ブログ記事43件
3月下席(昨日)から、落語協会の春の真打昇進襲名披露興行が、鈴本演芸場で始まりました。今回は、全員が昇進と同時に改名(襲名)という珍しいパターンです。・柳家圭花改メ二代目華形家八百八・三遊亭ふう丈改メ二代目三遊亭円丈・柳家小はぜ改メ三代目柳家小はん・三遊亭伊織改メ三遊亭歌奈女・入舟辰乃助改メ八代目船遊亭扇歌感慨深いのは、昇進されたご本人ではなくて、学生時代の先代との接点を思い出します。先代の三遊亭圓丈師匠と柳家小はん師匠。圓丈師匠とは、2年生の時
仙台日帰りの翌朝、心地よい疲れの中で目覚めました。今日は何もしたくない。自宅でおとなしくしていようと思います。懐かしいなぁ・・・圓丈師匠です。◇「新寿限無」三遊亭圓丈落語の名作「寿限無」を圓丈師匠が別の味付けをしたものてす。ある夫婦に子供が生まれます。名前をえらい先生に付けてもらおうと、亭主は明治大学でバイオテクノロジーを教えているサイトウ先生の家へやってきました。先生は専門の学問分野から次々とめでたい名前をあげていきます。まず「酸素」。先生はいいます。「人間は酸素を吸っ
来春の落語協会の真打昇進者が明らかになりました。今回は以下の5人が昇進襲名するようです。■柳家圭花→二代目華形家八百八■三遊亭ふう丈→二代目三遊亭円丈■柳家小はぜ→三代目柳家小はん■三遊亭伊織→三遊亭歌奈女■入舟辰乃助→八代目船遊亭扇歌全員が二つ目時代から改名(襲名)するという、珍しいパターンです。しかし、古い名跡が復活するのは結構なことだと思います。この中で、個人的に感慨深いのは、先代の若手時代に接点があった
来春真打昇進の三遊亭ふう丈さんのX投稿。私事で大変恐縮でございますが、来年春の真打昇進にあたり、師匠、一門、おかみさんのお認めをいただきまして、前師匠の名前である三遊亭円丈を二代目として襲名させていただく運びとなりました。これからより一層精進して参りますので、ご指導ご鞭撻のほど何卒宜しくお願い申し上げます。噂では聞いていましたが、やはりそうだったんですね。先代が偉大なだけに、プレッシャーも大きいと思いますが、周囲から認められての昇進・襲名ですから、頑張って欲しいと思います。歴史の
「忍者戦隊カクレンジャー」を先日見終わりました。いや~スッゴく面白かった!そして何と奇しくも今年2024年は同作の放送30周年!!めでたい!!という訳で(?)本作の簡易感想や紹介・オススメなど書きます。自分が本作をオススメするのは主にこんな方。①ケレン味のある作風が好きな方②コミカル・ギャグ要素で爆笑したい方③型破りで自由な作風が好きな方④それでいて熱血要素やハードなシリアス要素も堪能したい方⑤忍者や妖怪といった和風モチーフが好きな方
あの白鳥さんが、と言いたくなる白鳥さんが、孤軍奮闘する師匠・圓丈さんについてアツク語るの、ヨカッタ白鳥さんの経歴、初耳でした↓学生の時は空手部と児童文学研究会に所属↓小説家になりたかったたけし軍団にも入りたかった↓古本屋で『びんぼう自慢』を見つけ落語を知る↓テレビで、円丈、、、圓丈落語を見る↓なんやかんやあって入門円丈さんの高座を聞いたのは一度だけでしたが、印象に強く残っているお方です。こうして音源取り上げても
晴天は今日までのようで、明日は雨という予報。今日は、落語っ子連の稽古会。電車の中で聴いています。◇「名古屋版金明竹」三遊亭圓丈先日の柳家小三治師匠に続いて、先年亡くなった三遊亭圓丈師匠。三遊亭円丈「名古屋版金明竹」youtu.be江戸弁の落語を、地方訛りに変えて演ずる方法は、地方出身の噺家さんがよくやっていますが、圓丈師匠のこの噺は有名?です。正直なところ、落語として楽しむのと違いますが、こういうものもあるということで。圓丈師匠には、二つ目時代のぬう生から圓丈を襲名して真打
