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安岡正篤さんが中国古典を参考に述べたものと言われているが任怨分謗(にんえんぶんぼう)という言葉がある新しい仕事や改革を行う時には必ず誰かの恨みや批判を買うがそれを恐れず引き受け同志と共に批判を分かち合って進むべきだという心構えを示す言葉である大平正芳総理がよく使っていたひとりの人間の心構えとしては任怨(にんえん)と謙譲という言葉もある任怨とともに増上慢や傲慢にならず謙虚に生きていくことの大切さを説いたものだ
3.陸遜の改名時期呉書編○呉書における陸遜の表記陸遜の改名時期を絞り込むにあたり、最初に呉書を確認します。呉書における「陸議(改名前)」と「陸遜(改名後)」の使い分けは、以下のようになっています。(※1)【呉書】基本的に「陸遜」で統一されているが、以下箇所では例外的に「陸議」と表記されている。(a)陸議・・・陸遜伝の冒頭に「本名議(もとの名は議)」と記されている。(b)陸議・・・石亭の戦いの前に、周魴が曹休をおびき寄せる手紙に陸議と記されている。(228年頃/賀全呂周
2.陸遜が改名した時期を絞り込むにあたって○「陸議」と「陸遜」の表記を整理する陸遜が改名した時期は『正史三国志』に記されておらず、特定は困難です。しかし、「陸議(改名前)」と「陸遜(改名後)」の使い分けを見ることで、ある程度まで範囲を絞ることができます。(※1)いつ改名したかは複数の方が推定されており、目新しい話題ではありませんが、拙稿でも絞り込みを試みます。まず、『正史三国志』における「陸議」と「陸遜」がどのように表記されているか、簡単に整理します。【呉書】基本的に「陸
1.改名した人物の中で、陸遜は注目されている名前が変わった人物は、歴史上の様々な時代や地域で見られますが、三国志の世界も例に漏れません。史書を見ると、例えば以下のような人物で改名(※1)したことが記されています。(※2)王朗王厳→王朗程昱[程イク]程立→程昱[程イク]徐庶徐福→徐庶関羽(字)長生→雲長簡雍耿雍→簡雍李厳李厳→李平馬忠狐篤→馬忠王平何平→王平朱然施然→朱然陸遜陸議→陸遜(※3)これらの人物の中には、改名の理由や時期が記されている場合があり
上士聞道、勤能行之。中士聞道、若存若亡。下士聞道、大笑之。不笑不足以為道。故建言有之。曰、明道若昧。進道若退。夷道若纇。上徳如谷。大白如辱。広徳如不足。建徳若偸。質真如渝。大方無隅。大器晩成。大音希声。大象無形。道褒無名。夫唯道、善始且善成。(老子)上士は道(タオ)を聞いては勤めて能くこれを行う。中士は道を聞いては存するが若く亡するが若し。下士は道を聞いては大いにこれを笑う。笑わざれば、以って道となすに足らず。是を以って建言にこれあり。曰く、明道は暗きが如し。
19.最後に龐統[ホウ統]の描かれ方を整理『三国志演義』での龐統[ホウ統]は、赤壁の戦いでの連環の計、耒陽県令となり故意に政務を滞らせてから能力を見せる、落鳳坡での落命といった、存在が際立つ場面がいくつもあります。しかし、益州攻略時に、涪城[フ城](※1)で劉璋を害そうとしたこと、劉備に涪城[フ城]を奪取する献策をしたことを除き、龐統[ホウ統]の姿は多くが創作されたものです。ここまで『正史三国志』および中間地点としての『三国志平話』と、『三国志演義』を比較することで、龐統[ホウ
18.まとめ5劉備陣営との対峙を回避まとめの最後に、『正史三国志』『三国志平話』で龐統[ホウ統]が劉備以外の陣営にいる場面を確認します。・『正史三国志』では、龐統[ホウ統]は南郡の功曹になり、後に南郡太守になった周瑜が亡くなると、亡骸を呉に運んでいる。(3.周瑜の死)・『三国志平話』では周瑜の死に旧友である龐統[ホウ統]が立ち合い、将星を留め亡骸を呉に運ぶ。その途中で諸葛亮に会い、将星を留めたことを見破られる。(3.周瑜の死)・『三国志平話』で歴陽(耒陽)から姿を消した龐統[ホ
