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このことを書くように、なんだか促されます。定義は一般的なものがあるようでいて、各種信仰や思想によって定義がまちまちです。メシア教では、和食を中心とした和ヴィーガンであり、そのさらに中心はご飯とお味噌汁です。明主様の健康食もそれに近いものです。食事療法をする際には、かつおぶしさえも使わないとあります。もともとの日本食に近い状態ですね。よく地上波や衛星で再放送される映画『たそがれ清兵衛』などでは、ご飯とみそ汁の食事が出てきますが、あまり詳しくないものの、昔のあまり裕福ではないご家
ネタが集まってくるので、そろそろニッチな視点も必要なのかもしれませんね。そうやって成熟へ向かっていくのでしょう。以前の教団では、人の都合やグループ都合による人事がことごとく外れ、結果的に「できる人」に仕事が集中し、それによって多少の発展をしてきた歴史があるようにも見えます。まだまだ「自分たちで人事を動かしたい」という意識が強いのでしょう。二つに割れた浄化の問題もそうですが、結局、分かれた先でも人事の取り合いが起きていますよね。本来は、そのような悪い舞台に自ら上がるのでは
変な浄化多発サイコパスのいるチームの危険性、配置変更をする人が逆!来る人来る人変なストレス性の浄化をしたり、急にやめて困る。これは原因が明らかであるけど、気づけないことがあります。普段はぼおっとしたり温和に見えても、思い通りにならなかったり、していることがスムーズにいかなかったりすると、途端に言葉が悪くなったり、上長でも呼び捨てにして怒鳴りつけたりする人いませんか?パーソナリティ障害これは本人に自覚症状がありません。健常者側から見た時に皆無だと思うくらいが
神様と人権の話が出ましたね。とある方向から書いたほうがよいとのことで書きますが、正直なところ、少し疲れるテーマでもあります。放っておけば自滅するような言動も多く、神様に無礼な発言を繰り返されていると、正直関わりたくないという気持ちもあります。この話題になると、やはり二つに分かれます。「人権を放棄せよ」と考える人と、「人間同士でそれを強制するのはおかしい」と考える人です。前者は、まだ心に支配の精神が根差している、いわば“えせ信者”“えせ布教師”の姿
来る人来る人が原因不明のストレス性の不調を起こし、突然辞めていく。そんなチームを見たことはないでしょうか。一見すると「浄化が続いている」と捉えられがちですが、実はそこには明確な原因が存在することがあります。しかし厄介なのは、その原因になかなか気づけないという点です。普段は穏やかで、ぼんやりしているように見える。ところが、自分の思い通りにならなかった瞬間――・急に言葉が荒くなる・上長すら呼び捨てにする・怒鳴りつけるこうした極端な変化を見せる人はいないでし
地上天国はすでに存在している──霊層界とヴィーガン、そして誤解される“愛”の段階神様は、地上天国を建設し、人間をそこに住まわせたいと教えられています。しかし、その天国を「許可し、用意している」のは神様です。つまり――天国は最初から存在している、ということになります。ただし、生身の現実世界においては、それが時間の流れに沿って順番に現れてくるだけです。たとえ、まだ現れていない時期があったとしても、「いずれ現れることが確定している」以上、始まりと終わりを一
信仰のつもりが、いつの間にか「支配」になっていることがあります。しかもそれは、善意や正しさの顔をして現れます。この違いに気づけるかどうかが、これからの時代の分岐点です。ダイバーシティが打ち出されて以降、1970年代以前に価値観を形成した世代――特に男性――には、その本質が理解しづらいという空気を感じます。これは実は、所属や立場に関係なく、その年代特有の「理解できない構造」によるものです。そして厄介なのは、「分からないことが分からない」状態に陥ると、結
自分で浄化を起こしておきながら、それを現状維持に押しとどめるような浄霊や祈りのお世話をありがたがり、繰り返す。こうした「マッチポンプ信仰」については、以前にも書いたことがあります。人に感謝すること自体は大切です。しかし、問題は何も解決していないのに、ただ慰めを得ているだけ――そういう状態があるのも事実です。これが「力なき信仰」の現状と言えるでしょう。本当に教えを実践すれば、原因が解消され、浄化そのものが起こらなくなっていきます。原因の除去こそが目的の一つだからです。しかし、依存
