号肥薩線下り1116D那良口-一勝地③1969年5月28日C57169[人]肥薩線下り129レ(熊本-吉松)球磨川第2橋梁④1969年5月28日C5748[人]肥薩線下り869レ一勝地-那良口
人吉鉄映会です。肥薩線の復旧についてJR九州の青柳社長が今年度中に復旧費を算出し、今後の方向性を決めるとのコメントがありました。以前から復旧は100億円程度とも言われていましたが、これではっきりとした数字が出ることになります。但し、青柳社長は肥薩線はSL人吉を始めとする重要な観光路線とは認めつつも、生活路線ではないため慢性的な赤字路線で、多額の復旧費をつぎ込んでまで復旧すべきなのかというニュアンスのコメントもありました。沿線自治体の支援なくてはと言うのが最低限の条件になるようです
人吉鉄映会です。41回目の懐かし鉄道写真シリーズは人吉・大畑を疾走するD51の連続写真を3題用意しましたので、ご覧下さい。D51687補機D51700肥薩線下り871列車(人吉発吉松行始発)大畑ループ線(大畑-矢岳)1968年(昭和43年)3月24日一番最後の写真の所がループ線の終点になります。この下に横平トンネルがあります。見づらいですが写真の真ん中あたりに「ループ線」と書かれた白い柱が立っていて当時はループ線の象徴になってました。いさ
人吉鉄映会です。3月22日、JR九州からニュースが発表されました。内容はSL人吉を5月1日から当面6月末までの土日祝日に、熊本-鳥栖間を運行するとのことです。再びSL人吉を見られるのは結構なことですが、「また熊本以北運行かよ!」というのが正直な気持ちです。できれば熊本-八代間の運行も設定していただきたかったのが正直なところですが、これは以降の展開に期待したいところです。指定券の価格が倍になってるようですが、それでも即売(秒売?)は間違いないでしょうね。思えば約1年前の2020年の3
人吉鉄映会です。今回は水害被害から復興中の人吉駅周辺の「今」をご紹介します。人吉駅駐車場に誕生した仮設商店街「モゾカタウン」まずは駅前のからくり時計前に「竜」が登場してます。結構うまくできている竜です。お城と竜、面白い組み合わせですね。そして水害で被災した商店の仮店舗が集まった「モゾカタウン」が出来ました。プレハブの建物が向かい合わせに並び、間に屋外で食べられるスペースがあります。各店主はここで商売をしながらまた元のように町中での再開を目指すことになります
人吉鉄映会です。東日本大震災からやがて10年を迎えます。最大震度7を2回記録した熊本地震からも5年目を迎えようとしています。東日本大震災ではTVの前で津波の恐ろしさを目の当たりにし、熊本地震では自らも大きな揺れを体験しました。何事もない平穏な日々がありがたいと思うのは被災しないと分からないというわけではありませんが、地震王国日本ではいつどこで起こってもおかしくないと思います。備えあれば憂いなしを常に心しておきたいところです。今回の懐かしシリーズは1968年(昭和43年)2月21
人吉鉄映会です。昭和41年(1966年)は肥薩線川線(八代-人吉)にとって大きな転換期になりました。肥薩線川線は戦後から8620型蒸気機関車が貨物列車や客車を牽引していました。68641[人]肥薩線上り812レ(人吉-八代)球磨川第2橋梁昭和39年(1964年)9月68624[人]肥薩線下り大坂間(現球泉洞)-那良口昭和39年(1964年)9月68641肥薩線上り862レ人吉-西人吉昭和40年(1965年)10月この頃の人吉機関区に在籍していた蒸気機
