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現在地は伊予西条駅。さて、この日も起床は午前3時。外の気温は3度。朝食(1回目)は先日購入していたパン。一個100円は安いです。頂いた後はホテルをチェックアウト。伊予西条駅特急で高松駅まで移動します。途中、丸亀駅で乗り換え。待ち時間が40分ほどあったので急遽カーシェアを借りて移動。(あまりに寒かったので駅で40分待てませんでした。🥶)丸亀城にご挨拶。すぐに戻って高松行きの特急に乗車。高松駅。高松といえば讃岐うどん。本日の朝食(2回目)うどん(小)に海老天と舞茸天を
今回は、現在の広島県尾道市(御調郡向島町)にあった城、亀山城です。備後国の亀山城には、他にも三次市の亀山城、庄原市の亀山城もありますが、今回は、尾道市の亀山城をご紹介します。亀山城跡は、現在は向島厳島神社の裏山となっていて、向島桟橋から徒歩15分程度で行くことができます。尾道駅南口。JR西日本の山陽本線が乗り入れています。尾道市の中心駅ともいえる駅ですが、山陽新幹線の駅である新尾道駅とは3キロほど離れています。向島行き渡船のりば。尾道駅前桟橋に隣接していて、向島まで約12分間隔でフ
攻城日:2020年2月24日↑南西側からの本丸遠景↑亀山城は、岡山県岡山市東区にある城跡デス♪↑広域マップ↑城跡は、JR山陽本線上道駅の北東およそ1.7kmにあり、現在は神社や宅地、学校などになっています。↑本丸西側道路沿いの標柱↑亀山城と言うと、京都府亀岡市や三重県亀山市にあるヤツが有名ですが、こちらは岡山県岡山市にある亀山城🏯亀岡市観光協会ホームページ明智光秀~1人でも多くの人に知ってもらいたい~|明智光秀|ぶらり亀岡亀岡市観光協会明智光秀~1人でも多くの人に知って
大僧正天海(178)「(寛永十年九月廿四日)この日、出雲国松江城主堀尾山城守忠晴卒せしかば、松平伊豆守信綱御使して香銀三百枚賜ふ。」(「大猷院殿御實紀」)堀尾氏は尾張国丹羽郡の土豪であった。堀尾吉晴の時、始め岩倉織田氏に仕え、岩倉織田氏滅亡後は、織田信長に仕えて、秀吉の与力武将となった。その後、秀吉の麾下で出世し、山崎の戦いの後、丹波国で6千石を与えられている。賤ケ岳の戦いで功績を挙げ、若狭国で2万石、さらに近江国佐和山で4万石となった。そして田中吉
去年の11/15は、旧東海道を歩いてきました今回は、三重県の庄野宿(しょうのしゅく)から亀山宿(かめやましゅく)、そして関宿(せきしゅく)まで、久々に西へ向かう旅庄野宿の京口にある川俣神社(かわまたじんじゃ)へ参拝し、旅の安全をお願いして出発!庄野宿を出て、すぐに大きな交差点に出ますこの横断歩道を渡って、斜め向かいへ進みますしばらくすると、これまた川俣神社がありましたそして、神社の境内には、中富田一里塚跡があります昔は、ここから西
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)431城目は丹波亀山城ですよぉ~須知城登城時より激しく降る雨は亀岡市街に入っても止む気配なくま、生粋の雨男ですものね。。なので雨でも廻りやすい平城へ今回で431城目となりますケドも立地条件としては1番珍しいかも城址が佇むのは宗教法人大本の敷地内大本本部の神苑=亀岡城址となっており何とも拭いきれないスピリチュアル感みろく会館なる本部へ立ち寄り拝観料¥300奉納しますと雨の中の足労を労う
あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしていきたいと思います。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。「塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノ
川尻城は奥平氏が三河に移って最初に築いた居城です。初代奥平貞俊は築城後わずか8ヶ月で新たに亀山城を築いて移りましたが、その後も支城として使われたようです。現在は『創造の森城山公園』として整備されてり、土塁の遺構を確認することができます。また公園入り口には冠木門が復元されています。攻城団紹介文より本丸蘊蓄冠木門この先は通行止めでした本丸広場かなり朽ちているので公園として機能してない?せめて門の周辺だけでも修復してほしいなぁ
現存12天守の一つ『丸亀城』石垣を満喫しながら天守へ別名を亀山城といい、日本一の高さを誇る石垣は標高約66mもあり、「石垣の名城」構造は、三層三階櫓、本瓦葺、高さ15m。重要文化財唐破風(2階)屋根は入母屋破風大筒狭間千鳥破風無料の駐車場が有りました。天守入場料は400円でした。
御坊市の亀山城を再訪しました。亀山城は土塁に囲まれた山頂の主郭部を取り巻くように多くの帯曲輪が配置され、出城も備えた堅牢な構えだったようなのですが、前回訪問時にはほぼ遊歩道しか見てこなかったので、出城その他前回見られなかったところが見られないものかと訪ねたわけですが・・・見られませんでした(笑)。前回よりよかったのはここだけ。帯曲輪がみえた。亀山城は、遊歩道以外はほぼ薮で、出城の方もどこから取り付いたらよいのか全くわからず。町にも近いし、湯河氏の本城だし、お城としてのポテンシャルは相当に
一日遅れのリアルタイム旅行記最終日。本日は兵庫県から京都府。鶉野飛行場跡亀山城址実刻旅記これにて終了。
亀山城は、応永31年(1424)に奥平貞俊によって築城された城とされる。貞俊は、天授年間(1375〜1380)に現在の群馬県からこの地に移り住んで川尻城を築いた後、亀山城を築城してここに居城したとされている。その子孫はこの地で支配者としての地位を確立し、後に山家三方衆と呼ばれる有力土豪となった。16世紀になると、今川氏、松平氏、織田氏といった武将の配下を転々としながら、天正3年(1575)に徳川方となって長篠城の城主となった奥平貞昌の長篠の戦いでの功績により奥平氏は歴史にな
名称:亀山城別名:粉蝶城城郭:梯郭式平山城遺構:多門櫓築城年:1265年築城主:関実忠改修者:岡本良勝、本多俊次主要城主:関氏、岡本氏、本多氏、石川氏他所在地:亀山市本丸町572-2指定文化財:県指定史跡大久保神官邸宅門亀山演武場
東海道、亀山宿。亀山城西之丸外堀跡を過ぎ、京方面へ歩く。前を行くのは、人神人(ひとしんど)君。↓↓↓江戸時代と変わらぬ木造家屋の間を抜け…↓↓↓すぐに見えて来たのがこれ。↓↓↓亀山城・京口御門跡。残念ながら、江戸口門と同様、その痕跡は既に無く、古写真のみがかつての壮麗さを伝える。↓↓↓京口御門跡のすぐ下には、梅厳寺。西国三十三観音の1つらしい。↓↓↓↑↑↑小さな霊廟?祠?のような物が建ち並んでいるが、これは西国三十三番全ての分御霊。先を急ぐ我々は、ここから遙拝
東海道、亀山宿の加藤家屋敷跡を出て、旧東海道を京方面へ歩き出す。前を行くのは、人神人(ひとしんど)君の弟子。↓↓↓すぐに、この公園が見えて来る。↓↓↓こちらは、亀山城西之丸の外堀跡。住宅街の中、一部が発掘され保存されたと。大手門跡や本丸跡からの距離を考えると、亀山城のなかなかの大きさが解る。新版ちゃんと歩ける東海道五十三次東+姫街道楽天市場1,760円新版ちゃんと歩ける東海道五十三次西+佐屋街道楽天市場1,760円\7,810件レビュー突破!/