今、乗りに乗っている三遊亭わん丈さん。そのわん丈さんが、「牡丹燈籠」の通しを口演するそうです。4月27日(木)18時より、池袋演芸場で。昨年秋の、学士会落語会での「双蝶々」の熱演を聴いているので、是非「牡丹燈籠」も聴いてみたい。わん丈さんの師匠は、一昨年亡くなった圓丈師匠ですから、大師匠は六代目三遊亭圓生師匠です。柳派などの隆盛ぶりに比べて、今や雲散霧消した感のある三遊派直系ですから、「お家再興」を期待しています。圓丈師匠のお弟子さんですから、新作と古典の両刀。とにかく頑張ってもら
懐かしい写真を見つけました。二つ目に昇進し、ただいまお披露目中の春風亭だいえいさん。昨日の末廣亭の高座で、昨年お亡くなりになった柳家小はん師匠から教わった「二人旅」を演ったそうです。「柳家小はん」師匠・・・・、そうなんだよなぁ。いつも着物姿で、派手な芸風ではありませんでしたが、玄人受けする上手い噺家さんでした。若い頃は、落研も大変お世話になりました。思えば、何度も仙台に来てくださりお世話になった師匠方が、昨年から立て続けに鬼籍に入られて・・・。柳家小三治師匠、柳家小はん師匠、三遊亭
去年の今日、柳家小三治師匠がお亡くなりになりました。亡くなってもう1年。この間に、小三治師匠と同時期に活躍された三遊亭圓丈師匠、柳家小はん師匠、三遊亭金翁師匠、そして我が三遊亭圓窓師匠も亡き人になってしまいました。落語界も世代交代が進みます。
「東京かわら版」の三遊亭圓丈師匠追悼特集に、三遊亭圓生一門で、唯一人健在の兄弟子の圓窓師匠の追悼コメントを読みました。圓丈師匠(当時ぬう生)の”脱走(廃業)'騒動の裏話。この話は、かなり以前の、例の圓生襲名騒動の頃に、稽古の時に圓窓師匠から、問わず語りに聞いたことがありました。圓生一門では、八代目春風亭柳枝が亡くなって移門して来た圓弥師匠が確か5番目、圓窓師匠が6番目、圓丈師匠は7番目か8月番目のお弟子さんだったはずです。勿論、惣領弟子は五代目圓楽師匠です。私の圓丈師匠の思い出は、真打
「東京かわら版」6月号は、昨年11月に亡くなった、「三遊亭圓丈」師匠を特集して、少し分厚くなっています。圓丈師匠が亡くなって、もう半年になるんですね。圓丈師匠の落語界への功績は、演芸のバイブル「東京かわら版」が特集するくらいですから、言わずもがなというところです。新作落語中興の祖、今の新作落語の礎を築いたのは圓丈師匠だと。これから、恐らく、圓丈礼賛ばかりの記事を読もうと思います。この写真は、1978(昭和53)年5月、我が落研創部20周年記念での、師匠の六代目三遊亭圓生師匠が、三遊亭ぬ
落語協会のお触れ。昨年の三遊亭圓丈師匠のご逝去に伴い、門下の二つ目のお弟子さん2人の「移門」が発表されました。ふう丈さんとわん丈さん、いずれも兄弟子の天どんさんの門下に。こういうのを「移門」と言うんですね。
令和三年最後の寄席へ(落語協会)久しぶりの池袋演芸場。テケツ売り場様相が変わっていた。前座:三遊亭ごはんつぶ:「牛褒め」三遊亭青森:「粗忽長屋」設定が目新しいけど、此のところ毎晩小さんの「粗忽長屋」聴いているので・・・・。三遊亭丈二:漫談「セマルハコガメ」風藤松原:漫才柳家喬之助:「出来心」金原亭馬遊:「垂乳根」柳家小ゑん:「悲しみは埼玉に向けて」圓丈の名作をトリビュート。何か泣けてくる。弁財亭和泉:「女の鞄」春風亭一之輔:「掛取り」年の瀬
カクザン:先月亡くなられた三遊亭圓丈師匠の追悼企画も今回が最終回となります。今回の演目は古典落語ですね。テガタ:さよう。圓丈師匠といえば新作落語ということになっておるが、実はこの師匠、古典落語で師匠の三遊亭圓生師に認められて抜擢真打となったという、意外な(w)過去があるんじゃ。なので、ワシはどうしても、圓丈師匠の古典落語がどんなものなのか、観ておきたくなっての。苦労して、やっと、その高座にめぐり逢えたときの演目が「居残り佐平次」というわけじゃ。カ:貴重な高座なんですね。都内寄席のしくみについ
