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下関要塞火ノ山砲台跡地に設けられた下関市の「火の山公園」は、2024年10月から再編整備工事が行われています。2025年11月21日にアスレチックエリアが完成して供用が開始されましたが、この度第2弾として、2026年4月23日に展望デッキの「ヒノヤマリング」が完成しました。====================【前回の記事】『下関要塞探訪184~火の山公園リニューアルその1(アスレチックエリア)』下関要塞火ノ山砲台跡地に設けられた「火の山公園」は、2024年10月から再編整備工
下関要塞火ノ山砲台跡地に設けられた「火の山公園」は、2024年10月から再編整備工事が行われています。工事開始以降山頂一帯は立入禁止でしたが、2025年11月21日にアスレチックエリアが完成して供用が開始されました。今後は、今年4月23日に展望デッキの「ヒノヤマリング」、7月ごろに山麓エリアにキャンプ場がオープン予定ですが、ロープウェイに代わるパルスゴンドラは来年以降にずれ込むようです。=============火ノ山砲台の記事:[概略][第一(発掘)][第一][第二][第三][第四
fuyunoB、下関へ行く仕事で全国津々浦々旅している妹、このブログでいうところのfuyunoB。今回は下関へ行ってきたそうです。下関といえば、下関要塞。明治時代に関門海峡ルートを敵(その頃の仮想敵国はロシアだろうか)の船の侵入に備えて陸軍がたくさんの砲台を関門海峡を囲い込むようにして構築。砲台群は下関要塞と言われました。1895年(明治28年)に下関要塞司令部が置かれました。↑現在の関門海峡(写真はWikiからお借りしました)なんといっても幕末、山口県(その頃は長州藩だったけど)は
[下関要塞/明治期]田ノ首砲台山口県下関市彦島田の首町2-25(下関南霊園)海正面砲台★大迫門防禦:彦島方面田ノ首砲台起工:明治20年9月28日竣工:明治21年12月28日←下関要塞の砲台群で最初に竣工備砲:加式鋼製28口径27センチ加農砲×4門(4座4門)だが据付は明治29年9月→斯加式12速加4(大正8年)→27Kに復す(大正12年)標高:16.85メートル任務:敵艦の進んで其の近距離に達する、及び、平射を以て俄然其の艦隊を洞射し、子の屈曲航路内に於いて、敵艦の進退動
◆目次(海軍)◆~クリックで各ページが別ウインドウで表示されます徳山海軍警備隊(昭和期)[概略]防空砲台:[水谷山*][大津島*][東山*][新宮*][笠戸*][杉ヶ峠*][北山*][仙島][太華山][虹ヶ浜][光][永源山]機銃砲台:[大浦]照聴所:[戸田*][向道*]][深浦*][室積*][野島*][八代*]呉海軍警備隊(昭和期)[概略]防空砲台:[前島*][白木山*][大向][大平山][灰ヶ峰][大須山][亀ヶ首][螺山][吉松山][三津峰山][高畑山][畑高地][砲
◆目次(陸軍)◆~クリックで各ページが別ウインドウで表示されます下関要塞(明治/大正期)[概略]砲台:[田ノ首*][筋山*][老ノ山*][田向山*][笹尾山*][古城山*][門司*]火ノ山砲台*:[概略][第一(発掘)][第一][第二][第三][第四][補助施設][低観測所]堡塁:[戦場ヶ野][一里山][金比羅山][龍司山*][富野*][矢筈山*][高蔵山*]演習砲台:[演習砲台概略][珠数山]電燈:[田向山*]その他:[要塞司令部門柱と周辺施設][重砲兵聯隊][高蔵山軍道
◆蓋井島リンク:[概略][第一砲台下段][第一砲台上段砲座][第一砲台上段観測所][第一砲台補助観測所][第一砲台関連施設][第二砲台][第二砲台/関連施設][P247施設群][電燈所][第二電燈所][繋船場][洞窟砲台][偽砲][蓋井島の防備衛所][白瀬防備衛所][賢女鼻防備衛所]===================蓋井島に残る4門の偽砲を紹介する。偽砲とは敵の目を欺くため本物に見せかけた大砲で、英語ではdummygun、fakegunなどと呼ばれている。戦時下には火砲
