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○2025年5月31日、山東省の泰安へ行き、岱廟へお参りした。これまで、ブログ『岱宗坊:泰山第一坊』から『岱廟:通天街』、『岱廟:遥参亭&正陽門』、『岱庙五岳独宗碑』、『岱廟:正陽門&配天門&仁安門』、『岱廟:挂印封侯』と案内して来た。○今回は、いよいよブログ『岱廟:宋天鑾殿』で、岱廟の本殿になる。中国の検索エンジン百度の百度百科が案内する『宋天鑾殿』は、次の通り。天贶殿第三批全国重点文物保护单位“岱庙”的组成部分天贶殿,位于山东省泰安市泰山区东岳大街191号岱庙
〇「北京漫歩」について、長々と書き綴って来た。テーマ「北京漫歩」も、もうブログ数118個になる。中国庭園に中国文化の粋が存在することは間違いない。そういう意味で、今回は、ブログ『中国庭園・中国园林』と題して、そのことを検証してみたい。〇いくら中国庭園に中国文化の粋が存在すると唱えたところで、それを万人が認めない限り、それは受け入れられない。おそらく、当古代文化研究所だけではなくて、中国庭園に中国文化の粋が存在することは、すでに多くのひとが説いているのではないか。そう思える。〇それで、いろいろ
〇前回、ブログ『沧浪亭・狮子林・拙政园・留园』を書き、昨年2023年9月に、蘇州の留园から沧浪亭、可园、狮子林、拙政园と、中国庭園を巡って来た話を案内した。そこで感じたのが、中国文化の粋が中国庭園にあると言うことだった。〇これまで、中国各地で、多くの中国庭園を見てきている。しかし、そういう感慨を抱いたことは無かった。その際、中国には「苏州四大园林」の他に、「中国四大名园」と言う概念が存在することも知った。〇ちなみに、「中国四大名园」とは、次のものを指す。中国四大名园
〇2024年2月29日から3月5日に掛けて、「北京漫歩」と題して、北京へ出掛けて来た。その契機となったのが、昨年2023年9月の蘇州訪問であった。蘇州訪問の主目的は伍子胥の足跡を辿ることにあった。〇蘇州が伍子胥によって作られた都市であることは、結構、知られている。司馬遷の「史記」、『伍子胥列伝第六』の中に、次のような記事がある。乃告其舎人曰、必樹吾墓上以梓。令可以爲器。而抉吾眼懸呉東門之上。以観越寇之入滅呉也。乃自剄死。〇伍子胥は死ぬ間際に、「自分の目玉をくりぬいて、蘇州の
〇2024年2月29日から3月5日に掛けて、「北京漫歩」と題して、北京へ出掛けて来た。考えてみると、以前、北京を訪問したのは30年前のことになる。これまで、何十回も中国を訪れているのに、なかなか北京を訪問する機会が無かった。〇当古代文化研究所が中国訪問を続けている理由は、中国の歴史や文学を通じてのことである。そういう意味では、北京は中国の歴史や文学の舞台になった時代は、比較的新しい。それで、なかなか北京を訪れることが無かったわけである。〇最後に中国を訪問したのは、2019年10月28日から1
○2024年3月2日、北京の頤和園を見学して来た。当古代文化研究所では、2023年9月に、蘇州の拙政园と留园をすでに見学済みである。また、前日の3月1日は、承徳市の避暑山荘を見学して来たばかりである。これで、中国四大名园の全てを、一通りは見終わったことになる。○昨年2023年9月に、久し振りに蘇州を訪れた。蘇州は大好きな町の一つである。何しろ、蘇州には、長い歴史と文化がある。中国文学を勉強している者にとって、蘇州は憧れの都の一つなのである。○また、中国には、上有天堂,下有苏杭。と言う
○2024年3月2日に、北京の颐和园を訪問した。頤和園北門から入場し、万寿山へ登り、昆明湖へと下り、長廊を経て、佛香阁、排云殿、乐寿堂、仁寿殿などを見学した。仁寿殿を出たところが、もうすぐに頤和園東門になる。○頤和園には「頤和園八大景点」があって、それは次の物だと言う。①佛香阁②仁寿殿③乐寿堂④排云殿⑤听骊馆⑥清宴舫⑦十七孔桥⑧谐趣园○これらは、そのほとんどが東門から入場して見物できるものである。したがって、頤和園を見学するには、東門が一番便利だと言うこ
