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お疲れさまです『丹後半島へ①〜間人蟹』お疲れさまです1月の末予定に一瞬の隙間ができたので🦀をいただきに日本海へスタッドレスタイヤのチェックを受けて雪道を🚙💨昨年も吹雪の中向かいましたがこの辺りはニ…ameblo.jp『丹後半島へ②〜朝ごはん』お疲れさまです『丹後半島へ①〜間人蟹』お疲れさまです1月の末予定に一瞬の隙間ができたので🦀をいただきに日本海へスタッドレスタイヤのチェックを受けて雪道を🚙💨昨…ameblo.jp『丹後半島へ③〜伊根の舟屋』お疲れさまです『丹後半島へ①〜間人蟹』お疲れさ
年齢のせいにしてキレイになりたいを諦めてるあなたへいくつになっても手をかければお肌は応えてくれるよ✨正しいスキンケア✖正しい使用量✖コツコツ継続美は一日にしてならずだ・け・ど気づいた時が始め時あなたのキレイになりたい想いをサポートします私と一緒にきれいになろう✨こんにちはあなたの"キレイになりたい想い”にやさしく寄り添ってサポートするお肌と心のセラピストKeikoです今回は海〜!久しぶりの間人はザッブーん大波よ
お疲れさまです『丹後半島へ①〜間人蟹』お疲れさまです1月の末予定に一瞬の隙間ができたので🦀をいただきに日本海へスタッドレスタイヤのチェックを受けて雪道を🚙💨昨年も吹雪の中向かいましたがこの辺りはニ…ameblo.jp『丹後半島へ②〜朝ごはん』お疲れさまです『丹後半島へ①〜間人蟹』お疲れさまです1月の末予定に一瞬の隙間ができたので🦀をいただきに日本海へスタッドレスタイヤのチェックを受けて雪道を🚙💨昨…ameblo.jp丹後の海沿いを走って伊根に到着しました雪の伊根夏とは違った表情駐車
お疲れさまです『丹後半島へ①〜間人蟹』お疲れさまです1月の末予定に一瞬の隙間ができたので🦀をいただきに日本海へスタッドレスタイヤのチェックを受けて雪道を🚙💨昨年も吹雪の中向かいましたがこの辺りはニ…ameblo.jp地元のお酒の熱燗いただきながら地がにをお腹いっぱい堪能次の日も曇り空でした昨晩の食事場所で朝食この干物が美味しい♪周りはご飯のお供ご飯も大盛りでいただきます♪おでんかにの出汁が効いた蟹汁明るくなると別の場所のよう💁♀️あの絵、どなたが描かれたかわかります
お疲れさまです1月の末予定に一瞬の隙間ができたので🦀をいただきに日本海へスタッドレスタイヤのチェックを受けて雪道を🚙💨昨年も吹雪の中向かいましたがこの辺りはニュースで見るような大雪ではありませんでした大変なところもあるようでその雪を全国に分けられたら負担が減るんだけど予定より30分遅れで到着ほんの少し部屋の温泉につかって夕食場所に案内いただきました💁♀️今日は貸切部屋でどうぞ♪いつもの食事場所でないところ特別室用の食事場所ですこの日は二組だけなのでそれ
STILLONTHEWAYTOSOMEWHERE⑭丹後バウンド⑴❶WINDYEXCURSION-sunnyside-santex1989.blog.fc2.comSTILLONTHEWAYTOSOMEWHERE⑭丹後バウンド⑴❷WINDYEXCURSION-sunnyside-santex1989.blog.fc2.comSTILLONTHEWAYTOSOMEWHERE⑭丹後バウンド⑵❶WINDYEXCURSION-sunny
いつも何か読む本がないと手持ち無沙汰で聞き流せるジャズがあるとジャズを聴きながら本を読む。日常の大事な時間の一つ。暮れから正月にかけて読もうと買っておいた本をようやく読了木挽町の仇討ちは木挽町の芝居小屋の周辺に住む人々の人生を小説の中で見事にまとめ上げて仇討ちを解き明かす。仇討ち!ーーーーここを描いてしまうと楽しみがない読んでください。実に推理小説のような時代劇だ。歌舞伎の世界をよく知っている作者の厚みのある知識がストーリーを豊かにする。読んだし映画