天地之道、極則反、盈則損。天地の道は、極まれば則ち反り、盈つれば則ち損す。この世の法則は、極まればもとに返り、満つれば欠ける。(淮南子)天地盈虚、與時消息。而況於人乎。天地の盈虚は時と消息す。而るを況んや人に於いてをや。この世は四季の推移に従って盛衰する。この世でさえかくの如し、まして人間界の諸々の出来事はこの法則を免れる事は出来ない。(易経)世之欲悪無窮、人之精力有限。以有限与無窮闘、則物之勝人、不啻千萬、奈之何不病且死也。世の欲悪は窮まり無く、人の精力は
17.まとめ4超常的な龐統[ホウ統]の姿を削除する龐統[ホウ統]は『三国志平話』で、史実にはない超常的な姿を何度か見せますが、『三国志演義』には採用されることはありませんでした。今回は、これらの場面を確認します。(場面についているカッコ内の数字は、ここまでの拙稿における項番になっています)・周瑜が死亡した際、呪術で将星を天に留める。(3.周瑜の死)・劉備との面会に向かう時、帝星が荊州を照らしているのを見て、自分の主に出会えたことを知る。(5.劉備への仕官)・諸葛亮は占星をして
16.まとめ3劉備の人徳を補強する前回、涪城[フ城](※1)における劉備と龐統[ホウ統]のやりとりから、龐統[ホウ統]の人間性について考えましたが、今回は違った角度で見てみます。(場面についているカッコ内の数字は、ここまでの拙稿における項番になっています)益州攻略を開始し、涪城[フ城](※1)で勝利の宴会を行った際、喜んだ劉備に対して、龐統[ホウ統]は他人の国を奪って喜ぶのは仁者のいくさではないと言う。劉備が怒ると龐統[ホウ統]は恐れる様子もなく出ていくが、劉備は後悔して龐統[ホ
聖人徴於天地之動。孰知其紀。循陰陽之道、而従其候。当天地盈縮、因以為常。物有死生、因天地之形。聖人は天地の動きに徴(ちょう)す。孰(たれ)かその紀を知らん。陰陽の道に循(したが)って、その候に従う。天地の盈縮(えいしゅく)に当たって、因って以って常と為す。物に死生有り、天地の形に因る。達観した者は自然の法則を悟る。しかし、それを知る者は少ない。陰陽の循環に従って時節に則る。自然の法則から盛衰を洞察して、法則に常に則る。万物に死生があるのは、自然の法則と密接に繋がって
前回は、龐統[ホウ統]の描かれ方の傾向から、智謀が強調され、早い死が惜しまれるように描かれていることを確認しましたが、今回はどのような人間性が見られるかを確認します。15.まとめ2龐統[ホウ統]に垣間見える人間性『三国志演義』には、『正史三国志』から採用された龐統[ホウ統]の人間性を感じる、以下の逸話が見られます。(場面についているカッコ内の数字は、ここまでの拙稿における項番になっています)益州攻略を開始し、涪城[フ城](※1)で勝利の宴会を行った際、喜んだ劉備に対して、龐
【不遇は遇の前兆】6262守屋洋(ひろし)氏の心に響く言葉より…《遇と不遇とは時なり》(不遇は遇の「前兆」と思え)荀子のこの言葉は、次のような孔子のエピソードから出ている。孔子が弟子を引きつれて諸国を遊説していたときのことだ。ある国で政争に巻きこまれ、食事にもありつけないまま、何日も立往生をしてしまった。弟子のひとり子路が、この状態に耐えかねて、「君子でも、こんなみじめな思いをすることがあるのですか」と孔子に愚痴をもらしたところ、孔子は「
『中国古典・一日一話』ー守屋洋●百戦百勝は善の善たるものに非(あら)ず✪百戦百勝したとしても、最善の策とはいえないのだという。つまり、戦わずして勝つのが理想であって、その方法としては次の二つが考えられる。①外交交渉によって相手の意図を封じこめる。②謀略活動によって相手を内部から崩壊させる。中国は、武力だけでは抑えこめないほどの広さを持っている。だから、天下を取るようなリーダーは、まず戦わずして勝つことを考えざるを得なかった。戦いを起こせば、たとえ勝っても味方も血を流す。また、相手を
以迂為直、以患為利。(孫子)以苦為楽、以貧為富。(水銀真人)迂を以って直と為し、患を以って利と為す。苦を以って楽と為し、貧を以って富と為す。一見遠回りな事をするのが一番の近道なのだ。病気や不幸を利益に変えてしまうのが幸せのコツなのだ。苦労や困難を楽しみに変えてしまうのが平穏のコツなのだ。足るを知って一見貧しく生きる事が豊かになるコツなのだ。※注釈※原典では戦場に赴くにあたって、有利な地形を確保し陣取る為に、敢えて迂回し遠回りな行軍をする事によって、敵方の油断を誘
