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日本共産党は、不破哲三がマルクスの『資本論』の方法を「発生論的方法」というように論じていることについて、次のように解説している。「講義第1回では、マルクスの「発生論的方法」が詳しくとりあげられています(第1冊77~82ページ)。これは、「資本主義社会の複雑な仕組みのなかから、その全体の土台をなすもっとも基礎的な関係の分析から出発し、一歩一歩、より高度な関係の分析に進み、分析の成果を段階的に重ねて、資本主義経済の内面的な論理を明らかにしながら、最後に、資本主義社会の表面に生起する複雑な現実の
日本共産党は、不破哲三の『資本論』解説を次のように解説する、「さらに、『57~58年草稿』の「序説」として書かれた「経済学の方法」をとりあげて、理論的な研究をするときには、つねに現実の社会が「前提として」頭の中に思い浮かべられていなければならないというマルクスの姿勢も強調されています(101~107ページ)。つねに頭の中に現実の資本主義を思い浮かべて、それにむかって論理を1つずつ積み重ねて、一歩一歩迫っていく、これは、先ほど紹介した「発生論的方法」そのものです(106ページ)。この方法
朝4時半頃起きて、洗濯物入れ、パワーヴォキャブラリーした。入浴昼寝瞑想した。スッキリした。有難う!自宅からの桜🌸綺麗!有難う!警備員として秦野市の新築住宅建設現場で足場設置作業の為の通行止めの警備の仕事した。雨が途中から降り、参った。有難う!午前中に無事に終わり、良かった。有難う!帰りに、秦野饅頭食べた。美味しかった!栢山駅の桜は綺麗!有難う!吉野家大井松田店で、昼食食べた。美味しかった!有難う!1,149円也!帰って、担担麺食べた。美味しかった!有難う!
ほぼ毎日アップしているYouTube動画(このブログでも紹介)で、最近、不破哲三氏の多数者革命論に関して3連続投稿しました。それに関して、吉原直毅さん(マサチューセッツ大学アマースト校教授)が、ご自分の所属するフェイスブックのグループに投稿しておられます。ご本人とグループの主催者のご了解を得て、このブログでも紹介させていただきます(上下2回)。松竹氏の3月29日付「続・不破さんの多数者革命論の仕上げ」https://ameblo.jp/matutake.../entry-129612
田村智子氏が革命政党が必要な理由として、民主党政権が外務官僚などの圧力に屈したことを挙げていた。しかし、鳩山政権の大失敗の理由は、国民多数の支持を得て官僚の妨害をはねのけるだけの気概もなく、国民が納得する抑止力に替わる理論的な模索をする能力もなかったことであって、民主集中制の革命政党のあるなしとは関係がない。
議会で多数になっても権力を握れないドイツと異なり、アメリカのように議会制民主主義が確立していれば、議会での多数と権力の獲得は同じだと考えたのではないか。「共産党がなくても社会主義は実現する」という不破さんの考え方は、主権者である国民が自分の考えで政党を選び、投票し、行動していれば、社会は一歩ずつ進んでいくし、社会主義が近づいてくるということなのではないか。
1961年綱領は共産党が議会で多数を占めても革命とは言えないというものだった。確かに、20世紀末ドイツのように、議会で多数となっても行政権力は皇帝が握っていれば、そんな革命論もあるだろう。しかし、日本のように、議会で多数を得れば行政権も掌握できる国で、その革命論で良いのだろうか。不破さんが61年綱領を廃止してつくった2004年綱領は、その考え方の転換だったのではなかろうか。
不破氏の葬儀での志位氏のあいさつ。党創立90周年での不破講演のうち、スターリンの中世的な影を共産党が打ち破ったとの話を引用するが、大事な問題を引用から外した。それは61年綱領に影が残っていた、その後の努力でそれを一掃したという部分である。不破氏にとってスターリンの影とは、まさに自分のなかにある影を自分のものとして打つ破る対象だった。しかし志位氏は、自分のなかにスターリンの影があることを自覚していない。
朝6時過ぎに起きて、洗濯物入れ、パワーヴォキャブラリーした。ニュース見た。そしじ、年収1億円、年の差交際同棲結婚出産墓守等書いた。入浴昼寝瞑想した。スッキリした!有難う!バシャールOpenContactに備えて、今、やる事『バシャールOpenContactに備えて、今、やるべきこと』-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。y…ameblo.jp学んだ!
