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上大岡(横浜市)の京急百貨店で、京急鉄道フェスティバルといのが開催されていたので寄ってきました。数々の鉄道グッズの中に、下津井電鉄のきっぷを発見。下津井電鉄は1972年に部分廃止、残りの区間が1990年の大晦日を最後に廃止されましたが、このきっぷは、わたしも乗れなかった1972年の廃止区間のもの。乗れなかった区間ですが、わたしはその後遊歩道になった線路跡を20回は歩いています。また倉敷児島に行きたくなりました。
今回は、2015年に導入された先代いすゞエルガ(ワンステップ車)を掲載します。I541(倉敷230あ541)形式:QPG-LV234Q3児島営業所所属撮影場所:下津井電鉄バス児島営業所(許可を得て撮影)2015年に1台のみが導入された先代エルガの長尺ワンステップ車です。いすゞ自動車製の大型路線車は1985年に導入されたキュービック(現在廃車)以来約30年ぶりの導入となりました。
倉敷児島の映画を視ました。『ドライブタクシー』昨年、東宝シネマズ錦糸町(都内墨田区)で上映会が開催されたのに行けず、監督の桑田浩一氏からDVDを送ってもらったのでした。■あらすじ■お母さんどうして私を捨てたんですか?子どもの頃に母親に捨てられた経験を持つ女性響子が、余命わずかな母親に会うために東京から児島にやって来る。しかし響子には捨てられる前の記憶が断片的にしか残っておらず母親の顔さえ覚えていない。はたして響子は母親に会いに行く決心をするのか?予告編少しずつ
このたび新宿に行って鉄コレの下津井電鉄を買ってきました2011年に鉄コレ初のNナロー規格として事業者限定で発売されました専用動力を売り出すやらの一悶着がありましたがその後は今日まで音沙汰なし、猫屋線の方に移ったのかと思われていましたが2024年に突如としてツーマン仕様が発売されて驚きましたNナローということで車輪幅は5.1mmとなっていますが6.5mmのZゲージの車輪が入る用になっているので改軌した人も多いと思います自分も叩き売り売りされていたZjゲージの
最終日の出発は高松駅9:10発「うずしお7号」で徳島駅へ使用車両は2700系でした高徳線の乗車も初めてです1時間ちょっとで徳島駅に到着です徳島駅で下車したのは2回目です高速バスを使って来たことは一度ありますこの前は野球観戦のため南海フェリーを使って大阪まで行きましたその時バスで徳島港に行くための乗り換えで下車しました学生の頃大阪から帰省するときたまに南海フェリーを使っていて小松島港から徳島線、土讃線経由で帰ってたので素通りしたのは何度もありますがそういえば南海難波駅では高知まで
こんにちは2026.4.11岡山県の児島駅からバスに乗って下津井まで来ました鷲羽山ハイランドで下車し遊歩道を降って来ましたかつて下津井電鉄という路線がこの地にあり、廃線跡を利用した遊歩道が見えました昨年この遊歩道を歩いています少し歩くと瀬戸大橋架橋記念公園がありましたここは瀬戸大橋が見える場所なんですよ駐車場やトイレがあって便利です鷲羽山ハイランドも見えます時折ジェットコースターの音が聞こえてきます更に遊歩道を歩きます階段かよクソだるっ急で長く過酷な階段を上がった先には
ご訪問ありがとうございます。旧下津井電鉄線の車両(クハ24)が、修繕され復活するプロジェクトに取り組んでいるという新聞記事を見つけました。そのためには、資金が必要で車両や駅名標をモチーフにしたカプセルトイの売上を充てるとのことです。そこで、下津井小さなてつどう館に行って、ガチャを見つけました。実際にガチャをやってみると、駅名標のマグネットとキーホルダー、硬券の入場券がゲットできました。合計1200円で、その一部が車両修繕に充てられる訳ですね。