◆蓋井島リンク:[概略][第一砲台下段][第一砲台上段砲座][第一砲台上段観測所][第一砲台補助観測所][第一砲台関連施設][第二砲台][第二砲台/関連施設][P247施設群][電燈所][第二電燈所][繋船場][洞窟砲台][偽砲][蓋井島の防備衛所][白瀬防備衛所][賢女鼻防備衛所]====================蓋井島第二電燈所は、島の最北西端、泉水ノ鼻に設けられた。地図で場所を確認する。『現代本邦築城史』に掲載の履歴は以下の通り。◆着工:昭和13年(1938
◆蓋井島リンク:[概略][第一砲台下段][第一砲台上段砲座][第一砲台上段観測所][第一砲台補助観測所][第一砲台関連施設][第二砲台][第二砲台/関連施設][P247施設群][電燈所][第二電燈所][繋船場][洞窟砲台][偽砲][蓋井島の防備衛所][白瀬防備衛所][賢女鼻防備衛所]=========================================蓋井島北西部に最初の要塞関連施設が作られたのは第一砲台の補助観測所(八八式海岸射撃具観測所)だと思われるが、昭和13年(1
◆蓋井島リンク:[概略][第一砲台下段][第一砲台上段砲座][第一砲台上段観測所][第一砲台補助観測所][第一砲台関連施設][第二砲台][第二砲台/関連施設][P247施設群][電燈所][第二電燈所][繋船場][洞窟砲台][偽砲][蓋井島の防備衛所][白瀬防備衛所][賢女鼻防備衛所]=========================================「その3」では増設分の「南部砲座」をレポートする。南部砲座は北部砲座にあった観測所や弾薬室はなく、増設分であるためか
日本の遺構100選巡り30ヶ所目は矢筈山堡塁跡ですよぉ旅は2日目。。。初日の昨日は予想外の雪でしたが今日は大丈夫そうだわね寝起きで向かうは矢筈山堡塁跡最近目が無い戦争遺構でやんす車は小森江貯水池駐車場へ朝9時過ぎ到着で先客5台いらっしゃり登山&下山中も何組かすれ違い地元ではポピュラーな模様。。。"北九州水道産業遺産"なコチラほぉ~~( ̄▽ ̄)堡塁跡はキャンプ場に転生したようで未舗装車道をひたすら登ってく具合登山的難所もなく積雪もなくひた
◆蓋井島リンク:[概略][第一砲台下段][第一砲台上段砲座][第一砲台上段観測所][第一砲台補助観測所][第一砲台関連施設][第二砲台][第二砲台/関連施設][P247施設群][電燈所][第二電燈所][繋船場][洞窟砲台][偽砲][蓋井島の防備衛所][白瀬防備衛所][賢女鼻防備衛所]=========================================蓋井島第二砲台は十一年式七糎加農2門の砲台として昭和13年(1938)7月21日に起工された。同年12月11日には2門の備
◆蓋井島リンク:[概略][第一砲台下段][第一砲台上段砲座][第一砲台上段観測所][第一砲台補助観測所][第一砲台関連施設][第二砲台][第二砲台/関連施設][P247施設群][電燈所][第二電燈所][繋船場][洞窟砲台][偽砲][蓋井島の防備衛所][白瀬防備衛所][賢女鼻防備衛所]=========================================昭和8年(1933)の「要塞再整理修正計画」にて朝鮮海峡要塞系に編入された下関要塞は、昭和10年(1935)3月に蓋井島砲
◆蓋井島リンク:[概略][第一砲台下段][第一砲台上段砲座][第一砲台上段観測所][第一砲台補助観測所][第一砲台関連施設][第二砲台][第二砲台/関連施設][P247施設群][電燈所][第二電燈所][繋船場][洞窟砲台][偽砲][蓋井島の防備衛所][白瀬防備衛所][賢女鼻防備衛所]================================蓋井島電燈所は、島の中央南端、鐘ヶ崎の標高120m付近に設置された。地図で場所を示す。電燈所の履歴。◆起工:昭和9年(1934
◆蓋井島リンク:[概略][第一砲台下段][第一砲台上段砲座][第一砲台上段観測所][第一砲台補助観測所][第一砲台関連施設][第二砲台][第二砲台/関連施設][P247施設群][電燈所][第二電燈所][繋船場][洞窟砲台][偽砲][蓋井島の防備衛所][白瀬防備衛所][賢女鼻防備衛所]================================現在のフェリー桟橋から乞月山方面への道路を進むと、軍用に供された西繋船場が当時の姿を留めている。東側海岸には東繋船場が置かれていたが、こち
