ブログ記事497件
チャイコフスキーの交響曲探訪シリーズも、早いもので今日が最終回になりました。皆様のご精読に感謝いたします。さて、第6番「悲愴」は、最晩年の1893年に作曲され、同年の晩秋にサンクトペテルブルグで、作曲者自身の指揮によって初演されました。あまりにも独創的な極限的なディミニュエンドで閉じる終楽章に戸惑いを隠せない聴衆もいたということですが、チャイコフススキー自身はこの作品に対して絶大なる自信があったと伝えられています。しかし、数日後にコレラに罹患したことが原因で病の床に就き、初
今日紹介するのはクラシック曲。チャイコフスキー作曲の交響曲。第6番です。副題「悲愴」と言われているこの曲は、チャイコフスキー作曲の最後の交響曲。悲愴とは、辞書で調べると、悲しくそして痛ましい様子という意味ですが、この副題とは関連性はないことと思いますが、この曲の初演後間もなく、チャイコフスキーは逝去されております。hirochio
今年度、東響の定期演奏会には「選べるプラン」で臨む。「東京交響楽団主催の3つのシリーズ(全21公演)から、お好みの公演を⾃由に組み合わせてお楽しみいただけます。対象公演から同時に4公演以上をお申込みの場合、各1回券定価の合計⾦額から20%引きでご購⼊いただけるお得なプランです。」と、プロモートされている。昨年度も4公演以上通ったが、バラバラで1回券を購入してしまった。さて、どれを選んだか。観点は2つある。ジョナサン・ノットの後任として音楽監督に就任するロレンツォ・ヴィオッティ
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(PeterIlyichTchaikovsky)は、1840年5月7日(ユリウス暦では4月25日)生まれで、1893年11月6日(ユリウス暦10月25日))に没したロシアの作曲家です。クラシック音楽やバレエの世界で絶大な人気を博しています。ロシア民謡を育んだ風土からの影響もあるのでしょうか、その作品の数々のあちらこちらに聴かれる旋律には、優雅な美しさや気品、そして深い叙情性が感じられます。オーケストレーションの透明感も秀逸です。そのよう
今日はイギリスの作曲家のエドマンド・ラッブラの交響曲を聴いています。イギリスの作曲家といえば、ホルスト、ヴォーン・ウィリアムズが有名ですが、日本ではあまり知られていない作曲家のCDがけっこう出回っています。エドマンド・ラッブラ(1901-1986)は自分の中ではかなり後になって知った作曲家です。交響曲を11曲書いており、CHANDOSレーベルから全集が出ています。激しくてアクロバティックなところはなく、旋律が丁寧に積み重なっていくものの響きはどこか不安定で神秘的で、ややつかみどころがない感
Jan.15,2021|WildBirdsandWhite-eyesatKyoto’sKinkakuji|Beethoven“Pastoral”I|ViennaPhilharmonic2021年1月15日、京都・金閣寺。この日、私は、金閣寺の野鳥を撮影に行った。わけてもメジロ。この頃、私は金閣寺のメジロに惹かれていたのである。合わせたい曲は無数にあるのだが、今回は、前回の流れで、ベートーヴェン:交響曲第6番《田園》第2楽章を採用。音源はYouTubeに公開されて
ドヴォジャークの交響曲の探訪を続けています。今日は、この作曲家の交響曲の中で最初に出版された作品であったための、当初は「交響曲第1番」と呼ばれていた、現「交響曲第6番」を取り上げます。ドヴォジャークの交響曲については、特に第1番から第6番辺りまでは、自身が尊敬していたブラームスや、その他ワーグナー等、やや先輩にあたる大作曲家の作品からの影響が大きいと言われることが多々あります。しかし、そのような指摘は、他の作曲家にも大なり小なり当てはまることなのではないでしょうか。この「第
久しぶりに、コンサートの投稿です。実は、去年の新日本フィルハーモニー交響楽団の定期が気に入ったので、定期会員になっていました。元々室内楽シリーズが好きで、毎回行っていたのですが、ついに本丸のほうにも通い始めたのです。今回は、マーラーの第6番。佐渡裕さんが音楽監督になって3年目の締めの公演になります。◆プログラムマーラー:交響曲第6番イ短調演奏:佐渡裕指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団2026年3月21日すみだトリフォニーホール恒例の佐渡さんによる御挨拶。佐渡さんが指揮者
