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12月13日から15日、美月と大和国の神社仏閣を遊行して来ました。旅程は慣れたもので、朝5時30分に家を出て東名高速に乗り、新東名、伊勢湾岸道、東名阪道、名阪国道を通って、昼過ぎには奈良県桜井市の豊山長谷寺に到着しました。長谷寺は新義真言宗の流れをくむ真言宗豊山派の総本山で、西国三十三所の第八番札所となっており、山の斜面を這うようにつくられた登廊(重文)が有名です。(重文で「シェー」をするとは不届き者!)しかし西国三十三所を巡る上で忘れてならないのは番外札所で、長谷寺の塔頭である法起院に
【2025年10月12日】奈良県の怪異巡りの手始めは蘇我入鹿の首がらみで「首落ち橋」ってのを…探したけど迷ったここはどこだ?…イルカノノロイカ?ノロカルイノイカ?首はあきらめて婆ぁに逢いにきた廣瀬神社は砂かけ婆の発祥の地である(ちょっと違うかも)砂かけ祭と砂かけ婆はどっちが先なのか?日露戦争の戦利品(らしい)これも砂かけ婆の力だろうか続いて久米仙人ゆかりの寺、久米寺へ久米仙人より有名な亀仙人って方がいらっしゃるが(実在はしないが)、久米仙人の伝説を知ると亀仙人の元ネタ
作品No.01合掌造りとピラミッド作品No.02水面を走るには、右足が沈む前に右足を上げ左足が沈む前に左足を上げる…簡単なことさ作品No.03通りすがりのパンダに竹筒に食いつかれて水遁の術(狐隠れの術)を破られた忍びの者作品No.04むかしむかし大和の国に、砂かけ婆とふりかけ爺がおったそうじゃ…めでたしめでたし作品No.05久米仙人を撃墜した女子のスネにはじゃんじゃん火(ほいほい火)も真っ逆さまじゃまた
こんばんは‥(^_-)-☆今の奈良は、31℃と真夏日で蒸し暑い日になりましたね。最高気温も36℃と昨日並みですが酷暑日で蒸し暑い日になりましたね・・(^_-)-☆引き続いた暑さのせいで体調も一寸不調ですね?・・(^_-)-☆クイズで頭の体操でリフレッシュしましょう!奈良まほろばソムリエ奈良通2級の12回目の問題です。1奈良県の気候、地理、動植物に関する事柄について、最も適当なものを選びなさい。(7)奈良県の「三大梅林」に含まれない梅林はどれか
先日、奈良県の橿原市に所用で出掛けました折、久米寺にお詣りさせていただきました。久米寺には、「久米仙人」の話が伝承されています。飛鳥時代、神通力を得て空中を自由に飛行していた大和国の久米仙人はある時、川で洗い物をする若い女性の脹脛を目にし、この女性に心を奪われて神通力を失います。彼はその後、その女性と結婚して普通の男性として生活しますが、平城京造営(藤原京造営、或いは東大寺の大仏建立という説もあります)に際会し、一介の人夫としてこれに参加しました。そうしたところ、監督の役人から「お主も仙人
「浮世絵」の一ジャンルとされる「春画」ですが、春画の歴史は浮世絵誕生よりはるか以前に遡り、古代中国を起源とし平安時代にはもう日本にも存在していたとか。鎌倉時代には性器の大きさを誇張した絵が描かれ、話題になっていたそうです。繊細な人物描写に大胆で大量の、「露」。月岡雪鼎の肉筆画。そして春画ファンの間で大人気の月岡雪鼎《四季画巻》!月岡雪鼎(つきおかせってい)享保11年〈1726年〉-天明6年12月4日〈1787年1月22日)〉江戸時代中期から後期にかけて活躍した浮世絵師
資料館の2階には壁面一杯、たくさんの絵馬が掛けられています。奈良県橿原市久米町にある、久米寺(くめでら)です。久米寺は、畝傍山(うねびやま)の南に位置する仁和寺(にんなじ)別院の真言宗のお寺で、橿原神宮(かしはらじんぐう)の一の鳥居を南に入ってすぐのところにあります。一般に「久米(くめ)の仙人」の伝説にちなんだ寺として知られていますが、もともとここは久米部(くめべ)の武人の住んだ地といわれ、推古(すいこ)天皇2年の時に聖徳太子の弟だった来目皇子(くめのおうじ)の創建
