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【病歴】2024年11月大腸がん(上行結腸ガン)発覚リンパ節肝肺転移のステージ42024年12月腸閉塞のため、ストマ増設手術コンベーション手術を目標にした抗がん剤FOLFIR+アバスチン開始予定が、術後感染にて敗血症になったため、抗がん剤延期2025年1月〜4月FOLFIRI2025年4月原発巣切除、ストマ閉鎖術2025年5月〜10月FOLFIRI+ベバシズマブ2025年9月造影CTにて、肝臓転移縮小、肺転移は変わらず、卵巣に影あり2025年10月手術を
は2024年7月に大腸癌(上行結腸癌)と診断されました。私の癌のこと、書いてみたいと思います。忘れてること、勘違い、思い込みなど、いろいろあるかもしれませんが、よろしくお願いします。こんにちは、のんとんです。2024年7月大腸癌と言われ、手術をしました。リンパ節や他の臓器への転移はなくステージ2と診断されました。仕事復帰し、日常が戻りました。さて、ダイエット生活も2ヶ月超えたところです。前回、ダイエットグラフを公開しました。が、iPhoneのグラフを作る機能を使って作ったグ
は2024年7月に大腸癌(上行結腸癌)と診断されました。私の癌のこと、書いてみたいと思います。忘れてること、勘違い、思い込みなど、いろいろあるかもしれませんが、よろしくお願いします。こんにちは、のんとんです。2024年7月大腸癌と言われ、手術をしました。リンパ節や他の臓器への転移はなくステージ2と診断されました。仕事復帰し、日常が戻りました。みなさん、ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたか。のんとんは、特に出かけもせず、ダラダラと過ごしました。さて、ダイエット生活を始
2024年7月に大腸癌(上行結腸癌)と診断されました。私の癌のこと、書いてみたいと思います。忘れてること、勘違い、思い込みなど、いろいろあるかもしれませんが、よろしくお願いします。こんにちは、のんとんです。2024年7月大腸癌と言われ、手術をしました。リンパ節や他の臓器への転移はなくステージ2と診断されました。仕事復帰し、日常が戻りました。さて、春の健診です。ダイエット生活を始めてから、6週間です。健診結果は1ヶ月後くらいだと思うんですけど、その場でわかる速報です。まず
2024年7月に大腸癌(上行結腸癌)と診断されました。私の癌のこと、書いてみたいと思います。忘れてること、勘違い、思い込みなど、いろいろあるかもしれませんが、よろしくお願いします。こんにちは、のんとんです。2024年7月大腸癌と言われ、手術をしました。リンパ節や他の臓器への転移はなくステージ2と診断されました。仕事復帰し、日常が戻りました。さて、4月は定期検査です。まずは、血液検査です。9時30分予約なので、8時30分に血液検査です。娘を学校まで送ったら、少し遅れて8時
めっちゃ筋肉痛な私だけどまだ大丈夫🙆♀️便利グッズ2つみつけましたビニールつければお湯で洗い物や洗濯ができました赤ちゃんのお尻拭きで手を拭いてます。テーブルも拭いて掃除してます。手足と喉の痺れはヤバい💦冷たい物➕糖質が喉ヤバいです💦食欲あります吐き気止めは明日まで良いのがでてるから…朝ごはん果物は息子に半分あげました息子の朝ごはん。食べたら研究室へ行きました…。大学4年生バタバタと忙しいみたいです。私ひとりで昼ごはんざく盛りフルーツヨーグルトは…甘いし冷たいか
母ががんであるという事を認識していない。それについて父と相談しました。緩和ケア施設に転院するにあたって、告知をしないことに無理が生じる可能性があるからです。しかし、母は歩行器で歩けるようになって家に帰るつもりの為、私たちから話さずに過ごせないか考えました。転院となり、数日様子を見ていましたが、緩和ケア施設の看護師さんたちは、そこで看取ることも多く、患者へ癌について語ったりすることは無さそうでした。ここは自然の流れに任せようということにしました。告知をしている事実はあるのだから、流
