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今日は朝から曇っていたが夕方から晴れた。明日は朝から晴れて気温が上がると今日とは逆で夕方から曇りみたいだな。山門の裏側には立派な松の木が…本堂の前には二種類の香炉があった。一つ目の香炉の正面に金色に輝いているのは五七桐(ごしちのきり)という紋。桐紋はもともと皇室の紋章だが、足利尊氏や豊臣秀吉、徳川家康といった時の権力者が拝領し、功績のあった家臣へさらに与えることで広がった。五七桐の紋があるお寺は幕府や朝廷から高い格式を認められた証でもある。この紋は過去にも結構見ているんだよな。身近
京都浪漫第186回秀吉ゆかりの神社仏閣豊国神社の唐門(国宝)元は秀吉の居城伏見城の城門だったと言われる。その唐門に施された彫刻豊臣家の家紋「五七桐」(ごしちきり)や、出世を象徴する、「鯉の滝登り」など、伝統的な彫刻家だった左甚五郎の桃山時代の意匠を見られる。勉強になります。↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
前回の赤平川からさらに支流・吉田川へと遡ります。■椋(むく)神社・・・埼玉県秩父市下吉田7377地図上では狭い谷間に見えますが、実際は広々とした田園です。祭神は猿田彦、天細女(延喜式内社、ここも近畿奈良政権の出先機関でした)ヤマトタケル説話、猿田彦江戸期には若宮八幡社元は秩父谷にあったが武田により焼かれ、北条氏が現在地に再建した。明治期に近隣社と八幡を合わせた。江戸期の「椋五所大明神由来」には祭神は猿田彦、武御雷、布津主、天児屋根、姫大神とありま
今は七十二候の大暑の初候で、桐の花が咲く頃です。(新暦7月22日~27日頃)「桐始めて花を結ぶ(きりはじめてはなをむすぶ)」日本人にとって特別な色である紫色である桐の花は古来から古来から尊ばれていましたが、桐の花から文様を作ったのは、桓武天皇の二男の嵯峨天皇です。中国の故事では、鳳凰が現れると聖天子の時代が来るとあり、その鳳凰は桐に宿るとされました。この故事より嵯峨天皇は、桐の花から花が5・7・5の組み合わせの五七の桐花文様を作り、次第に皇室の文様として
迎賓館赤坂離宮@2024年6月旧東宮御所である迎賓館赤坂離宮、国宝です。宮内庁管轄かと思ったら内閣府の管轄で、迎賓館の南側の赤坂御用地が宮内庁管轄、と分かれているらしいです。以前四谷のペンタックスクラブハウスに行った帰りに、立ち寄ってみたら休館で入れなかったので、今度は開館日であることを事前に確認してから行きました(因みに、一般公開が始まったのは2016年と比較的近年だとか)この日は空き時間が1時間ほどしかなかったので、本館と庭園のみの見学。料金1500円也とお安くはありませんが
今日・明日と連休のHorus。昨日調べた場所に、どうも行く気になれず(^_^;)気付けばコチラに出掛けていた↓…幟が出ているので、お分かりかとは思うけれど(^_^;)上野にある「東照宮」である。大河ドラマは終ってしまったけれど。その荘厳な佇まいは、全く変わりなかった↓「日光東照宮」と、「上野東照宮」。二つの東照宮に、"母親"と出掛ける事が出来た。これは、凄い事なのだと改めて思った。「日光の東照宮と比べると、こっちの方が煌びやかなのね。」「…日光は階段が大変だものね(^_^;
NNさんの学校の「合唱コンクール」が、いよいよ明日に迫った。外部の人間。学校に全く関係ないHorusは、その発表を聴きに行く事が出来ない(ToT)本当は会場で。学生さん達の発表を生で聴いて、拍手をおくりたいけれど。…それが出来ない(-_-;)考えた末に、出した結論。…それは、"明日が良い日になる"ように。「神様方にお願いをしに行こう」と言うものだった。MHさんと一緒に先ず向ったのはコチラ↓池袋方面「下板橋」の駅から少し歩いた場所にある神社…「池袋氷川神社」である。ブログで知合
前に五三の雲と日輪と十六光線の紋章の事を紹介しましたが、ここまで気付きながら、気付いていない事に、今日気付いた(気付く、多いな〜(笑))事があったのでご紹介します。大山積神もそうですが、大山積家は大王家ですが、家臣や民からすると、神の声を聞き、神の代わりに皆を導く存在だったので、男王と女王がセットで「生き神様」だったとして間違いないと思います。(大山祇神社の史料にオモタル・カシコネが大山積皇大神と書いている事とも符号しますよね。)天皇は永らく生き神様として崇めていたのも、この名残だと思
五七の桐の家紋は豊臣家が使用したのものとしてとても有名ですね。この家紋が現在の政府家紋として使われるようになったのは明治維新直後からのようです。今ではごくごく当然のことで、この家紋の使用について不思議に思う人はいないでしょう。この家紋を明治政府が使用した背景は何だったのか?都市伝説的に私なりに勝手な解釈をしてみました。江戸末期の幕長戦争の最中、幕府は長州を征伐しようと出兵準備をしていました。その出兵に異議を唱えたのが薩摩藩です。薩摩藩は大阪留守居役木場伝内の名でが徳川家に対して第二次長州征伐出
