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日常的スピリチュアル、安田です。貢献には表面的なこともあれば潜在的なこともあって内外の貢献によって全てに連結されていくのです。表面的な貢献というのは分かりやすいのですが潜在的な貢献は分かりにくいので見逃しやすいのですが潜在的な貢献というのは自分の歩み、努力がどこかで実っているということです。努力しても、続けても実らないというのは原因と結果の法則から見たらおかしいことではあるのですが自分に実らないことで他の誰かに実っていてその実りが拡大されることで全てに連結
終わりは、平等じゃなかった。今頃、何もなかったように日常に戻っているのかもしれない。離婚せずに済んだと、どこかで安心しているのかもしれない。そう思うと、正直、腹が立つ。私の中では、何も終わっていない。14年という時間は、そんな簡単に切り離せるものじゃない。生活も、感情も、選択も、少しずつ積み重ねてきたものだった。でもあの人は、一通のメールで終わらせた。その前のやり取りでも、結局は「お互い様」のようにされた。言い合いの中で、どちらにも原因があるような形にして、話を終わ
教育、文化資本、期待機会が現実の可能性になるためには、制度の入口が存在するだけでは足りない。その入口を、自分に関わるものとして感じられることが必要である。このことは、きわめて重要である。なぜなら、人は単に「可能なもの」を選ぶのではなく、自分にも可能だと思えるものの中からしか、本当には選べないからである。ここで大きな役割を果たすのが、教育、文化資本、そして期待である。教育は、もちろん知識や技能を与える。読み書きができること。計算ができること。
何年振りでしょうか朝にシャワーすること・・実にすがすがしい気分爽快です。時間がない、ゆとりがない、忙しいできない、無理、難しいなどそんな愚痴を言って毎日を暮らしている人いますよね。できないと思っているのは自分自身できると思ってするのも自分自身どっちが徳か?もちろん、後者ですよね。人類に平等に与えられている時間、空間それを不平等と思っているのも人類それぞれの生活環境や立ち位置、家族状況など与えれた場が異なるので一概には言えませんがそれでも平等に公平に与えられて
出発点の非対称私たちはしばしば、公正さを競争の公正さとして理解する。同じ試験を受ける。同じルールで競う。同じ制度の前に立つ。このとき、少なくとも形式の上では、誰もが同じ舞台に立っているように見える。そして、その同じ舞台の上で結果が分かれるなら、それは本人の能力や努力の差として受け止めやすい。この理解には、たしかに一定の説得力がある。だがここで、見落としてはならないことがある。それは、同じ舞台に立っているように見えても、人は同じ場所からそこへ来て
と思うようにしてます。・・・・・・・・・・・いろんな悲惨な出来事があってもヘラヘラと笑うようにしています。それが一番かなと思うんですね。生きていられるだけで感謝ですし晴天の空を見上げると笑顔になり嬉しい気分になります。悲惨なニュースを観ても外に出て歩いてみると意外にもいいことがあります。お年寄りが笑顔で語り合って子どもたちが身体より大きくみえるランドセルを担いで小走りしている。そんな姿を見る朝があるだけで有難いなと思うわけです。意外といいもんで
開かれているだけでは足りない現代社会はしばしば、自らを「開かれた社会」として語る。誰にでも学校へ行く道はある。誰にでも就職の機会はある。誰にでも起業の自由はある。誰にでも努力によって上へ進む可能性はある。この語りは、近代社会の正当性を支えるもっとも重要な物語の一つである。身分や血統ではなく、開かれた制度の中でそれぞれが機会を与えられる。その意味で、「門戸が開かれている」ということは、たしかに重要である。閉ざされた制度より、開かれた制度のほうが望
霊性というとお化け?・・・・・・・・・・・霊的な現象イコールお化けといった印象が大衆にはあります。そこから先を考えることは極めて少ないのだろうと思います。なぜ少ないかというと意外にも分かり易いのです。お化けが見える人は嘘つきか?見えないものが見えるのは症状か?こうした疑問はつきまといます。僕の印象や解析結果からいうと虚言の戯れではなさそうです。これも推測しかありませんが当の本人が表明することで得るものはほぼないに等しく、返ってデメリットを被る可能性の方
(更新2025/8/24、公開2025/8/22)いつもお読みくださいましてありがとうございます🍵ヨモギあんこさまがわかりやすい良い動画をアップしてくださいましたのでリブログさせていただきます(ありがとうございます)お楽しみくださいませ。リブログがご覧になれない場合は、こちらをどうぞ。↓<ブログ>『イーロン・マスクが反移民政党に資金提供する理由』8日(金)の日経平均が、7月に付けた年初来高値にあと30円程のところまで上昇し、一時42,000円を超えました。
測定できない侵食不平等がもたらすものを考えるとき、私たちはつい、「何がどれだけ減ったのか」を測ろうとする。所得はいくら足りないのか。資産は何割少ないのか。教育機会はどの程度失われているのか。健康状態はどれだけ悪化しているのか。こうした問いは重要である。測れるものを測らなければ、見えにくい不平等はしばしば存在しないものとして扱われるからだ。だが同時に、ここで気づかなければならないことがある。それは、不平等が本当に深く削っていくものの中には、
