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G1クライマックスを制覇した大岩大岩陵平、ヘッドロックというプロレスの最も基本的で古典的な技を定着させました。これは非常に興味深いですし嬉しい。日々新しい技がどんどん誕生していますが、個人的に「既存の技を復活させてもいいのに」という思いがあります。最近だとウルフアロンのパワースラムに狂喜しました。オリジナルであることは確かに素晴らしい。でも既存の古典技を磨いていくのもジャンルの進化につながると思っていますので、ウルフがパワースラムを使ってくれて嬉しかったです。大岩のヘ
https://ameblo.jp/asuz0605/entry-12622672154.html『三沢革命はなぜ起こったのか!?120』「馬場さんが亡くなられたそうなんですけど、何か聞いてますか?」「嘘だろ!?」「いえ、確かな情報筋からの確証も得ましたので、まず間違いないです」「…それでか…い…ameblo.jp今年のG1も4強が出揃い、決勝トーナメントのカードが決まったね。Aブロック1位の辻vsBブロック2位の上村、Aブロック2位の大岩vsBブロック1位のカラム。https://
その昔、アントニオ猪木、ジャイアント馬場と連続の挑戦を退けたドリー・ファンク・ジュニアの追悼グラビアももちろんあります。聖地・後楽園ホールで制御不能な戴冠!?遂に内藤哲也がプロレスリング・ノアの至宝『地球規模の崇高なる王位』を奪取し団体の舵取りすらしそうな勢いの中、背表紙には創始者である三沢光晴さんを使った広告が載っている週刊プロレスは絶賛発売中!!
©ベースボールマガジン社表紙は、ノアのGHCヘビー級王座を戴冠した内藤哲也。コンディションについていろいろ言われますけど試合が面白ければ別にいいんじゃないかと私なんかは思いますねー。新日本8・6後楽園〜8・8横浜G1公式戦は全試合追ってますが個人的には圧倒的にAブロックが面白いです。Bは海野がいればまたちょっと違ったかもしれないですけどねー。今大会でドンドン良くなってると思うのは大岩。両国での準決勝、楽しみにしてますぜ~!NO
https://ameblo.jp/asuz0605/entry-12622410341.html『三沢革命はなぜ起こったのか!?119』1999年2月1日、それは普段となんら変わらぬ、ごく普通の朝だった。いつもと同じように目を覚まし、いつもと同じように身支度をする。そして、いつもと同じよう…ameblo.jp「昔は良かったのに、今はダメだ」なんて言うつもりはない。でもね、今の人たちにはもうちょっと真剣に過去と、歩んできた歴史と真摯に向き合って欲しい!特にメジャー団体には、「それがで
私の中の「あの頃マスクマン」のひとりザ・コブラ。語り尽くされた感はありますが少し振り返ります。初代タイガーの引退と重なってしまい、急遽、後釜後継者早くも登場!かと持ち上げられてしまう。そしてファンに求められた完成度のレベルが上がってしまうも達してないぞと残念な受け入れられ方となり、悲劇のマスクマンの裏愛称が。実際は6月26日のメキシコ・エルトレオでのジョージ高野、グラン浜田、マノ・ネグラ対アブドーラ・タンバ、ドクトル・ワグナー、スコルピオとの試合を最後に、先に4月からカ
三沢タイガーのタイトル歴(挑戦含む)を振り返ります。ジュニア・ヘビーを含めタイトルマッチに縁が無く5年9か月の中でほんとに僅かしかありません。ジュニアで3試合ヘビーシングルで2試合(載冠無し)ヘビータッグで2試合計7試合です。1985年6月21日日本武道館インターナショナルジュニアヘビー級選手権1/60○王者:小林邦昭(11分29秒フィッシャーマンズスープレックス)●挑戦者:タイガーマスク自身初のタイトル挑戦で黒星、そのまま2か月ほど休場。1985
三沢タイガーのタッグマッチは6人タッグを含め758試合。タイガーのキャリアのほとんどはタッグマッチです。数字的なことを言えば9割以上です。タッグを組んだ選手を数えると・・・日本人28名外国人6名の計34名のレスラーたちです。今回はそんなタッグパートナーを振り返ります。☆第1位ジャイアント馬場105回(1999年死去)84年1回85年12回86年23回87年44回88年19回89年1回90年5回毎年必ず馬場さんと組んでいた三沢タイガー
https://ameblo.jp/asuz0605/entry-12622272892.html『三沢革命はなぜ起こったのか!?118』全日本初の東京ドーム大会で三沢を破って三冠王座を奪取した川田は、初防衛戦で小橋に敗れ、それ以降、公の場でコメントをしなくなっていた。小橋の新時代宣言、欠…ameblo.jpGAORAで全日本プロレスの7.25神戸大会を見たんだけど、やっぱり大型外国人のいない全日本プロレスはどうにも物足りない。いつもながらだけど、これはあくまで私の個人的な感情だ