慎んでご冥福を、お祈り致します🙏ゆっくりと、お休みくださいませ🙇♂️【引用記事】共産党前議長の不破哲三さんが死去95歳12/30(火)13:57Yahoo!ニュース1487共産党の不破哲三前議長=東京都渋谷区で2017年4月27日、渡部直樹撮影共産党前議長の不破哲三(ふわ・てつぞう、本名・上田建二郎=うえだ・けんじろう)さんが30日午後1時20分、急性心不全のため東京都内の病院で死去した。95歳。葬儀は家族葬で営み、党としての葬儀は別途行う。喪主は長女上田千加子(ちかこ
(今回、映像と音声がわずかにずれてしまっております。力量不足でお直しできてません・・申し訳ありません!!BY編集担当お玉)選挙では老体にむち打ってチラシを配布し、年金剥奪の脅しがあっても革命の事業のための理論的な研究を行い、書籍として公表してきた。「赤旗」に広告を載せてもらえなくなってからのほうが、既成の理論にとらわれず、創造的な研究をしていたように思う。
不破哲三が2015年11月24日日本国憲法戦争放棄改変はアメリカ政府の指令である事を明かした。1949年には既にアメリカ政府が決めていた。即座に日本国軍再現は無理なので、警察予備隊・自衛隊を発足させた。70年以上宗主国アメリカの指令から「待って下さい」と示してきたが、親分はしびれを切らした。ドナルド・トランプ政権・高市早苗政権の戦争政策に反対する。故不破哲三議長の平和主義に学ぶ。アメリカ政府・イスラエル政府がイラン攻撃を思いとどまる事を祈る。
*すでに在庫を上回る予約がありました。ありがとうございます。来年1月1日に創刊する「Newsレッズ」でも全文を連載で紹介します。ご遺族の自費出版であり、書店では買えない。特にご希望があれば1000円でお譲りしたい。来年1月1日創刊のネットメディア「Newsレッズ」でも連載し、社会主義をどう考えるか議論を巻き起こしたい。2004年の党綱領に盛られた不破氏の社会主義論を根底から見直すことを求めている。ご希望の方はかもがわ出版ホームページの「お問い合わせ」より氏名住
だうも、おちゅかれマンモス!今回の衆議院選挙期間中に、私がネトウヨに対して投稿した記事について、彼らは『歴史を学んでない』『本を読んでない』っていう意見をいただきました。確かに、生粋の右翼の人は知らないけど、ネトウヨとか雰囲気で高市支持の、いわゆるサナ活の人達って、歴史を学んでないんでしょうね。って言う私も、歴史っていうと中学校で終わっています。高校になると社会科は選択制だったんですよね。って言っても、令和の選択教科とは違って、社会科は必須教科だったんですが、日本史、世界
「野党共闘」て、共産党に関するこの記事は社民党をまったく無視やな。まあ、それはそうとして…。公明党と共産党はずっと犬猿の仲や。産社党か、社産党にせんと生き残られへんで。あ、そんなことしたら、絶対あかんわ。日本共産党が主張する共産主義とはどんなもんなんか、国会質疑や街頭演説で聞きたいもんや。あんたら、共産主義者なんやろ?不破哲三はえらかったで。「私は共産主義者」とはっきり言うとった。共産、野党共闘から一転…独自の戦い立民に「あっさり裏切られた」と恨み節立憲民主党が公明党と中道改革連合を
私は夫婦別姓制に賛成である。そう言うと左派か?と言われそうだが、たしかに私は生まれてこのかた自民党に投票したことはないが、自民党だったら、あるいは高市さんだったら全部ダメと言うことではなく、あくまでも政策是々非々である(自民党に投票したことがないのはアンチ巨人軍と似た心理である)。私が選挙権を得て最初に投票した先ははっきり覚えている。新自由クラブである。それ以来、概ね中道小党に投票してきた。だが、このたび「中道」を名乗る巨大政党が突然現れた。なんだか隠れ家にいきなり巨大再開発のブルドーザー