結局のところ、商売と違い信仰の場合、欲を捨てて物事を見れば、真実は見えるようになっています。たとえば世界の飢餓や食の供給の問題と同じで、自分の欲と向き合い、乗り越えていく中で、本来どの方向へ進むべきかは自ずと分かるはずです。明主様は「必要であれば肥担桶(こえたご)担ぎにでもなる」と説かれています。これは比喩であり、特定の職業の人を批判しているのではありません。つまり、必要であれば人が避けたがるどんな仕事や立場であっても、御用として担う覚悟がある、という意味です。もちろん、だからといって
ちょっと、こちらのyoutubeが面白い。君が代は宇宙と繋がる強力なマントラ⁉️|アメリカから見た日本日本人が歌わない様にされた国歌「君が代」日本の国歌である「君が代」は、私自身にとっては幼少時代から身近な歌だyamatogokorous.com「あおうえい」は「日月神示」でも書かれているとか・・・で、次になんだか知らぬが↓のyoutubeが出てきました。【封印された歴史】大本教〝手かざし〟と日本医療の未来|加藤眞三×川嶋政輝こちらも面白い
『関西、山陰旅行15琵琶湖ホテルに宿泊』滋賀竜王アウトレットでお買い物をした後は宿泊先に向かいます。滋賀県でのお泊まりは大津市にある、琵琶湖ホテル大きなホテルです🏨駐車場無料でした4月末だったので兜…ameblo.jp旅行記の続きです。琵琶湖ホテルをチェックアウトして、山道を通って、到着したのは、MIHOMuseumでした。ココはレセプション棟と言って入場券を買う建物です。レストランもココにあります。この時は平安時代の書の特別展をしていました。MIHOMUSEUM|I.M
これは事実関係の確認ではなくて、個人的な思惑で使うと信仰上危険という考察です。もし今回の考察のような目的を持っているようだと、自滅しちゃうのでやめた方がいいです。悪にとらわれないための基本的な思考法でもあります。ちなみに浄霊で解決しない、間に合わない、霊的な因縁やそこからくる災いなどへのアプローチにも関係があるにはありますね。生き方です。物の見方や考え方の前にある心の問題です。なぜなら心によって魂の持っている願いや情報はダイレクトにでるか曲がるかがきまりますよね。・神様の願いとは
富士山、きれいですね、いつ見ても飽きません今日は、世界救世教岡田茂吉の論文から学んでいきます。昭和10年に書かれたみ教えです。人間に曇りを無くすることが健康法の根本であります。これは光に浴することが一番で光にふれることである。朝夕観音様を拝むことは、光にふれる事で光に照らされることである。魂に光を受けるから清まるのである。この光の本部が大であり、自家が小なのである。それゆえ、曇りが取れて病気が起こらなくなるのである。又、徳を積むことである。徳を積めばその徳により光が増すのである。人
表題のようなことでいろいろ驚かれたと思います。さて、ここではいつも書くように裁判結果以前のことを書ければと思います。裁判については世界メシア教のInstagramやyoutubeの新年の挨拶で詳細に触れられています。説明責任がありますからね。ただ信仰実践の本題ではないと思った方がいいと思います。そこでもメシア教が勝ったと思うのは違う旨おっしゃってますし、世界救世教を救う裁判であったことを伝えています。それに、今回裁判自体無効になっての和解といっても、世界救世教側が尾行盗撮盗聴によってし
次何を書こうかなと思っていたり、別にいいかなと思っていたけれど、ネタってどんどん降ってきますよね。それで、表題の件は、神様の思し召しとかいうとそれで話が終わってしまうのですが、やめる人、続ける人、反対する人、賛成する人、またその中でどんどん奇跡的に人生がよくなっていく人、逆に反対して悪くなる人など見ているんですけれど、それは今までの記事で書いてますが、その中でひとつ着目しているのは「幼児性」なんですね。ここに絞ると2000年以降だけでも親子の問題でいっぱい世の中に事例があります。いま