人吉鉄映会です。38回目の懐かしシリーズは年末・年始の帰省用に大阪と人吉を直行でつないでいた臨時急行「ひとよし号」の写真です。「ひとよし号」は1965年(昭和40年)12月26日が初運行になっています。ひとよし号と聞くと、どうしても「SL人吉(58654号)」を思い浮かべるのでしょうが、この車両は牽引は同じ8620型ではあるものの、当時肥薩線川線を営業運行していた機関車が当たっていました。(観光客も乗車していらっしゃったとは思いますが、主たる目的は帰省用です)この年の運行は1
人吉鉄映会です。昨年の令和2年熊本県南部地方の大水害で多くの被害が出ましたが、今から遡ること50年以上前の昭和40年7月にも球磨川水系の水害が発生し、肥薩線・湯前線(現くま川鉄道)が被災しました。前回はその昭和40年7月水害による湯前線の状況をお伝えしました。今回は肥薩線の八代-人吉間のいわゆる「川線」の状況をご覧いただきます。被災の程度は違いますが、今回もまた復活してほしいという願いを込めて。令和2年水害での肥薩線川線の被害状況は以下のブログに挙げています。『復旧目途た
人吉鉄映会です。今年もよろしくお願いします。人吉球磨地区の蒸気機関車時代などの懐かしい鉄道写真や、SL人吉、いさぶろう・しんぺい号などの今の鉄道写真を紹介することによって、肥薩線、くま川鉄道の良さをもっと知ってもらいたいという思いで、昨年当ブログを立ち上げました。ところが5月以降、新型コロナの影響で鉄道が運休を余儀なくされた上に、7月の豪雨被害で鉄路自体を失ってしまうという最悪の状況に見舞われてしまいました。それでも当初の目的の懐かしい鉄道写真をご紹介するとともに被害状況や復旧
人吉鉄映会です。先日の新潟の大雪は大変な事態になってました。ニュースで流れる高速道路で足止めされた車両の映像に一刻も早い救出を願ったものでした。あのような大雪は阿蘇地方や小国地方などの山沿いを除いて縁がない当地熊本では想像もつかないことです。せめて舞う程度なら「雪化粧」ということで風情もありますが・・・ということで今回の懐かしシリーズは雪の中の肥薩線の風景です。D51890[人]肥薩線上り150レ(小林-人吉)大畑-人吉間昭和40年1月先頭D51
人吉鉄映会です。今回の懐かしは肥薩線のいわゆる川線(八代-人吉)の模様です。この球磨川沿いの路線は線路・鉄橋も流されましたが、熊本県が川辺川ダムを中心とした治水対策を表明したのにも関わらず、いまだJR九州は復旧の方針を示していません。さて、どうすれば青柳社長が首を縦に振ってくれるのでしょう。ではくまがわ(人吉-門司港)那良口-渡球磨川第二橋梁1960年(昭和35年)3月下り「くまがわ」と上り「えびの」交換段駅昭和35年4月78652[人]臨時列車3812レ
人吉鉄映会です。SL鬼滅の刃は大好評のうちに5回の走行を無事終了しました。鬼滅コラボ(無限列車)、久方ぶりの熊本上り鹿児島本線の蒸気機関車の営業運転というプレミア感が加わり、通過駅も含め沿線周辺にびっしりとギャラリーが押し寄せ社会現象になりました。私は仕事の関係で5回中3回しか会いに行けませんでしたが、久しぶりの58654号との再会(顔は変わってましたが(笑))に感極まった次第ではあります。大仕事を終えたSLの客車は熊本駅の車両区に戻っており、平日で運行していない「あそぼーい!