2026年3月22日新日本フィルハーモニー交響楽団第668回定期演奏会@サントリーホール2025/26シーズンのしめくくりはシェフ佐渡さんの登場、マーラーの交響曲第6番「悲劇的」の90分一本勝負。プレトークで佐渡さんは、1991年、初めて新日本フィルの定期演奏会を指揮したときの曲がこのマーラーだった。また、レナード・バーンスタインに師事してアシスタントとしてついていたとき、ヴィーンでこの曲のコンサート、そのライヴ録音にリハーサルから立ち会うことができたのが今になっても自分にとって大きな財産
ジャン・シベリウス(1865~1957)の交響曲の軌跡も残り僅かになってきました。交響詩の分野で傑作を多数書いた後、1898年から1899年にかけて作曲した<交響曲第1番>と1902年に初演された<交響曲第2番>は、ともにオーソドックスな4楽章構成でした。その後、30歳代半ばを過ぎたシベリウスは、独自の楽章構成を模索するようになっていきました。1907年に発表した<交響曲第3番>では、スケルツォとフィナーレを編合させたようにも捉えることができるユニークな3楽章構成を採用しまし
日時:2026年3月21日会場:すみだトリフォニーホール指揮:佐渡裕新日本フィルハーモニー交響楽団(コンマス:崔文珠)B席4,500円3F3-20番台<木管トップ>フルート:野津雄太オーボエ:岡北斗クラリネット:マルコス・ペレス・ミランダファゴット:河村幹子<金管トップ>ホルン:山田圭祐トランペット:山川永太郎トロンボーン:櫻井俊第668回定期演奏会〈トリフォニーホール・シリーズ〉マーラー交響曲第6番・イ短調「悲劇的」今日はマーラーの6番を聴きに
音楽家・作曲家への道のり第一歩は、まず、音楽通・音楽愛好家になることです。好きで好きでたまらない音楽を聴き抜いて、調べ抜いて、楽しみ尽くす心をなくして、プロにはなれません。私は、折りに触れて、現代音楽の作曲家の仲間や知人と、一献ご一緒することがあります。時には、古今東西の作曲家の書いた「交響曲第#番」の中で、最高傑作はどれだろうか・・・といった話題で、何時間も話が尽きないこともあります。何だかマニアックだなあと思われるかもしれまえんが、考えてみれば、車の話題、スポーツの話題、
コバケンから始まり、山田和樹、広上淳一と続いた日本フィルでの日本人指揮者シリーズの最後を下野竜也が飾る。N響の正指揮者としては、去年も今年もCプロで登板している。定期会員であるAプロであれば、難なく聴けたのだが、それはそれとして、今日(3/13)の日本フィルでは、現代曲2曲とシベリウスの交響曲第6番という異色の組み合わせだ。シベリウスの交響曲については、今年度、3番をストルゴーズ/都響で、2番を小林研一郎/日本フィルと大友直人/N響で、5番を藤岡幸夫/新日本フィルで聴いた。
久石譲にまみえるのは、2024年9月、すみクラ公演のリハーサル以来だ。指揮者の寄る辺なさについて感想に記したが、劇伴音楽の作曲家として知っていたからというのもあるだろう。そのときはブラームスの1番だったが、そうした点からは、今日(2/28)のチャイコフスキーの6番の方が興味を惹かれる。また、HIMARIのヴァイオリン独奏でプロコフィエフの第2協奏曲を聴く。コンサートで初めて彼女の演奏を聴くに当たり、こちらはチャイコフスキーでなくてよかったと思う。今回、すみクラが案内してくれる
新日本フィルハーモニー交響楽団すみだクラシックへの扉#36(金)を聴いてきました。すみだクラシックへの扉#36(金)|[公式]新日本フィルハーモニー交響楽団—NewJapanPhilharmonic—www.njp.or.jp2026年2月27日(金)14時開演すみだトリフォニーホール【指揮】久石譲【ヴァイオリン】HIMARIプロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第2番ト短調op.63Prokofieff:ViolinConcertoNo.2inGminor
