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前回からの続き(2月7日のこと)です続いて向かったのは、「京の冬の旅」で特別公開されていた大徳寺の法堂・経蔵法堂は、以前公開されたとき訪れています『第58回京の冬の旅その4狩野探幽の天井画がある法堂(大徳寺・法堂、仏殿)』前回からの続き(3月9日のこと)で、同じく大徳寺のことになります山門の先を行くと、すぐに仏殿が見えます大徳寺・仏殿(重文)住所・京都市北区紫野大徳寺町53駐車…ameblo.jp今回は経蔵が見れるということで行ってみました拝観料(800円)こちら外観のみ撮影
今回から2月7日のことになりますこの日は嫁さんと行動して、京の冬の旅で公開されてる所を巡りました最初に訪れたのは大光院こちらは以前訪れています大光院『第56回京の冬の旅その2豊臣秀長の菩提寺(大光院)』前回からの続き(3月3日のこと)です堀川通りを上り(北上し)、北大路通りで西へ向かいますすると大徳寺が見えてきます北大路通りに面した南門を通りすぎ、「建勲神社…ameblo.jpなので、行くつもりはなかったのですが、嫁さんが腹痛でトイレを借りるのにまずは近場のこちらへ行ってみよ
前回からの続き(1月31日のこと)です華光寺を後にして、東へ進んでいくとすぐに次の公開場所へ着きました福勝寺こちらは以前訪れています福勝寺『ひょうたん寺と言われるお寺(福勝寺)』前回からの続き(令和5年11月23日のこと)ですこの日最後の目的地に到着しました福勝寺(ふくしょうじ)住所・京都市上京区出水通千本西入七番町323-1通称・ひ…ameblo.jp前回はこちらから入りました通常はこちらから入ることになります3つほどの霊場の札所となっているので、行かれた方も多いかもしれませ
前日、大報恩寺で終了し…次の日も朝早く出発。地図を見ていたらホテルから歩いて行けそうで、朝早くからやっているお寺発見。因幡薬師(平等寺)です。6時からおまいりできると書いてありました。私が着いたのは7時30分頃です。お寺の方が忙しそうにしていらっしゃいました。お守りやお札は9時過ぎからだそうですが、この時間でも数人の方がおまいりしてました。何回目かなぁ。過去のブログによると4回。そのうち3回は特別拝観の時で頭巾のお薬師さまにお会いしていました。5回目???前回、念願の猫🐱
前回のブログをあらためて見ていたら………やだ〜パン屋さんと書くつもりが「バン屋さん」になってる〜!!!(直しました笑)ん???1月16日のみ???このブログの日は1月16日。え???年に一度の秘仏開帳の時に行ったんだ、私。………とあらためて気がつきました(いまさら…😅)行く前に調べた時には、土、日、祝日、16日におまいりできます…の情報しかなくて…行く時調べたメモにも年に一度の開帳とは書いていませんでした。このブログの為に、調べ直したら年に一度と出てきました。どおりで混ん
ついにその門が開きました!豊臣秀長公の2箇所ある菩提寺のひとつ、大徳寺の塔頭・大光院さんが、「京の冬の旅」4年ぶりに特別公開されました。京都市観光協会さまにご案内頂き、トークショーでご紹介する特別公開文化財を廻らせて頂きました。大光院さん、もとは大和郡山にありましたが、秀長公の血筋が絶えた1599年、お位牌は城下の春岳院さんにお預けになり、藤堂高虎公のもとで大徳寺境内に移されています。お墓は藤堂高虎公と2基並んでいて、おそばで眠りたいという、高虎さんの秀長愛が伝わって
昨日、今日と空がどよ〜んとしてて、気分的に良くない天気な上に、昨日は整体の予約をすっかり忘れてしまい、落ち込んでいます朝は、ちゃんとスケジュール帳で確認してたのに…夕方になり夕飯の事しか考えていませんでした。トシを取って、色々と忘れるので気をつけているのに…ガッカリです。さて旅の話。前回、ひさしぶりに法金剛院へ行ったところまででした。そこからバスに乗り次の目的地へ。2度目の『福勝寺』へ。https://ameblo.jp/pipiyo110/entry-12845141208.ht