人吉鉄映会です。コロナ第3波が非常に気になるところですが、人吉球磨関連情報として、11/19に熊本県の樺島知事が球磨川の治水対策として「流水型(穴あき)ダムとしての川辺川ダム容認」を表明しました。治水方法に関してはダム建設や川床掘削など色々な意見が出されていましたが、最終的には川辺川の流れを妨げず、洪水時の危険性がある場合のみ貯水する流水型川辺川ダムの建設方針に踏み切ったようです。しかしながらこのタイプのダムは設置されているところもありますが洪水の恐れのケースがまだ発生しておらず、
人吉鉄映会です。11月15日は「SL鬼滅の刃」の3回目の走行日でした。小生にとっては2回目の撮影になります。過去2回の走行は地元のみならず全国ニュースにもなり、熊本駅に700人、博多駅に1,500人と、密なんぞお構いなしのお祭り騒ぎとなり大いに盛り上がっていました。今回はこのSL以外にも「撮り鉄三昧」してきましたので、合わせてご紹介します。「劇場版鬼滅の刃無限列車編」の勢いは止まるところを知らず、興行収入はあっという間に200億円を突破し、300億円も夢ではない数字になって
人吉鉄映会です。33回目の懐かしシリーズは1963年の急行えびの号です。急行「第1えびの」肥薩線下り2105D(博多-西鹿児島・宮崎)球磨川第3橋梁(旧橋梁)1963年(昭和38年)12月23日この時期のえびの号は1963年(昭和38年)10月1日のダイヤ改正で博多-吉松区間は基本7両編成となっています。この列車は吉松駅で山野線出水-宮崎行きの「からくに」を連結して8両編成となります。準急「からくに」キハ5250山野線下り2405D大川ループ(久木野-薩摩布計(さ
人吉鉄映会です。今回は熊本市電の話題です。11/7から熊本市電でONEPEACEのキャラクターのチョッパーのラッピング車両が運行開始しました。熊本市電No9704チョッパーラッピング車両熊本駅-祇園橋間この列車は人気の漫画「OnePeace」の原作者の尾田栄一郎先生が熊本市出身ということで、熊本地震以降「熊本復興プロジェクト」の一環で「麦わらの一味」の銅像が熊本県内各地に建てられています。熊本県庁のルフィー像は今や観光名所になってますが、今回は11/7に熊本市動植物園にチ
人吉鉄映会です。待ちに待った「SL鬼滅の刃」が運行されました。SL鬼滅の刃鹿児島本線西里駅にて撮影は以前から下見をしていた鹿児島本線の西里駅周辺がいいポイントかなと思い、そこまでJRで行くためにまず熊本駅に到着。駅の電光表示が期待感を煽ります。駅構内に入り、いつもと雰囲気、空気感が違うのを実感。とにかく鉄警の人がやたら多かったですね。もちろん人もうじゃうじゃ。ちびっこ炭次郎も(画像を一部加工しています)まだ入線前です。SL鬼滅の刃号を待つ人であふれる熊本駅鬼
人吉鉄映会です。令和2年7月4日の熊本県南部洪水被害による人吉球磨の鉄道被害については以前からお伝えしてきましたが、今回は肥薩線球磨川第二橋梁、渡駅そしてその周辺の被害状況を見て頂きます。被災した球磨川第2橋梁まずは渡駅駅舎自体は無事でした。しかし駅舎内は天井の板が落ちて、無残な姿でした。ホームの状況です。線路は流されてはいません。渡駅から上り(小川橋梁)方向。単線からホーム跨ぎの複線になるポイント部。完全に流されています。この日は渡駅周辺にJR職
人吉鉄映会です。今回も前回に引き続き肥薩線山線(人吉-吉松)を走る、かっこいいD51の写真です。まずは1963年(昭和38年)1月肥薩線人吉-大畑間56.1km地点871レ人吉発吉松行混合列車先頭D51170築堤での連続写真です。「お!170号機か!!」とすぐピンと思われた方・・・さすがです。続いてもう1つ。1963年(昭和38年)2月肥薩線大畑-矢岳間63.2km地点871レ人吉発吉松行混合列車先頭D511058大畑ループの
人吉鉄映会です。今回の懐かしシリーズは昔の肥薩線といえばD51.。それも約60年前の1961年(昭和36年)、大野の千人築堤S字カーブを滑走するD51です。肥薩線の人吉-吉松間の矢岳越えのいわゆる「山線」と言われる区間の名所と言えば大畑のスイッチバック+ループ線というイメージの方も多い思いますが、蒸気機関車時代は補機を引き連れたD51の長編成をしっかり捉えられる「大野のS字カーブ」と言われるポイントでの撮影が「熱いポイント」でありました。大野の築堤(千人築堤)のS字カーブは下り