下電ホテルに保存されてた下津井電鉄クハ24と貨車(ホカフ9)が下津井駅跡に昨年移設され、現役時代コンビを組んでたモハ103と再び一緒に保存されることになった。下電ホテル時代のクハ24や、下津井駅跡は5年前の10月に行った。『岡山・下電ホテルの下津井電鉄クハ24やら』岡山県倉敷市の鷲羽山下電ホテルに保存されてるクハ24やらを見に行ってん岡山駅からJR西日本・瀬戸大橋線に乗り換え、児島駅で下車。電チャリを借り、県道21号線…ameblo.jp『岡山・下津井駅跡のモハ103やら』下電ホ
今回は、2018年に導入された現行型のいすゞエルガミオ(ノンステップ車)を掲載します。B806(倉敷230あ806)(旧・岡山230あ806)形式:2KG-LR290J3児島営業所所属撮影場所:岡山駅前2018年に1台のみ導入された現行型のエルガミオです。当初は興除営業所所属でしたが、現在は児島営業所に転属し、2代目の「ジーンズバス」として児島地区で活躍しています。
今回は、先代いすゞエルガミオ(ノンステップ車)を掲載します。下電バス初のノンステップ車として、2000年から導入されました。また、日野自動車製と日産ディーゼル製をメインで導入していた下電バスにとって久しぶりのいすゞ車で、その後のいすゞ車の大量導入のきっかけとなりました。B021(倉敷200か70)(旧・岡山200か168)形式:KK-LR233J1改児島営業所所属撮影場所:児島駅前B022(岡山200か167)形式:KK-LR233J1改児
今回は、2007年に導入された日野ブルーリボンII(ワンステップ車)を掲載します。H732(岡山230あ732)形式:PKG-KV234Q2児島営業所所属撮影場所:児島駅前2007年に導入されたワンステップ、長尺車のブルーリボンIIです。同型車は2007年にH732~H734号車の3台、2009年に標準尺車のH915号車が導入されています。車内はカーテン付きでハイバックシートが並んでいます。
昨日下見をした倉敷川沿いの福原緑地公園に咲いている河津桜を今度はスマホではなく、一眼カメラでの撮影を楽しんできました。また、撮影を終えても10時前でまだまだ時間があったので、以前下津井に行った時に訪問していなかった下津井城跡などの再散策も楽しんできました。今日は、福原緑地公園から川を挟んで反対側の河津桜が多くあるこの様な所で撮影。(この写真だけ、スマホ撮影でLeica調にしてるので、色合いが違います)70-200F4MACROレンズなのでこのような玉ボケも出来ますが、単焦点レンズ
今回は、日野ブルーリボンシティのワンステップ車を掲載します。H222(岡山200か381)形式:KL-HU2PMEA児島営業所所属撮影場所:倉敷駅前H223(倉敷200か83)(旧・岡山200か382)形式:KL-HU2PMEA児島営業所所属撮影場所:児島駅前2002年に2台導入されたブルーリボンシティです。下電バスでは一般路線用のブルーリボンシティはこの2台しかなく、貴重な存在です。
今回は1998年に導入された、西日本車体工業製96MCボディーを架装した日野HU(ブルーリボン)のワンステップ車を掲載します。H851(岡山22か4098)形式:KC-HU2MPCA児島営業所所属撮影場所:児島駅前先述した「その4」の日産ディーゼルUA、「その6」の日野ブルーリボンとともに、車両の低床化の一環で導入された長尺ワンステップ車のHUです。この車両は「その4」のUAと同じく西日本車体工業製96MCボディー、中扉は幅の狭い折戸という仕様となっていま
2月11日(水)。岡山駅から児島駅まで戻って来てから直ぐに高知に帰らずに児島周辺を散策『鷲羽山ハイランド』の前まで来ました眼下に『瀬戸大橋』。詳しく言うと『下津井瀬戸大橋』です遥か向こうには香川県坂出市側の「番の州」のコンビナートの煙が見えますねそしてやって来たのは、ここいまは廃線になった『下津井電鉄』の「下津井駅」跡。駅が車庫になっておりましたのでそのまま何両かの車両が保存されております当時の駅名標。「児島駅」方面。瀬戸大橋開業後も数年は走っていたのですけどね
