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※こちらの記事は、平成29年10月7日に書かれたものです。皆さんこんばんは。今回は、ついに今年の大河ドラマ『おんな城主直虎』の感想に入ります!平成28年の大河ドラマ『真田丸(さなだまる)』の感想は最終的に1回1回書くようになったので非常に時間がかかってしまいましたが、今回は『真田丸』の当初のように5回分まとめて書きますので、それほど時間はかからないと思います。※記事下部に武家や公家の人物名の読み仮名を載せています。『真田丸』についての記事を読みたい方は、下記リンクをタップしてください:
2023年8月30日に天野純希「信長、天が誅する」を読了しました「信長、天を堕とす」と同時刊行とのことでしたが、ここまでリンクしているとは…。と思ったら、文芸誌の連載で天野さん→木下さん→と交互に書いていたものが、同時に文庫化されたんだそうです。なるほど。第一章は井伊直盛。NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」を思い出す。しかし、字が違うだけで、印象が変わるなぁ。関連作品として解説に「雑賀のいくさ姫」が出てきました。持ってるけど、まだ読んでなかった〜。第二章はお市の方。ラストの市の呪いに
続・龍潭寺。開山堂から今度は反対側の渡り廊下を行き稲荷堂へ。萬松稲荷享保元年(1716年)に稲荷大明神を建立。寛政八年(1796年)に稲荷堂を再建。寺院内に神社があるのは不思議な感覚かもしれないがそういうお寺って意外と多い気がする。寺院内なので稲荷「堂」なわけだよ。再び本堂へ。手前に直虎と虎松の像奥には巨大な懸魚左の脇間の奥に見えてたのがこちらの部屋ほほえみ観音菩薩さまモナリザの微笑ねぇ…ちょっと怖いよねあれw因みにアイルワースのモナリ
はい。再開します。最後の更新が10月17日でした。実に丸二ヶ月wそして更新サボってる内に気付けば旅行から一年以上経ってしまったという…今回から四日目。浜松市へ来たならばこちらも外せません。龍潭寺彦根にも龍潭寺がありますが、向こうは彦根藩井伊家の菩提寺で、こちらの龍潭寺は彦根藩成立前の当主の菩提寺。つまりは井伊の赤鬼の墓所はこちらなのだ。周辺マップ井伊谷城も車ですぐの距離に。因みに2020年に彦根城へ行き、佐和山城の中腹へも立ち寄っているが彦根にも龍潭寺がある
「どうしても行くんかね。考え直したほうがいいんじゃないか」私は、一緒に歩いている相手に聞いた。当時、私達は、地球防衛軍の隊員として活動していた。そして、この友人は、地球初の異次元航行の実験の乗員としておもむくところである。「いや、誰かがやらなければならないんだ」「だけど、まだ無人の航行実験も成功していないうちに有人で行なうなんて無茶だ」「成功率は99%だ。シミュレーションの計算でもそう出ている」「しかし1%の不成功の可能性だってある」「異次元人との戦に備えなければならない」「そ
伝井伊共保出生の井戸のどかな田園風景の真ん中にそれはありました。今更と思われるでしょうが井伊直虎の家系の初代共保出生の井戸です龍潭寺に車を停めて歩ける距離です井戸から生まれる筈は無いので、この辺りに捨てられていたのか、何かの事情で「井戸から生まれた」事にしたのか。直虎(次郎法師)は22代直盛の一人娘なので、22代と24代直政の間の時代に井伊谷を統治した事になります。女性は名が残らないもんなんですね家紋である橘の木が植えられていました井戸の蓋が無造作に開けられ