カクザン:今回ご紹介いただく高座ですが、タイトルが凄いですね。「ランボー怒りの脱出」、いったいどんな噺なんでしょうか?テガタ:新婚間もない頃、上京する機会が結構あってな。そのたびに嫁さんと寄席通いをしていた時期があったんじゃ。今回紹介するのは特に印象に残っている「爆笑落語会・トンデモ落語会」での一席。この落語会は元は「放送禁止落語会」という名称だったらしい。立川流の噺家さんを中心に毎回、新作のネタ下ろしを行うのがルールという、圓丈師匠が喜びそうな変わった落語会じゃ。ワシらが行った日は三遊亭新潟
カクザン:いよいよ圓丈師匠の生高座ですね。テガタ:しかもトリは、その日のいわば主役。持ち時間が一番長いんじゃ。どんな新作落語が聴けるのかとワクワクしておった。最初にいくつかのマクラが振られたあと、なんといきなり書類を整理するためのファイルを懐から取り出した。そこには1番から20番までの番号がついた紙が挟まっており、それぞれに短い落語の演目が書かれておった。今夜はお客さんがリクエストした番号の落語を順番にやっていこうという。なんじゃそりゃw圓丈「さあ、それでは参りましょう!!」客「◎◎番
カクザン:テガタさんに先日お亡くなりになった三遊亭圓丈師匠の思い出を語っていただいております。圓丈師匠の高座を生でご覧になったこともあるんですよね。テガタ:もちろんじゃが、圓丈師匠を生で観たのはだいぶ後のことでな。場所は東京の池袋演芸場じゃった。あの寄席は客席数が少なく、高座と客席との距離が近くてな。入りの悪い日には寂しいこともあるが、盛り上がった日にはこんなに面白い寄席はないというくらい素敵な空間になるんじゃ。当時のプログラムは大事に取ってあるぞ。演目はワシがメモしておいたものなので間違いも
三遊亭圓丈さん、心不全のため死去76歳新作落語の名手として活躍(オリコン)-Yahoo!ニュース落語家の三遊亭圓丈さん(本名・大角弘)が亡くなっていたことを5日、一般社団法人落語協会が発表した。76歳。葬儀は近親者のみで執り行われた。news.yahoo.co.jp圓丈さんとは地元が同じだったので、親近感を持っていた。直接お会いしたことはないけど、ご実家の写真館で(現在は閉店)、子供の頃に家族写真を撮ったことがある。ドラゴ
○昭和38年朝日新聞刊6巻にわたる大部の著作です。昭和史研究の基本研究の一つです。これと「西園寺公と政局」「昭和史の天皇」は、いずれも小説ではなく、学術的なものなのですが、複雑な昭和史の全体像がなんとなく見えてきます。○高木惣吉海軍少将1893-1979海兵43期○山本五十六海軍中将(当時)1884-1943海兵32期●真珠湾やミッドウエー作戦は余りに投機的すぎるという批判をよく耳にしますが、戦闘に投機的要素のないものはありません。それに何十年という歳月にわたる演習や図上演習を冷
落語家の三遊亭圓丈師匠が亡くなられたというニュースがありました。先月末のことだったそうです。そこで、急きょゲストをお迎えし、圓丈師匠の落語の思い出について語りたいと思います。ゲストはカクザンの将棋の師匠でもあるテガタさんにお越しいただきました。カクザン:テガタさん、ようこそおいで下さいました。テガタ:こちらに呼んでもらったのは2度目じゃな。カ:テガタさんは落語にもお詳しいそうですが、圓丈師匠のファンだったそうですね。テ:ワシが三遊亭圓丈という噺家を初めて知ったのは高校生の時でな。毎週
1981キンチョウマット三遊亭圓丈1944~2021カッカッカッカッ掛布さんかにきくものはなんでしょう?