(上)では、安東仁兵衛『戦後日本共産党私記』を中心に、上田耕一郎と構造改革派との関係性を見た。『上田耕一郎と構造改革派(上)安東仁兵衛との関わりを中心に』以前の記事で、上田耕一郎・不破哲三兄弟は、構造改革派ながら、1961綱領草案の反帝反独占の民主主義革命(民族民主革命)論を支持し、それが、社会主義革命論をとっ…ameblo.jp(下)では、自立・従属論争を中心に、1950年代後半から1961年上半期までの左翼論壇での日本資本主義をめぐる論争をレビューした高内俊一『現代日本資本主義論争』(
指導部から退き「名誉役員」となって2年。長らく日本共産党のトップに君臨し、党をけん引してきた不破哲三前議長が昨年12月30日、95歳で亡くなった。戦後を代表する共産主義者の素顔を振り返る。に“共産党のプリンス”と呼ばれる不破氏が入党したのは、戦後間もない1947年のことだった。「東大在学中に学生細胞となり、卒業後は鉄鋼労連の本部書記としてキャリアをスタートさせた。69年に衆院選に出馬して初当選し、以後連続11期、34年間にわたって代議士を務めました」(政治部デスク)また、戦前から非転向を貫い
富田武『共産党の戦後八〇年』(人文書院、2025)は、全編を日本共産党への憎悪のような感情で覆われていて読みにくい。昔の左翼って、こういう論断・裁断を論文でやっていたよね、という感じの文章で、政治文書でもある日本共産党の公認党史と富田の叙述スタイルは同一だと言わざるを得ない。戦後日本共産党をめぐる論争史の整理や回想録や手記などや、公認党史の各版での記述の違いの一覧表とかで資料的価値はある本だが、原資料を網羅できてるようでもない。僕がいちばん知りたい、「6全協」から第8回党大会までの時期には、
【追悼・不破哲三】丹沢の山麓にある自宅には「一流ホテルに勤務したコックが…」“日本共産党のプリンス”はどんな生活をしていたか《元幹部が証言》(文春オンライン)-Yahoo!ニュース日本共産党の委員長、議長を歴任し、“共産党の顔”として知られた不破哲三氏が、昨年12月30日に95歳で死去した。元日本共産党政策委員長の筆坂秀世氏が、その存在について語った「宮本顕治と不破哲三news.yahoo.co.jpすべて税金と一般党員からの金だ。まさに、嘘つきは泥棒の始まり。共産党がテ
↓クイックしてご覧ください-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be日米核密約不破委員長(当時)が党首討論で追及3(2000.3.29)↓クイックしてご覧ください-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be
前日のニュースまとめです。遅延しておりました。▽詳細はコチラ『【2025.12.31】高市首相2026年”3つの課題”/あすで2年能登半島地震再建見通し立たず/中国の台湾包囲李在明大統領の試練-ほか。【#ニュースまとめ】』https://t.co/Xut1vJ3BIu#posfie#まいにちPosfiepic.twitter.com/JkJeotprQm—佐渡暇人放送(@sadohimajinnew)December31,2025★管理人プロフィール★
今年、2025年も多くの出会いもあり、大変お世話になりました。最後は夕陽を見に家族で、いなげの浜に行きました。その前には、いなげの浜から幕張の浜、幕張豊砂まで歩きました。不破哲三さんが昨日亡くなりました。中央委員会のエレベーターで一緒になったこともあったり、全国地方議員学習交流講座の時に講義を受けて写真を一緒に撮っていただいたりと、党の理論的活動に取り組まれていました。謹んで、お悔やみ申し上げます。年が明ければ、その翌年には統一地方選が行われます。まだまだ微力ですが、頑張ります。