北東に少し行くと名古屋市緑区桶狭間。幕山の交差点。右(東)に行くと桶狭間古戦場公園。左(西)に行くと巻山で、桶狭間小学校がある。なんて良い学校なんだ(〃▽〃)ぐるっと西に、学校の裏に廻ると畑に看板。井伊直盛陣地跡(伝)の案内板です。最近出来たらしくて行きました(^^)直盛(直虎の父)が義元の西の前衛に、陣を張った場所と伝わります。しかし、緑区の見解では信長は北から義元の本陣が置かれたおけはざま山を攻撃。直盛も義元の救援に向かおうとするも取り巻かれて(巻山の由来)戦死。
【書評】日航機墜落事故陰謀説に崩れぬよう求めた事実ニフティニュース陰謀説に定番の陰謀機関の類は一切、登場せず、資料も怪文書ではなく、例えば事故機の様子を目撃した子供らの作文集だ。ぼくは陰謀説の類はフィクションの...カトリック教会の聖人アッシジのフランチェスコの袋を研究した学者たちが知ったこととは?【写真】Sputnik日本(風刺記事)先の報道によると、カトリックの保守派神学者や聖職者が、「異端的な考え」を広めているとしてローマ法王を非難し、異端を「是正」する公式書簡を
桶狭間の戦いの真相と忠臣井伊直盛?書評『今川氏研究の最前線』(大石泰史編、洋泉社、2017年)その二さて、今回も「今川氏の『徳』が問われた『井伊谷徳政』とは?」(粕谷幸裕)の記述からのポイントについて書きます。(2)井伊氏と今川氏の関係:忠臣井伊直盛と、桶狭間の戦いの真相桶狭間の戦いの後、永禄三年八月の今川氏真から井伊直盛の菩提寺となった龍潭寺への安堵状が出ています。本論考では「駿府に赴いた訴人の代表格」とされる匂坂直興(さぎさかなおおき)ら今川氏給人が祝田に在番し始めた
うっちーこと宇都宮芳綱です以前、義姫にスキルがやっと付いたと書きましたが(詳しくはこちら)、同様に今まで苦労させられた駒姫にもやっと付きました付くまでの履歴ですがグフッ!><戦陣千鳥失敗細川さんから狙ってもグフッ!><育成していたのを使ったのにですが、遂にこの直盛さんも育成していたのですが、駒姫のスキル完成のため生贄になってもらいましたそして付いたスキルはう~ん!( ̄ー ̄
いよいよ来週末に近づいてきた合戦イベント「桶狭間の戦い」。本日はお待たせしました、両軍の部隊長と大手柄武将の発表です( ̄□ ̄;)!この手の発表の際には、だらだらと前置きを書いたところですべからく読み飛ばされる運命にあるので、四の五の言わずに早速見てみましょう↓両軍5名ずつ、都合10名の部隊長となっております\(゜□゜)/みなさんそれぞれに凛々しい顔つきとなって参りました。織田軍の方は、いわゆる一般的にイメージされる織田オールスター軍団とはちょっと違う、ちょっと渋めのライン
永禄3年(1560)5月、ついに海道一の弓取りが動いた。狙うは信長の首か、それとも上洛か、今川義元が満を持して領国に動員令を発したのである。後に天下人となる松平元康(徳川家康)を始め、井伊谷の領主・井伊直盛ら三河・遠江衆を先陣に、2万5千ともいわれる大軍が続々と尾張へ向けて進撃した。対する織田信長。彼の頭に籠城という選択肢は存在しなかった。僅かな供回りを引き連れて城を出ると、自ら先頭に立って最前線へと馬を走らせた。空に流れる不気味な雲は何を暗示するのか。乱世を象徴する運命の一戦が今始
静岡県浜松市龍潭寺新緑がとっても綺麗でした。昨日は1日オフだったので静岡まで行ってきました。隣の県なのに電車の乗り方が違ったりして新鮮でした(笑)「大河ドラマおんな城主直虎」の影響で、平日にもかかわらず大盛況でした。また昨日は偶然にも直虎の父直盛の命日だったらしく、「五正色幕」という特別な幕を見ることができました。#日本#静岡#浜松#引佐#井伊谷#龍潭寺#井伊直虎#直虎#寺#五正色幕#japan#shizuoka#hamamatsu#iinoya#te
