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栄華の時代、その渦中に在りながらも、静かに、強かに、そして優しく。「時の図書館・平安時代編」、次なる魂の声は──⸻時の図書館・平安時代編中宮彰子(ちゅうぐう・しょうし)—「私は、“母の夢”と“父の誇り”の狭間で、“私”を探していた」⸻時の図書館の奥、屏風に描かれた金箔の雲がふわりと舞うように広がる一室。その中央に、まるで風のように静かに佇む女性がいる。中宮・彰子。藤原道長の娘として生まれ、一条天皇の中宮として後宮に入り、紫式部を女房として迎え、『源氏物語』という永遠の
(オリジナル:2019.5.3)【菅公と御堂関白(でも実際は関白じゃなあい)】私の文章を読めば知性に欠けた人であることはバレバレでありますが、大学では一応日本文学を専攻していた。「日本文学学んだのに、漢字を間違えるなんて…」「間違いで覚えているなんて…」と実家の両親にはしょっちゅう嘆かれたものです。世間的には“エリート”と言われるであろう大学教授たち(私の卒業した大学は某名門大学とそこそこ地理的に近いため、兼任している先生が多かった)の中にもしょっちゅう漢字を間違え、自が汚くてホ
先日訪れた四天王寺。どうしても欲しかったものをゲットしてきました!四天王寺に関する記事はこちらもあるのでぜひ読んでみてくださいね💁🏻♀️『【大阪】中宮彰子の御幸地を巡って〜四天王寺〜』中宮彰子の御幸地を巡って〜四天王寺〜中宮彰子、こと藤原道長の長女、藤原彰子が御幸された神社仏閣の1つを訪れました。忠実によると、1031年(長元4年)9月2…ameblo.jp大河ドラマ「光る君へ」で紫式部が源氏物語が書き終え、娘も独り立ちし、人生ひと段落した際に、源氏物語で描いた土地を実際に見に行く
2024年10月のお詣り(お参り)記録ダイジェスト①(10月5日抜けていました吉田神社さんと宝山寺の間のお詣りです)《10月5日上小阪八幡宮》はすの広場フェスタのあと訪れた神社さん。この日丸一日、地域のみなさんにお世話になったお礼をこちらの地元の神さまにご挨拶しようと神社を探して出逢った神社さん。いつもお世話になっている八幡さまだったからとってもほっとした上小阪八幡宮ご祭神足仲彦命(仲哀天皇)息長足姫命(神功皇后)誉田和気命(応神天
中宮彰子の御幸地を巡って〜四天王寺〜中宮彰子、こと藤原道長の長女、藤原彰子が御幸された神社仏閣の1つを訪れました。忠実によると、1031年(長元4年)9月25日〜10月3または4日にかけて石清水八幡宮、住吉社、四天王寺を華やかな行列を組んで行啓(9月25日の夜から明け方にかけて石清水八幡宮、27日には摂津国には入り、翌日住吉大社、四天王寺を参詣)。これが最初で最後の長い遠出だったそう。その後、閏10月27日横川の如法堂に仮名願文を奉納。横川の如法堂に奉納された仮名願文を巡ったお話はこ
定期的に更新しないからやっつけ感が出る(笑)風邪気味だったこともあり、昨年末からじっくり時間をかけて読みました。摂関政治の時代から武士の台頭まで、自分でもつかみにくかった時代がひじょうにとらえやすくなりましたね。女性の存在とはやはり重要なものです。
ご来訪ありがとうございます😊一条天皇と中宮彰子さん…一千年経ても…こんな感じなんでしょうか…この笑顔になんかほっこりします…一条天皇と中宮彰子…Facebookより借り物です…塩野さんと見上さん…
早く見たい見たい、と思っていたのですがなかなか時間が取れず、先ほどようやく見ることができました、第41回&第42回です。各回の用語集が番組公式サイトに出ていますので紹介します。用語集大河ドラマ「光る君へ」第41回より-大河ドラマ「光る君へ」-NHK用語集大河ドラマ「光る君へ」第42回より-大河ドラマ「光る君へ」-NHKこういう用語集などの解説をドラマと合わせて見ると、当時の時代の歴史勉強の効率が上がるのでおススメです。余談ですが、大河ドラマは、特に「光る君へ」は