コンビニのトイレについて考える普段コンビニを利用していて、ふと気になることがある。それは「トイレの構成」についてだ。もちろん店舗によって違いはあるが、自分がよく利用する多くのコンビニでは、・男女兼用トイレ・女性専用トイレこの二つが設置されていることが多い。一見すると自然な形にも思えるが、個人的には少し考えさせられる部分がある。コンビニ業界はPOSシステムなどを活用し、非常に緻密なマーケティング戦略を行っていることで知られている。どの商品が、どの時間帯に
比較できない損失不平等について語るとき、私たちはつい、損失を一つの尺度の上に並べたくなる。いくら足りないのか。どれだけ減ったのか。何パーセント低いのか。どちらの被害が大きいのか。こうした問いは、政策を考えるうえでも、社会全体の傾向をつかむうえでも、たしかに必要である。だが同時に、ここには見落としやすい危険がある。それは、不平等がもたらす損失のすべてが、同じ物差しの上で比較できるとは限らないということである。同じ金額の不足でも、その
霊性に長けた人は自然・・・・・・・・・・・私たちの人生の大半には善と悪の双方を計りながら生きるという価値観の狭間を意識します。社会があってこその価値観ですが社会は現存するのでそうなるのでしょう。さて、霊性文化は、こと日本において発展しているかというとおそらくは、まったく発展することなく単なる流行文化の一つとして捉えられている気がしています。これは仕方の二ことだと思いますが霊性を問う時によく耳にするのは見えないものが見えるか見えないか?聴こえないものが
その人は既にいい人です。・・・・・・・・・・・いい人の”いい”部分は、なぜいいと認知したかを考えますといい人になりたい人は何がいいかを知っているということになりますのでおそらくは、既にいい人だと思います。目指すところが、いい人であれば既にいい人ということだともう目指す必要はないものとの考えが浮かんでくるのですがその人は、おそらく...もっといいヤツ目指すぞ~...。ということなんでしょうね。もちろん、各々に”いい”という価値観は異なるものと思います
情報は捉え方で変化します・・・・・・・・・・・様々な情報がひしめき合ってどの情報を信じればいいのかわからないようなシーンが多々見受けられます。騙そうとして情報を曝け出しその情報に群がる人々の心が多々あることをいいことに金銭を貪るという人は世界中にいるんですよね。誰もが心地よい情報ばかりを入手しているわけではなくマイナスに働く情報の方が多いのではないかと思わせるそれが現実なのかもしれません。有り余るほどの欲を有する人は欲望を満たす情報に食らいつき度重なる
数字の背後にある生統計は、不平等を見えるようにする。だが同時に、統計は不平等を見えにくくもする。このことは一見、逆説のように聞こえるかもしれない。しかし実際には、どちらも本当である。数字は、全体の傾向や分布の偏りを示すためには欠かせない。だがその一方で、数字に置き換えられた瞬間に、本来は一人ひとりの生活の中で異なる重さを持っていた現実が、同じ単位の中へ押し込められてしまう。そのとき見えなくなるのが、数字の背後にある生である。不平等
知識より感性を!・・・・・・・・・・・”人を見る目”について耳にすることが多くなったと思っているんですが...そのことで色々と考えが巡りもしかすると...社会の中にある仕組み自体にそうした精神性を必要としなくなってきたというそんなことがあるのかもしれないなんて思うこともあります。知識は、AIに尋ねたら判明するということになってきたので別に誰かに頭を下げて教えを乞うこともないのかなと思います。ところで、人を見る目の件ですがそうした言葉が多いというこ
最低でも最高でもなく・・・・・・・・・・・最低も最高もなく優劣もない世でいろんなことが起きています。学校での成績というのは参考程度だと捉えている僕ですがどうやら、その成績如何について悩む人は多いのだろうと思います。もし、学校が採点した点数が間違っているとしたら悩ましいということになりますが学校が正しく採点した上で出た点が低かろうと高かろうと悩む必要はまったくないと考えます。何故なら、実力をしっかりと把握するその根拠となるデータができたのだから有難いこと
第二部富の集中は何を壊すのか第八章不平等はなぜ数字以上の問題なのか1.格差を割合で見ることの限界不平等について語るとき、私たちはまず数字を見る。上位何パーセントがどれだけの資産を持っているか。下位何パーセントの所得がどれほど伸びていないか。ジニ係数はいくつか。中央値と平均値の差はどれほどか。こうした数字は、不平等の輪郭を知るうえでたしかに重要である。数字がなければ、私たちはしばしば印象だけで語り、不平等を感情や偶然の問題へと解消してし
平等は皆が同等の条件で生きれば良いとうわけではありませんそれぞれが最良と思われる条件を選択することへの平等ですその選択の結果が個々の優劣を生むのは不平等でも何でもありません選択の平等は自身の責任なので自己責任です