○前回、ブログ『须弥灵境:四大部洲』を書いて、頤和園の北門から入った先の宮殿を案内した。それが『须弥灵境』であり『四大部洲』だった。その『须弥灵境:四大部洲』は、ある意味、『须弥山・万寿山』でもある。同じ場所だが、見方を変えると、別物になる。○もっとも、『须弥灵境』は須弥山の謂いであることは間違いない。その須弥山になぞらえた山が万寿山だと言うことになる。つまり、仏教の中心が、この頤和園の万寿山だと言うことである。そういうものを目指して作られたのが頤和園であることを見逃してはなるまい。○確認の
○颐和园の北门から中へ入ると、すぐ前に水路が見えて来る。それが蘇州街である。頤和園最初の見所なのだろうが、当古代文化研究所が訪れた2024年3月2日は、水路は完全に凍っていて、真っ白だった。したがって、ほとんどの観光客は素通りだった。○その先に、何とも綺麗な碑坊が見えて来た。それが慈福牌坊である。別名、松堂とも呼ぶらしい。何とも華やかな碑坊である。ある意味、ここから先は別天地だと言うことなのだろう。それが『须弥灵境:四大部洲』だと言うことになる。○百度百科が案内する须弥灵境は、次の通り。
○2024年3月2日、北京の頤和園を訪れた。いろいろ調べたところ、北門から入るのがベストだと判断して、地铁4号线大兴线に乗って、北宫门站(D西南口出)で下りたところ、颐和园北門に着くことができた。○地下鉄の北宫门站(D西南口出)で下りた人のほとんどが頤和園観光が目的の人々みたいだった。それで何も考えずに、人の後を付いて行ったら、そのまま北宮門に到着することができた。それほど、頤和園は人気の観光地なのである。○入場券売り場へ行って、パスポートを提示したら、入場券は無しで、そのまま行けとおっ
○2024年3月1日に、河北省承徳市の避暑山庄を訪れた。・テーマ「北京漫歩」:ブログ『麗正門』麗正門|古代文化研究所(ameblo.jp)○翌日の3月2日に、北京の颐和园を訪問した。また、2023年9月12日に、江苏省苏州市姑苏区留园路に存在する『留园[liúyuán]』と、江苏省苏州市姑苏区东北街178号ある『拙政园[zhuōzhèngyuán]』を訪れている。・テーマ「寧波・杭州・蘇州・台北旅」:ブログ『留园[liúyuán]』留园[liúyuán
○2024年3月2日、北京の宿泊先である东直门内大街の云郦酒店から頤和園へ行くこととした。携帯の百度地図で検索したところ、地鉄5号線の北新桥站から電車に乗り、惠新西街南口站で下車して、地铁10号线外环)に乗り換え、海淀黄庄站で、再度、地铁4号线大兴线に乗り換えて、北宫门站(D西南口出)で下りれば、颐和园北門に着く。地鉄を二回も乗り換える必要があるが、これが一番良い方法だと判断した。○もちろん、タクシーを利用すれば、早くて簡単に行くことができるのだが、旅の楽しみは、その道中にある。公共交通手
○2024年3月2日は、中国河北省承徳市の承德山庄宾馆で目覚めた。昨日、『中国四大名园』の一つである承徳避暑山荘を見学し、今日は北京へ帰る予定である。そして、『中国四大名园』の最後の颐和园を見学するつもりだった。○今回の「北京漫歩」旅の最大の目的が『中国四大名园』だった。昨年、9月に、蘇州を訪れ、『苏州四大名园』を訪れた。ちなみに、『苏州四大名园』とは、次のものを指す。沧浪亭狮子林拙政园留园○『苏州四大名园』が中国を代表する庭園であることは間違いない。それは『苏州四大
○2024年3月1日に、中国河北省承徳市の避暑山荘を訪れ、宮殿区だけでも、麗正門から澹泊敬誠殿、四知書屋、十九間照房、煙波致爽殿、雲山勝地楼と、案内し続けている。避暑山荘の規模の大きさは尋常では無い。宮殿区を歩いただけで、疲労困憊してしまった。○しかし、日本から、遥々とせっかくここまでやって来たのである。頑張って見物するしかない。そう思って、湖泊区の方へ下りて行った。その湖泊区についても、これまで、晴碧亭、芝径云堤、水芳岩秀、金山と案内して来ている。○しみじみ、避暑山荘の広大さを感じるばかり