抗がん剤治療1クール目朝8時40分に到着。旦那さんとモーニング。始まったのは12時半頃でした💦吐き気どめ投与30分抗がん剤投与開始13時頃。腕を温めてもらいました🫶終わった頃から手の先に痺れと筋肉痛の身体の怠さがやってきました。急いで薬屋さんへその間にフライングガーデンへ息子と…食欲は有ります👍私。モリモリ食べました✨薬を受け取りコストコへ今日は1リッター145円。春日部のスタンドより3円安いダケでした。暫く吉川に居るので買い物を…ずっと気になってた麻婆チャーハン
2024年7月に大腸癌(上行結腸癌)と診断されました。私の癌のこと、書いてみたいと思います。忘れてること、勘違い、思い込みなど、いろいろあるかもしれませんが、よろしくお願いします。こんにちは、のんとんです。2024年7月大腸癌と言われ、手術をしました。リンパ節や他の臓器への転移はなくステージ2と診断されました。仕事復帰し、日常が戻りました。さて、晩御飯をしっかり食べる日のダイエット生活スケジュールです。4時起床7時15分出勤:家を出発8時半〜17時勤務時間1
さて、転院をするにしても、母には説明がいる。次の週末に母へ状況説明をすることに。わたしと父は告知を受けているという認識で母に説明を始める。今の状態(寝たきり、オムツ、点滴)では家に帰っても私たちでは世話ができないから、転院することになるよ。看護師の居る介護施設も考えたけど、ずっと通ってる◯◯病院の緩和病棟に入れないか聞いてるからね。ここならお父さんも歩いて様子見にいけるから、と説明しました。転院を希望している病院は普段からパーキンソンの定期診察にかかっている病院の緩和ケア病棟となりま
2024年7月に大腸癌(上行結腸癌)と診断されました。私の癌のこと、書いてみたいと思います。忘れてること、勘違い、思い込みなど、いろいろあるかもしれませんが、よろしくお願いします。こんにちは、のんとんです。2024年7月大腸癌と言われ、手術をしました。リンパ節や他の臓器への転移はなくステージ2と診断されました。仕事復帰し、日常が戻りました。3日坊主ダイエット、のんとんの場合をお話ししましょう。本にも、生活スタイルに合わせてアレンジ可能と書いてあるのでね。アレンジしますよ〜。
緩和的治療を行うと決まり、母への輸血が終了しました。飲み物が飲めない状態の為、点滴は継続しておりました。バイタルは相変わらず悪い状態。血圧が低く、血中酸素濃度も低いままの為、呂律がまわらず、受け答えがはっきりしません。そんな中、緩和治療となると、この病院には居られないということで、早々に施設内にある相談センターへ今後の相談をしてくるように看護師さんから強く指示されました。またこちらの相談センターも平日かつ要予約との事で、ケアマネさんにも付き添っていただきたいのでスケジュールを調整しました。
2024年7月に大腸癌(上行結腸癌)と診断されました。私の癌のこと、書いてみたいと思います。忘れてること、勘違い、思い込みなど、いろいろあるかもしれませんが、よろしくお願いします。こんにちは、のんとんです。2024年7月大腸癌と言われ、手術をしました。リンパ節や他の臓器への転移はなくステージ2と診断されました。仕事復帰し、日常が戻りました。さて、ダイエット方法です。タグ見て、おわかりの方もいらっしゃると思いますが、発表します。とある書店で、ダイエット本に出会いました。「
2024年7月に大腸癌(上行結腸癌)と診断されました。私の癌のこと、書いてみたいと思います。忘れてること、勘違い、思い込みなど、いろいろあるかもしれませんが、よろしくお願いします。こんにちは、のんとんです。2024年7月大腸癌と言われ、手術をしました。リンパ節や他の臓器への転移はなくステージ2と診断されました。仕事復帰し、日常が戻りました。お久しぶりです。4月に入りましたね。4月といえば…健診です。あれよあれよとどんどん大きくなったのんとん。何とかせねばと、3月からダ