不破哲三さんが亡くなったとのこと。この人も大往生だわね(*´・ω・)(・ω・`*)ネー現代社会に役に立つマルクス資本論という演目で、ここしばらくは活動してたし、前書記長というよりは、特別顧問として、年間4,000万円が日本共産党から支払われてたと思うけど、まあ彼が戦後の日本共産党を作り上げたのは間違いないだろうな。ただ、下野新聞には志位さんのコメントは載ってたけど、現代表の田村さん(だっけ❔️)のコメントは載ってなかったので、ちょっと(*´・ω・)(・ω・`*)ネーあの世ではマルクスに師
前日のニュースまとめです。遅延しておりました。▽詳細はコチラ『【2025.12.30】高市首相東証大納会出席/日本共産党不破哲三氏死去/台湾海峡で軍事演習!?正義使命2025中国軍が台湾包囲-ほか。【#ニュースまとめ】』https://t.co/RBuxe6RD44#posfie#まいにちPosfiepic.twitter.com/bvKvhIORlO—佐渡暇人放送(@sadohimajinnew)December31,2025★管理人プロフィール★旧ブログ
まさか年末ぎりぎりになってこんなニュースが入ってくるとは。今日は「本日の訃報」から。+++++++++++++共産党議長を務めた不破哲三氏が死去、95歳…党の「現実・柔軟路線」を推進(写真、読売新聞オンラインより。不破哲三氏(2019年7月10日))共産党議長を務めた元衆院議員の不破哲三(ふわ・てつぞう)氏が30日午後1時20分、急性心不全のため、東京都内の病院で死去した。95歳。家族葬を行い、党主催の葬儀は後日開く予定。不破氏は東京生まれで、本名は上田建二郎(うえだ・けん
不破哲三が昨日、お亡くなりになったんですってね。今の日本共産党の主義主張の根底にある形をお作りになった方と認識しておりますが、ペンネームだったとは。上田家と区別したオン・オフがあったんでしょうかしら。謹んで、お悔やみ申します。ああ、泣いても笑っても、今日、あと数時間で今年が終わります。今年一年を振り返り、思いますことは、私のアイデンティティの中に根強く幅を利かせている思想の中に、スコラ哲学、カトリックという宗教哲学が存在しているのですが、今年はカトリックの25年に
共産党元議長の不破哲三さん死去天皇制や自衛隊容認の「柔軟路線」(朝日新聞)-Yahoo!ニュース日本共産党議長を務めた不破哲三(ふわ・てつぞう、本名上田建二郎〈うえだ・けんじろう〉)さんが30日、急性心不全のため東京都内の病院で死去した。95歳だった。党が発表した。葬儀は家族葬で行われ、喪主news.yahoo.co.jp日本共産党の元議長・不破哲三氏が亡くなられました。不破氏は1970年書記局長に抜擢されていますが、当時、何かの雑誌で不破氏のことを米国の雑誌が「共産党の
高市総理、超ご多忙なのに、昨日の兜町の大納会に出席された。たまたま、16時少し前にネットを見てみたら、live中継で鐘をカーンと3回たたくシーンを見ることができた。今年は、高市総理、片山財務大臣、小野田経済安全保障担当大臣、と、有能な女性の起用が目立った。政治家であれ何であれ、本来、男か女かではない。有能かどうか、向いているかかどうか。しかし、長年の男性中心主義の政界では、女性が内閣総理大臣になるまで、80年かかった、ということ。片山氏などは、史上最強の財務大臣になられると期待し
不破さんが亡くなった。私は共産党員ではないが、何度か街頭演説を聞いたことがある。声を荒らげず淡々と話すスタイルは、今の志位さんにも継承されている気がする。印象に残っているのは、第3次中曽根内閣の発足時、中曽根さんが各野党本部へ挨拶に訪れた際のニュースだ。不破さんが「いよいよ第3ラウンドですな!」と威勢よく着席を促し、自らコーヒーを出してもてなしていた。当時の私には、それが少し意外に映った。それ以上に驚いたのが、著書『私の南アルプス』を出された時だ。山登