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三穂の会という宗教団体の教祖で三穂希祐月さんと言う昔の霊能者の番組をたまたま見たら凄い自分と境遇が似てると感じた。この三穂さんは38歳で信仰心もなく修行もしてないのに超能力霊能力に目覚めても2~3年は受け入れられずやりたくもなかったけど霊波で病気直しや霊視で沢山の人を救う事になったと、霊能者なんて最初やりたくもなかったと。何故自分が目覚めたのか分からないと。とっても私と似てる。私が超能力のような物に目覚めたのは明確に死にかけた線維筋痛症の大病の後だからその点は違うけど。
少し前、Twitterのアンケートに「誰に(創価学会について)洗脳されたか」のアンケートで一番多かったのが「親」だった。私は創価学会について後から入会なので先に入会した母からの洗脳はほぼ無いと思っていたが、フォロワーさんの「子は親を選べない」との一言でふと、過去に思い当たる事があった。私間違いなく「親に洗脳された」と言えるのが美穂希祐月(みほきゅうげつ)の教えだろう。両親の離婚後、妹の友達の母親経由で(後に母親同士不仲になる)小1になると美穂希祐月の「みほのやかた」と言う岡山が主軸の
本当は最初の記事の次に体験発表の原文そのまま記載しようかと思いましたが、去年、怒りと勢いで創価断捨離で捨てたかも知れません。悔しい。だけど最初の出だしは私が6歳の頃、両親が離婚、その後、色んな宗教を経験してた気がします。こんな感じだった気がする。両親離婚前の6歳くらいまで父方経由で元は法華講員でした。(後日話したい)離婚後、小1になると美穂希祐月(みほきゅうげつ)と言うお婆さんの岡山が主軸の宗教に母は入ってよくついてきた✋(これも後日話せたら)20歳の時、高校時代の担任の先生
標高1076mの玉置山の山頂付近に鎮座する神社。ユダヤ三種神宝が黒潮ラインから紀伊山地の山奥に隠された。『タマ・キ』は、それで『玉を置いた』という伝説がある。スサノオに関係する『熊野』の名残が物語っている。その後、四国の剣山に密かに移されたそうだ。修験道の修行の場としても知られ、著名な方々がこっそりと訪れる最強のパワースポットだそうです。「三度、詣りなさい!」とか、散散「国事や日本の為に役立つ事にご縁のある方しか参拝できない神社で、呼ばれていない人はお参りできない」と聞
三穂希祐月と三穂の家(14)平成八年八月九日午後二時三十分天の岩戸開き祈願神事二、天の岩戸開き祈願祝詞之の神殿に神鎮まり座す掛巻くも綾に恐き大国常立大神の宇豆の大前に斎主三穂希祐月伊慎しみ敬ひ恐み恐みも白さく日に異に蒙り奉る大御惠を畏み奉り日を経る程に二度目天の岩屋戸を開き給ふ奇しきに妙なる時節の巡り来ぬれば身も魂も引締り感激も新に恩頼を蒙り奉りて御前に御饌御酒を始め海川山野の種々の多米津物を捧げ奉りて称言竟へ奉らくを平らけく安らけく聞食し相諾ひ給ひて今の
感謝と反省今日のテーマは、『魂の洗濯』。これも三穂先生に、若かりし20代の頃に、その方法を教えていただいたものです。魂なんか洗えるの?と思うかもしれませんが、洗えるのです。洗剤の代わりのツールもあります。それが、反省と感謝です。(私の身についているかどうかは、あやしいものですが…)。師の言葉を借りると、「まず、反省。反省して間違いに気づき、意識、行動を改めることで、それ以上魂を汚さないですむ。そしてすべてのものに感謝すること。そうすれば、生きているのではなく、生かされてい
こころは道具!使い方次第最近、ずっと思い悩むことが続いていた。人生の師(三穂希祐月先生)に、25年前に教わった言葉が、久しぶりに脳裏に浮かんだ。「人間は、恕(ゆる)す心をもったとき幸せになる。それは愛そのもので、愛とは生命の本体そのままであることに、人間は気がついていないのである」そうか!生命の本体である我々の魂は、存在自体がすでにゆるしっぱなしの状態であること。怒りや恨みなどの感情は、心であって自分の本質ではない。心はあくまでも道具。使い方でいかようにも都合のいいように働
三穂希祐月と三穂の家(8)三穂希祐月(※祐は正確には示に右)神様は縁故、弓月君から本名岡民子に三穂希祐月と命名したようです。そういえば「国宝第1号の弥勒菩薩は岡家の先祖が所有していたのよ。」と講演会で言ってたような.....更に神名はイザナギのツルギのミコト。通称、賀陽町と呼んでいる三穂の郷にはミロクの世の雛型としてシャローム(平安京)、国技である相撲道場、.....等が建設されています。
三穂希祐月と三穂の家(6)三穂先生は「神様から三穂の家の『家』を『やかた』と読ませて頂ける許しを得たのは此処だけです。」と日月会でおっしゃってた。更に重要な証に、神様(瑞霊真如聖師)から十曜紋を許されている点です。この神紋だけは、他のいかなる神業団体も用いることが許されない点です。霊界物語に示されているカラーです。十色です。真ん中の『○には十』も描かれていて紫の色であります。大本三派の中で私の記憶では、カラーの十曜紋は愛善苑でしか目に
三穂希祐月と三穂の家(5)『たいげんきょう』と読みますが『おおもときょう』とも読めますね。三穂希祐月氏の師が岡本秀月氏でもあります。『三穂の家』での祝詞のご神号に大元皇大御神とあります。『三穂の家』主催する大祭にて演じてた岡本秀月氏扮する浦島太郎と三穂希祐月氏扮する竜宮城の乙姫が印象的でした。これも竜宮界の雛型経綸だったのでしょうね。岡本秀月先生のご葬儀①2010年2月13日に秀月先生が帰幽され、16日にご葬儀が執り行われました。両角先生
三穂希祐月と三穂の家(4)三穂希祐月氏は岡山の御土産(おみやげ)名物、お伽噺・桃太郎の『黍団子』を「吉備丹後のことですよ、これからは「吉備丹後の経綸」が重要になって来ますよ!」と言っていました。水火(きび)、つまり言靈による雛型経綸の言い伝えです。古事記で百番目に登場される神様が須佐之男命です。『百』と『桃』は同意語で、『モモ』太郎伝説とは救世神業の経綸を暗示した預言だったのですね。記紀神話から漏れた事柄が数々のお伽噺、昔話、童話、民話、かごめ
三穂希祐月と三穂の家(2)出口王仁三郎聖師から昭和26年末より大本裏の経綸に奉仕した泉田瑞顕の自宅があった場所が遥照山です。山陽自動車道の鴨方I.Cからのアクセスになります。大本裏神業を『皇道赤心会』の泉田瑞顕から裏の大本『三穂の家』三穂希祐月が引き継ぐ事になったのです。泉田瑞顕は昭和天皇崩御後に亡くなります。
http://blog.livedoor.jp/divinelight777/archives/51605941.htmlより俺自身ちょっと驚いているのだが、この本ブログの検索キーワードトップが「三穂希祐月」となっている・・・。アクセス解析で調べて見ると、このキーワードで彼女の現在の本拠地である岡山県から北海道や東京都、日本全国からこのキーワードで本ブログにアクセスが来ている。中にはなんと、NHK内の端末かららしきアクセスも認められた。三穂希祐月さん。覚えていらっしゃる方は