緩和ケアを選ぶということ、その判断が良いのか、悪いのか、自分の中で落とし込めないまま、そう決断しました。医師から告知はどうしますかと聞かれ、立て続けに決めなくてはいけない事に戸惑いつつ、父は医師から説明してもらうよう依頼しました。医師が母に説明する間、父にもう一度自分を責めないよう伝えました。今回救急車を呼ぶ決断ができたから、貧血に気づき、癌であることも知ることができた。今日、もし家で血便を出していたら、輸血せずそのような状況になれば、母はどうなっていたかわからない。今回も命拾いしたん
寒暖差が激しい毎日まだ冬服をしまえず治療のため体調を崩す訳にはいかず🌸春になっても感染対策に全集中の毎日です【病歴】2024年11月大腸がん(上行結腸ガン)発覚リンパ節肝肺転移のステージ42024年12月腸閉塞のため、ストマ増設手術コンベーション手術を目標にした抗がん剤FOLFIR+アバスチン開始予定が、術後感染にて敗血症になったため、抗がん剤延期2025年1月〜4月FOLFIRI2025年4月原発巣切除、ストマ閉鎖術2025年5月〜10月FOLFIRI
健康診断から遠ざかっていたのは、母がパーキンソンとなり、体が動かなくなってきて、定期の診察以外に病院へかからなくなったからだそう。医師からお腹が痛いとか血便がでたりしていませんでしたか?と聞かれるも、便秘でお腹が痛くなることは稀にあれど、血便もなく、下痢もしていない。パーキンソンなので、便秘の症状が常にあったくらいで、食欲もありましたと伝えました。すると医師が、先ほど排便をした際に、大量の血便がでました。その為、また貧血の値が悪く、下がってしまった。今後の治療について、決めなくてはいけ
なかなか投稿できずにいましたが、変わりなく元気に過ごしていました【病歴】2024年11月大腸がん(上行結腸ガン)発覚リンパ節肝肺転移のステージ42024年12月腸閉塞のため、ストマ増設手術コンベーション手術を目標にした抗がん剤FOLFIR+アバスチン開始予定が、術後感染にて敗血症になったため、抗がん剤延期2025年1月〜4月FOLFIRI2025年4月原発巣切除、ストマ閉鎖術2025年5月〜10月FOLFIRI+ベバシズマブ2025年9月造影CTにて、肝臓
車の中で父へ連絡をすると、父はちょうど家に着いたところでした。病院から治療のことで話があると言われたから、行ってくるけどお父さんも行く?と聞くと行ったほうがいいだろうね、とのことで父を迎えに行き病院へ。入院フロアの待合室で待つと担当の内科医が来て、消化器内科の先生から話があると言われました。数分後PCを持った消化器内科の医師が来て、早速ですが病状について次のように説明を始めました。こちらに運ばれて、ひどい貧血であったので内科医にて輸血を行いました。貧血の為、体に血液を送り込もうとして
母は金曜日に救急搬送されて、月曜日の午後に一般病棟へ。入院していると急な呼び出しもなく、普段のペースで仕事が出来ることに安堵していました。翌日の火曜日、治療方針のことできてほしいと連絡が。仕事を中抜けし、父を迎えに行き病院へ。一般病棟に移ったので、貧血になった原因を突き止めるためにCTを取ったが、うまく映らないので、造影剤を使用したいとのこと。その承諾と一般病棟へ移ったのでそこでの入院についての説明を受けにいきました。面会をして良いとのことで、部屋に入ると便の臭いが。看護師さんが片付
父はその後、考えて、延命治療はしないでおこうと答えを出しました。私も、それに同意しました。処置室で呼吸器をつけながら、とりあえず1パックの輸血をしてもらいました。その間に3日間HCUで輸血を行い、その後一般病棟へ移れるか判断をすると医師から報告がありました。入院の手続きを行い、HCUに運ばれる様子を見て、しばらくHCUの前で待機し、輸血をしても母に変わりがない事が確認が取れたため、帰宅できることに。医師からはすこし安定してきた。これならなんとか希望が見えると言ってくださり、安心しました