国分館跡道南文化財ウェブマップ北海道旧纂図絵』(函館市中央図書館所蔵)によると厚沢部町の館村に「第十四国分館」と呼ばれる中世城館があったとされています。館主は松前大館の守護...魯山人寓居跡ーいろは草庵ーわたし流のシニアライフ金沢駅周辺(金沢城、近江市場、武家屋敷)、山代温泉街(魯山人寓居跡ーいろは草庵ー、九谷焼業績展示館)、富山駅周辺(富山市郷土博物館ー富山城ー)など...中山道六十九次(4)戸田渡船場跡(東京都板橋区)~蕨宿(埼玉県蕨市)フォートラベルここから堤
今回は姿の片鱗も見せませんでしたが、尾張のうつけ者はうつけ者などではない、とんでもない大器だったわけで。勝つつもりしかしなかった人たちを、どん底に落としたわけですね。おとわの父親も世を去り、ますます井伊家は大変なことになっていくのですが。何故なのか直親に家督を継がせると言い残さなかったことで、実際の歴史では内政に不穏な空気が流れるのですが、このドラマではどう見せるのでしょうね。
皆さん〜、大河ドラマ「おんな城主直虎」見てますかぁ〜?見てるよね〜、こないだはどうだった?世に言う「桶狭間の戦い」で今川は大敗、今川義元も討ち取られました。さらに井伊にも悲しい報せが…小野政次の弟、玄蕃が討死。兄・政次の心中は…泣いてます。そして…玄蕃の妻・なつも…悲しみに包まれました。さらに井伊氏の当主でおとわの父、直盛は自害…直盛の妻・千賀は涙をこらえ、亡くなった直盛の髭を整えています…直親は涙をこらえてますが目が潤んでます…そして…おとわ…泣きながら父・直盛に問い
皆様おはようございます。2017年3月5日(日)のおんな城主直虎を視聴し終えました。タイトルは『桶狭間に死す』でした。桶狭間の戦いは、今川義元にとっては敗北であり、敗軍の悲惨さが描かれていました。織田信長の立場で描くと痛快な勝利の話ですが、今川義元の立場で描くと敗れた側の家族の悲惨さが際立ちました。桶狭間の戦いにも関わらず、今回は織田信長の姿は見えませんでしたが、今後、徳川家康の同盟者として重要な役割になります。春風亭昇太さんが演じる今川義元は、声どころか姿も現さず、フェードアウト
私が講師を務める史跡散策サークル・愛知ウォーキング史跡巡り倶楽部で、桶狭間古戦場に行ってきました!今回はメルマガで告知しましたが、名古屋市緑区と豊明市にある2つの桶狭間古戦場をまとめて巡るという内容。ガッツリ歩きましたが、桶狭間という現場の高低差や各史跡の距離感を体感でき、楽しかったです。ところでその散策会の最中、緑区桶狭間古戦場公園で、お世話になっている古戦場保存会の青山さんにお会いしました。青山さんは、『おやじうたうたい』と称する、郷土史家&シンガーソングライターです。自作の桶狭間
皆様おはようございます。2017年3月5日(日)のおんな城主直虎は第9回『桶狭間に死す』です。今回は桶狭間の戦いがどのくらい描かれているのかに興味があります。今川義元側の井伊氏の立場から描いた桶狭間の戦いですので、織田信長が出てくる場面は少ないかもしれません。また、春風亭昇太さんが演じる今川義元の最期がどのように描かれているのかも注目しています。今川義元は、一言も話さずフェードアウトするのでしょうか。今川義元は定石の攻略の仕方をしていったと思います。大軍を率いているならば、奇襲や
桶狭間古戦場伝説地で有名な、愛知県豊明市で井伊直盛に関する観光パンフレットが発光されました。井伊直盛は大河ドラマでは、直虎の父という設定ですが、直盛自身は実在した人物で、永禄三年(1560)の桶狭間合戦に今川方として出陣して討死しています。ちなみに布陣していた場所ですが、緑区側の研究では、【巻山】という場所で松井宗信の陣があった高根山の南辺りです。今回の豊明市のパンフは、陣の場所など詳しいことは書かれていませんが、直盛と桶狭間での活躍と最後について詳しく書かれています。私の感想ですが、こ