※2.3日前に書いて寝かしてたらニュースで似たようなことが流れてきて驚いたけど、別にこれはある特定の人の話ではないと思います。そういう傾向がある人全般の特徴です。最初に毎回書きますが、今回の県知事関係の真偽ではなく、そこで話題になっているある行動パターンについてです。正直当事者じゃないと事実は分かりません。ただ、話に出てくる尊大型ASDや自己愛的な行動パターンの人は結構多くいますのでそれについてです。こういう問題は事実無数に実際あるし、本当に迷惑を受けている人も居ます。これが家庭なら虐
県知事の事がこれだけ報道されると全国のパワハラ上司を刺激する危険性県知事がというのではなく、またこういう報道はどんどんしてスタンダードにしていくのは大切だと思います。県知事がこうではないかと分析されている話は、県知事の事を置いておいても尊大型ASDや自己愛性パーソナリティ障害の説明になっているのは気づく人は気づくと思います。それで、そういう人の話や、聞いた話などで書いていたのですが、先にこういうこともあるよと書いてみました。それは、尊大型ASDは、自分を説明するような文章や人の話を
ある県のパワハラ問題がニュースでもyoutubeでも話題ですね。その中で不要不急の休日の指示メールのことが取り上げられていたのでそれに関連して少し書いてみましょう。もし教団でもこういうことが頻発していたり、お休みの日に「今日はお休みでした」という「定時報告を強制」していたところもあるとかないとか聞いたなと思ったのでそれが本当ならその管理者は程度低いしダイバーシティを掲げる教団を貶める行為と思ったんですよね。最初に題名にあるASDが悪いという話ではなく、かみ合わせが悪い立場にいるとこういう
グノーシス主義を使ったメシア教批判の心理テクニックの一つを暴露しますね。気が向いたので、追加で一番単純なところを書いておこうかなとグノーシス主義というのは、研究途上のもので実態がこうだと無いものなんですね。ただ分かっているのは、どこかに寄生する、その組織自体には形がない。ここでいうと。御神体とか祭儀とか施設とかが借り物じゃないことが大事でしょうね。もうひとつは、生まれ変わりを含めた輪廻転生を認めている立場からキリスト教から外れているということですね。たしか、前者はそういう説明を宗
今回は引用で浄霊とは何かを考えてみましょう。実は自分で書いたり話すほうが引用するより楽なんですよね。探すの大変。「現在の教団にも真の信者は一人もない(昭和29年7月11日)」このようになぜご晩年におっしゃったか、浄霊に関しても、下記に引用したあたりの教えをなかったことにするからではないかなと思うんですね。信仰なのに教祖の言葉をそのまましない。これらを、どのように受け止め実現するかですよね。◇明主様お言葉「天国には病気はない(年代不詳/未定稿論文より)」◇側近奉仕者等が明主様から賜った
このブログは、『シルバーバーチの霊訓』を中心としたスピリチュアリズムによる救いを一人でも多くの方に広めることができることを願い、スピリチュアリズムに関連した記事を綴っていきます。今回は、はじめに私自身がスピリチュアリズムによって救われた体験を記したいと思います。私は、生まれた時から病気を患っていました。先天性心房中隔欠損症という心臓病のため、人よりも運動が苦手でした。また、両親が大本教系の世界救世教という新興宗教を信仰していたため、子供のころから宗教を信仰していました。その宗教では
私は、幼い頃は、家族みんながそうだったので、世界救世教という宗教を信仰していました・・・。岡田茂吉さんが、教祖となり、はじまった日本発の宗教と認識しています。手かざしとか、浄霊とかと、呼んでいるものがありました。「お光」というものがあって、それをいつも首から下げているんですね・・・それは、地面に落とすと、たいへんで、お清めをし直さないといけなくて、お風呂の時とかは、壁にかけたりしていたわけです。統一教会に出会う19歳まで、世界救世教でした。その教祖が残した
