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龍馬が薩長同盟を仲介し、新撰組が御用改め、薩摩が英国に喧嘩を売った時代、幕末。その激動の歴史のド真ん中にひっそりと隠れて、しっかりと「仕事」をした男がいた。彼は「愛国者」か「裏切り者」か。『ハコヅメ』の作者が「日本警察の父」を描く、超本格幕末史コメディ!タイトルのだんドーンはここから?(1巻より)タイトルのだんドーンはここから?(3巻より)漫画『だんドーン』のタイトルは、主人公・川路利良(かわじとしよし)が鹿児島(薩摩)出身であることや、物語の舞台となる幕末の激動を表す「陣太鼓の音
良いお天気に後押しされて思い立って電車に乗りこんで以前からずっと気になっていた「豪徳寺」へ「豪徳寺」と招き猫の由来"ある日、この地を通りかかった鷹狩り帰りの殿様が門前にいた猫に手招きされ立ち寄ることに。寺で過ごしていると突然雷が鳴り雨が降りはじめました。落雷を逃れ和尚との話も楽しめた殿様はその幸運にいたく感動したそうです。それが彦根藩主の井伊直孝でした。豪德寺は、直孝に支援され寛永10年に再興。和尚はこの猫がこの世を去った後にお墓を建て招福殿を建てて祀りまし
4人は場所を変える事にして茶店を出て湯島天神へ向かって歩いていた。野村休成の命を狙っている者は、結構いるらしく、野村休成の縄張りのような場所の1つである湯島天神へと、広小路を抜け境内へ入り、緑台に座ると、野村休成は、「こうして立派な、お侍が2人、私の話しを買いに来たんだ、2人を信じますぜ」と、少し笑みを浮かべながら言ったので、西郷隆盛は、「では、買いもそう、阿部様を老中首座から落とそうとしているもんは誰でごわすか?」、野村休成は、「それはの」と、言って、しばらく焦らすような感じで、少
開国か鎖国か前回、言い出したら聞かない強情者だったと紹介した井伊直弼ですが、地元彦根では「日本を開国に導いた偉人」として高く評価されています。「欧米列強の圧力が迫る中、冷静に現状を分析し、自分の命をかけた決断によって開国に踏みきった偉人」と書かれたホームページもありました。ここで少し気になるのが、分析の内容です。というのも個人的には、慶喜が語っていた「断には富みたれども、智には乏しき人」という言葉が引っかかっているからです。井伊大老は条約締結に関して、どんなメリット・
給料日に真っ先にすることは?▼本日限定!ブログスタンプ1858年の今日は日米修好通商条約締結の勅許打診を巡って発生した、公家による抗議行動事件、いわゆる廷臣八十八卿列参事件が起きた悲劇の日です。この事件をきっかけに果孝明天皇は条約締結反対の立場を明確にし、20日には参内した堀田に対して勅許の不可を下し、以後条約の勅許を頑強に拒否するほど影響を与えました。なお、桜田門外の変で殺害されることになる井伊直弼がこの事件を起こした88人を処罰することになり、処罰されたものの中に18歳の方も2人いました
世の中には“敵”“味方”なる概念が存在する。その中で日本政府や警視庁(全国警察)とは日本人(江戸幕府側)の敵となるのか?味方となるのか?考えた事はありますか?日本政府とは1860年代の明治維新を機に作られた政府ですが、その明治維新の6年前の1860年3月24日、東京·千代田区の桜田門で“桜田門外ノ変”が起きました。この桜田門外ノ変では江戸幕府側の大老(彦根藩藩主)井伊直弼が、日本政府(ユダヤ=ヤクザ)側の水戸藩によって首を切り取られる暗殺に遭いました。どうして水戸藩(日本政府)が井伊直
YouTubeの「YouTubeの映画とテレビ番組」で「桜田門外ノ変」が無料公開されていたので観た。YouTubeで観る映画は、劇場で観た作品を観返すパターンが多い。でも「桜田門外ノ変」は劇場で観たいと思いながら観れなかった作品である。「桜田門外ノ変」は歴史で習った出来事でもあり有名である。幕末から明治維新にかけての出来事はドラマなどで知っているパターンが多い。しかし「桜田門外ノ変」に関わった人物たちのその後については知らないことが多かった
