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ちょうどこのころ亡き息子の大学入学などで行ったり来たりしていたのだけれどなぜか新幹線を使わず長距離バスを使っていたんです(←これが謎わたしは何にこだわっていたのか)バスの窓から見える山には所々藤の花が咲いていて今も目に焼き付いています新たな門出に気持ちは弾んでいたんですが今思うと何が足りなかったんだろう
自分の定期券を買うために窓口へ行きました(自分の定期券買ったのいつぶり?で人の多さと買い方がわからなくて不安になりました)そこで目にした光景高校の入学式だったのでしょう同じ制服とスーツをまとった父兄がたくさん初めての定期券購入親が同伴なんだなぁうちは初めてのことを子供自身に任せることが多くしかも別行動だったり(できるって言う子どもに甘えていましたやはり不安だったんじゃないか親同伴でさえお子さんたちの表情かたかった)そういうところが行き届かないんだよなぁわたし
バジルのジェノベーゼパスタが好きなのですがたっぷり使いたいのでバジルを育てたいと思ってきました。種から育ててみようと思っていて随分前に買ったのですが種まきのタイミングがイマイチ分からない頭の中で食べるイメージはできているのだけれどいざ始めるとなると???できるかなぁ(亡き息子がいたら一緒に楽しんでくれたかなと思いながら)
最近外食ばかりになっています(慌しい日々が続いています)ここへきて数日時間ができたのですが何しよう?となっています(出費が重なっており余裕はなく)亡き息子のことが思い出されて集中できずぼんやりスマホを見つめては気持ちが落ち込み(スマホも得意じゃないので活用できておらず眺めているだけって感じです)散歩に行こうかなとも考えたのですがこの調子では気分転換にならないかもと考えたり亡き息子がいたこの時期とてつもないさびしさをかんじていますどうしたらいいのかなぁ
(息子との約束を果たしたのが亡き後という自己満足でしかない話です)キャラ弁作ってみました亡き息子が小学生の頃好きだったキャラクター星のカービィキャラ弁の中では簡単らしくホッのり弁にしましたでも出来上がりは、、、カービィ?またつくってみよう
今月もまた検査です(無性にお腹が減るこの頃)あと少しの辛抱とコーヒーをガブガブ飲んだりして気を紛らわせています(今もまだお魚生活や食事の摂生を続けており次の結果はいかに?)春からは子供達のお弁当作り以来になりますが自分のお弁当作りをしようと思います(亡き息子とのお弁当の思い出が蘇ってきてあったかいような切ない気持ちで胸がいっぱい)お弁当に何入れようか(お腹が空いているのでそんなことばかり考えています)
息子が旅立ってから今日で10年になりました長い年月が過ぎたのですね私はあの日から10年も生きてます世の中とのギャップに耐えながら悲しみは胸の奥にしまいつつ時々何かの拍子に不意に心かき乱されたり悲しみに襲われたり…幸せな光景に目を伏せたり僻んだり…そんな年月を過ごして来ました涙する事は当初からしたら減りましたが…闘病中の時を思い出すと苦しくなるし辛くてたまりません息子の写真は見てると涙が溢れます姿無くても一緒にいる…想いは届く…その気持ちで
やはり担当者を変えてもらいたいと一晩考えて電話をしました本日担当者を変更する(ざっくりいうと元の状態に戻る)という連絡がありました。ホッとしました。
今日はふふふの日なぜか毎年いい夫婦の日と(いい夫婦ではなかった主人と)EPOを思い浮かべる(歌詞は関係ありません)昭和なわたしあたたかい春の予感亡き息子を思い浮かべながら一方で巣立ちの準備をするというとても複雑な1日でした切なくて胸がざわついたけれどわたしの人生まだ残ってそうなので堪えました
法事といっても無宗教ですのでお坊さんは呼んでも(一応主人の宗派に合わせましたが)檀家ではないですそんな感じなのでなぜするのかと言われるとよくわかりません生前への懺悔の気持ちからでしょうか無宗教でも仏壇は大丈夫だったり無知な私は色々知らないことだらけそれはさておき法事には私の実家も参加してこじんまりと執り行う予定です上手くいっていない実家との関係ですが一通りの行事に参加することは当然だという(普段の拒絶は何なのかと不思議になるくらい)態度にはなかなかついていけないのですがも