古代ガラスを見終えた時は13時頃で、館内のスタッフにレストランの場所を聞くと、Reception棟に戻ることになるそうで、さもなければ美術館の中にある喫茶でサンドウィッチを食べることになると言われました。とりあえずスタッフの方にレストランに何人ぐらいの人が待っているか確認してもらうと17組の人が待っているとのことで、この後、一般展示もみたいことから、待ち時間が勿体無いので喫茶でランチをすることにしました。館のホームページによると、自然栽培法で落葉や枯草からできた自然堆肥以外の些かの不純
こちらが古代ガラス特別展の入り口です。右手から入って左手から出て来ます。館内は撮影禁止。唯一、展示の最後にアサインされた「銀化」のセクションは撮影可能でした。先ずは撮影可の展示品をご覧ください。撮影不可のアイテムの銀化も素晴らしい発色をしていましたが、この銀化ですが簡単に出来るものではないのです。ガラスの素材はソーダ石灰ガラスで、成分はシリカ、炭酸ナトリウム、炭酸カリシウムです。これらが土壌の成分に
昨日は甲賀のMIHOMUSEUMの古代ガラスの特別展を見て来ました。MIHOへは初めての訪問でした。公共交通機関で行くか、それとも車で行くかの検討した結果、公共交通機関ではJR石山駅から帝産バスで50分って言うのが気になり、車で行くことにしました。MIHOに到着した時、バスが2,3台待機していたので利便性は問題無いか?待ち時間はちょっと覚悟しないといけないかもです。さて車の場合、大阪からだと2ルートです。名神で行くか、第二京阪で行くかです。第二京阪で行くと1時間30分ぐら
22日、かねてより予約した熱海に行く。江戸時代の1806年創業という古屋旅館(写真)に宿を取っていたが、あいにく天気に恵まれず、アウトドアは諦めた。世界救世教教祖にして芸術家の岡田茂吉の開いた美術館昔、高度成長期は熱海は東京からの社員旅行のメッカで、今も温泉浴場以外、ほとんど楽しめるものがない。箱根なら金時山を登れるし、湯河原なら幕山や南郷山がある。その代わりになるエンタテインメントが、MOA美術館だ。熱海駅に着くと、すぐタクシーに乗り、駅からも遠望できるMOA美術館
ここはエンタメ考察ですので、その点ご了承ください。これは、これをした方達に対してよりも、これを「受け入れてしまった」り、「仕方ないなと思った」り、まして「正義だ」と肯定してしまうことで起きる信仰や霊的な問題があるように感じるからですね。そうなってほしくないという思いもあるように感じます。同じ霊層界に落ちないためのセーフティです。霊層界との関係、これは観音講座とか御講話図解などを読んでいるとわかると思いますし、長くなるので省略です。これは世界メシア教、世界救世教関係はなく、世界救世教に
映画『オッペンハイマー』が3月29日日本で公開されました。オッペンハイマー博士は、1950年代ノ『赤狩り』で追放されましたが、60年代に入ってから、アメリカ政府はオッペンハイマーへの仕打ちが誤りだったと認め、オッペンハイマー博士はエネルギー省からエンリコ・フェルミ賞を授与されるなどして名誉を回復しました。テーマは、裏切り(策略)からの追放であり、復帰です。もう一つが…『救世主』のはずだったのに、『贖罪主』の型から逃れられなかった…(仲介役は薬)オッペンハイマー博士のフェルミ賞にサ
そもそも、病気を最もわかり易くいえば、病気は体内にある不純物、すなわち有毒物を種々の形によって排泄させるその過程をいうのである。したがってこの世の中に病気ほど結構なものはないので、もし人間から病気をなくすとすれば、人間は健康を保ち得ず、とうてい長生などおぼつかないのである。これが千古不滅の真理であって、これを基本として成った医学こそ真の医学である。故に、もしこの心理に外れたいかなる医術といえども、それは真の医術とはいえない疑似医術であるから、とうてい病気は治し得ないのである。
コロナ【567】『太陽の炎』であり、『ミロク』であるのに、突然現れて全世界を恐怖に陥れた事実を見れば分かるでしょう。コロナが蜜から疎へ誘導したのも、『御魂ゆらぎ』の働き。『振り子』での『振り幅が最大』となるのが、全世界(人類)が影響を受ける事です。いわゆる『神と悪魔』『天国と地獄』を演出してきたのが、まさかの…『御魂ゆらぎ』なのです。それを端的に現しているのが、明主様御昇天後の教団の歴史なのです。『晴天の霹靂(突然変異)』の真髄がそこにはあります。このブログが一番言いたい事を書き