何が起きてもおかしくない状態と言われ、延命治療についての説明を受け、延命治療がどういったものか説明をされました。まず、延命治療に心肺蘇生が含まれる事をはじめて知りました。脈や心臓が止まった際に、何もしない。それが延命治療をしないということ。そうなった際には治療や蘇生をしてもらい、その後の判断が家族に委ねられると思っていました。心臓マッサージがいかに患者にとって負担の大きいものか。延命治療で生き延びることが、患者にとって幸せとは限らないこと。もしかしたら意識は戻らないこともあり、家族に
血圧が35と見えた瞬間、思わず血圧35?!と言葉に出してしまいました。家を戸締りしながら、会社へ半休から休みに変更する旨電話をかけている最中に、救急車が出発のサイレンをかけ、救急隊の方が搬送先を教えてくれました。一連のやり取りを聞いていた上司が休みの旨了承してくれ、搬送先まで追いかけました。病院に到着し、一昨年の虫垂炎の際と同じフロアへ。待合に父が座っており、母は検査中との事。しばらくすると呼び出しがかかり、母の居る処置室へ。母に大丈夫かと聞くと、目を開けることなく、うんと一言。酸
実家につくと、母がベッドで漏らしたままの状態で寝ていて、服も濡れたままになっていました。このまま放置する父にも腹が立つのですが、そこは堪えて母に救急車呼ぶよ?良い?と聞く。父にもその旨を伝えると、ちょっと待ってくれと言われる。近所の目が、とか言っている場合ではない。母がここまで動けなくなる時は何か体に異常がある。一昨年の虫垂炎の際もそうだったし、今回はそれ以上に体が動かない。虫垂炎の際は救急車を断って、救急外来で受診した際、かなり待ち時間があった事。そもそもこの状態で週明けまでお父
待合に戻り父に、先生の言葉聞こえてた?先生入院させる気なんて無いよと伝え、今後どうすべきか話をしました。数分後、看護師が診察室から出てきて、案の定の回答。毎日夜中に母親がベッドから落ちて床に這いつくばって動けなくなる。動けないのにどうして床まで移動できるのか分からない状態であること。父が目を離したすきに、床に転がっているらしい。それは、せん妄の症状に近いし、毎日お父さんも大変だろうから一度ケアマネさんに連絡して相談してみることにしました。会計までの間に連絡してみると、インフルエンザの
定期検診の日、半休を取って朝実家へ。7時前に来てくれと言われたものの、私も仕事の準備や、犬2匹の世話をして出た為、5分ほど遅刻。実家に着くと父が洗濯を干しながら、待っていたんだけど!と声を荒げひとこと言うので、私もイラッとしてしまい、犬の世話して、洗濯してから出てるからごめんねと刺々しく返事。話題を変えようと今日も床で倒れている母の世話をし、着替えをさせてオムツをかえる。熱がないのかと聞くと、無いというので、父と協力して車椅子に乗せてあげる。床で這っているので、全身浮腫んで関節を動かそ
虫垂炎の退院後は、以前と同じく投薬とデーサービスをこなしつつ、たまに車で迎えに行きランチに行ったりしていました。このような日々をすごしつつ、徐々に体が動かなくなる時間が増えて行くのかなと、少しずつ覚悟をしていくのかなと思っていました。退院から一年、徐々に固まって行く筋肉と関節。それでも明るく過ごす母。声は若い頃のまま、記憶力もはっきりしている。動けなくなっていく身体にも、ネガティブなことは言わずに持ち前のポジティブさを炸裂させていました。しかし2025年の年末、回転寿司へいこうとラン
母は今年の1月に上行結腸がん、ステージ4と診断されました。その日のことは忘れられません。父の涙も初めて見ました。あー、ケンカばかりしてるのに、こんなに愛されてたのか、と母ではなく、私が実感しました。この診断までの記憶をこれから記します。主にこの2年間の出来事となります。どうぞよろしくお願いします。