数日前にバーンスタイン指揮ウイーン・フィルのブルックナー第9番の記事を投稿したのですが、『ブルックナー交響曲第9番レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団』もう一週間以上、私の車のオーディオから、ブルックナーの交響曲第9番が鳴り続けています。レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団、199…ameblo.jpその時に、バーンスタインは第9番を2回録音した他は第6番しか演奏した記録が無く、その第6番も音源が入手しづらかった記憶があり聴い
2026年2月11日午後2時サントリ-ホール東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団50周年記念特別演奏会指揮/高関健(常任指揮者)コンサ-トマスタ-:戸澤哲夫■マーラー:交響曲第6番《悲劇的》午後2時10分頃に演奏が始まり終了したのは15時30分過ぎ。1/18のソヒエフ指揮N響より長い演奏に感じた。◇指揮について○高関健は楽譜を徹底的に研究して正しくあるべきのマーラ-の姿を追求しているのは演奏前のプレト-クでも感じられた。演奏は局所的にアクセント、スフォルツァ
日時:2026年2月21日会場:サントリーホール指揮:高関健東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団(コンマス:戸澤哲夫)B席12,000円(3/31とのセット価格)2FLA-20番台<木管トップ>フルート:多久和怜子オーボエ:本多啓佑クラリネット:山口真由ファゴット:坪井隆明(新日本フィル)<金管トップ>ホルン:谷あかねトランペット:松木亜希トロンボーン:佐藤洋樹50周年記念特別演奏会マーラー交響曲第6番「悲劇的」マーラー交響曲第6番・イ短調
年は改まったが、2025年度というタームで、N響定期演奏会でマーラーが取り上げられるのは、4回目になる。まず、ルイージの指揮で「マーラー・フェスティバル2025」での演目とされた3番と4番。二曲とも名演の部類に入るだろう。そして、ペルトコスキの指揮で1番。まさしくセンセーショナルなN響定演デビューであった。実際、ファン投票で「最も心に残ったコンサート」第1位に輝いている。ワタシはAプロ会員であるので、Cプロは興味を惹くものがあれば、一回券を求めるようにしている。「行くべきか
ベートーヴェン《交響曲第6番ヘ長調「田園」》讚!昨日の交響曲第5番に続いて「田園」にも触れておきましょう。###ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン###(1770-1827)交響曲第6番へ長調作品68「田園」初演:1808年12月22日ウィーン/アン・デア・ウィーン劇場交響曲第5番と共にこの演奏会で初演されたということですが、この演奏会は失敗であったと伝えられています。しかしその後に評価は直ちに高まっていったということです。時間的な規模と
2026年のコンサート鑑賞第1回目は、ますます進境著しいトゥガン・ソヒエフの指揮によるNHKホールでのN響第2054回定期公演(1月Aプロ定期2日目)。第2054回定期公演Aプログラム|NHK交響楽団超人的なリズム感覚に裏打ちされたしなやかな身のこなしに加え、目、表情、全身の表現を用いてオーケストラから思い通りの音色を引き出す能力において、いま、トゥガン・ソヒエフの右に出る指揮者はいない。N響が毎年、この類い希(まれ)なマエストロとの共演を待ち望み、ともに音楽の歓びを分かち合う姿を、
2026年1月17日午後2時NHKホールN響第2054回定期演奏会2日目指揮:トゥガン・ソヒエフコンサ-トマスタ-:郷古廉曲目■マーラー/交響曲第6番イ短調「悲劇的」◇指揮者ソヒエフについて2005年シーズントゥールーズ・キャピトル国立管首席客演指揮者2008年から2022年まで同楽団の音楽監督。2012年から2016年までベルリン・ドイツ交響楽団首席指揮者。2014年から2022年までボリショイ劇場の音楽監督。ロシアのウクライナ侵攻で板挟みにな