なんともはや~、今日もまた桜です。今日は、寺家公園。ここは標高が200mあり、いつももっと遅いんですけど行ってみました。西の方から寺家の集落を見ています。正面には右から鍬先山、立山(雄山)、大日岳が見えます。立山を隠してしまう左手の山の頂きに栂尾城がありました。昨日の輪中の桜もそうですが、普通、桜樹は土手上など線上に植樹されます。寺家公園は、高台の段丘毎に桜が植えてあり、「面」?、天蓋のように桜花の下に包まれます。で、今回の目的はこれです。姉倉姫神社の本殿(奥の院)。↓この
1回目、2回目に続き15番国分寺の3回目です。4回目以降の追記は赤字としました。15番国分寺3回目四国八十八か所霊場山門から本堂が見えるのですが山門に紋があるのに気がつきました。向かって右は皇室の菊花紋章です。向かって左は五七桐紋で、こちらの国分寺は曹洞宗ですので曹洞宗総本山總持寺(そうじじ)の寺紋ですね。本堂には聖武天皇と光明皇后の位牌が位牌が祀られておられるそうです。寺には当寺のフルネーム手水舎は切り出しの石趣がありますが、水道のホースが寂し
関東積雪大変なことになりそうです。昨日の夕方テレビニュース業界の仲間が瓦割体験で取材され屋根瓦の良さを訴えてくれました。そのニュースはこちらから「瓦割り」を体験できる道場瓦が直面している”ある問題”とは?【岡山・倉敷市】【RSKニュース岡山・香川】www.rsk.co.jpそして、今朝の地元紙には桃太郎伝説として有名な#吉備津神社の#鬼瓦が記事になっています。そして、今回屋根替えをさせてていただいお客
皆さんこんにちは,司法書士講師の三枝りょうです。TOKYO司法書士会より連絡がありました。東京司法書士会。令和3年度会費の金額についてです。月会費金1万7,200円です。「司法書士バッジをつけている」ただそれだけで,年間で金20万6,400円の上納金をおさめていると。高いのでしょうか安いのでしょうか。他の司法書士会は分かりませんが,当会においては,会費は年々減額されています。理由は不明です。何故でしょうか。司法書士バッジです。桐紋です。五三桐です。ごさんきり。こ
『お稲荷さんの正体と秦氏の内緒話』『空海と二柱の竜神の内緒話』『空海と渡来人と飛来人の内緒話』『空海と失われた十氏族の内緒話』『阿波と粟と空海の内緒話』『阿波の国の内緒話』『「ア」…ameblo.jp↑のつづき桐紋の中でも『五七桐紋』は皇室の紋章であり、内閣総理大臣の紋章や、名だたる戦国武将も使用していた。『五七桐紋』とは、桐の花の数が五・七・五に並んでいることからそう呼ばれている。五・七・五は、俳句にも採用されている特別な拍だ。全て足すと『十七音』。「十」には、「十
太郎さん、マスク外しました。(´▽`)ノ大人ノ学校より貼り付けさせていただきます。<(__)>https://www.youtube.com/watch?v=ZVYWfDzkdjM【全ては繋がっていた】古代日本とユダヤのシンボル古代日本から存在している菊のシンボル。このシンボルは古代メソポタミア、古代エジプトなど様々な場所でも確認することができます。一方「ダビデの星」と称される星のシンボルは日本で確認することができるのです。この世界に刻印された印象的な象徴は一体
【"わたし"らしく生きる】を実践し、命を輝かせて、未来を"意図的に"創造していく人たちを地球上に増やすため『魂の声を聴き自分を生きるメソッド』を提唱し活動しています。魂のヒーラーEIKOです。「プロカメラマンに撮ってもらいました」の番外編Facebookの「神社と歴史の広場」というコミュニティーで知り合ったカメラマンさんなので、お互い"神社好き"が共通してるてことで、撮影の合間に寄ってきました。八劔神社http://yaturugijinjya.com/八劔
前回のブログ『「ある書籍」に記されていた事』より続きます。https://ameblo.jp/hirom0211/entry-12433956906.html今回『宮原誠一の神社見聞牒』の宮原様の『No.91江戸幕府降伏王政復古祈願の地・球磨郡宮原村皇大神宮④』をリブログさせて頂きました。https://ameblo.jp/kenbuncho2017/entry-12435195732.htmlブログ『宮原誠一の神社見聞牒』の宮原様が、私が今まで何度もブログ内で書かせ
