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今日は、函館市乃木町に鎮座する、乃木神社を紹介します。<所在地>北海道函館市乃木町5-25<祭神>・乃木将軍神社の創建は、大正5年(1916年)。地元の有志により建立。乃木将軍は明治の軍人で現在は、「誠実」、「夫婦和合」、「文武両道」、「学問」の神として祀られています。社殿の前に立ち、参拝させてもらうと、祭神が将軍という認識ゆえか、凛とした空気に包まれ、身が引き締まる思いがしました😓※あくまで私の主観です。神は祈り敬うと力を
3月9日土曜日〜その2(写真)先ずは、昼の部に口演した「乃木将軍伊勢参り」と夜の部の「九代目横綱」の確認。レコード〜カセットテープの時代を経て、CDでも数々の音源を発表しておりまするが、此の度は初のライブアルバムでございます。
10月17日13時七十六番札所鶏足山宝幢院金倉寺(ほうどういんこんぞうじ)到着仁王門天台宗寺門派の宗祖であり、弘法大師の甥にあたる智証大師(円珍)が生まれた寺として知られています四国霊場では4ヶ寺しかない天台宗のお寺です他の3つのお寺はまだ行っていないお寺ですが43番札所明石寺82番札所根香寺87番札所長尾寺となります広くてフラットな境内大木が写っていますが...近くに行くとこんなに大きいご神木です
寺社No.1531御朱印No.6771髙岡神社岡山県真庭市2024年1月2日昔は御朱印ありませんでした。真庭市指定天然記念物樹齢800年平安杉龍が出現したと話題になっています。主祭神は、吉備津彦命の父、孝霊天皇本殿の後の、四十疫神社建勲神社と乃木将軍240101山陽新聞「ご神木から今年のえと「龍」出現」231226山陽新聞「良い1年願い餅奉納」
栃木県那須塩原市石林に鎮座する那須乃木神社です『お社176(栃木県那須塩原市那須乃木神社)』栃木県那須塩原市石林に鎮座する那須乃木神社です御祭神は日露戦争の203高地の攻防で指揮を執った乃木将軍こと乃木希典命とその妻乃木静子命です。御神徳は、文…ameblo.jpここも令和4年3月以来の参拝です。宗源寺さん参拝後、、、帰るにはまだ早いかな?と参拝させていただきました。神社の参道は街中を一直線に、、、結構長いです。成人式の子たちが結構参拝に来て
12月21日木曜日〜その819時45分に『京都北ロータリークラブ年忘れ家族会クリスマスライブ』に友情出演。(写真)小滝寛会長の物語を申し上げる。20時25分終演。外題「乃木将軍伊勢参り」
栃木県の乃木温泉「乃木温泉センター」は、乃木温泉ホテルの隣にあります乃木温泉は、乃木将軍を祭った乃木神社のすぐ近くです。リーズナブルな料金で、銭湯がわりに、気軽に利用できる雰囲気です。温泉は、薄緑色のきれいな温泉で、源泉掛け流しの贅沢なものです。しかも温泉は、ツルツルの美人の湯で、想像以上のすばらしい温泉でした。露天風呂はなかったのですが、この源泉掛け流しの広い浴槽と薄緑色のツルツルの温泉があれば、文句なし。すばらしい温泉でした。8年振りで又来て見ました。今回の
おはようございます今朝も河野牧師のメッセージを受け取ることができましたありがとうございます🙏「乃木将軍」の知られざる秘話全く知りませんでしたこの様に、社会は、その時々に都合の良い事しか、教えてくれません【自分の敵を愛し、迫害する者の為に祈りなさい】マタイによる福音書5章44節この御言葉は、真の神様を受け入れて罪赦されたものにしか、出来ません❗人生の荒波を、真実だけを見つめて真の神様を仰いで、歩んでゆくものとなることができます様に🛐ごく1部のみ抜粋させて頂き
一次情報こそ大切一次情報とはオリジナルな情報のことです。ですから、これは二次情報、三次情報のように加工されてはいません。ところで、こちらの画像の建物は、中国・旅順に建つある「礼拝堂」なのですが……この建物、日本人がロシア人の弔いのために建てた施設なのです。「中国」にある、「日本人」が建てた、「ロシア人」を弔うための施設。複雑な事情を感じさせる建物ですが、いったいどんな背景があるのでしょうか。実は、この施設はある人物が当時敵国であったロシアの人
12月2日土曜日〜その15(写真提供河井琴美さん)ラスト15分間は再び音頭。外題「乃木将軍伊勢参り」15時過ぎに終了。
善通寺乃木館は陸上自衛隊善通寺駐屯地資料館である。旧陸軍第11師団司令部が現在は資料館となっていて、見学できる。昔の建物は、左右対称になっていたり、とても美しい。明治時代につくられた古い建物だけど、現役で、とても丁寧に大切に使われているのが伝わる。音楽隊が練習する楽器の音が聞こえていた。2階にある乃木記念室は代々の師団長が使用した執務室で、乃木将軍を記念する品が展示されている。私は、彼について、興味がなくて、ほとんど名前しか知らなかった。今回、乃