この方ももっと評価されてしかり😏《関連記事》300本を超える自作を発表し、『新作落語のカリスマ』と呼ばれた落語家の三遊亭円丈(本名・大角弘)さんが11月30日、心不全で死去した。76歳だった。告別式は近親者で済ませた。喪主は妻、ユリ子さん。愛知県出身。1964年、六代目三遊亭円生に入門し、1978年に真打ちに昇進した。子供時代に食べた菓子への熱い思いを語る『グリコ少年』、東京の北千住駅を発車する下り電車を描写した『悲しみは埼玉に向けて』、なぜかわからないまま死刑にされる男が主
物凄くショッキングなニュースでした。三遊亭圓丈師匠の訃報です。11月30日午後3時5分、心不全のため東京都内の病院で死去した。76歳だった。1964年、六代目三遊亭圓生に入門。「ぬう生」を名乗り、78年に真打ちに昇進、圓丈に改名した。グリコ少年/三遊亭円丈■第十一回『実験落語neo~シブヤ炎上まつり2018~』(2018年7月5日開催)出演:三遊亭円丈/柳家喬太郎/立川談笑/玉川太福/笑福亭羽光主催:CBGKシブゲキ!!www.youtube.com「グリコ少年」など、古
第89回毎日落語会「市馬がゆく11~柳亭市馬独演会~」中電ホール見事な話芸を聴かせていただきました舞台の市馬師匠と自分の間に”道”のようなものがあって、こっちにいらっしゃいと言われているような錯覚に陥りました市好さんは岐阜県坂祝町の生まれ、愛知大学落研出身名古屋の落語会に市馬師匠と一緒に来られることが多いです初めて聴いたのは何年前だったか当時と比べて格段に上手くなっておられてビックリえぇっと…上手いというのは上手く喋るというのではなくて…その世界に観客
テレ朝news@tv_asahi_news【速報】落語家の三遊亭圓丈さん(76)が死去新作落語で人気https://t.co/thR32im9S82021年12月05日13:33三遊亭円丈落語コレクション9th楽天市場2,096円三遊亭円丈落語コレクション7th楽天市場2,096円落語家の通信簿(祥伝社新書)[三遊亭円丈]楽天市場924円
九代目春風亭柳枝さんの昇進襲名披露も、コロナ禍の中ではありますが、浅草演芸ホールでの披露が粛々と行われているようです。こういうおめでたい興行や口上の様子を見て、ちょっと胸が痛む思い出があります。口上で、本人や師匠や協会幹部の師匠方が並びますが、必ず、縁起物として立派な後ろ幕も披露されています。写真では、柳枝さんの後援会から贈られた、名跡に因んで、枝の太い松の絵柄の幕が掲げられています。・・・あれは今から40余年前のこと。懐かしい写真-乱志&流三の落語徘徊昨日が、六代目三遊亭圓生師
ここで紹介する以外にも、桃月庵白酒くんなども本を出しています。最近、纏めてドーンと咄家の本が出ましたネ。友人に借りたり、自分で買ったりして読みましたので紹介します。水樹ねこさん!ありがとうございます。【五街道雲助悪名一代】雲助師匠の自伝です。幼い頃、母親に手を引かれて寄席に通った話に始まって、明治の落研時代の話。更に、馬生師匠に入門するまでの波乱万丈の青春期。そして、前座、二つ目、真打と、周囲の交友関係を、如何に広げて来たか?言い換えると、常に周囲に好かれる雲助師匠
元々は、地下の“のげシャーレ”という定員135席のホールを使っていた会でしたが、今回からは、地上の芸能ホール定員375席に移動しました。ホールの2/3;一階席だけでも埋まるかな?と思いましたが、結果、地下と人数は、何も変わらず。かなり閑散としていました。そんなコアな百栄ファンが集まった会は、こんな内容でした。1.たらちね/きょう介前座に戻って二回目のきょう介さんでしたが、なんだろう?無難に纏める為なのか?途中をカットして進むのです。まず、お茶碗と箸の音で
前回、2月の公演が1回目かと思ったら、あれは前夜祭でこれが一回目だった。整理券を配るから17:45開演だけど、その二時間以上前の15:30に行く。すると、既に整理券は配られていて、14番目!!おいおいマジかよぉー前身の無限落語時代なら、まだ配ってもいなかったはずなのに、凄い人気だ。そんな、第一回目の落語会「にゅ」は、こんな演目でした。・三遊亭ふう丈…紙切り師弟物語・開会トーク・三遊亭粋歌…コンビニバイト・古今亭駒次…養子やくざ・柳家小ゑん…改「粗忽の釘