今回は1998年に導入された、純正ボディーを架装した日野ブルーリボンのワンステップ車を掲載します。H850(倉敷230あ850)(旧・岡山22か4097)形式:KC-HU2MMCA児島営業所所属撮影場所:児島駅前/倉敷駅前1998年に車両の低床化の一環で導入されたワンステップ・ワイドドア(4枚折戸)仕様のブルーリボンです。「その4」で掲載した日産ディーゼルUAのワンステップ車と同時期に導入されており、この車両は純正ボディー、中扉は4枚折戸、標準尺となって
今回は、日野自動車製の日野ブルーリボンRUを掲載します。ブルーリボンRUは「9m大型車」といわれる、中型車(日野レインボーなど)と同程度の全長9mながら、車幅が大型車と同じ2.5mになっているモデルで、主に狭隘区間や山間部を走る区間が多いバス事業者に好まれました。下津井電鉄では4台導入しており、ここでは最後まで活躍していた1台を取り上げます。H331(岡山22か3572)形式:U-RU3HJAA興除営業所所属撮影場所:児島駅前1993年に導入されたR
今回は1998年に導入された、西日本車体工業製96MCボディーを架装した日産ディーゼルUAのワンステップ車を掲載します。N852(岡山22か4099)形式:KC-UA460NAN児島営業所所属撮影場所:児島駅前1998年に車両の低床化の一環で導入された長尺ワンステップ車のUAです。この時期の下電バスでは日野自動車製・日産ディーゼル製のワンステップ車をそれぞれ異なる仕様で導入しており、日産ディーゼル製の車両は西日本車体工業製96MCボディー、中扉は幅の狭い折
今回は、西日本車体工業製オリジナルボディーを架装した日産ディーゼルJPを掲載します。N332(倉敷200か15)(旧・岡山22か3639)形式:U-JP211NTN児島営業所所属撮影場所:児島駅前/下津井電鉄バス児島営業所(許可を得て撮影)1993年に岡山県初のワンステップバスとして導入されました。JPは下電バス全体でもこの1台のみで、さらに全国的に貴重なU-JPということもあり希少価値の高い車両です。元々は倉敷市内の公共施設を結ぶ路線用に導入され
今回は、1993年~1994年に導入されて現在も活躍している、富士重工業製7Eボディーを架装した日産ディーゼルUAを掲載します。N328(岡山22か3575)形式:U-UA440NAN児島営業所所属撮影場所:下津井電鉄バス児島営業所(許可を得て撮影)N329(岡山22か3576)形式:U-UA440NAN児島営業所所属撮影場所:下津井電鉄バス児島営業所(許可を得て撮影)N328、N329号車は1993年に導入されたUAです。長尺車とな
2026年最初の記事となります。今年も「わさびくま日記新別館」をよろしくお願いいたします。下津井電鉄バス(略称:下電バス)は、岡山県岡山市と倉敷市南部(児島半島周辺)をエリアとしているバス事業者です。社名が示す通り会社設立当初は鉄道事業を主力としていました。しかし、鉄道事業は軽便規格(軌間762mm)であったことや沿線の道路事情が良くなったことなどで利用者が減少、末期は児島駅~下津井駅のみを存続させ観光需要を喚起するなどの策も図られましたが、JR瀬戸大橋線(本四備讃線)の開通で自
昨年の大晦日には、アメ友のつるさんが提供してくれた映像で倉敷チボリ公園のことを書きました。今年も倉敷の話です。倉敷市の児島・下津井間を走っていた下津井電鉄(下電)の電車が、1990年限りで廃止されました。わたしはその日、青春18きっぷで下電児島駅にさよなら電車を見送りに行ったのでした。車内の電灯が一部しか点灯していませんでした。下電児島駅のメリーベルです。吊り下げられたベルはそれぞれ音階が異なり、発車ベルとして自動演奏されていたのでした。「下津井節」、「赤いスイー