NHK大河ドラマ「光る君へ」第43話輝きののちに長和3年(1014)。三条天皇即位から3年経ったこの年、中宮妍子(きよこ・道長次女)が姫皇子を出産。道長は皇子ではなかったことに落胆した。まひろ/藤式部は「源氏の物語」の続きを、書いている。内裏で火災が起きたため三条天皇は枇杷殿へ移り、枇杷殿にいた皇太后彰子は弟・頼通の屋敷である高倉殿を住まいとすることになった。高倉殿には敦康親王と、その妻・祗子(のりこ)女王が暮らしている。祗子女王は頼通の妻・隆姫の妹である。敦康親王と
第37回「波紋」内裏に強盗が入りました。。・:*+((((*o・ω・)o)))゜。・:*+『紫式部日記』に書かれている事件です。大晦日の夜、追儺の行事が早めに終わったので、お歯黒など、ちょっとした化粧をしながらくつろいでいたところ、弁の内侍がやって来て、話をしていたが、彼女はお休みになってしまった。内匠の蔵人は廂の間に座って、あてきが縫い物をしているのに、重ねやひねりの仕方を念入りに教えるなどしていたところ、中宮様の方で激しく騒ぎ立てる声がした。弁の内侍を起こしたけれ
NHK大河ドラマ「光る君へ」41話揺らぎ感想編賢子ちゃんと双寿丸の様子に、若き日の直秀との出会いを思い返しているまひろ。母親目線ならもう少し警戒心あってもよさそうなのに黙って観察してしまう作家目線。もうサガ。「私は怒るのが嫌いなの」賢子ちゃんの言葉は若き日のサブロー道長がまひろに語ったそのまま。逃げた小鳥を追って泣いていたまひろに優しく声をかけてくれたり、散楽の直秀に心を許したサブローの気質を賢子も受け継いでいる。賢子ちゃん、このドラマでは敦康親王と同い年の設定だから、この時
ご来訪ありがとうございます✨光る君へ…これからは…道長が没し…まひろが没しても…彰子は八十七歳まで生存します…後一条天皇の国母として…https://news.yahoo.co.jp/articles/ea38d070aee7af8fb4182dfbcc34e120ea2ebce1?page=1もはやNHK大河で主役級の存在に…中宮彰子が父・藤原道長を超えて天皇家と藤原家の頂点として君臨したワケ(プレジデントオンライン)-Yahoo!ニュース藤原道長の娘・彰子とはどんな人物
NHK大河ドラマ「光る君へ」41話揺らぎ為時邸に帰ったまひろは、盗人の一味に取り囲まれた賢子が双寿丸に助けられたと知り、礼を言う。いとは「助けてもらった恩義はあるけど、姫君は越後守の御孫君、おまえとは身分が違うのだから、もう二度と近づくんじゃないよ」と追い出そうとするが「姫君っていうツラでもないよなー」と双寿丸はリラックスした様子で返す。賢子もその言葉に可笑しそうに笑っているのを、まひろは驚いて見つめていた。「母上はどうして帰ってこられたの。」夜になって床を敷きながら賢子は尋ねた。「
中宮彰子のゆかりの品を求めて比叡山延暦寺の国宝展にて公開中の藤原彰子のゆかりの品を見に行ってきました♪比叡山への行き方についてはこちらをご覧くださいね💁♀️『そうだ、比叡山延暦寺に行こう!』そうだ、比叡山延暦寺へ行こう比叡山所蔵の藤原彰子のゆかりの品が拝見できると聞き、比叡山延暦寺に行ってきました藤原彰子は大河ドラマ「光る君へ」で見上愛さん演じ…ameblo.jp今回の展示は世界遺産登録30周年記念特別展比叡山と平安京ということで、国宝や重要文化財に指定されている貴重なお品を展
NHK大河ドラマ「光る君へ」40話君を置きてとうとう40話まで到達。一条朝が幕を下ろした今回でございますが、多くの方同様、私も思いましたわ。「そこで易占の結果聞くっ?」道長が易占の結果を聞いたのは「ニ間」という場所で、帝がお休みになる「夜の大殿(おとど)」とはたぶん襖のようなもので仕切られているだけの場所。ここで易占の結果を話してるのを帝が聞いてしまったという記述が残っているそうで、帝がお気の毒すぎる。道長にしてみたら、中宮の前で聞くわけにもいかず、崩御の卦が出てるとも思わず「ちょっ