おはようございます。暑いような、ほんのり寒いような何を着てもしっくりこない月曜日。今週は花粉も黄砂も多そう。もう少しマスクに守られながらがんばりましょー。桜の頃に訪れた雨の彦根城『桜の彦根城だけど、、ほぼ石垣写真』先々週末だったか、ちょうと桜が満開の頃。満開だけど、あいにくの雨…ameblo.jp桜と石垣を堪能したり『彦根城天守と桜と雨』桜が満開の頃に訪れた滋賀県彦根城。あいにくの雨でしたがしっとり…ameblo.jp国宝の天守閣を隅々にまで堪能!続いて訪
2026-04-03生國魂神社に来たのですが、その真ん前にあります案内板読んでみると〜井伊直弼くんが斬られた後、挙兵しようとしてた人たちなんだね〜川﨑孫四郎さんはこちらで自刃したんだでは⋯生國魂神社入りまーすいつもの金の玉を持った龍さんご挨拶しまーすあら、一つの木から色んな色のお花が咲いてるねあ、伊勢神宮の神様だこないだ行ったね〜ご挨拶しとこ下へ行きます鴫野神社女性の守護神らしいので、こちらに来たらご挨拶しています織田作之助像この前法善寺横丁行ったね次のスポ
水野タケシ氏の“ラジオ万能川柳”に入選した私、ぼうちゃんの句です。(2026/4/1、FMHOT839)ご近所に挨拶ぬきで子は巣立つこの春、長女が就職を機に一人暮らしを始めました。引っ越し当日は、ご近所に挨拶するでもなく、あっけなく出発。そういえば、娘より年上の近所の子で、久しく見かけない子も、とっくに一人暮らしをしているのかしら…。時の移ろいをしみじみと感じます。ともあれ、生まれた時から二十数年暮らした家をわが子が巣立ちました。親としては感慨深かったり、寂しかったり、心配が
おはようございます本日は記事を2回更新します。次回更新は本日午後を予定しています。4月11日に、横浜市の掃部山(かもんやま)公園に行ってきました。桜木町駅前に咲いていたお花です。オオデマリです。こちらはまだ緑です。Googleレンズではヒメシャリンバイと出ました。コデマリです。紅葉坂をのぼって公園に向かいます。公園に来た理由はこちら、御衣黄桜です。和紙のような風合いのお花は、咲き始めは緑色です。咲いてから時間が経つとだんだんとピンク色になるの
天寧寺を早々に退散してたか女の生家のある多賀大社に向う、イラストマップでは最寄りバス停が判りにくい😩おねいさんドライバーの勧めで、待合室のあるバス停で降りて帰りの時間をチェック。何十年も昔に来たはずやけど覚えとらん😫その時はもちろんたか女の事も全然知らんかった。手水舎。なんでしゃもじ❓️❓️本殿はあんまり興味ないんよな😟御朱印もらいがてらたか女の生家を尋ねる。形だけは参拝のついでにという体にして……御朱印の横でお守り売ってる巫女のおねいさんはたか女の事を知らんかったわ。勤め
時代小説木挽町のあだ討ちの作者、永井紗耶子さんの幕末江戸の商人の物語旅立ち寿ぎ申し候<新装版>(小学館文庫)今日の明け方まで最終章のところを読んで全部読み終えました。大変読み応えのある引き込まれるとても素晴らしい時代小説でした。木挽町のあだ討ちの面白さに負けないくらい充実しています。これは大変おすすめです。是非お読みになってみてください。普段時代小説を読まない方でも、それほど難しくなく読めると思います。詳しくはこちらからhttps://share.google/
桜が満開の頃に訪れた滋賀県彦根城。あいにくの雨でしたがしっとり濡れる石垣が綺麗って、昨日は石垣ばかりのブログになったので『桜の彦根城だけど、、ほぼ石垣写真』先々週末だったか、ちょうと桜が満開の頃。満開だけど、あいにくの雨…ameblo.jp今日は桜と天守をご紹介城って、なんで桜が似合うのかね。雨で見学客が少なく、写真撮りやすいかも。一見、コンパクトで小さなお城に見えますが3階建で中はけっこう広いお城でした。靴を預けて中へ。曲がり具合が絶妙な梁をくぐって階段へ。
