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2016年3月28日ついに、四国最南端の足摺岬にやって来ました。なんか銅像があるなと思ったら、漂流してアメリカに行ったジョン万次郎こと中浜万次郎の像です。この土地の方だったんですね。「21世紀に残したい日本の風景」で四国第一位だという場所に行きます。ハイ、ここですよ。足摺岬は、私が期待していた通りの断崖絶壁の素敵な岬でした。その後、灯台へ。足摺岬でした。
『四国西南夏旅キャンプ旅1日目四万十川まで来たけど...』『四国西南夏旅キャンプ旅1日目来たかった場所やん♪』『四国西南夏旅キャンプ旅1日目四国地方の道の駅スタンプ集めも始まる』〜お盆休み中間の話〜8月1…ameblo.jpこの続き四国西南旅、2日目!旦那様、痛みもあって寝られんかったんやね。5時頃からテントから出て新しく買ったコンパクトなガスバーナーをセットしてた。みっこもテントから出て朝食の準備やマーケットで買ったブドウパン🍞いつもより贅沢な美味しいコーヒ
一度でいいから冒険してみたいことある?▼本日限定!ブログスタンプhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E4%B8%87%E6%AC%A1%E9%83%8Eジョン万次郎については、もちろん、名を残している以上、偉人ですし、功績や人物は立派だと思います。とはいえ、ああいうふうな波乱万丈な生涯はイヤです。栄誉や名声なんか、つかめなくていいですし、理由にかかわらず、有名にもなりたくないです。と
7月13日その5灯台に行ってみた。100年以上前に建てられている。時間になったので、バス停に戻った。ここまで乗ってきたバスの折り返し、着いたときに運転手さんに帰りも乗ると言うと、荷物をのせたままでいいよと。雨が強かったので感謝。隣のバス停で「待っているから、見学してきていいよ」と言われ白石洞門、海蝕洞ですね。直径15mぐらいあるらしい。ここは階段があって下まで歩いて行けるらしい。廃校跡ですね。何が人の運命を変えるかわからないものである。土
【高知県のヒーロー】万次郎に対して坂本龍馬は、おもいっきり表舞台に出まくった人物だ。とにかく坂本龍馬は目立つ、目立つ。高知県でも桂浜ビーチの観光収入はダントツだろう!学校で一番目立ちたがりや、文化祭や体育祭では一番人気のモテモテくん。そんなイメージの人物だったのだろうか。人気者にはつきもので、当然妬むやつも多い。江戸幕府時代に必死にしがみつく、ねたんでーる古代人。新時代に野望を持つが自分のことしか考えない、かん違いマン。400年続いた鎖国で外国に対する免疫がない保守的な
【ジョン万次郎のお墓参りへ】ジョン万次郎は東京都豊島区南池袋にある「東京都雑司ヶ谷霊園」の墓地に静かに眠っている。雑司ヶ谷霊園は、都電荒川線(都内唯一のチンチン電車)の「都電雑司ヶ谷」駅を降りて眼の前だ。駅から万次郎のお墓参りに歩く途中、夏目漱石のお墓もある。霊園の案内看板に万次郎のお墓の位置が掲載されている。霊園なので撮影画像は最低限に控えさせていただく。お参りの方は実際に現地で調べてほしい。ジョン万次郎のお墓は、中濱家のお墓、親族のお墓もある。親族ではない限り
【足摺岬の中浜万次郎像】PART.1足摺岬訪問の滞在ホテルは「足摺国際ホテル」。お部屋は和室でオーシャンビュー、とても快適。海側の部屋からは足摺の海の景色がとてもよい。幼少期の万次郎もこの景色と同じ海を見ていたのかと思うと感慨深い。宇佐から出漁、嵐にあって遭難したポイントは足摺岬のはるか沖の方らしい。部屋から観ている海の景色の先で漂流してしまったのだ…。ホテルのフロントの観光パンフレットコーナーにも「ジョン万次郎を大河ドラマにしよう!!」の署名ノートがあった。
【ジョン万次郎生家跡】PART.1中浜区長場の裏から細い路地に入る。すぐに「中浜万次郎生家(復元)」の案内看板。古くからありそうな路地だ。万次郎もこの道を歩いたのだろうか。その頃はコンクリート舗装はされていなかっただろう。右の塀に「中浜万次郎の母(汐)の出里」看板がある。笑顔のお母さんイラストが「ようこそ」と言って歓迎しているようだ。その先に「中浜万次郎生家(復元)」がある。[中浜万次郎生家復元]正確には住居跡地ではないらしい。近年にこの場所に復元された
