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8月15日(金)「東洋大姫路」対「花巻東」の試合!!雨のため試合が1時間延期となったので落ち着かなかった。試合開始でTVの前に座り込む形で観戦!最初に東洋大姫路が先制点を挙げた🙌それだけで7対1とリードを広げても相手は優勝候補の花巻東、油断は出来ない。7回表で1点返された時、8回表で3点返された時の心臓が9回表では、祈るような気持で画面に釘付け!最初から最後まで、家事もそこそこでTV観戦!こんなに力を込めて応援したのは久しぶり!結果8-4で勝利!!東
7月5日(土)午前中は、姫路での講演!終ると移動して加古川での講演会場へ!ランチする間もなく車中でパンを頬張る行儀の悪さ午後の「平和祈念講演会」ゲストの上谷昭夫氏からお知らせをもらい講演会を聴きに行きました。講師は尾上公民館館長の木村氏パワーポイントを使っての講演は見事なものだった。加古川飛行場がどのようにしてできたのか、そしてここから出撃した特別攻撃隊の人たちのたどった軌跡を非常に分かりやすくもし光姫の紹介をすることがあるなら
花壇の皇帝ダリアが咲きました。あ~ぁ・・・今年は、とうとうアサギマダラが飛来してこなかった一番咲きの皇帝ダリアを見上げて、ため息。今日は、上谷昭夫氏から前々から聞いていた画集が出来たので渡したいと誘われてモーニング。想像していたものより97ページにおよぶ素晴らしい画集でした。服部武司氏の描かれた画集を手元に1時間あまり、いろいろお話することが出来て良かったです。ページをめくると、
12月28日(木)嬉しいニュースが飛び込んできました。いつも懇意にしてもらってる上谷昭夫氏関連のニュースです。上谷氏は昨年末、脳梗塞を患い入院して今は自宅でリハビリ中です。約30年にわたる年月をかけて収集した約7000点もの手紙や写真や書籍などを加西市の寄贈されたのです。これらの資料が鶉野飛行場跡に建つ平和学習施設「soraかさい」で保管され、今後研究や企画展に活用されるとのこと。(写真:毎日新聞記事より借)私が願っていたことが実際におこると
10月2日(月)昨日、上谷昭夫氏からメールをいただいた。昨年末、軽い脳梗塞で入院され、退院後は、リハビリされているものの以前のような講演が出来なくなり、約30年に渡り集めてきた資料を預かってもらえないかという内容のものでした。何故、私に??と悩みましたが、「先生のお気持ちが落ち着くなら」とお預かりすることにしました。航空隊のことは、加西市が引き取られます。数百冊の書籍も寄贈されるそうです。加西市の「soraかさい」内で上谷氏のコーナーが出来ればいいなと
6月21日(水)志方からの帰り、4月にオープンしたばかりの神吉八幡神社近くの「ルーラルキッチン」に寄ってみた。駐車場は満車!お店の全景・・・HPより研修旅行の「おつかれさま会」を開く会場のいわば下見のつもりで。11時少しまわっていたのでモーニングは終了でした。店内も満席で、しばらく外で待ちました。そして、案内されたテラスの席。風もあって真夏でなくて良かったけど。たくさんあるメニューに中「豚バラと玉ねぎ炒め定食」・・・990円かつめし定食にしても良
昭和20年(1945)3月31日の出来事です。加西市網引町の旧国鉄北条線(現北条鉄道)で列車が脱線、転覆した事故がありました。太平洋戦争末期、戦闘機「紫電改」が不時着した際、レールが破損。直後に走ってきた列車が脱線転覆して12人が犠牲となり、62人が重軽傷を負うという大惨事でした、線路脇の小さな碑は事故から75年経った令和2年3月31日に建立されました。今年も事故から丸78年を迎えた事故現場・「列車事故殉難の碑」の前で厳かに慰霊祭が営まれました。上
今日は午前と午後、2つの講演会があり気が急きましたが、無事、両方に参加できてホットしました。午後の講演会は、日頃からお世話になっている上谷昭夫氏の記念講演でした。1時10分からの受付に間に合いました。ホッ毎年、8月に開催していた旧陸軍加古川飛行場を紹介する展示品を入れ替えるなど大幅にリニューアルしての開催でした。定刻通り、加古川市長の挨拶から始まりました。加古川(尾上)飛行場からのメッセージは、やさしく私たちに問いかけてくれる数分間でした