いろいろと胸熱な回でした⚫︎一条天皇が亡くなられた⚫︎中宮彰子が父道長に放つセリフ「どこまで私を軽んじておいでなのですか?」⚫︎幼かった中宮彰子が母性愛に満ちた母になっている⚫︎乙丸がおぶられて伊藤健太郎の頭をポカスカ叩く一条天皇と中宮彰子が仲睦まじくするシーンを見るのがすごく好きだったので一条天皇が亡くなられたことはとても悲しい信頼という強い絆で結ばれている2人はとても美しかった一条天皇は32才の若さでこの世を去った中宮彰子は、87才という天寿を全うした一条
NHK大河ドラマ「光る君へ」第40話君を置きて寛弘8(1011)年5月藤壺で「源氏物語」の朗読会が開かれた。一条帝、中宮彰子、元服した敦康親王、道長、公任、藤式部をはじめとする彰子の女房たちの前で宰相の君が「藤の裏葉」の帖を朗読する。「藤式部、藤壺の宮は光る君をどう思っていたのであろう」敦康親王の問いに藤式部は微笑みを浮かべながら「さぁ」と首をかしげる。「藤式部はいつもこうなのです。続きを教えてくれないの。」中宮が微笑む。「それなら藤壺は光る君を愛しんでおられたと思うことにいた
大河ドラマ「光る君へ」40話「君を置きて」私の感想です藤の花が舞い散る藤壺で源氏物語の朗読会のシーンから始まった今回あれ?まひろが居るじゃん、それも、いつもの赤い女房装束姿で、、えっ?まだ惟規の喪中じゃないの?あー、惟規も藤が咲く頃に亡くなっていたから、この内裏の藤の花は「もうあれから一年経ちました」って言うことなの?、、と、勝手に自問自答(笑)いつも思うんだけど、このドラマ、主人公が、なんか身近の人の死に対して、とって
おはです。美しく哀しいお顔が忘れられません。大河ドラマ『光る君へ』第40話「君を置きて」一条天皇のラスト回です。藤原道長の姉詮子と先帝円融帝との間に生まれた皇子。しかし、父帝と母の間は冷たく、悲しみと憎しみと悔しさに満ちた母のもとで育ったのに、とても聡明な一条天皇。幼くして即位し、年上の中宮定子を愛し、敦康親王が生まれ、中宮定子が亡くなったあとは中宮彰子を慈しみ、敦成親王、敦良親王が生まれます。病に侵され退位を決意した一条天皇は、亡き定子との子で第一皇子の敦康親王を次の東宮にと
「光る君へ」40話「君を置きて」を見ました。「源氏物語」の読み会があった。敦康親王は藤壺は光る君のことを困っていたか藤式部(まひろ)に聞く。藤式部は言わないので、敦康親王は愛おしんでたと言う事にした。多分、敦康親王は自分を光る君と重ねて、藤壺を中宮彰子と重ねていたと思う。そこに左大臣・藤原道長は不実の罪だからと釘をさす。和泉式部や赤染衛門はだから燃えるのよと^^1011年、帝(一条天皇)の病は進行していた。帝は譲位を決意する。東宮・居貞親王が帝に呼ばれる。だが陰陽
アクセスありがとうございますいいねボタンありませんのでご興味ない方トバシテ下さい!テーマがバラバラですみませんm。。m(第34回放送の『光る君へ』より)道長の指示通りにまだ幼い年齢から懸命に継母業に取り組み敦康を慈しみ信頼関係を築いてきたのに築いた関係を道長の都合でたやすく破壊される!夫(一条)の意向も無視される!そりゃー耐えられないでしょう!彰子姫が怒って当然!「私は敦康の母でもあるのです!父上はどこまで私を軽んじておいでなのですか!?」自分ば
こんばんは🌃星を読んでいるすえながいつこです☆今日は日曜日、大河ドラマ「光る君へ」の日。大河ドラマ「光る君へ」【NHK公式】大河ドラマ「光る君へ」(2024年)。主人公は紫式部(吉高由里子)。平安時代に、千年の時を超えるベストセラー『源氏物語』を書き上げた女性。彼女は藤原道長(柄本佑)への思い、そして秘めた情熱とたぐいまれな想像力で、光源氏=光る君のストーリーを紡いでゆく。変わりゆく世を、変わらぬ愛を胸に懸命に生きた女性の物語。キャスト相関図・見逃し配信・あらすじ…w