○2024年3月1日、承徳市の避暑山荘を訪れ、宮殿区から湖泊区へと下りて来た。3月だと言うのに、湖水面は、一面、真っ白だったのに、驚いた。日本の、それも、南九州からやって着た者にとっては、衝撃の光景だった。○何しろ、湖面が一面凍っている風景など、初めて見た。それに、氷の厚さが尋常では無い。たぶん、30~50センチ以上、一メートル近くもあるのかも知れない。そんな感じだった。初めて見る光景に、相当、興奮した。○あらためて、避暑山荘の広大さを実感させられた。ここは、とても一日二日で見尽くせるもので
○2024年3月1日、河北省承徳市の避暑山荘を訪れた。朝、北京朝阳站を8時50分に出発し、承徳南站に10時2分に到着した。その後、承德公交69路に乗って、終点の火神庙站まで行った。火神庙站から宿泊先の『承德山庄宾馆』までは、歩いて200mである。○ホテルへチェックインして、いよいよ念願の避暑山荘見学である。宿泊先の『承德山庄宾馆』の向かいが、もう避暑山荘だった。避暑山荘見物には、最高のロケーションである。道路一本を渡ると、そこが避暑山荘だったから。○土産物店が立ち並んでいて、入り口が何処かも
〇2024年3月1日、河北省の承徳市を訪れた。もちろん、世界文化遺産『承徳避暑山荘と外八廟』を見学するためである。ただ、当古代文化研究所が目指したのは、世界文化遺産『承徳避暑山荘と外八廟』ではなくて、『中国四大名园』としての徳避暑山荘だった。○ちなみに、『中国四大名园』とは、次のものを指す。拙政园江苏省苏州市编号121-74颐和园北京市海淀区编号122-75避暑山庄河北省承德市编号123-76留园江苏省苏州市编号124-77○実は、昨年9月に、蘇州を訪
○2024年3月1日に、河北省承徳市にある避暑山荘へ出掛けて来た。承徳避暑山荘は、『中国四大名园』の一つとして知られる。そのことを知ったのは、昨年2023年9月に、蘇州の拙政园や留园を訪れた時であった。○ちなみに、次が『中国四大名园』になる。拙政园江苏省苏州市编号121-74颐和园北京市海淀区编号122-75避暑山庄河北省承德市编号123-76留园江苏省苏州市编号124-77○それで、今回の「北京漫歩」旅で、避暑山荘と颐和园とを、訪問しようと思った次
○2024年3月1日に、河北省の承徳市を訪れた。もちろん、避暑山荘を見学することに目的があった。そもそも、避暑山荘なるものが、どんなところかも、つい最近まで知らなかった。○昨年、9月に、「寧波・杭州・蘇州・台北旅」をした。春秋航空の『佐賀⇔上海線定期便』が2023年9月6日に再開、運航された。その記念すべき第1便で、出掛けたのが、「寧波・杭州・蘇州・台北旅」だった。○その際、久し振りに蘇州を訪れた。今回、蘇州を訪れた最大の目的は、司馬遷の「伍子胥列伝」にあった。司馬遷の「史記」巻六十六『伍子
○前回、ブログ『中国四大名园』で案内した写真10枚は。すべて、蘇州の『留园[liúyuán]』のものである。2023年9月12日に、江苏省苏州市姑苏区留园路に存在する『留园[liúyuán]』を訪れた。日本表記にすれば、留園になる。○この日は、朝8時前に、『苏州太阳广场酒店』を出発して、留園を目指した。上塘街を左折して行くと、すぐに广济路にぶつかる。その广济路を北上して广济桥を渡れば、すぐ右手に金阊实验小学校と言う、何とも立派な小学校が見えて来る。○广济路の向かい側に留园路が見えている
○今回の旅行を計画した際、まず、寧波の李さんに再会することが第一だった。それなら、ついでに、杭州や蘇州まで足を伸ばそうかと言うことにした。中国トランジェットビザで上海を訪れて、許される行動範囲が上海と江蘇省と浙江省だったからである。○もちろん、南京や揚州まで行くことも可能だが、144時間では、それは到底、無理である。それで、寧波・杭州・蘇州へ出掛けることを選んだ。○蘇州訪問は、今回で三回目となる。特に、2013年3月には、蘇州を訪れ、二泊して、丹念に蘇州を歩いた記憶がある。・テーマ「蘇