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またまた凄い…15億…天下一品生麺…まあこんな感じかな…手巻(ねぎとろたく…アボカド…)イカそうめん…焼いておいしい絹豆腐…ちぢみほうれん草…サルサソースチップス…豚キムチ定食…残モノで…雪下にんじんは終わったかな…サンマつみれいってみるか…マイナンバーカードがやっと出来て…本当に必要だったんだろうか、これ…二ヶ月ぶり…粉チーズカップごと…カップ少なかったが…やはり具もゴロゴロ…ベーコン…玉ねぎウマい…やはり近々行かねば…あれっ⁈ここって懐かしの⁈…間違えた…こっ
2026年1月12日(月)。天気晴れ。成人の日。今日はそれほど風も強くなかったので、良かったです。しかしながら、旧暦1月15日(上元)を元服の日としたことが由来なのであれば、新暦の1月12日を成人の日とすることはかなり形骸化した取り扱いのようにも思えます。今日は旧暦では11月24日、満月でも何でもないですし。なんて、ひねくれたことを考えてもダメですね。成人、おめでとうございます!JR「東京駅」丸の内北口の天井です。丸の内北口から外に出て、「新丸ビル」(右)、「丸ビル」(中央)、「KITTE丸
こんにちはゆみきちです遊びに来てくださって嬉しいですありがとうございますここ数回のブログは一時帰国の旅のお話と同時に、英会話の話だけじゃない、でも確実にこれからの私の活動につながっていくお話を書いています。実は今、「教育者×英会話」をテーマにした新しいコミュニティを、少しずつ形にし始めています。素敵な出会いがあって、中学校の先生と一緒にスタートしようとしています本格的なお知らせは、来月くらいになりそうです
幕末にイギリスに密航留学した長州ファイブの一人、井上勝が鉄道王国日本の基礎を築いた。■転送歓迎■R07.11.23■85,726Copies■9,322,705Views■過去号閲覧:https://note.com/jog_jp/n/ndeec0de23251無料受講申込み:https://1lejend.com/stepmail/kd.php?no=172776■1.5人の出発伊勢:今日は幕末の話だ。文久3(1863)年、明治改元の5年前だけど5月12日の夜
長州藩英国密航留学生撮影者:不詳撮影地:イギリスロンドン撮影年:文久3年~元治元年(1863~1864)画像:鶏卵紙91x58mnm前列左より、井上馨、山尾庸三、後列左より、遠藤謹助、井上勝、伊藤博文。(秘蔵古写真幕末監修日本カメラ博物館)(彦島のけしきより)
上野からいきなり品川に移動これは、時間が余ったら行きたかった予備のための訪問計画を実行するためでした。その場所は品川の東海寺徳川家治の嫡男家基は11代将軍として期待された人物でしたが狩に出た途中で体調を崩し東海寺で休憩したあとに江戸城に運ばれて亡くなります。そのことがあり、僕の記憶には深く刻まれているお寺の一寺なのですがなかなか行くチャンスがありませんでした(微妙に乗り継ぎが必要で…)ですから、このチャンスに寄りました。東海寺は、江戸時代前期に徳川家光が沢庵和尚の為に建立したお寺で、
今日は仕事で新橋から丸の内へなぜか写真を撮りたくなった新橋の蒸気機関車東京駅の地下でこれも蒸気機関車東京駅の地下街ができた記念だっけかな??この蒸気機関車の車輪の置物地上に出て東京駅です重要文化財目的地の某信託銀行へ向かっているとこの銅像が鉄道の父井上勝さん旧姓の野村弥吉さんの名前のほうが知られているかも井上勝-Wikipediaja.wikipedia.orgいわゆる幕末の長州ファイブの一人萩市観光協会公式サイト|山口県萩市www.hagi
いよいよ、開幕日が近づいてきた。世界遺産登録10周年記念企画展「シン・萩の世界遺産」のチラシぜひご覧ください!