仕事終わり。問い合わせが10時から㌨で在る。暇や。経済新聞持って来たら良かった。職場から借りて読むんや。ケチくさい。ジジイの借金返済の為に、新聞やめてしもた。クソジジイめ。通帳は残高不足になっとるし。どこ迄こどもに迷惑かけたら気が済むんJARO。宗教2世と同じ運命やがな。億単位で遊び狂った親。ほぼ献金やがな。だからといっておれは、ジジイの貢ぎ先のあっちこっちの会社の社員や社長たちを、手製の銃を作って殺害しようとは考えねぇぞ。ジジイが総て悪くて、ジジイ丈に責任が在る。
最近のこと昨年の夏から続く歯医者通いが終わりました月末に再び検査があります年明けから続く節制に慣れてきました(よほど食べて飲んでいたみたいです食事量を以前と同じに戻すのが大変でした)結果一キロ弱減っています(痩せにくくなるというのを実感しています)検査がどうなるかはわかりませんが(美味しいものが食べたくてウズウズしています)今のところはお寿司を食べる予定です(このお寿司屋さんは回らない回転寿司で息子亡き後に見つけた近所のお店とても美味しくて彼とも行けばよかったと残念です
そう言えば私の母(亡き息子からみたら祖母)には独自の解釈があって牛丼や天丼はいつも卵でとじてあって(それが主流の地域もある?のかなぁ)それを私は子供の頃牛丼天丼だと思って育ちましたでもあなた達が生まれてから私が作る時には牛丼も天丼も卵で閉じませんでしたどうでもいいような話だけどこの話してないな
亡き息子家にいる時には自身で筋肉飯を作っていましたその時使用していた材料が残っています残しておきたい気持ちでそのままにしてあります記憶が薄れて来たせいか先日棚をあけた時料理の材料見つかったーとばかりに使ってお腹の中へ(なんでここにあるんだろう?と一瞬思ったりもしたのですが)先ほど気づきました欲深い自分が情けなくてため息が出ます
亡き主人のブログ登場回数が少ないですね(時間の経過やそもそもの主人への愛情の希薄さがそうさせているかなと思っています)主人の供養をしていれば家族の中の心持ちは違っていたのかもしれませんなぜかそういう気持ちになることはありませんでした(子供達には申し訳なかったかなと思うことも)それでも忘れるということはなくこれまで忘れた日はありませんでしたただ言葉や態度に出す供養には抵抗がありました主人のことまで抱えるのは無理だなというのが本音です亡き息子とはともにあるけれど主人は
疲れが顔に出ているのか疲れてませんかと尋ねられてしまいました最近はあと何回息子と会えるのかなどと考えたりしています(息子の性格ではわたしが平均寿命まで生きても今後100回会えないかもしれない分かりませんが)亡き息子もすでに離れて暮らしていたのでそれほど会えなかったかもしれない(現実的な数字に少しだけ慰められます)一方で時間の流れとともに変化し成長する姿を見るということは回数ではないなと思ってみたり今年もこんな感じで10日目です
灯油を売りに来る車からいつもの大音量メロディー引っ越してきて初めての年亡き息子は受験生でした大音量でしばし停車早く移動して欲しいなぁと願ったものでしたそれから毎年冬の風物詩となったその音楽今年も大音量で流れていますでも息子はいなくなってしまいましたわずか数年で変わってしまった景色についていけませんまだ信じられないのです
なんとかリラックスしたいとひさしぶりにアロマテラピーご無沙汰なので精油とディフューザーを購入するところから始めました水で希釈するのが当たり前だったのに今では直接瓶から噴霧したりするのですね時間の流れを感じましたいい香りが漂っています亡き息子もアロマは気に入ってくれていました枕に少し香るようにしてあげると顔を埋めていい香り〜(中学生の時)と笑顔だったのを思い出しますあの頃はリラックスできていたのかなぁなんて思ったりしました
フリース袖口が調理中に熱で焼けてしまいゴワゴワになってしまいました(あぶないですね)捨てようかなと悩んでいるのですが亡き息子がいた時によく着ていたものなのです(息子との思い出で会話している私はこのフリースを着ている場面が多いのです)そしてひらめいたのは洗って亡き息子の服と一緒にしておこうです
なんだか解凍するのが面倒になって固まったままの豚こま肉を鍋に投入煮込んだつもりだったけれどミルフィーユ状に重なっている内部には火が通っておらず食べ始めてから食べちゃダメと息子にストップお肉だけ取り出してレンジでチンする羽目にチンした後も息子はトラウマなのか全てのお肉を細かくチェックしていましたいつもの光景それにしても亡き息子がいたら一緒にお酒でも飲んでいたはず寂しすぎます