[startJohnMungepisode]HOMEジョン万次郎(中浜万次郎)の記事開幕-May,2025written-【ジョン万次郎生誕の地】PART.1高知県・土佐清水市、中浜。1827年、ジョン万次郎こと中浜万次郎はこの地で生まれ育った。2027年は生誕200年を迎える節目となる。(本記事作成・掲載は2025年5月)貧しい漁師の家に次男として生まれた万次郎。姓(名字)は無い。父は万次郎が9歳の頃に他界。病弱な兄弟姉妹、家も村も貧しい環境で生
足摺岬から今度はR321号を北上するとほどなく、中浜という小さい集落が現れる。そこがあのジョン万次郎の故郷だ。生家跡には今でも中浜家があり、近くには生家が復元展示されている。小さい集落ではこのような路地で各家々が結ばれている。昔のままの区割りなんだろう。藁ぶきの家の内部には当時のいろんな家財が保存展示されている。そこを後にして、再び北上すると今度はジョン万次郎ミュージアムが現れるので立ち寄ることに。ジョン万次郎は、中浜万次郎が元の名前。中浜という先の集落で漁を営んでい
こんにちは‥(^_-)-☆今の奈良は久しぶり12℃と暖かい日になりましたね。最高気温も、久しぶりに12℃と暖かい日になりました。一寸身体が元気を取り戻すかなあ?・・(^_-)-☆昨日はヒヤヒヤしながら、病院に向かいましたが?・・(^_-)-☆病院に着くと低血糖で、60まで血糖値が下がっていて、手当を?・・(^_-)-☆だが、一ヶ月の数値であるヘモグロビンA1Cは、6.8まで下がりました。先月の7.7から、ほぼ1ほど下がりました。運動不足が血糖値をあげていたのかもしれませんね。1
巷では、石破茂自民党総裁誕生のニュースが流れている……が、まあ、ここは私のブログである。今回もより緊急度、重要度の高いニュースをお届けしたい!(^^;◆あの時も……『菅首相退陣表明のニュースの途中ですが…』巷では、菅首相が次期自民党総裁選への出馬を取り止め、事実上の辞任の意向を表明したニュースが流れている……が、まあ、ここは私のブログである。より緊急度、重要度の…ameblo.jp『★更新★”菅首相退陣表明のニュースの途中ですが…”』幻冬舎のセール価格本のリンク書影が4日に更
ジョン・マン1波濤編山本一力講談社文庫<病院の待合室で読む>地域の中核病院で持病の診察を3か月ごとに受ける。その度に8時30分から薬局の時間までいれると11時半まで、病院の待合室で延々と待つ。病院だから、当然、病気持ちがくるわけで、待合室で咳き込む患者があちこちにいる。病院にいって、さらに病気を増やすのもよくないので、咳き込む患者からは離れたところに座る。ところが、何故か咳き込む患者がまた隣に座る。そして、また、安全地帯を探して移動する。と、また。。。なかなか読書に集中でき
足摺岬四国の最南端の岬です。私は初めてです。白亜の灯台高さは18m、光達距離は38kmで、日本最大級の灯台だそうです。椿の群生に囲まれた岬遊歩道は椿のトンネルです。展望台から水平線が長い〜太平洋一望のもとに見渡せ、視界は270度です。再び、椿のトンネルを通って見晴らし台へ足摺岬の断崖に立つ白亜の灯台は、岬のシンボルです。中浜(ジョン)万次郎の像逆光でした(笑)やっと足摺岬に来られて、良かったです。ありがとうございました。
足摺山・金剛福寺2024年4月1日(月)、車中泊の旅6日目をご紹介しています。四国巡礼八十八か所のお寺を訪問したことはありませんが、金剛福寺はPの目の前。まぁ、ひとつくらいはご挨拶して帰りましょう。▲金剛福寺東門駐車場の目の前の山門です。ここから境内にお邪魔しました。▲可愛いお地蔵様東門を入ってすぐ、足元に可愛いお地蔵様が居りました。穏やかないいお顔をしていますね。▲大きな亀大きな亀も居ました。竜宮城ではないので、何故亀が居るのかわかりません。もとかして、