こんばんは‥(^_-)-☆今の奈良は、19℃と少し寒いですね?・・だけど、今日は最高気温23℃となりましたね?・・5日前からマリア猫が帰ってきません?・・?・・もう家も私も忘れたのかなあ?・・多分死んでいると思うので今日で、もうマリアの記事は今後書きません?・・しんどいが、少しづつ散歩を増やそうと思いますが増えませんね?・・奈良まほろばソムリエ奈良通2級の11回目の問題です。4奈良県の寺社に関する事柄について最も適当なものを選びなさい。
神武天皇の宮・橿原神宮と久米寺金澤成保大和三山の一つ畝傍山の山麓にある神武天皇陵と橿原神宮、その門前の「久米の仙人」の伝説で知られる久米寺を参拝した。畝傍山は、東から見るとお椀を伏せたような秀麗な姿で、神の座す山にふさわしい。古くは火山で、「火がうねる」ことから「うねびやま」と名づけられたという。この地は、神武天皇の一行が「東征」して大和に攻め入り長髄彦を滅ぼして土豪たちを服従させ、最初の宮を建てて、神日本磐余彦天皇(かんやまといわれびこのすめらみこと)すなわち神武天皇が、
<つづき>雨がたくさん降って大変だったね~頭を垂れた花が多い。歩くとき、踏みそうになる😨木々も草花もアジサイも生き生き🥰いろんなご縁があるみたいここは中に入れず、外から撮った雨で濁った池の中を大きな鯉が悠々と泳いでいた。反対側から見た景色石のベンチ(正確な名前がわからない)歩き回ってたら蚊が襲ってきたが…不味かったらしく、さしたる被害も無く去って行った。(失礼な蚊だ!)帰りは駅で「わさび葉寿司」というのを買った。頂いたミニタオル
若い時に行った奈良のアジサイ寺『久米寺』若い時💧うーーーーん🤔何十年も前、ね😑当時は近鉄沿線に住んでいて近鉄沿線って、駅ごとに花のお寺がある…ってイメージでもしかしたら私の「花の寺巡り」の原点になっているのかも(^^;と思ったりする。近鉄「橿原神宮前」駅から歩いてすぐなんだけど、、、あまりに記憶が古くて、案内板で確認した😰歩き始めたら前方に女性グループを発見。絶対に同じ場所に行くだろう~と思って後をついていったら、、、しっかり門前で写真撮影を頼まれた😅
「一世風靡(いっせいふうび)」という言葉がある。この意味を探れば、「一世」は、その時代の意で、「風靡」は草木をなびかせること。すなわち、ある時代に大いに流行することを意味する言葉。あれほどのことがあり、その後どうなったのか?と思うことが多々ある。思えば、一般に流布されている伝説も然り。その一人、久米仙人と呼ばれた人の伝説もそのようなところがある。この仙人は、修行を積み、空を飛ぶ仙術も身につけたとある。仙術を使い、空を飛んでいる時、偶々、川で洗濯をしている女性の足に見とれてしまい、
久米寺の大般若経転読法要が午後1時に行われた後午後3時から二十五菩薩練供養大会式が始まりました春の農繁期前の祭典。通称、『久米レンゾ』(久米会式)と呼ばれる会式が、近在の老若男女を多数集めて開かれます。(奈良盆地の農村地域では、春の一日を農休みの日と決め、村で楽しむ風習があり、これを「レンゾ」と呼んでいました。)久米会式が近づくと本堂から護国道場まで約100メートルの掛け橋が架けられます。これは、現世(娑婆)と浄土をつなぐ来迎橋を示し、この橋を二十五菩薩が渡っていきます。これは、西
5月3日橿原神宮さんの献華式の後、久米寺さんへ向かいました当日は久米寺さんで大般若経転読法要と二十五菩薩練供養大会式が行われました久米寺は、畝傍山(うねびやま)の南に位置する仁和寺(にんなじ)別院の真言宗のお寺で、橿原神宮(かしはらじんぐう)の一の鳥居を南に入ってすぐのところにあります。一般に「久米(くめ)の仙人」の伝説にちなんだ寺として知られていますが、もともとここは久米部(くめべ)の武人の住んだ地といわれ、推