ここまで龐統[ホウ統]の描かれ方を場面ごとに見てきましたが、全体を通すといくつか傾向が見えてきます。それらを順にまとめていきます。14.まとめ1智謀と早い死を印象付ける龐統[ホウ統]に関する記述が、『正史三国志』から『三国志平話』、『三国志演義』と進むにつれ創作が進む場面があります。これらは『三国志演義』で表現したかった龐統[ホウ統]像が出やすい部分ではないかと思います。そこで『三国志演義』における龐統[ホウ統]に関する創作部分と、1箇所だけ『正史三国志』と大きく差はない部分
『三国志演義』の成立において、龐統[ホウ統]に着目して人物像の変遷を確認しています。前回は龐統[ホウ統]が涪城[フ城]奪取の献策を行い、劉備のために智謀を発揮するところを確認しました。しかし、その活躍も束の間で、今回は龐統[ホウ統]が命を落とす箇所を確認します。11.死の予兆『三国志演義』では、龐統[ホウ統]が命を落とす少し前から、何度も死を予感させる出来事が起こります。『三国志平話』での予兆は一箇所のみですので、『三国志演義』でかなり創作された箇所となります。【正史】(記載な
言葉の「現実接続性」について:私がスピリチュアル言説を空虚と感じる理由スピリチュアルな文章を読んだとき、指の間から砂がこぼれ落ちるような、奇妙な「薄さ」や「空虚さ」を覚えることがある。それは、単なる感情的な拒絶でも、好悪の感覚でもない。これまで積み重ねてきた思想・社会学・言語学という三つの層が、私の内側で自動的に行う「ある検閲」の結果であり、極めて論理的な反応だ。なぜその言葉に意味を感じられないのか。その背景にある、言葉をめぐる知性の構造を整理しておきたい。1.構造として言葉を読む「
背水之陣。背後を河など逃げ場が無い状況に自らを追い込む事により通常以上の力を発揮させる。兵法に前面を河や沢とし、背後を山や丘とすると説かれており、これは当時の軍隊の安全面を考慮しての判断のように思います。また兵法の別の意見では、自らを窮地に陥れる事で、はじめて活路を見い出す事が出来るともあります。中国の漢帝国建国に貢献した韓信は、短期間に3万の軍勢で20万の敵を破る必要に迫られ、兵法を応用して背水之陣を布き、見事勝利を収めるのでした。※注釈※背水之陣自体が応用であ
『三国志演義』の成立において、龐統[ホウ統]に着目して人物像の変遷を確認しています。前回は龐統[ホウ統]が劉備の益州攻略を決断させ、劉璋を殺害して一気に益州を得ようとするが、実現しない様子を確認しました。今回、ついに劉備が益州攻略を実行に移し、最初に涪城[フ城](※2)を奪取する箇所を確認します。9.涪水関[フ水関](白水関)・涪城[フ城]の奪取『三国志演義』で劉璋に援助を求めるものの、対応の悪さに腹を立てた劉備は、益州攻略に進みます。龐統[ホウ統]は上中下の献策を行い、いとも簡単に
過去2年間通っていた市のICカレッジ甲骨文講座は、先生の方針で2年で修了となります。3月末の作品展で終わりとなったのですが、同じ先生の別の教室に通うことにしました。自宅から徒歩10分ほどで、甲骨文字のほかに現代書道も並行して練習します。タブレットに入れたKindle版の千字文楷書・行書・草書現代書道は自分の好きなものを臨書するのが基本で、先生からのお手本などはありません。4.5月はそういった古典の臨書のお話や、実際に先生が書かれるのを見ていて自分が書く時間はありませんでし
先奪其所愛、則聴矣。(孫子)先ず其の愛する所を奪わば、則ち聴かん。相手が最も大事にしている部分を最優先で抑えてしまえば、相手はこちらの言う事を聞くでしょう。太強必折、太張必缺。攻強以強、離親以親、散衆以衆。(六韜)非常に強ければ必ず折れ、非常に張れば必ず缺く。強を攻むるには強をもってし、親を離すには親をもってし、衆を散ずるには衆をもってす。非常に強くなったものは必ず折れ、非常に張ったものは必ず欠ける。強い者を攻めるにはまず強くしてやる、親しさを仲違いさせるにはまず