目次四国八十八ヶ所遍路37番・38番札所第37番札所藤井山五智院岩本寺38番金剛福寺までは100km第38番札所蹉跎山補陀洛院金剛福寺足摺岬・灯台ホテル足摺園目次を開く四国八十八ヶ所遍路37番・38番札所四国遍路区切り打ち2回目の6日目前日のブログは『四国八十八ヶ所遍路34番種間寺から36番青龍寺』目次第34番札所本尾山朱雀院種間寺清瀧寺までは9.8km第35番札所醫王山鏡池院清瀧寺第36番札所独鈷山伊舎那院青龍寺
ジョン万次郎の物語を読みました。波乱に満ちておもしろい!ストーリーで楽しむ伝記(4)ジョン万次郎Amazon(アマゾン)Amazon(アマゾン)で詳細を見る楽天市場で詳細を見るとてもおすすめです・・❗️ジョン万次郎とは・・・土佐の漁民の子、9歳で父を亡くし、家族を支えるために漁に出て働いていた。・漂流:14歳で遭難。八丈島と小笠原諸島の間にある鳥島(伊豆諸島)に漂着。・アメリカの捕鯨船に救助されるが、当時は鎖国中(1841)で日本に立ち寄ることができないためそ
【2024年1月3日(水)は何の日・智慧の気づき力・武士・中浜万次郎!?】2024-01-03「武士・中浜万次郎」【毎日・智慧の気づき力】【今日は何の日?】日本の霊性思想の智慧で自他共栄!【第二の人生・仕事の大学】LINE公式アカウントコンサルタントLステップ正規代理店日本の霊性思想の智慧を自然科学・量子論仏教学・ヨーガ哲学九星気学・心理学の視点から智慧経営のあり方を配信!「LINEビジネス構築・Lステップ正規代理店」LINE公式アカウント特典プレ...youtu.be日本
こんにちは(⌒∇⌒)ノ"劇団四季大好きまっちゃんです昨日は、京都府相楽郡精華町光台(キョウトフソウラクグンセイカチョウヒカリダイ)にある『けいはんなプラザメインホール』にて上演された劇団四季ファミリーミュージカル「ジョン万次郎の夢」を観劇しました。(16:00開演)↑ファミリーミュージカルの上演時間は、通常ミュージカルに比べて短いです。文字通りファミリーで観劇できる・・・子ども達が飽きてしまわないように短めなんですよね。↑今回は劇団四季専用劇場ではないので紙のチケット。(
龍宮神社から約10分程で、ジョン万次郎の生誕の地に到着。中浜万次郎帰郷150周年記念碑ジョン万次郎の説明文。こちらもジョン万次郎の記念碑。記念碑からは、海が見渡せます。そして、ジョン万次郎の生家に向かいます。建物に大きく書かれてて助かります。建物の横の細い道を入って行きます。ジョン万次郎の生家まで、もうちょっとです。到着。これがジョン万次郎の生家(復元)です。石碑があるので、こちらが正面かと思われます。誰も居ないので、勝手に開けて見せて頂きました。直ぐ近くには、ジョン万
午後4時頃から5時頃までは読書をしていることが多い最近読んでいるのは山本一力著『ジョン・マン』(講談社文庫)山本一力の江戸の人情小説が好きでこれまでにも数十冊は読んでいるが土佐出身の作者が郷土の偉人・中浜万次郎の生涯を描くこの小説はそれまでの江戸人情小説とは一線を画している土佐の漁師4人と一緒にカツオ漁船に乗り込んでいた万次郎たちは嵐で遭難し無人島の鳥島に流れ着くこの時万次郎はまだ14歳同じ頃アメリカのボストンに近いニューベッドフォードという港からジョン・ハウラ
以前、雑司ヶ谷霊園にてジョン万次郎の墓参りをしました。中浜万次郎とは幕末明治期の英学者。別名ジョン万次郎。土佐国中浜村の漁夫の家に生まれる。1841年(天保12)、出漁中遭難漂流し無人島に漂着し、アメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に救助され、同国に渡り教育を受けた。1850年(嘉永3)サラ・ボイド号でホノルルから帰国の途につき、翌年8月鹿児島に上陸、長崎で取調べを受けたのち故郷に帰された。1852年12月藩庁に召され、徒士格に登用されて藩士に列し、1853年幕府に招聘されて普請
2023年08月05日高知県土佐清水市にてあしずりまつりの花火大会の会場(清水漁港)18時前くらいにかなり雨がきて水浸しに元町岸壁の花火観覧場所という所は16時からでないと場所撮りができなかったですそれ以外の場所(立入禁止場所以外)は多くの方がブルーシートや段ボール他で場所どりをしていました。臨時駐車場も多くありますので、ギリギリにこなければ多分余裕でおけると思います帰りは渋滞は確実ですのでゆっくりと車の中か涼しい場所で小一時間ぐらい休んで