NHK交響楽団第2054回定期公演プログラム(初日)を聴いてきました。第2054回定期公演Aプログラム|NHK交響楽団www.nhkso.or.jp2026年1月17日(土)18時開演NHKホールマーラー:交響曲第6番イ短調「悲劇的」Mahler/SymphonyNo.6AMinor,Tragische(Tragic)【指揮】トゥガン・ソヒエフTuganSokhievNHK交響楽団Xより#N響第2054回定期公演Aプログラム1日目2
第2054回定期公演Aプログラム2日目1/18(日)マーラー:交響曲第6番イ短調「悲劇的」指揮:トゥガン・ソヒエフ2026年初の音楽鑑賞(コンサート)はマーラーの交響曲第6番「悲劇的」でした。因みにチケット購入は今年のお正月。来年のウィーンフィルのニューイヤーコンサートの指揮者がトゥガン・ソヒエフさんだと知ってこれは聴かなきゃとその気になったからです。(下の写真はコンサート終了後、許可が出ている時間帯に撮影しました)さて今回のコンサートがどうだったかと申しますと。
は1995年1月17日早朝。東京でもかすかな揺れを感じました。ちょうど前の会社を辞め、次の仕事までの束の間のプータロー時だったあっしは、家にいてTVでその後の惨状をつぶさに眼に焼き付けることになったのです。横倒しになったビル、屋根が抜けたアーケード、崩れ落ちた阪急三宮駅、炎に包まれた新長田駅、落ちた桁に引っかかって止まっているバス、幾何学的に崩落した阪神高速、寸断された鉄道網…リアルタイムにこの惨状を眼にし、約一年後に梅田ー三宮間を阪神電車の各停で周りの様子をみながら、途中長らく梅田からの
クット・アッテルベリという交響曲を生涯に9曲書いた作曲家が、スウェーデンにいました。まさに無調全盛の時代に調性音楽を書き続け、1887年生まれの1974年没という時代背景。反調性主義の批評家たちからは当然非難されました、あのシベリウスしかり。そんなアッテルベリの交響曲を注目したのは、パパ(ネーメ)・ヤルヴィがChandosに交響曲全集&管弦楽曲集を録音し5CDとして発売した頃。パパは全集魔ですからね、どんな曲かとYou-Tubeで聴いたのが、交響曲第6番。なかなか良かったので調べてみると、な
リヒャルト・シュトラウスの作品に、交響詩「英雄の生涯」という大作がありますが、このマーラーの交響曲第6番「悲劇的」は、マーラーの「英雄の生涯」であると私は思うのです。第1楽章(ソナタ形式)の第一主題に、過酷な運命に立ち向かう自分自身を投影して、第三主題(一般的には第二主題)で愛情たっぷりに妻=アルマを描き、第2楽章(緩徐楽章)では、束の間の平和な時間や祈りの信条が表出されます。しかし一方で、天才が持つ予感=予知性とでも言えるでしょうか、マーラーは、人生の中でも特に幸せだった
「マーラーの交響曲の中で一番好きなのは何番?」という話題を、作曲家仲間の間ですることがあります。貴方は何番でしょうか。私は、実はこの第6番「悲劇的」なのです。相当に重苦しい楽想が支配的な長大な作品ですが、私はこの作品から、マーラーの輻輳した心情を、ストレートに感じることができるような気がするのです。全体の楽章構成は、前作=第5番のような5楽章3部構成というような独創的なものではなく、古典的なソナタ形式・スケルツォ・緩徐楽章・フィナーレという構成になっています。中間楽章の並びに
”幸せの絶頂期に書かれた悲劇的な曲”、と聞いて”ああ、あれね”と思い付く人もいるかと思いますそう、マーラーが1903年に書いた「交響曲第6番”悲劇的”」のこと。ただこの”悲劇的”という副題はマーラー自身が付けたものでもありませんし、曲に対するプログラム的な説明もしておらす、ただ”僕の第6は、聴く者に謎を突きつけるだろう。この謎解きには、僕の第1から第5までを受け入れ、それを完全に消化した世代だけが挑戦できるのだ”と手紙に書いています今や私たちはマーラーの言う”完全に消化した世代
ブルックナーの交響曲第6番は、大曲である第5番と人気曲である第7番にはさまれて、彼の交響曲の中では人気のない曲の一つです。私も3番以降の曲を聴こうとすると、スルーしてしまう傾向がある曲の一つで、それほどじっくりと聴いたはありません。それでも、中期の傑作であると熱烈なコメントも多くあり、今回改めてじっくり聴いてみました。まず感じるのは、伸びやかな大自然の風景。夏季休暇で訪れたスイスで感銘を受けた、アルプスの山脈を感じ取れるような、大自然の美しさが表現されています。そして、ブルックナーらしからぬ跳躍