那須乃木神社に行ってきました手水舎が秋仕様になっていてとても可愛い鳥居の手前にある橋には可愛らしい赤とんぼの姿もお参りを済ませて境内を散策裏手にある木々の中を進んでいくと可愛らしいカモたちがたくさんいる静沼に到着一度にこんなにたくさんのカモを初めて見たかもしれない静沼のほとりには野木別邸が周囲もとても静かなのでまるでタイムスリップした
10月12日木曜日〜その5地下SPレコード庫へ久方振りに入る。(写真)浪曲の春野恵子さんにご寄贈を頂いた吉田奈良丸名人のSP盤を収納する。ちなみに、恵子さんが入門した二代目春野百合子師匠のお父上の音源です。外題リスト「殿中刃傷/義経安宅落」「南部坂戸田局一〜三/神崎東下り」「南部坂雪の別れ」「天野屋利兵衛上・中」「鹽山伊左衛門」「加藤清正毒饅頭一〜四」「乃木将軍」「驛頭の露一〜四」「錦の旗風一〜四」「神崎與五郎東下り丑五郎改心まで一〜八」
ご来訪ありがとうございます…イーグルさんからのリブログです…乃木将軍のご遺志は…昭和天皇のご成育に…ご尽力されたのですね…直近ブログでの…乃木将軍のご気遣い…素晴らしいです…
ご来訪ありがとうございます…大和草さんからのリブログです…乃木将軍の逸話ですね…今の世に…こんな方がおられたら…日本はどのようになっているでしょうね…残念です…辻占いの児…育てられた親御さんに感謝ですね…
家族で乃木神社に行ってきました。本日9月13日は乃木希典将軍殉死の日境内には多くの人が来ていました。今年は乃木神社御鎮座百年さまざまな記念行事が行われおり今日は奉祝記念大祭が執り行われていました。境内へはスロープが設置されており車椅子でも楽に参拝できました。
乃木神社へ行ってきた。自宅から案外行きやすい。新川崎→東京(横須賀線20分)徒歩(5分)二重橋前→乃木坂(千代田線9分)こんな感じである。さすが乃木坂46の聖地だけあって若者が多く、乃木神社のお参りも若者中心。程よい狭さの神社です。木立で涼しいが蒸し暑く、団扇パタパタ。乃木神社の由来は乃木希典将軍から。乃木将軍は明治期の陸軍大将で日露戦争で子息2人が戦死、本人が指揮を執った旅順攻略戦の203高地の戦いでは、多くの戦死者を出した。
8月16日水曜日〜その15(写真提供河井琴美さん)25分間の受け持ちを終える。(写真提供まさよさん)此の後は打ち上げ花火です。外題「乃木将軍伊勢参り」
8月15日火曜日〜その10CDアルバム『河内家菊水丸河内音頭で讃岐を歌う』〜「讃岐名所めぐり音頭高松〜丸亀〜多度津〜善通寺〜三豊〜神戸」「乃木将軍伝」「三代目横綱」を収録。(写真)盤面のデザイン。22時半、終了。
8月6日日曜日〜その12(写真提供・河井琴美さん)二回目のステージです。15時15分出番。外題「乃木将軍伊勢参り」15分高座を務めて舞台を下る。
8月6日日曜日〜その1012時45分、舞台へ登壇。外題「乃木将軍伊勢参り」13時下り。長襦袢姿で、合間の時間を過ごす。(写真)楽屋の窓からは、箕面市を一望出来ます。
7月22日土曜日〜その1419時35分、舞台へ登壇。外題「乃木将軍伊勢参り」19時59分下り。終演(写真撮影和太鼓三条史郎さん)河内音頭取りでギターの名手天美小鉄さん。帰り支度を整えて、20時10分に会場を出る。
7月21日金曜日〜その14楽屋に隠って、雑事に没頭。16時、夜の部が開演。大相撲中継を見る。衣装に着替えて、16時40分に舞台へ登壇。10分高座。外題「乃木将軍伊勢参り」帰り支度を整える。(写真)アンドーナツを貰いました。
7月21日金曜日〜その11衣装を着ける。11時40分、舞台へ登壇。10分高座。外題「乃木将軍伊勢参り」(写真)浴衣に着替えて、楽屋弁当を頂きます。食欲旺盛なり。飲み物は、いろはす。
7月20日木曜日〜その1216時40分出番。10分高座。外題「乃木将軍伊勢参り」(写真)夜の部を終えて一息つく。着替えを済ませて、御園座を出る。徒歩でJALCITYに戻る。ITOENほうじ茶を飲みながら、大相撲中継を見る。雑事に勤しむ。
7月20日木曜日〜その711時40分、舞台に登壇。10分高座。外題「乃木将軍伊勢参り」(写真)昼の部の出番を終えて、楽屋弁当を頂きます。今日はエビカレー。
猛暑の中、躊躇したのですが出かけてきました。明治神宮です。「この暑い中、わざわざ外出しなくても」と家人に言われたのですが長時間直射日光を浴びる訳でもないので外出しました。明治神宮は結構な人出でした参拝者(観光客?)の8〜9割は外国人でした。鳥居の柱には柵が施されていました。なぜ?近寄ってみると酷い事をする人間がいるのですね今年の5月にもイスラム教徒のガンビア人が神戸の神社の賽銭箱を破損する事件がありました。一神教原理主義者の行き過ぎた解釈だと思います。もし、日本人が外国に行っ