みなさん、こんばんは。今日で仕事納め、明日から正月休みです。さて、与島PAを後にし、岡山県に上陸。友達のミッションをこなし、鷲羽山のレストハウスに上がりました。ココから瀬戸大橋を眺めますが、今まで曇っていたのに、ココに来たら太陽がこんにちは。逆光状態となってしまいました。瀬戸大橋の岡山県側、下津井大橋を見ていたら、タイミングよく列車が通過してました。今いる場所は第2展望台ですが、元気のある人は第1展望台に向かい、更に
児島から先は風の道という自転車道として整備されていて、10分ほどで隣の備前赤崎に到着。廃線時のホーム構造は1面1線ながら1972年までは2面2線の対面式であって、両方ともホーム跡が残されていました。次の阿津はわずか600mしか離れておらず、すぐに到着しました。ホーム構造は1面1線の単式で、宅地開発が進んだのかホームのすぐ後ろには一軒家が立っていました。阿津を出発すると、本四備賛線の立派な高架の下をくぐり、急な登り勾配に突入していきます。途中、左手に美しい瀬戸内海とボートレース児島が視
2025年5月2日(金)11時30分茶屋町駅岡山県・倉敷市の茶屋町にやってきました。宇野線と本四備讃線が乗り入れていますが、1972年まで下津井電鉄下津井電鉄線の始発駅でもありました。茶屋町からさらに南へ下津井までで営業距離は21.0kmあり、停車駅は茶屋町、天城、藤戸、林、福田、福南山、稗田、柳田、児島小川、児島、備前赤崎、阿津、琴海、鷲羽山、東下津井、下津井の15駅でした。沿線の道路がそこまで整備されていなかったために、1970年代まで路線が敷かれていたわけですが、1972年に
(いつも見ていただき、ありがとうございます)前回までのお寺さんから駅に戻って来ました1時間に1本の普通電車に乗って終点の児島で下車駅前には地元の産物ジーンズが干してありますやっぱりエドウィンかしら?児島駅から少し歩くと下津井電鉄の廃線跡1991年1月1日廃止らしいもう35年前になります私は廃線前に乗りに来てポジフィルムで撮影したのが実家に置いてあるはず・・・はず・・・親が捨てちゃったようで残ってません写真って、捨てますかね?い
ずっと発売まで待ちわびていたキッチン製下津井電鉄クハ9号。戦前の単端式ガソリンカーを背中合わせに接合し、クハに改造した下津井電鉄の極めつけの車両です。キッチンでは以前単端式ガソリンカーを製品化した事があり、下津井電鉄クハ9も製品化したらありがたいなとずっと思っていましたが、やっと製品化されたので、日曜日の軽便鉄道模型祭で買ってきました。早速車体を加工し、下回りを自作しました。内容はかつてワールド工芸の越後交通や、猫屋線やまねこ号をHOゲージ化した手順で行います。パンタグラフは前に買って
今回は井笠鉄道の硬券を新山から薬師までと鬮場から大井村までの2枚です。昔、新山駅跡の資料館で購入した覚えがあります。下津井電鉄の入場券とサイズはほぼ同じ下津井電鉄の下津井駅跡にいる、ホジ3は元井笠鉄道井笠鉄道の跡地の一部は井原鉄道になっているらしい。(江若鉄道とJR湖西線みたいな感じかなぁ)
今回は下津井電鉄を走った、特急かもめ号の話です。今回も情報が少なく前回同様にビニマルさんに手伝っていただきました。(ありがとうございます)かもめ号はどうやら電化直後(1950年代くらい?)に運転されており停車駅すら不明(茶屋町、児島、下津井とかだろうか)もしくは茶屋町から下津井までノンストップだった可能性も...車両はモハ65とかクハ22-サハ3-モハ102とかの使用かなぁなどと予想しています。もしかしたら前回の福南山駅の待避線はこの特急の待避もあったかもしれないですね。ヘッド
児島駅周辺を歩いた。児島駅は、JRの駅の中でも、重要な駅だ。JR西日本、JR四国・本四備讃線(瀬戸大橋線)の駅になる。本州と四国を結ぶ瀬戸大橋の本州側の起点になる。JR西日本の直営駅で、全旅客列車が停車する駅だ。イメージキャラクター「Gパンだ」が迎えてくれる。国内ジーンズ発祥の地・児島はジーンズ製造を始めて、60年の歴史を数えることになるそうだ。古来、瀬戸内海に浮かぶ児島と本土との間には、20余りの島々が点在する「吉備の穴海」と呼ばれる浅い海が広がっていた。吉井川、旭川、高梁川の三大河