6月7日(水)、地域まわりのなかで、久しぶりにお伺いしました中浜にある「中浜万次郎の生家」この日も、県外観光客らしい方が訪ねてきていました。平成22年10月31日(日)に完成されたこのジョン万次郎の生家。中浜の集落のど真ん中とかにあるのが、僕はなんとも好きです。バスや車で来てもかならず歩かないとたどり着けない感じ、昔ながらの漁師町の町並みのなかを進んでいかないと着かない感じ、そのどちらもが僕は好きながです。当時使っていたであろういろいろな家財や食器や道
2023年春の俺たちの旅最終日は足摺岬から始まった。僕はこれまでの人生で釣りやツーリングで何度も高知県に訪れているが何故か足摺岬は縁がなく訪れた事がなかった。足摺岬は高知県南西部土佐清水市に属し太平洋に突き出る足摺半島の先端の岬で足摺宇和海国立公園に指定されている。桂浜は何度か訪れたが桂浜は砂浜だから足摺岬の景色とは違う。足摺岬は足摺半島南東端に位置し黒潮の打ち寄せる断崖は約80mの高さをもち、ちょっと瀬戸内海では拝めない景観だ。まあ僕は高知県最南端の沖ノ島や鵜来島、姫島
四国最南端の町、土佐清水市に入りました(^^)v「足摺宇和海国立公園」に属する土佐清水市一帯の素晴らしい海岸美に目を奪われました👇『南国土佐を訪れてVol.6(^^)v@高知県土佐清水市』旅、2日目は早朝に高知市内を出た後、一路四国の最南端へですが途中、ちこっと寄り道“四国らしい景観”として有名な四万十川の沈下橋(47個ある沈下橋のうち、今回は…ameblo.jpそしていよいよ今回の高知県訪問、最大の目的でもあります四国最南端のスポット、足摺岬に到着しました土佐清水市観光協会のガイ
その①より土佐清水の中心街を抜けて海岸線にジョン万次郎資料館の案内板が出ていました。かなり海に近い岩壁方面ですが資料館を目指します。本当に岩壁に資料館に建っている場所にまず驚かされました。一度訪れてみたかったジョン万次郎資料館です。テンションの上がる外観ですね。最初の展示は万次郎たちが遭難して流れ着いた鳥島と生きるために食べたというアホウドリの姿です。アホウドリは警戒心が薄いらしいのでかなり捕獲して主食の様にたべてきたのでだと思います。飢餓状態の万次郎たちを救ったのはアメリカの捕鯨船
天気が下り坂ということでホテルの朝食を終えて中村から一目散に足摺岬をめざします。道路は整備されているのでほぼ50キロ超で走り続けることができましたので約1時間で足摺岬に着くことができました。中村から車を飛ばして約40分土佐清水の町中に入って分岐に突き当たります。右に行くと清水中心街とジョン万次郎資料館ですが足摺岬を目指しますので左折して進みます。すぐ近くに足摺黒潮市場がありましたので帰りに寄ってお土産を買いたいと思います。足摺岬には温泉街がありますが空海が金剛福寺を建てた際に湯に浸かっ
先日、松陰神社様に御礼参りをしました。その際、お饅頭と薩摩の芋焼酎を奉納させていただきました。『吉田松陰...そして、太平洋序曲』昨日の話...時間を融通していただき松陰神社に御礼参拝致しました。松陰神社様に鹿児島産の焼酎とこちらの御饅頭を奉納しました。まだ、先生のチノポス日本史講…ameblo.jp境内のお写真を少々...ソメイヨシノが、咲き誇っていました...早すぎますよね...こちらは、私の好きな御衣黄さん♪まだ、蕾でした。真緑の時に、呼ば
昨日の話...時間を融通していただき松陰神社に御礼参拝致しました。松陰神社様に鹿児島産の焼酎とこちらの御饅頭を奉納しました。まだ、先生のチノポス日本史講座【幕末迄】の学びが終わっていません。ですが...太平洋序曲×スパイファミリー【帝都千穐楽】迄時間を融通していただける...か?分かりませんので...生前、先生が吉田松陰の好物は、饅頭だった...と仰っていました。なので、日生劇場の売店で見つけた時真っ先に購入を決めました。あ゛〜、今思