福勝寺の次はすぐ傍にある華光寺へ〜華光寺も京の冬の旅で初公開になる寺宝があるので寄らせて頂きます華光寺の山門伏見城から移築したと伝わる六足門で、一般寺院では珍しい門だそうです私には普通の門しか見えません🤣山門前にある京の冬の旅特別公開の看板境内のお庭以前は五色の花が咲き誇ったと言う椿があったそうで、現在は枯れてしまいました出水の七不思議の一つだそうです本堂と毘沙門堂の前にある鳥居⛩️扁額には大毘沙門天の文字本堂日蓮宗寺院の華光寺は、蓮金山華光寺と号します天正11(15
時間が少し押しましたが、東寺から千本出水までバスを乗り継ぎ移動します🏃🏃🏃京の冬の旅で特別公開してる福勝寺へ〜福勝寺の山門本堂現在の本堂は宝暦年間(1751〜1764年)建立のもの真言宗善通寺派寺院の福勝寺は、竹林山福勝寺と号します唐から帰国した弘法大師空海が、河内国に創建したと伝えられ、その後正嘉年間(1257〜1555年)に覚済僧正により中興再建されました御本尊薬師如来福勝寺の寺宝は写メオッケーでしたのでフラッシュ無しで記録写真を撮らせて頂きました聖天堂内陣聖天堂
東寺の続きです八島殿鳥居⛩️八島殿東寺が建立する前から鎮座するお社だそうです祭神は大己貴命とも地主神とも言われているそうです夜叉神堂昔は南大門の左右に夜叉神像が置かれていたそうですその後に中門の左右に移されましたが、中門が倒壊後、夜叉神堂が建てられました愛らしいねぇ〜東寺に来たもう一つの目的五重塔の特別拝観です京の冬の旅の特別公開で、1階部分の堂内が公開されていました団体さんが来る前に拝観したかったので拝観時間になったら直ぐに受け付けに並びます月回廊の時の五重塔五重塔
では京都の続きです旅行から帰ってきたら京の冬の旅で懸賞があったので応募しました商品の中に、今回泊まったブラッサム京都の宿泊券があってそれに3垢応募5月29日現在宿泊券が届かないので普通に外れたと思われますwブラッサム京都の宿泊券が届いたら泊まりに行きたかったのにー!自分たちが宿泊したホテルがちょうどプレゼントの中にあって運命感じたのに!で、今回の旅行はですね「貴船神社が死んだ」ってことしか記憶に残ってねぇです(^ω^)大阪に行ったときじいさんがキャッチに捕まっ
2026年3月京都巡礼の続きです前回の記事↓伏見稲荷大社御旅所に寄り道してから東寺へ〜1日目に夜間の月回廊を拝観しましたが、昼間の東寺には来たこと無かったのと、京の冬の旅で特別公開があるので朝の7時過ぎに東寺に着くようにしましたなるべく参詣客が来ないうちに記録写真を撮りたかったし、団体さんが来たら次の行程に支障あるので、早めに参詣させて頂きますホテルから東寺の1番近い門からお邪魔するので、空いてるお堂からお詣りさせて貰いますので、写真は順不同です😁西門から入ります小雨🌂が降り出して
こんばんは🌙続きです。お次は「華光寺」さん。梅が咲いてました!本堂には「毘沙門天像」が祀られてます。写真は残念ながら撮れませんでした❌他にも書院にて「日蓮聖人御真筆断簡」などの寺宝も特別公開でした。お庭がステキ✨。秀吉公が植えた松があるそうなんですが…これかなぁ?(ほとんど写ってないけど💧)お次は「光清寺」さん。実は3ヶ所まとまっててすぐ巡れました。「心和の庭」石と苔で「心」の文字を表してる枯山水。確かに~!所々にユルい猫が。こちらは「浮かれ猫」。昔々三味線の音に
5月19日、地下鉄「二条駅」に集合した年金3人組。この日、十二薬師霊場巡りを完了しようと、固い決意の高齢トリオ。立派になったJR二条駅を通り抜け、バス停に向かいます。「千本出水」から西へ3分ほど歩くと、福勝寺の正門が見えてきます。「2026年京の冬の旅」では、この門から入れましたが、普段は公開していないお寺です。寺務所の門からそっと入ります。京の冬の旅では、本堂の中に入ったという年金女子Bと男子C。本尊の薬師如来は、50年に一度しか開帳されない秘仏で、前回が198