淀から一般道で1時間ちょっと、亀岡にやってきました。まずはここで予習亀岡市文化資料館所在地:京都府亀岡市古世町中内坪1番地開館時間:9:00~17:00休館日:月曜日観覧料:大人400円,小中学生200円ちょうど、第41回特別展市制70周年記念・鯱瓦寄贈記念「丹波亀山城―失われた城の姿と城下町ー」が開催されていました。JR亀岡駅を背にしてまっすぐ南に進むと明智光秀公像がたたずんでいます。その横には、亀山城天守閣にあった鯱瓦(しゃちがわら)の複製が鎮座しています。
東海道、亀山宿。遍照寺から京方面へ。古い建物や…↓↓↓崩れかけた建物の前を通り…↓↓↓その先には…亀山城跡の櫓を見通せる場所が。↓↓↓そこから振り向くと、この看板が。↓↓↓ここは、西町問屋場跡。荷物運搬の為の人馬を常に用意しておく場所。残念ながら、建物は既に無い。新版ちゃんと歩ける東海道五十三次東+姫街道楽天市場1,760円新版ちゃんと歩ける東海道五十三次西+佐屋街道楽天市場1,760円広重と歩こう東海道五十三次(アートセレクション
東海道、亀山宿。樋口本陣跡から京方面へ少し歩くと…↓↓↓↑↑↑旧東海道は、左に曲がる。(曲がらずに直進すると、亀山城大手門跡。)旧東海道に従って左折すると…※前を行くのは人神人(ひとしんど)君と、その弟子。↓↓↓すぐにこのキツいカーブが。↓↓↓↑↑↑ここ、実は亀山城下の『枡形(ますがた)』だったらしい。(枡形とは、もし敵の軍勢が攻め込んで来た場合、敢えて直角に曲がる所だけを広くして渋滞を誘発させ、枡形に溜まった敵に弓や鉄砲で集中攻撃を加えて殲滅する仕掛けである。)
東海道、亀山宿。露心庵跡から更に京方面へ歩く。日没寸前、交差点の角に、『江戸口門跡』という案内板を見つける。↓↓↓↑↑↑ここで、人神人(ひとしんど)君の坐禅も。ここは、亀山城総構(そうがまえ)の東側の門で、土塁に囲まれた枡形(ますがた)となっていて、番所も設置されていたらしい。↓↓↓残念ながら、今では遺構は全く無く、只の交差点である。この日の歩き旅はここまで。翌日に備え、亀山城の城下町で宿泊!新版ちゃんと歩ける東海道五十三次東+姫街道楽天市場1,760円
東海道、旧・和田村の和田一里塚跡から更に京方面へ歩く。陽が傾きかけた中、見えて来たのは…↓↓↓露心庵跡?ここは、本来の名称は有松庵だそうだが、ここを建立した関一門の露心の名から、通称・露心庵となったという。何故、露心庵が建てられたのかというと、天正12年(1584年)、亀山城を急襲した神戸正武の軍勢を、関万鉄斎が僅か13騎で撃退した時の戦死者を供養する為だったとか。この辺りが亀山宿の江戸側の出入口だったようなのだが、露心庵は、残念ながら、明治の頃に廃寺となったらしい。新版
こんにちは重要伝統的建造物群保存地区に選定されている関宿のいまだに残る風情と宿場の雰囲気を堪能したあとは、もう目の前、次の宿場「亀山宿」を目指しました。▼パンフレットからの抜粋・参照(関宿から亀山宿へのマップ)東の追分、関一里塚跡から8分ほど歩いたとこに、関の小萬のもたれ松があります。関の小萬のもたれ松江戸中期、九州久留米藩士牧等左衛門(まきとうざえもん)の妻は夫の仇を討とうと志し、旅を続けて関宿山田屋に止宿、一女小
三重県亀山市を訪れましたJR関西本線亀山駅を下車します乗ってきた列車は、この駅終着折り返し、普通名古屋行の313系1300番台、朝と夕方に見られる2編成連結した4両編成ですが行違った列車を見た限り315系3000番台4両編成が増えて313系1300番台4両編成の運行本数がかなり減少した感じですちなみに、日中は、313系1300番台2両編成でワンマン運転で運行していますが令和8年(2026)3月に315系3000番台
青春18きっぷで行く日本100名城52か所目日本100名城№078丸亀城2023年12月15日高松駅からご案内♪朝一で高松城を見学して丸亀に移動しました<予讃線>快速サンポート南風リレー号高松10:13→10:38丸亀丸亀駅に到着南口に出ます駅の案内の奥の柱に案内あります見難いけど・・・丸亀城の大手門まで徒歩約15分そこからさらに天守まで10分ほど登りますええ登りますよ駅からほぼ直進みたいな道ゆきなのですがなぜか右手の大通