◆蓋井島リンク:[概略][第一砲台下段][第一砲台上段砲座][第一砲台上段観測所][第一砲台補助観測所][第一砲台関連施設][第二砲台][第二砲台/関連施設][P247施設群][電燈所][第二電燈所][繋船場][洞窟砲台][偽砲][蓋井島の防備衛所][白瀬防備衛所][賢女鼻防備衛所]================================第一砲台の関連施設は乞月山(こいづきやま)の北の麓に置かれた。関連施設周辺を拡大する。この地域では洞窟式火薬庫、横穴壕、貯水
◆蓋井島リンク:[概略][第一砲台下段][第一砲台上段砲座][第一砲台上段観測所][第一砲台補助観測所][第一砲台関連施設][第二砲台][第二砲台/関連施設][P247施設群][電燈所][第二電燈所][繋船場][洞窟砲台][偽砲][蓋井島の防備衛所][白瀬防備衛所][賢女鼻防備衛所]==========================================本項では、第一砲台の射撃の首線と、前方に配置された補助観測所について考察する。まずは下段砲台の第2砲座前方の景色を
◆蓋井島リンク:[概略][第一砲台下段][第一砲台上段砲座][第一砲台上段観測所][第一砲台補助観測所][第一砲台関連施設][第二砲台][第二砲台/関連施設][P247施設群][電燈所][第二電燈所][繋船場][洞窟砲台][偽砲][蓋井島の防備衛所][白瀬防備衛所][賢女鼻防備衛所]=====================前回砲座の紹介を終えたので、今回は主観測所を見る。石垣沿いの軍道を歩く。大きな掘削地がある。下段砲台の出入口付近にもあるが何用途なのか?地下
◆蓋井島リンク:[概略][第一砲台下段][第一砲台上段砲座][第一砲台上段観測所][第一砲台補助観測所][第一砲台関連施設][第二砲台][第二砲台/関連施設][P247施設群][電燈所][第二電燈所][繋船場][洞窟砲台][偽砲][蓋井島の防備衛所][白瀬防備衛所][賢女鼻防備衛所]==============上段砲台は乞月山の山頂一帯に築かれているが、下段砲台に向かう軍道が分岐して山頂に向かっている。道すがら射界標柱が抜かれて放置されている。下段砲座の物かもしれない。軍
◆蓋井島リンク:[概略][第一砲台下段][第一砲台上段砲座][第一砲台上段観測所][第一砲台補助観測所][第一砲台関連施設][第二砲台][第二砲台/関連施設][P247施設群][電燈所][第二電燈所][繋船場][洞窟砲台][偽砲][蓋井島の防備衛所][白瀬防備衛所][賢女鼻防備衛所]=======================後編では砲側庫から第2砲座そして指揮所に向かう。第1砲座と第2砲座を繋ぐ通路間に2つの砲側庫が並んでいるが、『日本築城史』には掩蓋式穹窖と同じく100㎏
◆蓋井島リンク:[概略][第一砲台下段][第一砲台上段砲座][第一砲台上段観測所][第一砲台補助観測所][第一砲台関連施設][第二砲台][第二砲台/関連施設][P247施設群][電燈所][第二電燈所][繋船場][洞窟砲台][偽砲][蓋井島の防備衛所][白瀬防備衛所][賢女鼻防備衛所]==============================長らく非公開にしていた蓋井島の軍事遺構の記事だが、大幅に加筆修正した上で公開する。まず最初に蓋井島砲台(第一)を取り上げる。以下に履歴と経
砲側庫(砲側弾薬庫)は填薬弾丸と装薬鑵を置く場所で、堡塁砲台では通常砲座に隣接した横墻の下に設けられました。明治期の堡塁砲台における砲側庫は、穹窿(天井アーチ)・脚壁(穹窿を支える壁)・奥壁を基本構造とした掩蔽部でしたが、その形状や使用される建材は年代や火砲の種類または地域によって様々です。**************************ここでは二十八糎榴弾砲の砲側庫を見ていきます。大日本帝国陸軍による沿岸防御の要塞築城は明治13年(1880)から始まりましたが、穹窿や脚壁に