では京都の続きです方広寺の隣に、何やら神社がありました豊国神社って書いてある↑秀吉がいる!ここはリサーチ不足で全くのノーマークでした京の冬の旅の対象だったんですね宝物館と書院が見れたんですが冬の旅のチケットを使い切ったのでそこは入りませんでした外観だけご覧になります続きます
鐘の近くにはまだ寺がクソデカかった頃に使われていたものが残っていますこの丸いやつ確か柱に使われてたやつだったと思う忘れてしまった(´・ω・`;)柱を92本使っててその柱は、こんなに太かったんだなぁって思ったはず鐘の話を聞いたら近くにある、公園に向かいます
昼めしの時間です予約投稿です京都の続きです方広寺で、鐘の話を聞く我が家この鐘には、亡霊が憑いていると言われてその亡霊って言うのを案内してくれた人が見せてくれましたこの鐘の内側に亡霊が憑いてるって言うのは↓これが亡霊だと言われています↓豊臣秀吉の妻で、秀頼の母である淀君の横顔が浮かび上がっていると言われています田中、これをライトで照らされても全然分からなくて、ポカーンとしていたら案内してくれた人が「分からないですか?これですよ」って言われて、こんなに分かりやすいの
では京都の続きです方広寺に着いて、受け付けを済ませた我が家ここは案内をしてもらえるのでそれに沿って進みますまずは今回、京の冬の旅で特別公開されている大黒さまを見学しましたこの大黒さまは5年ぶりに公開してるそうです普通、大黒さまって腹が出てて、笑顔だけど元々は戦いの神様だから方向寺の大黒さまは険しい顔をしています今回公開している、小さい大黒さまは豊臣秀吉がいつも持っていたもの大黒さまは、戦いの神様だから秀吉は常に持ち歩いていたそうです天井には、龍の絵が描いてあったけ
ホテルの目の前にある大通りからバスに乗って、方広寺へ向かいますちょうど通勤時間帯だったのでバスの中、めっちゃ混んでました最寄りのバス停で降りてから大通りを横に入って民家を歩きます歩いていたら民泊みたいな家がちらほらありました民泊って、どうなんですかね一棟貸なのは、いいなぁと思うけど近隣の方達からしたら迷惑なんだろうな(´・ω・`;)なので我が家は無難にホテルへ泊まってしまいますしばらく歩いていたら方広寺到着ですここは京の冬の旅の対象になっていて最後の神社仏閣巡り
昨日今日と娘宅で家政婦ちょいと出掛けて一仕事すると疲れちゃってブログ書く力なし🤪今日は少し早く帰宅出来たので、少し横になる時間も有って、気持ち余裕出来たかなさてさて、京都巡礼の続きですだいさんが紹介してくれた織田信長を祀る建勲神社へ行く事にします大徳寺大光院から徒歩数分で近かったし、豊臣兄弟の主君が祀られてる神社⛩️だから是非行かないとね〜😁1日目に本能寺も拝観してるし〜大徳寺エリアを出ると、数分で建勲神社の社号標が見えて来ます一の鳥居⛩️?と社号標建勲神社の案内板狛ちゃん
大徳寺の次は塔頭寺院の大光院へ〜こちらも通常非公開寺院ですが、豊臣秀長の菩提寺で、特別公開してるので拝観を愉しみにしていた寺院です大徳寺塔頭寺院の大光院山門拝観入口から境内はお庭も含め、一切撮影は禁止🈲です大光院古渓宗陳を開祖とする大徳寺の塔頭寺院です文禄元年(1592年)豊臣秀吉の弟豊臣秀長の菩提寺として、奈良大和郡山に創建され、慶長4年(1599年)に秀長の家臣藤堂高虎により大徳寺山内に移されました昭和30年に同じ山内の現在地に移築客殿などの建物は江戸時代に建てられたも
2026年3月の京都巡礼の続きです色々確認したり、調べ直したりが少し億劫になってほったらかしにしてた京都巡礼…まだ身体が本調子じゃなくて、肋骨が痛むのよね〜😵💫咳で筋肉や骨に炎症出てる様です🥺そのままにする訳にも行かないので重い腰あげました前回の記事↓今宮神社門前のかざりやさんから数分の場所にある大光院へ〜京の冬の旅で非公開である法堂と経蔵が特別公開になるので拝観したいと思いますしかし、何故か辿り着かない…😱何故!?🤪大徳寺はかなり大きな寺院で敷地内には沢山の塔頭寺院だらけ