2025年1月11日(土)。天気晴れ。所用があり、東京モノレール「流通センター駅」近くへ。京浜運河に架かる「大和大橋」の上から。「東京駅」に移動しました。丸の内駅前広場に立つ日本の鉄道の父「井上勝像」。一時行方不明になっていましたが、見事に復活しています。丸の内北口駅舎のドーム天井。「新丸ビル」(手前、2007(平成19)年築)と「丸ビル」(奥、2002(平成14)年築)。「丸の内仲通り」。年末に来た時よりも、だいぶ人が少なかったです。「第一生命日比谷ファースト」の「丸の内仲通り」沿
写真は、青森-弘前間の職員用鉄道時刻表です。去る令和6(2024)年12月1日、青森-弘前間の鉄道は、開業から130周年を迎えました。本県のニュース番組で取り上げられましたので、ご覧になった方もいらっしゃるでしょう。冒頭の日付「明治廿七年十二月一日」とは、まさに西暦1894年の開業日です。表によると、列車が5往復分掲載されています。そのうち2往復は「※貨」という印が付けられた列車です。欄外に「※ハ用アル時ニ運転ス」とあるので、必要なときだけ運転する臨時の貨物列車でしょう
来る11月22日(金)、標記の番組が放送される。萩博物館の開館20周年だからこそ実現できた特別な番組である。NHKプラスでも見逃し配信があるので、どこでも視聴可能だそうだ。ご高覧賜りますれば幸甚である。Yスペ!-NHK
東京日帰り出張9時頃、富山駅で朝食がてら「立山そば」かき揚げそばが食べたいのに、食券機が販売中止になっていて、白えび天そばますの寿司は何度も食べているので、ぶりの寿司。ここは出汁が美味い!(完飲)自分は新聞を読まずに溜め込む癖がある。(セコいから読まずに捨てれないが)電車の中で、溜め込んだ北日本新聞を10部ぐらいサッと目を通した。中身は衆議院選挙の記事ばかり。保守王国の富山は、(1区の裏金議員も含めて)1区から3区まで、前職の自民党議員のままだった。東京駅に着いて、丸の内中央
1925年の開業時の洋風駅舎が残るJR山陰本線の萩駅。国登録有形文化財に指定された駅舎は「萩市自然と歴史の展示館」になっています。同市出身の「鉄道の父」井上勝(1843~1910年)をはじめ、鉄道に関する資料も見られます。美しく落ち着いた雰囲気の萩駅舎。駅本来の機能は駅舎東側(写真左側)のみで、大部分は萩市自然と歴史の展示館になっています明治維新の原動力となった長州藩の城下町・萩市。鉄道の敷設は大正末期と遅かったものの、萩駅は多くの人材を輩出したまちの表玄関にふさわしい装
去る10月5日(土)、ホームグラウンドの萩博物館で、表記のタイトルにて講演をさせていただいた。実は萩市が毎年実施している「長州ファイブジュニア」英国語学研修として、今夏、ロンドンに派遣された5人の女子中学生の帰国報告会として催されたもので、僕はその前座講演をやらせていただいたというものである。そしてその様子が、すぐにNHKのニュースで報じられた。まだまだ研究途上、これから詰めないといけない部分も多いが、地道に続けてゆきたい。そして来年3月の世界遺産登録10周年記念企画展「シン・萩の世界遺産」をど
先日の山口放送に続き、テレビ山口のニュース番組で流れた動画がアップされたのでこれもぜひ。鉄道発達史の一場面を物語る貴重な資料「鉄道の父」井上勝ゆかりの品イギリス人が萩市に寄贈|TBSNEWSDIG(1ページ)
先日報告させていただいた件、ネットにニュース動画がアップされていたのでこれもぜひご高覧いただきたい。本当にありがたいことで、寄贈者に連絡を入れたところ、とても喜んでおられるご様子だ。メインで報じられた逢坂山トンネル開通記念小箱は歴史的・文化的にすこぶる価値が高いので、しっかり保存をしつつ、多くの皆さんにご覧いただけるよう、準備を進めていく所存だ。寄贈者もそれを強く望んでおられるので、ご期待にお応えしたい。「鉄道の父」井上勝が恩師に贈った記念品萩市で10月に公開へ|日テレNEWSNNN