英語版のサイトにTheRuinsofIse-KameyamaCastleのページをアップロードしました:http://cf916626.cloudfree.jp/HandE_Japan/HandE_Japan.html伊勢亀山城は、鎌倉時代中期の1265年(文永2年)に関実忠が始めて築いたと記されているようです。1636年(寛永13年)に城主となった本多俊次が亀山城を大改修を行い、城の外堀を築き、本丸、二の丸、東三の丸、西の丸などを整備したそうです。城主は目まぐるしく
東海道57次29日目亀山城→亀山宿→関宿昨日、少し多め歩いたので、今日はのんびりだ!宿泊地の南草津からは、2時間近い移動時間。なんか、こんなに乗り継ぎ悪い所を宿泊地に選んだのは失敗だった😞今日は、ゆっくりで良かったが、明日は、最後の峠超えなので大変ダナァ〜😂南草津駅発9:28→亀山駅11:03とりあえず亀山城址。昨日の続きから歩き始める。日本橋から105番目「野村一里塚」、右塚現存で国指定史跡。樹齢400年の椋の木は圧巻だ!いやいや!良いもんに出会えて幸せ😄田植え最盛期の
アラフィフ専業主婦のさなです。こんにちは。先日松坂城跡に行って見つけた「三重城郭めぐり」のスタンプラリー。『【お城巡り】松坂城跡に行ってきました。』アラフィフ専業主婦のさなです。こんにちは。先日記事にしましたが、お城巡りを始めることにした私。『【やりたいことリスト】お城巡りのお供購入。』アラフィフ専業主…ameblo.jp2つ目行ってきました。伊勢亀山城跡。こちらも跡ということで石垣と多聞櫓が城っぽさを感じさせます。↑この「多聞櫓」というのが、「県内に唯一現存する城郭建造
おかげさまで「城をやる」も、もうすぐHP開設から四半世紀にならんとしています。亀山城の最初の記述は2002年2月12日ですから、「城をやる」を開設してからかなり早い段階で亀山城の項を作成していることになりますね。また、2010年頃にフォトギャラリーの形態を変更しているのですが、ほぼ同時に地図の表示方法も変更しています。そんな中、2010年に更新した際の亀山城はフォトギャラリーは新型で、地図は旧型というある意味ハイブリッドな形での更新がなされていました。そういう意味では今回更新前の亀山城の項はレア
今日は亀岡城下町案内所当番の日。暖かくて気持ちよいですね。光秀公も気持ちよさそう。室内勤務なので、涼しいくらい。ありがたい限りです。ちょっとミスタードーナツで購入したポンデダブル宇治抹茶を食べています。感謝。
『52-㉕【夫婦でサンライズ出雲ツアー】『金乃比羅宮』785段の階段を登る』『52-㉔【夫婦でサンライズ出雲ツアー】4日目最終日まずは『石鎚神社』へ』今回もお読みくださりありがとうございます。引き続きツアー旅行の話の続きです。…ameblo.jp金乃比羅宮を後にしてそろそろ瀬戸大橋を渡って本州に戻りますかね〜〜丸亀城ここの石垣すごいよね〜〜めっちゃ高く積まれてるの。本州に渡る前にせっかくうどん県に来たから讃岐うどん食いたい。😀いいよ〜〜良いなと思った所に入って!
只今、城郭建造物の一つであります「城門」(『全国「城門」を巡る』シリーズ)をお届け中です。「城門」については、『全国「城門」を巡る”はじめに”』において、簡単に説明していますので、どうぞご覧ください。はじめに↓『全国「城門」を巡る”はじめに”』「城郭建造物」の「御殿(居館)」シリーズを終えました。「御殿」には殿さまやその家族が居住したり政務を執る為の所謂「御殿」や、城主・家族の憩いの場や来客対応の…ameblo.jp「はじめに」でも記載しましたが、「城門」は軍事施設である「お城」へ