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今回のテーマは小円遊と小円馬。三遊亭小円馬(1925.9.26-99.7.5)48年に四代目の圓馬に入門。50年に小円馬を襲名。その後お笑いタッグマッチ、末廣演芸会で人気に。99年73歳で亡くなった。妻は森信子秀子の秀子である。歌好きとしても知られておりレコードを2枚出している。お笑いタッグマッチ特集①小円馬のレコード小円馬のレコードである。日本全国酒飲み音頭でお馴染みのドリームレコードから出ている。サイン入りなのだが盤の方にちょこちょこっと控えめにされているのがポイントである。いか
某SNSに投稿されていた懐かしい写真。昭和51年頃の「笑点」メンバー。勿論、師匠(三遊亭圓窓)もいます。あの頃の私は、落研で落語の魅力にはまっていました。司会の三波伸介さん、「手を挙げて横断歩道を渡りましょう」の座布団運びの松崎真さんも含めたメンバーで、健在なのは林家木久扇(当時は木久蔵)師匠ただ1人になりました。圓窓師匠は、真打昇進して7年、36歳の頃。
5月30日木曜日〜その3P144の10月5日、三遊亭小円遊師匠の訃報に触れている。(写真)菊水丸コレクションのカセットテープ『マーキュリースターシリーズ艶歌十八番三浦布美子・小円遊』。
人生折り返し地点を過ぎると昔の記憶もどんどん消えて行ってしまうのでまだ覚えているうちに【キオクのキロク】として残していこうと思いますたしか昭和40年代の前半だったと思いますが箱根湯本の東の端の小田原市との境目に山崎(やまさき)という場所がありそこを通る国道1号線の下のトンネルを北に出てすぐ左にお狩場焼きの店があり家族で何回か行ったことがありますその店は中に入ると店員が太鼓をドンドンと叩き「お殿様のおな〜り〜」「お姫様のおな〜り〜」とお客の性別に合わせて迎え入れるのがお決まりのパタ
「スプーン一杯の幸せ」(1975)桜田淳子主演の青春映画をWOWOWオンデマンドで観ました。初見。監督は廣瀬襄。主題歌を歌う桜田淳子はコチラ。野外のお茶会で足が痺れて体勢が崩れたところを盗撮された17才の梅村乃里子(桜田淳子)とその親友たち。盗撮男は乃里子の高校に新しく赴任してきた国語教師福島(黒沢年男)でした。その写真がなぜかグラビア週刊誌に掲載されて、乃里子たちはご立腹。バドミントン部の彼女たちは、無断で撮影したペナルティを受けると言った福島にスマッシュ攻撃を食らわせま
1月22日日曜日〜その7立川談四楼著『文字助のはなし−立川談志を困らせた男』を読む。『笑点』の初代座布団運び役だった桂文字助師匠ならではのエピソードがP160〜161に書かれている。(写真)其処に登場するのが、三遊亭小圓遊師匠。私のコレクションには、前名金遊からの襲名手拭いがございます。
2023年が開幕しましたね。正月三が日を家族と過ごしましたが、めぐさんの「お正月あるある」の替え歌にたくさん思い当たるネコバスです実は私は本名で別のブログを開いていて、そちらでは主に言語、文学、哲学、宗教などの人文系のテーマでちょっとお堅い投稿をしています。こちらのネコバスブログでは音楽の話題を中心にそのとき書きたいことを自由奔放に書いているので、時期によってモーツァルトの話題に集中したり、シンガーソングライター丸山圭子さんの話題や、NiziUやK-popの話題に集中したりします。今はシン
三遊亭小圓遊さん笑点といえばこの方亡くなったときはショックだった中村梅之助さん『ご存知!遠山の金さん捕物帳』初めて観た時代劇かもしれません坂口良子さん『池中玄太80kg』の良子さんはカッコよくて素敵だった僕が年上好きになったのもこの人の影響かもしれませんねでは、またお逢いしましょう▼未だ・・旅の途中残日録ランキングそんじゃまたきんしゃい
ばったりへたばったりくたばったりしてるひも愛をちょーうだいー🎵おはようございます。昨日案の定森雪之丞とか書いたら珍しくつけめんの比率高めでした。涼しかったのに。三遊亭小圓遊師匠に似てると思っていましたがそうでもないかも。笑点でのキザなキャラクターの印象のせいかもしれません。歌丸師匠との掛け合い好きでした。本日の営業時間7:00〜9:4511:30〜14:30しょうゆ味の肉わんたんめん900円手打ちらーめんにも変更出来ます。味玉トッピングのしおらーめん850円ぱい
「笑点」の古い動画を見つけました。1975年頃のようです。笑点1975三波伸介司会当時の「笑点」youtu.be圓窓師匠もメンバーの一員として出演しています。それにしても若い!司会が三波伸介、桂歌丸、林家木久蔵、三遊亭圓窓、三遊亭圓楽、林家こん平、三遊亭小圓遊の各師に、座布団運びは松崎真。今から46年前の姿です。