皆様おはようございます。2017年2月26日(日)のおんな城主直虎を視聴し終えました。タイトルは『赤ちゃんはまだか』です。井伊直親としのの間になかなか子が生まれず、しのが一人悩むストーリーでした。本当は井伊直親と次郎法師がともになればよかったと周りが望んでいたことも悩みであり、井伊直親と次郎法師の間にいまだ絆があることも悩みであったようです。次郎法師が小野政次に頼んで自分の鼓を売り買い求めた麝香もしのが受け取ろうとしないぐらいに鬱気味になっていました。子ができないと深く悩むのは男性
皆様おはようございます。2017年2月12日(日)のNHK大河ドラマのおんな城主直虎は『初恋の別れ道』です。2歳7ヶ月の姪と7ヶ月の甥が実家に来ているので寝静まった20時から楽しみに見ています。前回は亀之丞が井伊谷に帰って来ましました。そして、井伊谷で元服をすると決めていたと述べていました。いよいよ亀之丞が井伊直親と名乗るようです。亀之丞の帰還で前回は鶴丸こと小野政次の複雑そうな顔も見受けられました。父の小野政直は、亡くなる前に「お前は必ず同じ道を歩む」と述べていました。井伊直
ポストセブン最初子役時代が4話も続くと聞いてちと長いなと思ったものですが。見終わると、あの長さでちょうどよかったと思いました。もう見られないのが残念なくらい、3人とも健気で可愛らしかったですね。座談会と言っても、愛らしいです。特に男の子達は背負っているものが大き過ぎる役で大変だったのではないかと思いますが。おとわは姫君だから、亀と鶴に比べればやや爛漫度が高かったですよね。もう回想シーンでしか見られないのかぁ。当然とは言えなんだか寂しいです。
皆様おはようございます。2017年2月5日(日)のおんな城主直虎を視聴し終えました。タイトルの『亀之丞帰る』の通りに、亀之丞が信濃の木曽の山里から井伊谷に帰還します。信長の野望では井伊直親の能力は低く設定されていますが、そうとは思えない立派な青年になっています。ゲームとは違い、それぞれの人物にドラマがあるようです。真田丸の時も真田信繁は日の本一の強者であるだけではなく、政治力を発揮する姿が描かれていました。今川義元、武田信玄、北条氏康が三国同盟を結び、それぞれが後ろの憂いをなくして
1度は夫婦になると約束した人が成人して戻ってくる。ときめくな、というほうが無理wしかも父親に似ず、カッコいい系になって戻ってきた。おとわの母が、還俗して、と思うのも当然だし。でも結局一緒にはなれないし。井伊の跡を継ぐべき男性は死んでしまうのを知っているから、あの爽やかさが見ていてツラいです。私、鶴の行く末は知らないのですが。彼はどうなるのでしょうね。
いよいよ子ども時代の回も終わってしまうのですね。子どもは子どもで大変なことがあるけれど、社会の荒波の前面に立ち向かわずにすむほんの短な幸せな時期でもありますよね。大人になったらそうもいかない。鶴も亀もきっととても大変でしょう。見るほうとしては楽しみですが。
うっちーこと宇都宮芳綱ですそろそろ引けるかなぁと思っていたら、メンテ明けに引けるようになってましたね早速、娘に引かせてみましたまずはコラボで始めた64からですう~ん!( ̄_ ̄i)将来的に57-58と統合したら(するのか?)、使い道もあるかなぁ次は57-58ですグッジョブ♪('-^*)/アタリではないかも知れませんが、そのまま使っても素材としてもグッドですね何よりイラストがキレイです