わかっていたとはいえ伊周と惟規が…特に惟規は涙、涙。役者さんってすごいなとつくづく思いました。伊周の気迫溢れる呪詛も(笑)惟規の軽いんだけど、本質を見抜く鋭さとか三浦翔平さんも高杉真宙さんもハマり役でしたね!惟規は史実でも斎院の中将の元に忍んで行って捕まった時も歌を読むためにわざと捕まったとか多くの貴族が極楽浄土に行けるようにと亡くなる前には出家していた平安時代に惟規ときたら、極楽浄土に行く道中も風流を楽しみたいというようなことを言って僧を呆れさせ、出家しな
大河ドラマが楽しみです。子供だと思っていた彰子が母になりました。👇こちらの作品はそんな彰子の大人な部分の物語です。『月と日の后:冲方丁』月と日の后[冲方丁]楽天市場2,090円一条帝の后、中宮彰子の物語です。すでに姪でもある定子が入内し、仲睦まじくしている夫婦のところへ、年端も…ameblo.jp姉詮子に好かれていたことから、三兄弟の中で父の後継となれた道長。聡い妻倫子によって貫禄をつけていった彼は、娘彰子の親王出産により外戚として栄華を極めていく。そこに大
中宮彰子様が、幸せそうで何よりですが調べても調べても、一条天皇から愛された記録がないのでちょっと萎えてました。そんなに、敦康親王を東宮にしたければ彰子との間に皇子を設けなければいいのにとも思いましたがまあ、平均寿命も短い平安時代自分の系統を残そうと思えば皇子は一人では心許ないし時の権力者の顔も立てないといけないしということなんでしょう。しかしですね、幼い敦康親王が彰子ちゃんに甘えるのはいいですよ。元服して大人(の俳優)の親王が彰子ちゃんLOVEは違うんじゃな
敦成親王呪詛事件から、伊周の道長に面と向かって呪詛をぶつける道長が思い通りに政治を進めようとすることで闇が深く、鮮明に出てきた『大河ドラマ「光る君へ」-NHK』の第38回「まぶしき闇」について清少納言はまひろと対面し、伊周は道長と対面し、それぞれの怒りを伝え、勝者がより輝こうとする中で、深く鮮明に広がる闇話は、1009(寛弘6)年のことになります。まひろ(藤式部)の書いた『源氏物語』が一条天皇の心から亡き中宮定子を奪ったと知り、それを読んで、まひろ(藤式部)が働いている藤壺に乗
「光る君へ」38話「まぶしき闇」を見ました。藤式部(まひろ)のところへききょう(清少納言)が来てライバル心むき出し。亡き皇后定子様の灯を守り続けるために自分の命があると言い放つ。ききょうは腹を立てている。枕草子を無きものにしている。亡き定子様のようにと・・・敦康親王は11歳だが、本人は元服を嫌がる。藤壺にいられなくなるから。左大臣・藤原道長のもとに敦成親王を呪詛する紙がもたらされる。円能と言う僧を捕らえて、拷問にかけた。藤原伊周の仕業だと判明。公卿たちは死罪と申す
平安の貴族の世国風文化華ひらく雅な時代絵巻大河ドラマ『光る君へ』が終盤へと向かってます中宮彰子の居、藤壺は賑わい藤の花が咲き栄華の極みあと3カ月を切りましたがどのように話しは進むんだろう
大河ドラマ光る君へ、次回10月6日は中宮彰子と親王に対する呪詛の形跡が、伊周の関与が明らかになるようです。以前も道長への呪詛を繰り返していたようですので、やはりここにも呪っていたかとびっくりしました。平安時代は呪詛がたくさん流行っていたので、こういうことは日常茶飯時だったのかもしれません。これで、伊周はもうおしまいでしょうか。位を追われることとなると思います。弟の隆家の方が利口だと思います。隆家はこれから九州に押し寄せた外敵と戦って、手柄を上げることとなると思い
藤式部が藤壷では道長との関係で、実家では娘との関係で、作品では清少納言との関係で・・・『大河ドラマ「光る君へ」-NHK』の第37回「波紋」について中宮彰子のもとで、『源氏物語』を書き、一条天皇と彰子をつなぐ大活躍が、図らずも藤壺では道長との関係、実家では娘、その作品が清少納言との間で大きな波紋を広がる第37回道長との第1回からの出会いから、『源氏物語』を書き、中宮彰子の心を開かせて、ついに一条天皇の寵愛を彰子に向けさせ、二人の間に道長念願の皇子(敦成親王)が生まれるという大活躍だった