注;ヒャドというのは、ドラゴンクエストにおける、モンスターにダメージを与える冷気魔法のことです。★冷道(ヒャド)を究めしものたち大滝ヒャド治(大滝秀治)しゅうじではなく、ひでじ。言わずと知れた名優。壊れたハーモニカとも評された甲高い声から唱えられるヒャドは、モンスターを一瞬のうちに氷漬けにしてしまう。「つまらん」と一喝された岸部一徳もみるみるうちに凍り付いたが、「久しぶりに、きれいな海ばみた」と語りかけられた高倉健は、途端に熱い涙を流し、辺り一面の氷を全て溶かし
おはようございます。今朝の岐阜美山は晴れ。日中はまだ暑いですが、朝晩は随分涼しくなりました。さすがに夜はエアコン要りませんね(笑)わたし、現在64歳。あっという間の64年でした。でも、当たり前ですが、こんなわたしにも若いときはありました。今は歳をとった人、誰にでも若い時代がありました。わたしが今も覚えているこの人と歌。フォークです。さてさて、この人はいったい誰でしょう?歌やフォークの世界とは、ちょっと離れた世界の人。現在76歳。この歌は1967年
娘は笑点がとても好きだ。もちろん落語も寄席も非常に好んでいてお笑いにはうるさい。そんな娘と笑点の話をしていると、私はどうしても「歌丸vs小円遊時代」を最高と思っていて、ついつい司会は三波伸介で、などと言っていた。実は、歌丸vs小円遊時代のバトルは、如何にYouTube時代の現在でも、ビデオ録画が登場する前の時代なので、ほとんど残っていないのである。しかしさすがにマニアな娘は僅かに残っている映像を見つけ出して、既に鑑賞している。そして的確な批評をしてきて度肝を抜かれた。「歌
人気演芸番組『笑点』の五代目の司会者・桂歌丸師匠が、慢性閉塞性肺疾患のため昨日お亡くなりになりました。享年81歳でした。謹んで桂歌丸師匠の御冥福を心よりお祈り申し上げます。合掌・・・。さて、桂歌丸師匠といえば『笑点』、『笑点』といえば桂歌丸師匠というくらいの方だったと思います。完全に『笑点』の顔という存在でした。昔は、今は亡き三遊亭小圓遊師匠とのケンカというか、掛け合いが番組名物の一つでした。ただ申し訳ございませんが、『笑点』はよく見てましたが、桂歌丸師匠や小圓遊師匠の高座については
桂歌丸さんが亡くなったと、娘に聞いて知りました。残念ですね。横浜出身で「横浜にぎわい座」の館長でもあったので、なおさらです。私、実は落語が大好きなのですが、とうとう歌丸さんの生の落語は聴きそこねてしまいました。残念です。笑点でも有名でしたが、私の世代ですとキザキャラの三遊亭小圓遊(こえんゆう)さんとの罵倒合戦が懐かしいです。若者は知らない。古い話ですな。小圓遊さんが亡くなって、もう38年ですって。天国で小圓遊さんと再会して、また罵り合ってますかね。それとも天国だから、仲良くし
テレ東2018.05.1221:00OA地元出身の出演者:熊谷真実、有村昆、阿佐ヶ谷姉妹----------------------------------------------------------------------「本当に住みやすい街大賞2017」でグランプリとのこと。「阿佐ヶ谷」ではなく「南阿佐ヶ谷」だそうだ。これ、どういうこと?駅の名前だね。地名だったら、阿佐谷南とか阿佐谷北だし。駅名には”ヶ”が入るけど、地名には入らない。JR阿佐ヶ谷駅の北口は駅前以外は
四代目三遊亭圓遊師匠の落語です。歌丸師匠のライバル(?)小圓遊師匠の師匠です。なんと一度廃業されてます。幇間をされていてその後に落語家に復帰なさっています。とてもにぎやかで明るい噺をされる師匠だったとか。お弟子さん(小圓遊師匠)が圓遊師匠より早く(圓遊師匠がお亡くなりになられる4年前に)亡くなられています。43歳という若さで…師匠、おつらかったでしょうね…〈花見小僧〉調べてみると「おせつ徳三郎」という噺の上(前半)ということです。こうやって小僧さんに
自分にとって「笑点」といえば三遊亭小圓遊。司会の三波伸介、レギュラーの桂歌丸、三遊亭円楽の時代が懐かしい。その笑点の現在の司会である春風亭昇太さんの「ほぼ日刊イトイ新聞」に於ける対談をここのところ大変楽しみにしていた。その中での「真似」と「コピー」の違いの話しが非常に納得できる話しであった。落語には「三遍稽古」というものがあって、師匠が弟子の前で話したのを聞いて覚えるらしい。今は音源を使って覚えるらしいのだが、それでは師匠の完全コピーになってしまって面白くない。模倣からの脱却が必要で