散歩道のあちこちで黄色い水仙が咲いています。水にある仙人を水仙というそうです。でも、その可愛らしい花から仙人を思い浮かべることはできません。それに、この町には川も池もないので、水とも結びつかないです。きっと、想像力のたくましい人たちが、妄想にまかせて名付けたのでしょう。雅客という別名もあるそうですから、名付け親は風流人を気取った人かもしれません。「粋」という言葉は好きですが、「粋がる」となると意味が違ってきます。水仙には雪中花の別名もあります。その名の通り、真冬の雪の時期に咲き
2024.1.15(月)ラーメン二郎西台駅前店西台二郎をこよなく愛した御仁が急逝して一年が経つ。その数日前、西台二郎新年初営業の朝、博店主と彼と三人で話したのが最後の会話となった。正に青天の霹靂ともいうべき突然の訃報に触れ恐ろしく動転し、慌ただしく通夜に参列し、年甲斐もなく涙した。自分より一つ歳下の彼の名は知っているが、仕事も家族も住まいも大体の事しか分からない。何故なら「ラーメン二郎」だけで繋がった間柄だからだ。仕事もプライベートも何の関わ
天平年間(729年~49年)のこと、厳しい修行の末に体得した空飛ぶ術を使って、一人の仙人が空を飛んでいた。すると眼下に流れる小川のほとりで、若い娘が洗濯をしていた。前の川面を見ると娘の白いすねが映え、仙人は思わず見とれてしまった。その瞬間、術は破れて、あっという間に娘の前の川中に墜落していた。術を失った仙人は、その後、娘を妻にして、平凡な人夫暮らしをしていた。ある日、仙人の前身を知った役人が、仙術で大量の材木を山から飛ばして運んで欲しい、と難題をもちかけた。これに発奮した仙人
【Q19489】食べた後に「これはドーナツなの?」という不思議な感覚に陥ることと、ドーナツ自身も「私ってドーナツ?」と疑問に思うような新食感であることから名付けられた、2022年に中目黒に1号店がオープンした、看板商品の生ドーナツが人気のドーナツ専門店はどこ?【Iʼmdonut?(アイムドーナツ?)】【Q19490】大和国の龍門寺に籠もり空中飛行の術を体得したが、吉野川で洗濯している女の白い脛(はぎ)に目がくらみ神通力を失って墜落し、その女を妻として世俗に帰ったという、『今昔物語集』『発
(「僕も暑いのはとても苦手です。犬はいつも毛皮のコートを着てます」とビーグル犬まろさんオス9歳)昨日の午後2時頃に、ゴルフ場でプレー中だった兵庫県明石市の副市長の横田秀示さん(60)がコースで突然倒れ、意識のない状態で病院に搬送されて、約8時間後に病院で亡くなられました。ご冥福をお祈りします。死因は虚血性心疾患だそうで、元々、心臓に持病があったと言われています。この頃は暑い日が続きますので、私も健康には気をつけようと思います。実は私の父も、遅い結婚の私たち夫婦がまだ新婚と言われる二十
すぎみきです。いつもご覧頂き、ありがとうございます✈️クッタクタに疲労困憊な週末ですがサクッと久米島…2回目ですお昼の飛行機で降り立ちました✈️前回は路線バス&レンタサイクルでしたがアップダウンが激しかったので今回はレンタカーを借りましたレンタカー係員さんからオススメスポットを教えてもらい…時計回りに行きましょう!五枝の松🌲これは迫力ありましたあ…すぎみきさんスカパン姿ですが…安心してくださいスト履いてますよ🙋お!近くに鍾乳洞あるんだー入洞料を払う観光地…と思いき
紫陽花を見に行った時の文章のままです♡(削除したのを復活しました)まだ早くて2回訪れたのですが僧侶に尋ねたら来週くらいに開園予定だと話されてました。綺麗な紫陽花を見れなくて残念でした。でも境内はブンブン蚊🦟が飛ぶ中撮って来ました。この日は多いと思ったら近くの芸大生が撮影していました。この日もめっちゃくちや暑い日でした。最新の情報先日『yomiっこ』に「6月中旬見ごろ」と紹介していました♪(2023年6月号)
▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしようこれぞキスの日にふさわしき物語久米の仙人雲から落ちるなぜって、川でお洗濯をしているお姉さんの太ももに目が眩み、神通力を失ったからであります。それが縁となり、その女性と世帯を持って普通の人として暮らした。先のブログ「春の心臓」に登場のアイルランドの老人とは大違いにて、高尚なる志も芸術性も何もなし。ただひたすらいやらしい爺さまでありますね。(^^)川に墜落した後、どんなセリフでお姉さんに近づき、口説いたものだかね