最近のパワースポットの豪徳寺に行く出発は、小田急本線新宿駅ですが、豪徳寺は、各駅停車のみの駅なので2階建てホームの2階から、各駅停車の乗車します15分で豪徳寺駅下車最寄り駅は、世田谷線宮の坂駅ですが、豪徳寺駅から1駅徒歩で豪徳寺に向かいます微妙な上り坂なので、きついですが、外国人が多いです途中、世田谷線と出会います山門まで約800m12分で到着しましたこのお寺は、彦根藩井伊家の菩提寺のため井伊直弼のお墓があるようです
彦根まできた目的はここ❗️天寧寺‼️メインイベントの話しはあとに置いといて、先ずは彦根城玄宮園でちょっと触れたお女中若竹の話し。不義を働いたという事で井伊直弼のお父ちゃん井伊直中が若竹をお手討ちしたけど、お腹の子供の父親は我が子やった事が後で判った。井伊直中は我が孫を殺してしまった後悔から天寧寺を創建し、京都から仏師を呼び寄せて五百羅漢を彫らせてふたりの供養したん。そんな訳で井伊家のプライベート寺院みたいな色合いのお寺。そんな訳で井伊直弼が暗殺された時の遺品が事件後このお寺に持って
ご訪問くださりありがとうございます。私の1番だと思う桜を滋賀を去る次男に見ておいてほしくて彦根城の桜を見に家人次男と3人で行きました。4月4日です。いつもこのころ体調を崩し昨年一昨年と来れなかったのですが今年は行けました。お城からは離れますが何年か前に見つけた一日400円の駐車場に車をとめました。桜の季節は高速道路の出口から渋滞するのでかなり早く家をでましたがこの日は雨の予報だったせいか混雑もなくてかえって良かったです。午前中は雨は降り
2026年4月横浜・桜木町から紅葉坂という急坂を登ったところにある掃部山(かもんやま)公園にてのスケッチ会に参加。ここに来るのは初めてです。行くかやめるか最後まで迷っていたのですが、今年は巡りあわせが悪くここまで1枚も桜を描いていなかったので(家で描いたフェイク画はありますが、、、)、天気も良いので行くことにしました。現地に着くと桜は満開。大きな木の下にブルーシートが広げられています。お花見の場所取りですね。ずいぶん広いスペースなので近所の会社のお花見パーティでしょうね。
3月28日(土)にどうしても見たい物があって早朝から彦根ヘ。車両の不具合が先行車にあったとかで、遅れながらも彦根駅到着。駅前ロータリーには初代藩主の井伊直政騎馬像。目的のどうしても見たい物は午後の方が良いということで、先ずは定番の彦根城への道順を確認。今日から桜まつり、期待してもええやろうか?ひこにゃんやぁ〜❗️今年20周年なんやて。中堀到着。ここから城郭が残ってるんやけど、けっこう車通るなぁ。有料ゾーンに入って来たけど、桜は期待できんなぁ。登城を知らせる鐘楼?咲いてる木が
こんばんは☕️先日、久々にオフ会へ😊ZENI-BAさんが、東京へいらっしゃるということで、春らしい東京を味わっていただこうというと東京駅で待ち合わせをして、先ずは、皇居へ(私、皇居の周りは、時々、通るのですが、ゆっくり見たことがない所があって、お付き合いいただきました😽)1️⃣二重橋へ(正確には、正門石橋)インバウンドが、たくさん!!一般参賀の時、ニュースで流れるあの橋へ。2️⃣桜田門🌸あの井伊直弼の「桜田門外の変」は、この門の外であったそう。(井伊直弼
色気漂う幕末の女スパイ!井伊家の独裁に加担した元芸妓「村山たか」とは...1862年、京都三条河原に縛り付けられた女性がいました。好奇心旺盛な野次馬が集まりましたが、誰ひとりとして彼女を助けようとするものはいません。女性の名前は、村山たか(村山かず江)。当時50歳前後だったといわれていますが、端正な顔立ちで色気を感じさせる女性だったようです。彼女の隣に建てられた高札(看板)には、「この女、井伊直弼の懐刀・長野主膳の愛人である。大胆不敵な行動で悪事を働いてきた。死罪に値す
もしかして壮太郎くんの肩をさするところから始まってる…?娘が「肩に触れてないよ」って…ほ…ほんまや……どんなけ長い時間考えてるねん光くん、お誕生日おめでとう!!お店でサインを書いていた光くんの文字がどーんと大きく「松岡光」だったのが光くんらしくていいなと思いましたかずくんとのライブの時に前々回のオーディションの後でファンの人から声をかけられて光くんが『写真一緒に撮ります?』って聞いたら(この時点で光くんめっちゃいい人で私なら絶対うれしいんだけど)「大丈夫です」って