2026年3月に京都を訪れた際の2日目に、以前に一度訪れた四条烏丸近く(錦小路通り室町西入る)の研覃ほりべさんにまた伺いました。中の勝手が分かっていると以前よりも入りやすい気がします。『晩秋の京料理〜ひとり力だめし〜』「晩秋の紅葉の京都」3日目は週明けに備えて無理せず昼前に新幹線で東京に戻りました。ところで1日目の夜にホテルから近い錦小路通り沿いのこちらの京料理のお店を予…ameblo.jp夜のいちばん早い時間帯を予約したのに結構席は埋まっていましたが、私の隣にも一人で来ていた外国
西陣興聖寺①からの続きになります。中庭の降り蹲踞。地面を深く大きく掘り下げて螺旋状の石段を組み、その先の穴の底に手水鉢が据えられています。底には砂利が敷かれていて、庭に降った雨水を貯めて地面に浸透させる役割もありました。こちらの降り蹲踞はかなり大規模なものですが、街中の坪庭でも庭より一段低いところに手水鉢が据えられ、底が砂利敷きになっている小さな降り蹲踞があるそうです。私は意識して見ていなかったので気づいたことはありませんが…。これと目的は異なりますが、まいまいず井戸(東京都羽村市)と
2026年3月京の冬の旅の特別公開で興聖寺にお参りしました。以前お参りしたことがあるのにブログには記録が残っておらず、御朱印を頂くようになる以前の話だったようです。圓通山興聖寺(こうしょうじ)■臨済宗興聖寺派、本山■御本尊:釈迦如来■京都市上京区堀川通寺之内上ル上天神町6471603年に妙満寺(左京区岩倉にある顕本法華宗の総本山)の日重上人の弟子の虚応円耳(きいんえんに)が法華宗の寺院として創建し、当時は「興正寺」と称していました。古田織部の妻セン(中川清秀の妹)が隠棲した青
2月の京の冬の旅で買って帰ったお土産たち。最近はいつ行っても行列ができていて買うのを諦めてしまっていた出町ふたばの豆餅。今回は大丸の開店にあわせて並ばずに買うことができました。阿闍梨餅。こちらも京都土産の定番。京のまるまるは、京の冬の旅スタンプラリーで集めた券で割引が効いた店で買い物をしたおまけでいただきました。錦市場の藤野のくみあげ湯葉と三木鶏卵のだし巻き。京都に行った際に寄らせてもらう錦市場の店です。漬け物嫌いが何故か食べられるようになった千枚漬け。今回は二
2026年3月の京の冬の旅で特別公開されていた大徳寺大光院にお参りしました。大徳寺大光院■臨済宗大徳寺派、大徳寺塔頭■御本尊:釈迦如来■京都市北区紫野大徳寺町921592年、豊臣秀長の菩提を弔うために継嗣の秀保(秀吉の姉の子)が古渓宗陳を開山として大和郡山に創建したのが始まりです。大光院の名は秀長の戒名に因んでいます。秀保が急死して大和豊臣家が断絶すると、秀保の家臣だった藤堂高虎により1599年に大徳寺に塔頭として移され、以後藤堂家の支援を受けるようになります。元々は大徳寺の
昨日4/5は、嫁のピアノの発表会ということで、新京極へ久々の繁華街だが、確かに、彼の国の人達は少ないようには見受けるが、それでもインバウンドで溢れかえっていたこれで、彼の国の人達が、再びやってくればどうなることやら…一旦帰宅して、即選挙結果は、予想通りね…さて、前回の続き南禅寺水路閣から、再び蹴上へ向かうが、途中の金地院前回、前を通った時に素通りだった嫁が急に寄って行くと前回素通りした理由は、を持ってなかったからだとここ、庭園の方は、拝観時間中は、
2月の冬の旅の京都、2日目の夜は荒神口にあるお料理とお酒のふくらさんにお邪魔しました。今回も一年ぶりの未完コース、最後に滋賀県産天然すっぽん鍋をいただきました。もちろん、美味しい日本酒もいただきました。ふくらの大将の村田さんとは、馳走いなせや、ばんからの頃からの顔見知り、こちらにふくらをオープンされたと聞き、お邪魔するようになりました。
2026冬の特別公開巡り。福勝寺から歩いて1分ほど。ほぼおとなりにある華光寺へ。豊臣秀吉の外護を受けて創建され、通称「出水の毘沙門さま」秀吉公が伏見城で信仰していた毘沙門天像を寄進したことから、華光寺の御利益は「開運勝利・財運招福」毘沙門天のお使いとされるムカデ。ムカデは後ろに下がることができない。前進あるのみで、勝負に勝つ!足がたくさんあることから、客足が絶えず財を招く!御朱印にも大きなムカデのお印がありました。出水の七不思議の