『三国志演義』の成立において、龐統[ホウ統]に着目して人物像の変遷を確認しています。前回は龐統[ホウ統]が劉備を後押しし、劉璋を救う名目で兵を率いて益州に入るところを確認しました。今回は、劉璋が劉備を歓迎すべく面会する裏で、龐統[ホウ統]が益州を得るため画策し、いよいよ劉備のために力を発揮し始める姿を確認します。8.涪城[フ城]にて劉備と劉璋が面会する『三国志演義』では涪城[フ城]で劉備と劉璋が面会しますが、龐統[ホウ統]はこの機会に劉璋の殺害を試み、益州を得ようとします。策は成りま
若薬不瞑眩、厥疾不癒。もし薬、瞑眩せずんば、その疾癒えず。薬はめまいが起きるほどでなければ、その病は癒えない。※注釈※薬に例えて、悪い行いを改める機会について説かれています。似たような言葉として、良薬苦於口、而利於病。忠言逆於耳、而利於行。(孔子)良薬は口に苦けれど病に利あり。忠言は耳に逆らえど行に利あり。良薬は口に苦し、の原典です。悪い行いを改めるには、悪いと認識しているかどうかがまず重要に思えます。認識が無ければ、より強烈なショックがないと、なかなか改め
ある上場企業の社長の話から引用します。「・・・優れたリーダーは、人の見ているところで怒って、見ていないところで褒めていました。私は部下の長所を認め、褒めたほうが育つと考えていますが、言うべき時には皆が見ている前でも厳しいことを言います。同じ間違いをしてほしくはありませんからね。そしてその後でしっかりフォローするんです。多くのダメなリーダーは、仕事には興味があるけれども、人に興味がないから人が育たないんです。生き残るところのリーダーは将来を展望する能力を持っています。これからどう
『三国志演義』の成立において、龐統[ホウ統]に着目して人物像の変遷を確認しています。前回は龐統[ホウ統]が劉備の配下に加わったものの政務を執り行わず、能力を見せて認められる姿を確認しました。今回は、龐統[ホウ統]が劉備の益州攻略を後押しする姿を確認します。7.劉備に益州攻略を説く『三国志演義』では張松が劉備を訪問したことをきっかけに、劉備の益州攻略に向けて、まずは周囲が動き始めます。龐統[ホウ統]もその一人で、劉璋が劉備に助けを求めたことに乗じ、劉備に益州奪取の決断を迫ります。
『三国志演義』の成立において、龐統[ホウ統]に着目して人物像の変遷を確認しています。前回は孫権と劉備に面会し、劉備から県令に任命された場面を確認しました。龐統[ホウ統]は県令に任命されたものの、役目を果たしているとは言えず、今回は県令にまつわる騒動を確認します。6.耒陽県令就任後の顛末『三国志演義』で県令に任命された龐統[ホウ統]は仕事をしませんが、能力を見せて劉備から認められるようになります。『正史三国志』も『三国志平話』も、おおまかに「龐統[ホウ統]は県令の役目を果たさなかったが
『三国志演義』の成立において、龐統[ホウ統]に着目して人物像の変遷を確認しています。前回は周瑜の死に際して、龐統[ホウ統]がどのような姿を見せたか確認しましたが、今回は孫権そして劉備に仕えようと面会する場面を確認します。4.孫権との面会『三国志演義』では魯粛に推薦された龐統[ホウ統]が孫権と面会しますが、仕えることにはなりませんでした。【正史】(記載なし)【平話】魯粛は龐統[ホウ統]を孫権に推薦する。孫権は劉表の死、赤壁の戦い、周瑜の死について魯粛を罵り、龐統[ホウ統]は仕え
有機械者、必有機事。有機事者、必有機心。機心存於胸中、則純白不備。機械有る者、必ず機事有り。機事有る者、必ず機心有り。機心胸中に存すれば、即ち純白備わらず。絡繰り仕掛けを持つ者は、必ず小細工を弄するものだ。小細工を弄する者は、必ず小細工を好む心を持つものだ。小細工を好む心が胸中にあれば、純真さが備わることはない。※注釈※物質文明の毒について警告されています。長短は表裏一体になっており、物質文明が進歩して便利になるほど不便さが増し、物質文明によって福が起こるほど禍