きのうここに、太宰治がリベルタンとは「無頼の町奴みたいなものだ」と「パンドラの匣」で語っていたと書いた。しかし、訂正が必要である。上記のようなことを、太宰は、井伏鱒二への手紙で綴っていたのだ。「パンドラの匣」のことは、これから河北新報で連載する意図について、井伏宛てに述べていた。太宰が津軽に、井伏が広島に疎開していたころのことだろう。だからふたりの関係はまだ良好だったわけだ。まあ当方の記憶もそれほど崩れていたのでもない。「パンドラの匣」は、高校か大学時代に一度、三十代に再読したくらいだから。大岡