『江戸川柳辞典』(浜田義一郎編/東京堂出版)より選句江戸川柳仙人さまあと濡れ手で抱きおこし川で若い娘が洗濯をしていると、仙人(久米仙人)が天から落ちてきて気絶した。彼女は、濡れた手のままに、仙人を抱き起したに違いない。『今昔物語集』に掲載された久米仙人の逸話の一部。若い女性の白い脛を見て、飛行の神通力を失ったのはやむなし。あまり、かもうてくれるな。Whileayounggirlwaswashingintheriver,ahermit(KumeSenni
『江戸川柳辞典』(浜田義一郎編/東京堂出版)より選句江戸川柳洗たくをやめヤレ気附気附娘は、洗濯を中断し、「ヤレ、気つけ薬。気つけ薬。」と、大騒ぎ。なぜか。答えは、久米仙人が空から落ちてきて、失神したから。彼は、空を飛行中、洗濯をしている女性の白い脛を見た結果、そうなった。Thegirlinterruptedthelaundryandmadeafuss,saying,"Yare,medicine..".why.Theansweristhathe
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令和5年1月29日参拝「岡寺前」バス停から「橿原神宮前駅東口」バス停まで15分、それから橿原ロイヤルで寄り道したので正確ではないけど久米寺まで徒歩10分くらいだったと思います。わたしずっとここに来たかったんです。でもお隣の橿原神宮で盛り上がって神武天皇陵に行ったり16時過ぎちゃったりでなかなかご縁がなくて、今日は久米寺のために橿原来ましたから!!橿原神宮行きませんから〜久米寺は真言宗御室派の別格本山で仁和寺の別院、本尊は薬師如来です。眼病を患った来目皇子が兄の聖徳太子から勧めら
「飛鳥・藤原京廃寺巡り48時間耐久レース」初日午後の部もいよいよ佳境。ラストスパートをかけていきます。陽も傾き始め、そろそろ疲れもたまってきたが、まだまだ行きますぞ。次は推古天皇の豊浦宮跡ともされる豊浦寺跡。現在の向原寺(こうげんじ)一帯がその寺域だったとのこと。【第十番】豊浦寺跡(とゆらでらあと)県指定史跡奈良県高市郡明日香村豊浦訪問オススメ度★★まず手前にあるのが「難波池跡」。排仏派の物部氏が仏像を放り込んだと伝えられています。その仏像が巡りめぐって、現在長
昨日の昼のこと。雪解けが始まったアトリエ近くのダイコン畑を散歩していると、あちらこちらから青白いダイコンが姿を現し始めました。なぜか、その雪にも勝る美しさに打ち震える自分がいたのです。この既視感はどこかで・・・。久米仙人(くめのせんにん)でした。雲に乗って修行中、川の縁で洗濯する若い娘の白い脚に見惚れて神通力を失い、娘の前に墜落したという伝説を想い出しました。腰に巻いた衣がまくれて、千枚漬けのように透きとおる初々し
久米寺は、畝傍山(うねびやま)の南に位置する仁和寺(にんなじ)別院の真言宗のお寺で、橿原神宮(かしはらじんぐう)の一の鳥居を南に入ってすぐのところにあります。一般に「久米(くめ)の仙人」の伝説にちなんだ寺として知られていますが、もともとここは久米部(くめべ)の武人の住んだ地といわれ、推古(すいこ)天皇2年の時に聖徳太子の弟だった来目皇子(くめのおうじ)の創建と伝えらる古寺です。来目皇子が幼少の頃眼病を患い両目を失明しましたが、聖徳太子のお告げにより薬師如来に祈願したところ平癒したと言われています
明日は大淀町文化会館ひだまりホールにて10月29日(土)「よどり寄席」14時開演奈良の昔話の落語から今回は「久米仙人」を!詳細やお申し込みはこちらから。https://www.town.oyodo.lg.jp/contents_detail.php?co=evt&frmId=1377よろしくお願い致します。*\(^o^)/*#落語#奈良#昔話#ひだまりホール#大淀町