2025年、年末の話しです、正月で帰省中のドリフトキングと、恒例の林道ドライブへ、ヤツが丹後に帰省した時の恒例行事になった、林道ドライブ、今回は雪の丹後縦貫林道へ、碇高原側から世屋高原へ向かって走ります、途中数カ所、倒木があり、、手強いの登場↓ノコギリ持って来るべきだったな、と、ドリフトキング、確かに、と、私、ビューポイントは霧で何も見えず、無事に、世屋高原へ↓日本の原風景です、この日私は夜勤だったので、昼過ぎに帰って解散、その夜、私はと言えば、職場で年越しそ
が耳の中で響く。オレの友人の中に、奥さんのリクエストと称して(たぶん本当だろう)長野、山梨、新潟、果ては東北、北海道までオレが行きたいと思っている縄文遺跡や博物館・史料館へスキあらば出かけていくケシカランやつがいる。つい先日も群馬県立博物館で国宝の土偶を見てきたらしい。ご近所さんは冥途の土産に東北大旅行を計画している。宮城の多賀城、岩手では遠野、平泉中尊寺、とりわけ花巻では「下ノ畑ニ居リマス」の石っこ賢さの羅須地人協会、極めつけは、青森三内丸山遺跡だ。(←オレの意見がか
丹後半島3日目は天橋立です朝食ですがやっぱりバイキングよりこうやってできた方がいいなぁ~天橋山智恩寺から天橋立を歩いていきます途中にある神社隣に井戸があり真水が出るのは神様のおかげってことで出来た神社らしいっすどんより曇った天気に積った雪元伊勢籠神社ここからケーブルカーで天橋立傘松公園へ段々晴れてきましたここに来たら股覗きですよね手すりにつかまらないとふらついてこけますどう見えたかって?逆さまに
丹後半島めぐり2日目は城崎温泉に宿泊で外湯が6か所ありましてパスをいただいているので一晩でオールクリアせねばそれぞれ特徴があって楽しめますが一晩ではちょっとしんどい宿の夕食は豪華じゃん良いところでした砂がキュッとなるんだって伊根の舟屋巡りで船で舟屋を見に行くのですが風と雪がすごくて見てらんね~それに遠すぎちゃってよくわからんそれよりカモメにかっぱえびせんあげてたほうが楽しいよポケットから出した途端よってくるし
京都府北部、丹後半島の海岸線を見てきました。2026年1月五色浜釣り人がいました立岩立岩の横にある柱状節理大成古墳群立岩近くの高台にあります大成古墳群展望台より冬のこの時期、人が少なかったですね
丹後半島めぐり1日目は新幹線で新横浜駅から米原駅へなんで失敗写真になるのかな~三方五湖レインボーラインなんていい天気なんですか風はあるけど暖かい京都丹後鉄道で由良川橋梁を渡るんですが電車に乗ってたらよく分からない夕食はビュッフェで美味しそうなものがたくさんあるんですが自分でお皿にのせるとん~~~上手にとってこれないな~
ブログ訪問ありがとうございます😊昨年末に丹後半島沖へ電動ジギング釣行した際、水深100m前後のポイントで実釣約8時間で終了間際にバッテリーがなくなり、少し不安を覚えたので容量の大きいのを追加購入しました😊現在使用中のはこれ👇️Hapyson製YQ−105容量6.7Ah今回追加したのはこれ👇️BMOジャパン製10A0007容量13.2Ahhttps://bmojapan.jp/fishing/10a0007/フィッシング用品|リチウムイオンバッテリー13.2Ah-ビー