4月28日の朝日新聞に均等法から40年たって賃金・昇格など職場での男女差別は解消されたかのアンケートで十分でないが61%だと報道されました。あらあらまだまだね、と思っていたら5月3日の同新聞には「憲法が保障する男女の平等」は実現されているが60%とありました💦どっちーっと思いましたが、要は憲法上はほぼ男女平等が実現されているけど実際の職場などではまだまだ男女平等ではないと思っている人がそれぞれ60%ということかしら?アンケートは質問の仕方で答えがだいぶ変わるなという印
個性は守るべき...・・・・・・・・・・・この世の中で平等を唱える姿は全肯定されるのですがもし、平等を期すことが返って不平等になることがあればそれはとても危険なことだと思っていますし、実際に多いと実感しています。また、個性は守るべきだと思っているんですがその個性が、時として平等の精神が個性の存続に対しての抵抗になるといった現象も多々あります。平等というのはとても大切ですが返って不平等になることは多々あるのです。そうしたシーンが驚くほどあります。そこ
第一部『富はなぜ散らばらないのか』要約富は、なぜ散らばらないのだろうか。この問いは、単なる経済学上の疑問というより、むしろ一つの感覚の違和感から始まっている。私たちはふつう、世界の多くのものについて、濃いものはやがて薄まり、集まったものはやがて散っていくように感じている。熱は伝わり、水は流れ、閉じ込められていたものも、何らかのかたちで均されていくように見える。もちろん現実はそれほど単純ではないにせよ、少なくとも私たちの直感のどこかには、動くものは広がり、偏りはいつか緩和されると
4.失われる公共性の感覚富の集中が深まるとき、失われていくのは分配の均衡だけではない。それはやがて、人々が同じ世界を共に生きていると感じる感覚そのものを痩せさせていく。この感覚を、ここでは公共性の感覚と呼びたい。公共性とは、単に公共施設があることでも、制度が存在していることでもない。それは、人々が互いに無関係な孤立した存在ではなく、異なる立場にありながらも、なお同じ世界の中で影響を受け合い、同じ現実について考え、言葉を交わし、時に対立しながらも
不平等が蔓延するとき民主主義は劣化し、民主主義が機能しなくなれば不平等は悪化し続けます。そのスパイラルを止めて、不平等を是正する現代の哲学や社会運動はどこにあるのか?「より公平な社会への進歩は停滞しているように見える」・・・「不平等は所得、労働、富、地域、健康といった多次元的な要素が複雑に絡み合った動的なプロセスとして理解されるべきだ」PaulJohnsonほか,Challenginginequalities:Howwegotstuckandwherewegonext
VoxEU25Apr2026Challenginginequalities:HowwegotstuckandwherewegonextPaulJohnsonJamesBanksTimBesleyRichardBlundellAngusDeatonRobertJoyceDebraSatz英国を含む多くの先進国において、より公平な社会への進歩は停滞しているように見える。所得の伸び悩み、富の格差拡大、地域格差、社会移動性の低下といっ
現代日本の闇とは決して巨大な闇ではなく、いうなれば今日の日本人のひとりひとりが持ちえる闇の集合体のようなものである。おそらく私を含めて誰もが闇を持ちえており、ない者など皆無である。このように見れば、ごく一般的で普通と呼ばれるあたりまえを絵に描いたような人間ほど闇は深い。なんといっても本人はその闇に気づかず、帰属意識によってなんら問題ないと浅い意識で共同幻想にはまっているのだから。つまり、現代の日本人は、おおむね主体性というものを面倒くさいものと受けとめ、常に大
3.声が届く者、届かない者富の集中が生み出す分断は、やがて言葉の分断へと及ぶ。誰が話せるのか。誰の言葉が聞かれるのか。誰の沈黙が沈黙のまま放置されるのか。この差は、単なる表現力の差ではない。それは、社会の中でどの声が現実として認められるのかという差である。私たちはしばしば、「誰にでも発言の自由はある」と言う。たしかに形式の上ではそうである。誰もが言葉を発することはできる。SNSもある。投書欄もある。選挙もある。
Z世代向けの企画・マーケティングを行う「僕と私と」は2026年3月25日、Z世代2000名を対象に実施した「独身税」に関する意識調査の結果を公開した。本調査は2026年2月13日〜16日の期間、22歳〜30歳のZ世代を対象にインターネット調査にて行われた。調査の結果、2026年4月導入の「子ども・子育て支援金制度」(俗称:独身税)に対し、多くが不平等感や負担感を感じている実態が浮き彫りになった。「独身税」4月スタート、子持ち世帯でも6割が「不当」と感じる制度の矛盾とはZ世代向けの企画・マーケテ
コレが不平等になるんだろうなって。そう捉えてしまう。大人と大人の対話が全く成り立たないんだなって。特定組織が得をするだけで、みんなが知る権利って1ミリも確保されていないんだね。って現実を知ってしまったら悲しいけど、見限るきっかけになるんだろうね。大新聞の裏側って過度に汚いから嫌われて当然だろうね。