ブログ記事20件
高市氏「捨て身告発」の波紋政府内に中国配慮?経済安保に後ろ向き岸田首相は沈黙「明日クビになったらすいません。ごきげんよう」https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/fuji/politics/fuji-_society_politics_FFGUSNVRKVNKNMPLPZHQQRX5EQNECが中華人民共和国でLenovoを生産してたんやろ?それは日中セキュリティの国策であり、安倍政策だった中川昭一も中山正暉も中谷厳も気付かん点がある常識やけ
日本とイスラエルの外交関係樹立70周年の記念すべき本年、イスラエル政府より「日本-イスラエル友好賞」という身に余る栄誉を受け、衷心より感謝申し上げます。日本とイスラエルの二国間関係の繁栄、発展、深化に微力ながら貢献させて頂けたことを今般ご評価頂いたものと認識いたしております。特に、ベニー・ガンツイスラエル国副首相兼国防大臣閣下におかれましては、来日中の大変ご多忙の中、在京イスラエル大使館における式典において賞を手交して下さり感謝申し上げます。同時にイスラエル政府の皆様、ギラッド・コーヘ
30年ぐらい前、総合病院の内科へ行くと、椅子になにかの大臣が座っている。後で調べると、郵政大臣だった。さすがに権力闘争のプロである政治家のオーラは巨大で、すぐにただものではないとわかる。その人は今、息子(防衛副大臣)に地盤を譲り引退しているが、さらに調べると、この人の祖母がアメリカ人と日本人のハーフで、日本史上、女性初の閣僚(厚生大臣)だった。すると、父(私が病院で会った人)がクォーターで、その息子の現・副大臣は、8分の1、アメリカ人だ。8分の1はなんというのだろうか。8分の1でも副大
https://youtu.be/yp9ekDkiY-Y【拉致問題アワー#479】その時、何があったのか?北にコメ支援50万トン決定の経緯増元照明(前『家族会』事務局長・拉致被害者増元るみ子さんの弟)●中国、対北国際監視を牽制●敵基地攻撃能力先送り●その時何があったのか?~50万トンコメ支援決定の経緯#ブルーリボン#コメ支援#中山正暉
43年ぶりの、百里基地訪問。43年ぶりの、F4搭乗。中山泰秀
写真出典:蔡英文総統閣下のTwitterより台湾から父が叙勲の栄に浴した時、李登輝総統閣下に御礼のご挨拶に家族でお伺いしました。私から、「記念に、若い世代の私に何か言葉をプレゼントして頂けませんか?」とお願いすると…李登輝総統閣下からは、「私はクリスチャンだからね、目には見えないものを信じる心が大事だ、"誠實"という言葉をプレゼントしましょう」と仰って下さいました。台湾地震発災、数日前の事でした。日本への帰国と同時に、直ぐにお見舞いを申し上げることになるとは想像もつきませんでした。あ
最近、手紙書いた?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう自民党重鎮の古屋圭司先生から、選挙区が心配だが視察に戻れない旨の丁寧なお手紙を頂きました。そういえば、小泉純一郎内閣の時、郵政大臣の中山正暉衆議院議員だけが小泉首相の郵政民営化政策に抵抗し失脚なさいました。中山泰秀衆議院議員の親父様です。
「地域社会に迷惑」=郵便局9人感染で支社長―新型コロナhttps://topics.smt.docomo.ne.jp/article/jiji/nation/jiji-200410X772
これは、別の日のコレクション。
このあと、愚民世界にあり得るのは、預貯金の引き出しパニックやん。そんなことなったら、預金封鎖になるわな。人間は考えて生きんと。草食家畜の群れちゃうねんから。実は、預貯金引き出し騒ぎのことを【預金取り付け騒ぎ】と謂う。なぜ、こんな持って回った慎重な表現を使うか、とゆうと、金融市場が敏感だからだ。『取り付け』とは、『取り敢えず駆け付け』て、念のため『引き出し』て置くことを謂う。つまり、愚民による預貯金引き出しパニックを警戒した賢い市民が念のため銀行に駆け付けて取り敢えず預貯金を引き出すことが預貯金
自民党は農家に説明しているよ。報道はされへんよ?だって自民党後援会の集会で支持者に説明したら、農家に説明できるやん。農家継承は自民党の政策な?他家が廃業寸前の農家を継承するように促進してる。安倍政権は、小泉の不始末落し前政権です。その条件で旧田中角栄派の谷垣禎一は首相にならなかったので。谷垣を説得したのは中山正暉。その子の中山泰秀はうちの追手門学院小学校の一年後輩。日本先住民大王家のえた尾辻家と薩摩藩家老の中山家は親戚でありともに薩摩から大阪天満に明治時代に来た。山口敬之の著者は本物。安倍晋
今宵開催された、自民党大阪府連政経文化会にて。右から松川るい参議院議員(☺︎)父正暉(87)筆者(48)感謝中山泰秀
先程、トルコから無事帰国いたしました。帰国直後には、マーク・ケネディノースダコタ大学学長と会談、その後は、外務省とのミィーティングを行いました。帰国直後も日程が入っている事は政治家冥利に尽きる事であり、非常に有り難い事です!(笑)さて、昨年の今頃は、衆議院選挙の真っ最中でした。皆様から頂いたご厚情、1票、1票により、お陰様で5期目の当選を果たす事ができました。思えば、初当選からどんな時も変わらずに、愛する故郷地元大阪でご支援下さった皆様方に対し、ここにあらためまして、衷心より感謝申し上げ
政治家になりたいと思ったこと、ある?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう1960年7月19日、池田勇人氏が第58代内閣総理大臣に任命、第一次池田内閣が発足。中山マサ衆議院議員(中山太郎、中山正暉元衆議院議員の母、中山泰秀衆議院議員の祖母)が厚生大臣に指名され、我が国憲政史上初の女性大臣になった日です。中山マサさんを厚生大臣に推薦したのは後に総理大臣となる大平正芳氏で、大臣在任期間は5ヶ月と短かったですが、母子家庭への児童扶助手当支給を実現しました。お孫さんで外務副