2025年12月冬の食のお楽しみと言えば「カニ」この冬はカニを食べに、以前も行ったオールインクルーシブのお宿「佳松苑・別邸ふうか」へチェックインは最上階のラウンジで事前精算ラウンジで休憩してからお部屋に移動…の流れは一緒ですしかもこの日は雨なので、最上階にあるラウンジからの眺望も鉛色の空が広がるばかり翌日の朝は青空になったので写真を一枚UPラウンジに置いてあるレシピに従い、素敵なカクテル作ってみたよーラウンジの様子や眺望は、以前のブログでご覧下さい↓↓『京丹後・夕日
新井崎神社(にいざきじんじゃ)丹後国與謝郡京都府与謝郡伊根町新井(P有)■旧社格村社■祭神事代主命宇迦之御魂神徐福丹後半島のもっとも東側、若狭湾に張り出す断崖絶壁の海の際に東面して鎮座する社。伊根町「新井(にい)」の最東端、「新井崎」に鎮座します。◎「新井(にい)」は「丹生(にふ)」からの転訛でしょうか。「丹後舊事記」には「子の日崎(ねのひさき)、俗に新井と云ふ」と記されています。北辰信仰の影響が見られる宇良神社(浦嶋神社)とは祭を共に行ったりと関連がみられ(宮司は両社を
本日の歩数:3778歩年初来歩数:57172歩開始来歩数:46673784歩本日のスク:200回本日の腕立:50回開始来スク:104300回開始来腕立:84540回本日の腹筋:60回本日の背筋:150回開始来腹筋:62460回開始来背筋:13020回天気も良いし、年賀状はソフトが来てからということで気晴らしに(気晴らしが必要なほどの問題は無いが)走ってくることにした。いつも困るのはどこに行くかだ。今回は雪の状況も見たかったので北に。
「今年の放送は・・・。年内の・・・」というフレーズを聞くといよいよ年越しムードですね。さて、27日土曜日、ふらっと嫁の実家へ来た列車に乗る旅。鉄ヲタ風ブログにお付き合いください。旅はここから何時もの鳳駅です。快速が止まるので最寄り駅ではなく足を延ばしてここからスタートです。大阪まで乗り換えなし。便利です。特急ではなく、先発の快速列車で篠山口まで。以前は福知山行きの快速があったのですが、無くなった?ごく普通です。沿線を見ているとあれは!!こんなところにあったんだ
これ、1301個目のブログです、よく続いたものです、多忙にて、アプリを開くのも億劫になって、暫く放置、島つくえさんのXより↓何だかアートっぽいストゼロ、丹後半島は今、吹雪いております、急な寒さで、私、肩が動きません、、、ぼちぼち、独り言を再開しようと思います、終わり。
2025.12.19〜20(土日)備忘録①家族4人+義母と丹後半島へ🦀旅行まずはオートバックスに寄ってスタッドレスタイヤにチェンジその後【西紀】でランチタイム私はラーメン🍜↓美味しい👍️ラーメンでした。人類みな麺類と西紀のコラボらしい【道の駅てんきてんき丹後】特に欲しい物もなくブラブラしてると奥の方に丹後半島の事などを学べる空間がありました。以外と良かった↓その後【琴引浜】へこの日はとても暖かくて上着がいらないくらい12月なのにびっくり!鳴砂の浜として有
お義父さん、良い娘ができて良かったわね~とお義母さんが、いっぱいに微笑んで、義父に話しかけていた私、こんな癌の病気ばかりして全然出来てない妻なのに~💦身の置き場がない感じです~💦好きピは、男ばかりの3人兄弟の宝物の長男で2人の弟たちは亡くなっていて私はとても歓迎してもらってるの有り難いね、感謝しなきゃね帰省の日のディナーは私の手作りの、丹後風ばら寿司とあ、義父の先祖は丹後半島出身なんです丹後のばら寿司は鯖のそぼろがポイント❣️鯖のそぼろは、彼に頑張ってもらいました