「砲床」とは火砲を据え付ける台のことを言います。火砲によってその形状は様々ですが、二十八糎榴弾砲(以下“28H”)の砲床は直径6m弱の円形であることが特徴です。同砲は明治期の沿岸砲台における主力砲でしたので全国の砲台跡で砲床の遺構を見ることができますが、そのほとんどは砲床内部に土が溜まっているため、中の様子を観察することができません。==============芸予要塞来島中部堡塁の28H砲床は、標準的な埋もれ方。函館要塞御殿山第二砲台は、堆土どころか草生えるww由良要塞友
[高射砲132連隊]高蔵山照空高射砲陣地福岡県北九州市小倉南区吉田下関地区陸正面堡塁框舎:企救半島高蔵山堡塁起工:明治32年2月20日竣工:明治33年12月27日備砲:15センチ綫臼砲×6門(3座6門)、12センチ加農砲×6門(3座6門)、機関砲×4門標高:273〜276.6メートル目的:大分街道を制し当方面の防禦の虜点となり且つ恒見及び石田方向を射撃することに在り。=周防灘への備え。廃止:大正2年4月20日廃止予定→昭和7年3月全部除籍出典:陸軍築城部編纂『現代本邦
[下関要塞/明治期]高蔵山堡塁③15M砲座福岡県北九州市小倉南区吉田下関地区陸正面堡塁框舎:企救半島高蔵山堡塁起工:明治32年2月20日竣工:明治33年12月27日備砲:15センチ綫臼砲×6門(3座6門)、12センチ加農砲×6門(3座6門)、機関砲×4門標高:273〜276.6メートル目的:大分街道を制し当方面の防禦の虜点となり且つ恒見及び石田方向を射撃することに在り。=周防灘への備え。廃止:大正2年4月20日廃止予定→昭和7年3月全部除籍出典:陸軍築城部編纂『現代本
[下関要塞/明治期]高蔵山堡塁②12K砲座福岡県北九州市小倉南区吉田下関地区陸正面堡塁框舎:企救半島高蔵山堡塁起工:明治32年2月20日竣工:明治33年12月27日備砲:15センチ綫臼砲×6門(3座6門)、12センチ加農砲×6門(3座6門)、機関砲×4門標高:273〜276.6メートル目的:大分街道を制し当方面の防禦の虜点となり且つ恒見及び石田方向を射撃することに在り。=周防灘への備え。廃止:大正2年4月20日廃止予定→昭和7年3月全部除籍出典:陸軍築城部編纂『現代本
[下関要塞/明治期]高蔵山堡塁①棲息掩蔽部福岡県北九州市小倉南区吉田下関地区陸正面堡塁框舎:企救半島高蔵山堡塁起工:明治32年2月20日竣工:明治33年12月27日備砲:15センチ綫臼砲×6門(3座6門)、12センチ加農砲×6門(3座6門)、機関砲×4門標高:273〜276.6メートル目的:大分街道を制し当方面の防禦の虜点となり且つ恒見及び石田方向を射撃することに在り。=周防灘への備え。廃止:大正2年4月20日廃止予定→昭和7年3月全部除籍出典:陸軍築城部編纂『現代本
下関要塞火ノ山砲台の跡地は戦後に公園化され、昭和31年(1956)7月に「火の山公園」として開園しました。開園後はロープウエイ(1958年開業)や回転レストランを持つ展望台(1973年建設、2016年営業終了、解体済み)などが整備されて賑わいを見せましたが、近年は観光地として低迷しています。そこで下関市は、火の山再生に向けての再編整備計画「光の山プロジェクト」を令和5年度(2023年度)より始動しました。ロープウエイに代わるパルスゴンドラ、リング状の展望デッキ、アスレチックやキャンプ場など整備
[下関要塞/明治期]古城山砲堡塁福岡県北九州市門司区門司3270-8-3(旧国民宿舎めかり山荘)海正面砲台★早鞆迫門防禦:門司方面古城山砲台起工:明治21年2月22日竣工:明治23年6月7日備砲:24センチ綫臼砲×12門(2座10門/1座1門×2)標高:110メートル/121メートル目的:火ノ山砲台と協力して、湾口に向い襲来する敵艦を遠地に射撃し此に之を抑留して湾口の航路を守防することにあるも、亦、敵艦の一度此の湾門を破り湾内に侵入するか、或いは大迫門海門を経過して此に侵入す
[下関要塞/明治期]古城山砲台と観測所福岡県北九州市門司区門司3270-8-3(旧国民宿舎めかり山荘)海正面砲台★早鞆迫門防禦:門司方面古城山砲台起工:明治21年2月22日竣工:明治23年6月7日備砲:24センチ綫臼砲×12門(2座10門/1座1門×2)標高:110メートル/121メートル目的:火ノ山砲台と協力して、湾口に向い襲来する敵艦を遠地に射撃し此に之を抑留して湾口の航路を守防することにあるも、亦、敵艦の一度此の湾門を破り湾内に侵入するか、或いは大迫門海門を経過して此に