今日は、夏越の大祓ですが、生理痛と雨が降ったりして体調が悪く行く予定だった産土神社の砥鹿神社に行けず、夏越の大祓神事、参加できませんでしたー楽しみにしてたので、残念でなりません!皆んなが茅の輪をくぐってるの見て悔しいから、茅の輪以外の神社ネタを書きます。笑6月9日、尾西あじさいまつりに行ってきた御裳神社について。紫陽花の写真は、過去記事「御裳神社の紫陽花」にて投稿済みhttps://ameblo.jp/happylife3749/entry-12384266
我が家の習わしで、初詣は1月2日に参ります。今年は、昨年入籍した弟夫婦と一緒に参拝です。とってもお天気良くて、参拝日和でした。まずは、氏神様である為等稲荷神社へご挨拶。地元のちっちゃい神社なんですけど、御神紋は、稲荷紋と五七桐紋!!じ、実は、今年初めてその事実を知りました…五七桐紋って、私の過去世を象徴する紋なので、とっても縁深いものなのです。産土神社ばっか重要視して参拝に行ってたけど、今年は氏神様にもちゃんとご挨拶しに行こうと思いました私の産土神社は、三河国一ノ宮砥鹿神
「東国三社めぐり~鹿島神宮~」http://s.ameblo.jp/happylife3749/entry-12291519627.html「東国三社めぐり~息栖神社~」http://ameblo.jp/happylife3749/entry-12292101719.htmlの続きです。いよいよ本命の香取神宮です。香取神宮の概要はこちらをご参考に。http://ameblo.jp/happylife3749/entry-12290464375.html東国三社めぐりをしている間ぞ
先週は東京からおむすびの講座で奈良に来ていたはなちゃんと奈良の葛城散策へ。去年末、今年最初に「鴨、加茂、カモ・・・」とよく見かけ調べていたら出てきた”葛城の鴨”。やっといく事ができました。奈良葛城には鴨三社と呼ばれる神社があり京都の上賀茂、下鴨の元はこの葛城鴨三社。全国鴨(加茂)社の総本宮です。(京都下鴨神社の記事はこちらから)その一つは、鴨都波神社(かもつばじんじゃ)。葛城の下鴨。御祭神は、積羽八重事代主神下照比売命葛城加茂社、下津加茂社とも称され
素敵な紫陽花を発見空梅雨だけど、夏に備えて恵みの雨が降ってほしいものですね!本日は東急ホテルにて宴会東急ホテルのお皿やナイフやテーブルクロスに五七桐文が入っているのを見つけ1人テンション上がってました写真とりたかったけど、撮れる状況でなくがまん!!!あとふと使おうとしたときに500円玉にも桐文が入ってることに気づき、なんだか桐文様ばかり目に入る1日でしたカーキのワンピースを着用♪緑が好きで着物も緑率高くなってきている私服もカーキとか緑系が多いジャケットもブーツもカバンも服も
【最後、追記しました。】大神神社に行ってきたので、三輪山と私の地元、愛知県東三河地方にある石巻山との関係も取り上げておこうと思います。ヤッズ氏のブログ記事を抜粋しますと…http://aioi.blog6.fc2.com/blog-entry-1723.html石巻山は東海三神山の1つエイ州山で邪馬台国の倭人(弥生人)の巡礼地であり、この地に住んだ三輪氏が壬申の乱後、勝った天武天皇に取り立てられて三輪氏は大神神社の宮司になったといいますので、この時に石巻神社から御神体を勧進したのだろう
戦国時代に家紋が増えた訳戦国時代は群雄割拠の時代であると述べましたが、自分の領地を守るためにはいろんな策略が必要でした。政略結婚で縁戚関係を持つことも重要なことでした。当時の兵は農民が武器を持つことが多かったため、いざ戦というときにどれだけ兵員を集められるかが重大な問題であったと想像できます。兵員の数は人口に比例します。そして人口は領地の耕作地に比例するのです。すなわち○○万石の大名というように、米の生産高がその大名の力を表すのです。石高が多いとお金で兵員を雇うこともでき
金運アップの神社金劔宮で「きんけんぐう」と読みます。予定になかったこちらの神社に参拝してきました。どうやら夫がお呼ばれされたもよう。▼狛犬青銅製?力強い狛犬です…▼手水舎▼拝殿ガラス張りの社殿は初めて見たよー٩('ω')و雨でしっとりした境内はマイナスイオンがあるかのような清々しい雰囲気主祭神は瓊々杵尊です。▼社号額崇神天皇3年(紀元前95年)の創建と伝えられている。古くより「劔宮(つるぎのみや)」と称し、明治以降は「金劔神社」の社名となった。また金劔明神や劔
前回は拙宅の「丸に木瓜紋」で家紋を取り上げたが、ヨーロッパでは王家や貴族しか認められなかった家紋だが、日本では、江戸時代には一般庶民も広く家紋を所有し使用されていた。百姓、町人、そして役者・芸人・遊女などといった社会的には低い階級に位置づけられた者までが、制限なく自由に家紋を用いていた。日本で最も有名な紋章は、天皇御紋「十六八重表菊紋章」だろう。パスポートなどに使われている菊花紋章は「十六菊花紋章」が使われている。十六八重表菊紋章十六菊花紋章嵯峨天皇(在位:809年大同