太平洋戦争末期、昭和20年(1945)3月31日加西市網引町の旧国鉄北条線(現北条鉄道)で列車が脱線、転覆した事故がありました。戦闘機「紫電改」が不時着した際、レールが破損。直後に走ってきた列車が脱線転覆して12人が犠牲となり、62人が重軽傷を負うという大惨事でした、線路脇の小さな碑は事故から75年経った令和2年3月31日に建立されました。慰霊碑の前で、慰霊祭開始時刻を待つ関係者たち事故から丸77年を迎えた今日、事故現場の「列車事故殉難
加西市にある旧姫路海軍航空隊・鶉野飛行場の歴史を発掘し、語りつづける元気な82歳。私が市長時代、防衛省や財務省に働きかけて、飛行場跡地の払い下げの道筋をつけたのも上谷さんの活動がきっかけの一つだった。兵庫県には素晴らしい人材、凄い知財、農業やものづくりの技術などが沢山ある。それらを活かして新たな価値や魅力を創造し、地域を元気に、兵庫の明日を切り拓こう。https://sugoist.pref.hyogo.lg.jp/interview/uetaniakio#兵庫県知事選#上谷昭夫
誰かに伝えたい風景令和3年(2021)3月31日のどかな景色の中をローカル線が走る線路脇の小さな碑太平洋戦争末期の1945年3月、加西市網引町の国鉄北条線(現北条鉄道)に戦闘機「紫電改」が不時着した際、レールが破損。直後に走ってきた列車が脱線転覆して74人が死傷した。事故から75年経った昨年の3月31日に建立されました。あれから1年・・・・・20数名の人たちが慰霊碑の前に集まっていました。16時57分参列者が手を合わせている前を列車が
今日は、75回目の終戦記念日。加古川飛行場展に行ってきました。会場は、陸軍加古川飛行場跡に建つ尾上公民館。今回の展示は例年と違って子どもに焦点をあわせ、こどもたちの戦争体験の展示がありました。男子児童が一文字ずつ丁寧に書かれていることに驚きました。日記の展示で当時の様子がわかる貴重なものでした。分かりやすくパソコン文字に。。。親切な展示方法!鉛筆画家・永井氏の作品いつもは飛行機の画でしたが、今回は違った作品もあり
7月17日(金)何度も訪れた法華口駅。課題研究班グループと行く「鶉野飛行場跡・防空壕探検めぐり」。そのスタート地点が法華口駅でした。北条線・名物駅長さん法華口駅のボランティア駅長さんは上谷昭夫氏です。ボランティア駅長さんから駅舎の歴史を聞き、防空壕の案内をしていただいたことが昨日のように思い出されました。切符を販売していた場所が今は、パンの販売をする「モン・ファボリ」に。もともと駅員室を改装した米粉パン工房です。駅舎待合室の周囲のベン
4月7日(火)誰かに伝えたい風景のどかなローカル線が走る線路脇の小さな碑は太平洋戦争末期の1945年3月、加西市網引町の国鉄北条線(現北条鉄道)に戦闘機が不時着し、列車が転覆して74人が死傷した事故から75年経った3月31日に建立された「殉難の碑」です。「列車事故殉難の碑」事故日昭和二十年三月三十一日殉難者十二柱が眠る令和二年三月三十一日建之「鶉野平和祈念の碑苑保存会」理事で法華口ボランティア駅長も務める上谷昭
8月17日(土)毎年、この時期に開催される「夏季加古川飛行場企画展」に行ってきました。会場は「加古川飛行場」跡に建てられた尾上公民館です。つい先日発見された旧陸軍加古川飛行場などの写真10点が展示されるという貴重なニュースを聞きつけた人たちで混みあっていました。いつもは年配の人が多いのに、若い人たちも交じって熱心に見入っている姿を見て上谷氏の活動が若者にも広がってるなと感じ、嬉しく思いました。展示.1【貴重なアルバムの発見】
3月18日(月)課題研究班グループと行く「ローカル線でプチ旅」。目的地である鶉野飛行場跡・防空壕探検の下見に行きました。法華口駅を出発!防空壕探検の下見にGO!最初に案内していただいたところ。法華口駅からさほど遠くない場所にありました。坂道を上ると爆弾庫跡がありました。②姫路海軍航空基地跡の爆弾庫跡爆弾庫前の土をもってるのは、敵の目を欺くためのものだとか。。。城跡の土塁かなと思ったけど違ったわ。綺麗に整備されて
刀田山鶴林寺で催しされている「秋の特別展」へ行ってきました。『忘れてはならない戦争の記憶』播磨の三飛行場展とともに上谷昭夫氏の記念講演がありました。三飛行場とは(加古川飛行場・鶉野飛行場・三木飛行場)のこと。講演は兵庫県で最初に出来た陸軍「加古川飛行場」のお話でした。最初に昔、3月10日が陸軍記念日だったこと、5月27日が海軍記念日だったことの謂れから。。。1905年日露戦争の奉天会戦に日本の陸軍が勝利を得た日で,日露戦争の直後に制定され