おおおっこれは、行間バッチリのネタだー!って、いつのブログネタ書いてんねんっ(T_T)\(^-^)ブロ友さんのブログからネタ保存したら、なんか見たことあるな〜と思い、過去のブログ見たら同じネタ書いてましたそれで、自分の過去のブログからも、書けるネタ、書けないネタがあることに気づき、今、書いてます←説明長っ(-_-;)なんかね〜、ブログ無理して書かないことにした無理してネタを探したり、義務感で書かない。
2026年4月3日こんばんは3年ぶりにプロ野球を楽しんでいるこの頃ですが特に贔屓がない分、いろんな試合を聴いています今日は阪神の森下選手の思わぬ送球プレーに野球の奥深さをまた一つ知れた1日でしたねさて、3月中旬の三連休に滋賀県の3つの城下町を一気に巡った湖東三都巡りシリーズは2つ目の城下町、彦根に舞台を移しました今回はそんな彦根のシンボル国宝五城の一つ、彦根城をお送りします彦根城自体にはもう何度も来ているのですが電車で訪問したのは今回が初めてでした開花間近の桜越しに、彦
世田谷八幡宮をお詣りした後、豪徳寺へ。御朱印を頂く様になってから初めての参拝です。以前よりも招き猫を奉納する場所が拡大されていました。御朱印を拝受しました。豪徳寺の参拝客は外国人観光客の割合がかなり高かったです。ガイドブックに載っているのでしょうか…?『東京・豪徳寺「招福猫児」。』東京から帰ってきました。半沢直樹見たさに早めにいつもより帰宅したのでした(*゚ー゚*)昨日は東急世田谷線、都電荒川線沿線を散策してきました。どちらも初めて乗り…a
3月28日(土)、彦根城に桜撮影に行きました。前回は、彦根城に関わる第1回撮影ということで、①城彦根城の内堀内今回は、②彦根城の玄宮園内堀と中堀の間です。枝垂れ桜です。ソメイヨシノじゃないので、もうけっこう咲いていますね。ちょっぴり咲いていますが、ソメイヨシノでしょうか。井伊直弼さんですよ。あの「桜田門外の変」で非業の最期を遂げられました。ここから玄宮園です。彦根藩の下屋敷にあたる部分だそうです。1679年に完成したのだそうです。変化に富
うえはら習字教室大阪府池田市で日本習字の教室を開いて31年ご訪問、ありがとうございますブログ【一期一会】(いちごいちえ)茶道に由来するこの言葉も意味も、ご存知の方も多いと思います。この頃、人生を【線】で考えられなくなりました。前は、自分の前に一本のまっすぐな道が見えていたのだけど……。その日その日の【点】でしか考えられなくなっていることに気づきました。理由は、年齢当たり前の日常が、こわれていくかもしれない自然災害や昨今の世界情勢への不安その他諸々の(取越苦労によ
おはようございます月末に1件づつ配って下さる彦根地域みっちやく生活情報誌からですビジアルも可愛いがポーズや動きが心奪われるひこにゃんひこにゃんは国宝彦根城築城400年祭の終了で役目を終える期間限定のキャラクターだったところが400年祭のPRで全国を回る様子や彦根城のすす払いをする姿がテレビや新聞で取り上げられブログでの情報発信と相まって一気に知名度が全国区にひこにゃん効果で400年祭の来場数は目標人数を大きく上回った翌年の
我が国は、過去、中国をはじめ様々な国の人々の貢献を受けてきた。その方々について、調べてみる。老人の歴史の自主研究です。アメリカ初代駐日領事タウンゼント・ハリスの続きハリスは、たび重ねて江戸出府を要請し続けていたが、1857年7月にアメリカの砲艦が下田へ入港すると、幕府は江戸へ直接回航されることを恐れて
これ木を切る作業をしてるところなかなか勇敢なお仕事桜はまだこれは梅なのか井伊直弼さんこの人が彦根城を建てたわけではありませんでもいちばん有名ですよね彦根城は井伊家のお城国宝天守が国宝指定されてるのは姫路城彦根城犬山城松本城松江城天守閣まで上がるのはなかなかハードです角度は60度で特に降りるのがキツイ