お味噌汁を作ってお肉を焼き冷凍食品を食べた1日お菓子を焼いた以外はぼんやりと過ごしています最近は体重増加の一途を辿っておりこのまま戻れなさそうです(月末また検査なのに)そしてこれから数ヶ月私にしては忙しくなりそうでこなせるか不安です(ここで頑張らなければ先も無いのですが)ふと思うのです今の状況下で亡き息子と接していたならば違ったのでは無いか(彼自身の悩みは今でもわかりませんが金銭面での見通しや学業の継続において安心できる何かをもたらすことができたのではないか
定番のパウンドケーキレシピ通りに作れました次回はお砂糖を減らしてみよう(パソコンのしすぎなのか頭がまわりません)ぼんやりしても亡き息子のことを考えてばかりです
亡き息子の法要や終い方について亡くなってからはっきりとは決まっていません(パパのお葬式後からは義実家とは絶縁していますかといってわたしの実家の宗教?となると筋が違うし分からなくなるのでパパに合わせることに決めたのですがそれすら覚えていなかったのでお手紙を書いてどちらの宗派か伺ってみたりと慌てました情け無いですね)人間関係をいい加減にしてきた結果です亡き息子の終い方これからどういう形にしていくかを息子とずっと話し合っています合理的すぎる返事しか返ってこないのですが(ここ
近ごろの忙しさに疲れ気味です(イメージですがそもそも一般的な方々の半分以下しか動けない感じですすぐぐったりしてしまいます)新しい経験や知識を得ることは亡き息子にしてもらいたかったです(自分が何かを学ぶほど虚しくなります)
パート先の健康診断で引っかかった項目今回別件で健康診断を受けたのだけれど引っかかっていることは黙って受けました結果異常なしということでしたですが専門医に診てもらおうと思っています(今回の健康診断のために少し食生活意識していますし最初の検査もグレーだったのかもしれないし)どうでもいいと思いながら息子には心配かけたくないので健康は維持しておかないとなぁと複雑な思いそれにしても12月ですバタバタとしているうちに半ばもすぎ柚子湯も間近年末の賑わいを楽しむ気もおこらず(
12月6日、亡き息子が大変お世話になった劇団の公演がありました。息子が出演させていただいた公演の再演ということで、息子の友達の◯田さんが、亡き息子の席を用意をしてくれました。私たち両親も観に行きたかったのですが、仕事の都合で行けませんでした。息子を招待してもらったお礼に、苺3箱を劇場に発送しました。当日の14時頃、「無事に届きました」と◯田さんが送ってくれた写真を見て目が点。せっかく綺麗に並べた苺が、ガッタガタに崩れていて…。それでも「美味しくいただいています」と、とても喜んでくれま
ずっと寂しいのは変わらないですが1人で家の中で過ごし今後の生活を想像してみると寂しくてそして怖い深いところに落ちていくようななんと例えたらいいのか耐えられるのかな少し先の未来にわずかな見通しが立ちそうで少し安堵する一方(まだわかりませんが)なんで生きていかなきゃならないのだろうすでに生きる意味は失ってしまっているのにと矛盾を感じます1人になったら休みの日の1日をどう過ごそう(きっと1日が長いんだろうな)亡き息子を思い出してばかりなのだとしたら先々もずっと
こんにちは今日は亡き息子の誕生日でした...今年元気でいたら37歳…どうしてこんなに短命だったのか私はこんなに元気なのにあの時は、コロナの時期も重なり、3年会ってないし電話もしないし、LINEは3年前の12/15が最後今日は、恐る恐るLINEを送ってみました!スマホは解約してますが、私はそのままにしているので送れましたつくわけもない既読を待ちましたが、虚しさだけが残りました…夢にも何度も出てきてくれますがいつだって小学1年生くらいのかわいい姿です不思議…小さい姿に生ま
先日の役所に申請した件三ヶ月で役所から連絡が来ました(早ければ二ヶ月ぐらいというのは無理でした良い方に期待をかける癖は考えものですね)普段それほど忙しくない私にとってやらなければならないことが同時に起きると途端に焦りがひどく不安になりますゆっくりひとつずつじぶんに言い聞かせ(期待しないよう楽観的にならないよう)そして亡き息子を思い浮かべてみます(彼にはどこか人をほっとさせるところがあります)
就職について今日は少し先への見通しが立った?かもしれない日になりました(そんなこと言うと考えの甘い私のこと違ったなんてことがあり得る)これからどのように動けばいいか考えます(久しぶりに安堵できる話だったのともう少し早ければ亡き息子に負担をかけなかったかもと後悔しています)