大変ありがたいことに、7月下旬、イギリスに出張させていただいた。海外への出張は初めてのことであったが、イギリスには17年前に行ったことがあり、またその2年後にはアメリカに行ったこともあり、海外へ行くこと自体はさほど苦にならなかった。それにしても、今回のミッションは大変重要な意味をもつことであるので、必ず成功させねばならなかった。何とか無事にやりおおせて、今はほっとしているところだ。今回のミッションの詳細については、昨日、記者会見を実施し、さっそく山口新聞が記事にしてくださったので、そちらに
6月14日(金)、NHKのラジオに生出演させていただいた。「長州ファイブ」、とくに井上勝について焦点をあてた内容であった。大変遅くなったけれど、まだ、聞き逃し配信が続いているので、よろしければお聞きいただければ幸いである。日本の近代化に貢献した長州ファイブ~命をかけた5人の若者~|NHK
シルバー勤務がなく雨上がりの火曜日。昼食後散歩に出かけることにしました。最初は4km先にあるモンベル品川店を目指しましたが、途中で大崎、大井町を回って帰ることに変更しました。大崎の駅を東側に渡り目黒川を道沿いに下っていきました。新幹線のガードをくぐり、京浜東北線のガードをくぐる前に史跡が見えました。史跡には「官営品川ガラス製造所跡」とあります。全く予備知識のない史跡にびっくりです。そしてそこの先にまた目新しいものが見えてきました。
前回に引き続き惣郷川橋梁を通過する普通列車『萩・津和野訪問①』惣郷川橋梁を通過する普通列車3月後半ですが、萩・津和野を訪問しました。主な目的は知り合いのアテンドなので、鉄分はほぼなし。羽田空港を出発消席率は50%以…ameblo.jp前回の列車を見送った後、今度は下り列車を別の角度から撮影するべく場所を移動します。旧餘部鉄橋ほどではありませんが、日本海側に鉄道を貫通させる強い意志を感じさせます(大袈裟ですかね)。須佐駅で先ほどの列車と交換した下り列車が来ました。う
帰りに東京駅に入構して来た武蔵小金井行に乗ろうとして頭上の電光掲示板を見上げたところ、《京王線は柴崎駅での人身事故で・・・》という表示が目に入りました。素直に調布市柴崎に存する駅を思い浮かべれば良いようなものですが、根が大阪人のものですから、阪急千里線の柴島(くにじま)駅を思い浮かべて仕舞いました。大阪府下の近代水道発祥の地柴島浄水場の在る柴島の地名は柴島神社に由来するようですが、くにという読みに柴という字を当てた理由は諸説在るようではっきりしたことは判っていないようです。同じ
【Q20038】2024年4月13日の福島競馬2レースで史上最多となるJRA女性騎手6人の同時騎乗が実現しましたが、その6人とは6着の小林美駒(みく)、8着の藤田菜七子、11着の古川奈穂、13着の永島まなみ、15着の大江原比呂と、16着の誰?【河原田(かわはらだ)菜々】【Q20039】東京駅丸の内駅前広場と山口県のJR萩駅前に銅像が建てられている、幕末に伊藤博文らと共に長州藩からイギリスに派遣された「長州五傑(長州ファイブ)」の一人で、鉄道敷設に尽力し「鉄道の父」と呼ばれる人物で、明治24年
四日目、ホテルからバスに乗るときは雪がチラホラ🌨️❄️寒ぅ~😥今日はまず仙崎に向かいますがせっかくなので山陰線に乗ろうというので私たちは萩駅で降り列車で、荷物はバスで移動しました。萩駅の駅舎お洒落です。中には街歩きの案内や長州ファイブに関する展示があり、居心地のいい駅でした。長州ファイブの一人鉄道の父・井上勝です。土にまみれて働く姿の「井上勝志気像」素敵なたたずまいの萩駅は無人駅でした。9時9分発の長門市行の一両編成島根県の益田