人吉鉄映会です。本日、松岡人吉市長ら肥薩線沿線首長さんたちが、JR九州熊本支店赤木支社長に肥薩線復旧の嘆願書を届けに行きました。その後の松岡市長が地元TV局のインタビューで「水害で落ち込んでいるところに鉄道も通らなければ・・・」と発言されていましたが、だったらそれまでに市が肥薩線を観光資源としてどこまで重用してましたか?と聞きたいぐらいです。SL人吉、いさぶろう・しんぺい号、やませみ・かわせみのお客様を人吉球磨郡市内に呼び込む努力をどれだけなさっていたのでしょうか。球磨川の治水方法も盛んに
人吉鉄映会です。台風14号が上陸しそうな進路になってきました。大きな被害が出ないことを祈って止みません。皆様お気をつけください。前回は蒸気機関車で「賑わう」61年前の吉松機関区の様子をご覧いただきました。今回は水害による機能停止で「閑散とした」現在の人吉駅の情報をお届けします。力強いスローガンが貼られた人吉駅入り口。頑張るばい!!まずは肥薩線から。水害直後、キハ140-2039とキハ220-1102が駅に取り残されていました。肥薩線1番3番ホーム7月10日キハ140-
人吉鉄映会です。気になる人吉・球磨の鉄道復旧に関して、球磨川治水対策に関しては、「川辺川ダム」建設の是非が焦点になってきたようです。また先日の国交大臣の国としての前向きな支援の発言などがありました。我々も一喜一憂せず、事の推移を見守っていくしかありませんので注視していきたいところです。さて30回目となった懐かしシリーズですが、以前「はやとの風」が運休になったブログを書いた際、「最近の吉松駅は閑散としている」とディスった手前、以前は人吉機関区と並び、肥薩線の重要な拠点であった吉松機関区
人吉鉄映会です。本日10月4日で球磨川水系での大水害発生から3か月経過しました。未だ復旧も半ばで、何より街中が恐ろしいほど閑散としています。住宅地もそうですが、商店や宿泊施設もまだ開ける状態ではないところが多く、日中でも人の行き来が少ない状態がいつまで続くのか心配でなりません。鉄道の復旧においてはまだその工程表も示されないままですが、肥薩線の復旧(・・の可能性)の要件として挙げられている球磨川の治水対策について、「川辺川ダム」というキーワードが俄然注目されています。このダムは
人吉鉄映会です。くま川鉄道が運休になってまもなく3か月です。地元高校生の足になっていた、くま鉄の運休は通学の不便さが苦慮されており、バス代替運行も鉄道のような利便さはなく、親御さんが送り迎えを行っている学生さんも少なくないようです。そういった中、身動きできないくま鉄に代わり「3セク仲間」がいち早く復旧人員や技術支援などの実務支援から、復興支援切符発売など、金銭的な支援も行って頂き、「オール3セク」での復旧支援が嬉しい限りです。一部の自治体が「鉄道での復旧は時期尚早」と表明した
人吉鉄映会です。最近のJR九州青柳社長の肥薩線復旧に関するインタビューなどで肥薩線復旧のハードルが予想以上に高いことが分かりました。青柳社長は令和2年球磨川水系水害による肥薩線川線壊滅直後「鉄道として復旧を検討する」という発言がありました(7/28定例会見より)。この記事は当ブログでも上げさせてもらいましたが、確かに被害全容が把握できない状況の中であったとはいえ、非常に重要で有難い発言でした。それから2か月、被害額が100億円を越える、復旧は新規と同様程度の大工事になる、球磨
人吉鉄映会です。今回は人吉・球磨地方の話ではなく、鉄道に直接かかわる話でもありませんが、よければお付き合いください。現在、熊本駅周辺は大幅な再開発工事が行われております。熊本駅在来線側右手にビックカメラのビル左手にはアミューズメント施設それにお決まりのJR九州MJRマンション建設中駅周辺の風景が一変する程の大規模開発です。今日はこの熊本駅再開発の商業施設建設前に発掘が行われた、熊本駅周辺の「二本木遺跡」の話です。新熊本駅駅舎の前
人吉鉄映会です。9/19から巷はシルバーウィークの4連休になります。私は敬老の日が絡んでいるからシルバーウィークと思っていましたが、5月がゴールデンウィークなので、ということだったんですね。思い込みとは恐ろしいものです。空港やら鉄道やら道路やら、多くの観光客が戻ってきたニュースが流れていました。それを見ているとコロナは収束したわけではないけれど、人々がコロナとの向き合い方が分かってきたのとマスク、消毒液、検温計などのコロナ対策グッズも十分充足される状況になったのが感じられます。