今年の秋は特に、ずっと忙しかったので心と身体をゆるめる場所へ出かけてきましたちょうど蟹の解禁後すぐに久々にのんびりと出来た旅行とれたて新鮮な番付きの松葉蟹は甘くて絶品まさにご褒美タイム♪大好きなカニの天ぷら焼きガニこの日はセコ蟹までサービスでいただいて中には卵がたっぷりと入っていて内子と外子がぎゅっと詰まった濃厚な旨味すごく美味しかったです大きな松葉蟹のメスがこちらの小ぶりなセコガニなのだと知ったのもいい思い出に炙った蟹味噌に焼きガニを絡めていただく瞬間が
宿ついて~まったりしてたら夕食Time蟹🦀~😍😍😍😍😍蟹とおつくりたち嬉しすぎ!カニ味噌とカニの天ぷらカニ鍋牡蠣もう、美味しすぎ大満足でした‼️幸せ幸せ😃💕お部屋はレトロ☺️めちゃくちゃ居心地よいお風呂も気持ちよかった夜もぐっすり眠れてずっと居たいわ朝御飯🥰食べきれなくて残った牡蠣ご飯は包んでくれました嬉しい‼️朝の日本海道の駅とかちょいちょい立ち寄りつつすっかり秋の景色舞鶴赤レンガにて海軍カレー夕方帰宅宿からのお土産の蟹🥰景色もよく天気もよく、蟹
昔の丹後半島はカニが安くで食べられた。昔から丹後半島にかにを食べに行きます・・・。が、最近どうも値段が一段と高くなったような気がしますが・・・。初めのころは1万円ぐらいだったのがブームに火がついた??そんな感じで12500円から今や16000円それでもやすく大体は20000円ぐらいになってます。昔のカニは量が多くって新鮮でしたが、特に蟹さしは絶品でしたがすごくおいしかった。でも最近は量は少ないのはわかりますがだってそんな食べれないからってぐらいで出てきますから・・。少な目ですか。
一昨日。天橋立、伊根方面に行く時は、、と言うより、こちらのお料理屋さんを目指して季節ごとに行っております。『天橋立旬の味雪舟庵』🅿️広いです。明るい店内です。『寿司定食』一品一品がとても美味しいです。窓ごしに、『天橋立』です。鯛のお造りグラタンも美味しい。柿の木大根柚子かかしの衣装が毎回豪華お店の前は、丹後半島日本海🌊ドライブを兼ねて季節が変わる毎に行ってしまいます。お値段以上だと思います。日本三景『天橋立』は、すぐ近くです。
秋を求めて西へ滝旅#1秋は一番好きな季節。でも年々秋が短くなっていませんか。夏の暑さが和らぐと、直ぐに冬の寒さがやってくる。今年も大まかな滝旅の予定は年初に立てていました。その時に思ったは、幸いなことに日本列島は縦長なので、少しでも長く秋を楽しむために北から西へ滝旅しようと。東京が残暑の9月中旬に北海道、10月中旬に信州方面、そして今回10月下旬に西の方に滝旅することとしました。予想外だったのは週末になると雨が降ること、それからクマの出没です。キャンセルや旅程短縮は多少あったものの、
京都府丹後半島にある伊根町は漁師町です漁師さんの船は自宅1階に係留場があり2階の倉庫部分が家屋風の造りです。そんな舟屋がぎっしり並ぶ景観は日本国内でも大変珍しく今やインバン含む観光客がいっぱい押しかけてます。久しぶりに来ました。15年ぶりくらい。当時は鄙びた漁師町でゆるゆるりと町歩きができました最近は入館?見学できる舟屋(有料)があったり道の駅や舟屋を利用したオサレなカフェもあるようです。遊覧船から舟屋群を観ますこの船に乗船します舟屋群は海側からの景観がいちばん楽
丹後半島へ家族で旅行。楽しい家族旅行でした🥰
2025/11/12水08:00京都府/近畿最北端の経が岬灯台に行ってきました。日本海をあまねく照らす大迫力の白亜の灯台は大迫力です。下の写真は、駐車場からの灯台を300mm望遠レンズで撮ったものです。ここからでも第一等フレネルレンズでガラス窓を拭く枠が見えますね。ですから、望遠鏡や双眼鏡を持っていけばこの駐車場からでも、つまり車で行ける範囲で、日常生活ではまず味わえない絶景を楽しめます。私は20分ほどかけて登っていきました。明治31年建築の際は、海岸から石材を2年がかりで持ち上げたそうです。