鉄道の父と言われた、井上勝の墓参りです。井上勝とは明治期の鉄道技術者。鉄道庁長官。長門国の藩士井上勝行の三男として生まれる。野村家を継ぎ野村弥吉と名のり、明治維新後実家に復籍し井上勝と称した。長崎や江戸、そして箱館の武田斐三郎の塾で洋学を修めた。1863年(文久3)伊藤俊輔、井上聞多、山尾庸三、遠藤謹助らとイギリスに密航、ロンドン大学で鉄道、鉱山技術を学び、1868年(明治1)帰国。1871年工部省鉱山頭兼鉄道頭に任ぜられたが、翌1872年鉄道頭専任となり、東京―横浜間の鉄道敷
大宮鉄道博物館は2回目です。前回は、10数年前だと思うけど、ニューシャトルの大宮駅までの通りには、何も無くて、ちょっと、さみしい感じだったに、今は、ルミネ2となって、お店が並んで華やかになっていた。車体もおしゃれになっていた。博物館そのものが、さらに大きくてびっくり!懐かしさを感じて、寝台車に乗って見たけど、こんなに狭かったかと驚いた。たまたま、隣にいた若いお兄さんに、「寝台車に乗ったことある?」「ないです。乗ったことはありますか?」と言われたので、乗った時の狭さと怖さを伝えました。二人は199
昨日はお昼過ぎてから数時間、雷雨天気予報で時々「ところにより一時雨」って言う人がいるけど、それって予想屋仕事の放棄だろって聞くたびに思うのダいいよね、そんなのでカネ貰えてってでは、秋の乗り放題パス旅の回顧録…『東萩駅と松下村塾』昨日の夕方はバリバリゴロゴロお久しぶりの雷雨で、天気予報は大ハズレ真面目に予想する気があるのかどうかは定かではないけれど、洗濯物を取り込んだ直後だったからセー…ameblo.jpからの続きデスっ地図サイトを見ながら松陰の墓を目指そうと思ったものの、直ぐに道路が
今日は朝から晴れの1日となった。昨日の朝は曇っていたが今日の朝は晴れていたので雪が少し積もった富士山の青空バージョンが撮れてよかった☺️📷🗻昨日はティップネス丸の内スタイルの事を書いたがお盆休みに芝大神宮、増上寺に行った帰りに東京駅に寄ってから帰った。※2023.8.12の話です。東京駅の駅舎。ここに来たのは久しぶりだな。ちかみに丸の内スタイルは東京駅の南口なので少し歩けば見に行く事も出来たのだが…この炎天下の中を歩く気力は既に尽きていたので行ってません😅※当日の気温は3
用事があったので、久々に大手町へ行った。かつては大手町に勤めていたり、通勤経路だったりしたけど、もうすっかり変わってしまって、お上りさん状態。大好きだったHoney'sBar、JRの結構いろんな駅にあったのに、全店閉店してしまった。私はジュースは飲まないのだけど、冬季に販売されるここのとうもろこしスープは秀逸だった。ちょっと高かったけど本当に美味しくて、時々買って賞味していた。が、段々、冬でもこのスープの販売をしなくなっていった。高層ビルたちが美しい。↓は、元富士銀行
今回は、井戸に関係するあの一族のボスが語り部です❗❗🤗
年始に関係先へ挨拶回りをする中で少し時間のあきができたので、午後のひととき東海寺を訪れた。これだけで何をしに行ったのかがわかる人は相当の鉄道通だ。正確には東海寺大山墓地である。東海寺から少し離れたところにある墓地には我が国鉄道の父たる井上勝の墓がある。東海道本線・京浜東北線と東海道新幹線・横須賀線・山の手線、目黒川に挟まれた三角地帯にある墓地だ。僕は京浜急行新馬場駅から歩いたが、最寄駅は大崎駅のようだ。↑↓官営品川硝子製作所跡。下の写真の右に見える東海道本線・京浜東北線の沿って緩い登り坂