https://ameblo.jp/asuz0605/entry-12621954243.html『三沢革命はなぜ起こったのか!?117』1.15横浜大会は異例の大ヒット興行となった!カード発表以降、順調な滑り出しを見せたチケットの売れ行きが、日をおうごとに勢いを増していく。相次ぐ問い合わせ…ameblo.jp現代プロレスは軽量化が進み、ジュニアとヘビーの階級の垣根が取っ払われたことで、日本人にとってはプロレスラーになる夢を実現しやすくなり、その敷居は低くなったといえる。また、
日本人との対戦歴ベスト5を振り返ります。デビューから3年ほどは維新軍が全日本プロレスに在籍していたので対決抗争がそれなりには続きました。天龍革命が87年に始まり決起軍として対戦回数も結構ありましたが、個としてのライバルが居ないこともあり地方巡業では消化試合としか言いようがないものが多くそれが日本人対決のランクにも出ちゃってるかなって思います。☆第1位小林邦昭139回(2024年死去)85年78回86年45回87年16回シングル対決4回(1勝1敗2分
外国人のマスクマン&メキシカン対戦を振り返ってみます。まずはマスクマンからエル・エヒプシオ(69歳)84年の暮れ最強タッグ戦に来日対戦。場違い的な重鎮レスラーとの6人タッグに駆り出されいつもジョバー役でした(11回対戦)ブラソ・デ・オロ(2017年死去)とブラソ・デ・プラタ(2021年死去)の兄弟85年のひとシリーズだけでしたが対戦回数は10を超えました。ミル・マスカラス(84歳)86年新春のシングルマッチの印象が強いですが85年の秋にも数回対戦
8/5※ドリー・ファンク・ジュニア氏のご冥福をお祈り申し上げます。シングルマッチ対戦回数ベスト3外国人レスラー編、そしてその他のお前誰やねん的な外国人選手との対戦を振り返ります。☆第一位ラ・フィエラ5回(2010年死去)デビュー戦の相手を務めたラ・フィエラ2代目タイガーマスクの方向性がまだ定まっていない黎明期、次のシリーズも来日し軒並みシングル戦の相手を務めました。結果的にこの展開から抜け出した日本人を含めたライバルが出現することなく平凡的なレスラーが第一位となっ
今回は対戦相手の統計を振り返ります。三沢タイガーと対戦した選手の数は外国人レスラー113名日本人レスラー37名計150名対戦回数ベスト5外国人レスラー編、そしてその他の大物外国人選手との対戦回数を振り返ります。☆同率第一位ダイナマイト・キッド42回(2018年死去)84年4回85年23回89年6回90年9回内シングルマッチ1回☆同率第一位デイビーボーイ・スミス42回(2002年死去)84年4回85年23回89年
PART1に引き続き三沢タイガーの負け戦歴を振り返ります。今回はタッグマッチ編1986年3月7日浜北市体育館○長州力、寺西勇、アニマル浜口(16分5秒反則勝ち)●タイガーマスク、石川敬士、ジャンボ鶴田フェンスアウト裁定の無い全日本における反則裁定は基本レフェリーへの暴行等、暴走行為がメインになるので後日の7対7対抗戦シングルマッチへの布石として筋道を作った感じでしょうか。やはりプロレスというのは過程が大事なのでシリーズが終盤になるにつれ盛り上げていかなければいけません
https://ameblo.jp/asuz0605/entry-12621598121.html『三沢革命はなぜ起こったのか!?115』今になって振り返れば、週刊ゴング編集部から編集企画室への異動は、私にとって決して悪い話ではなかった。というのも、週刊誌作りというのはとにかくサイクルが早す…ameblo.jp最初に異動を言い伝えられたときは、正直、ショックだった。それは自分の天職と信じて疑わなかった全日本プロレス担当という職を、他人の指示によって奪われてしまったからだ。ところ
https://ameblo.jp/asuz0605/entry-12621290362.html『三沢革命はなぜ起こったのか!?114』いろんな思いが駆け巡るなか、とにかく三沢さんに報告しなければいけない。そう思った私は、すぐに携帯を手にとって連絡をした。「スミマセン、自分、編集企画室への異…ameblo.jp日テレジータスで『小橋建太の剛腕スカウト〜FortuneDreamへの道〜』なる番組がスタートするらしい。これは小橋さんが全国のプロレス団体に直接出向いて、実際に自分の
初代タイガー試合結果調べから始まったこのサイトもザ・コブラ、2代目タイガーマスクを含め3選手をクローズアップしてきました。この3選手の記録的な部分をさらに深堀りし記憶にも残るページを増やしますのでしばらくお付き合いください。3人で半月から1か月はネタが続くかな(笑)まずは戦歴が最近だった2代目タイガーマスクから進めていきますか。1984年8月から1990年5月まで5年9か月という3人の中では一番活動期間が長かった三沢タイガー。戦歴も832戦して460勝248敗119
格闘技を生で見たことある?▼本日限定!ブログスタンプ三沢光晴(みさわみつはる、1962年6月18日-2009年6月13日)は、日本のプロレスラー。本名、三澤光晴(読み同じ)。1981年に全日本プロレスにてデビューし、同団体のトップレスラーとして活躍した後、2000年にプロレスリング・ノアを旗揚げした。最近は女子プロレスラーの美女同士に華やかな格闘に酔いしれております。弱い私はお化けだって退治してくれる強い女性も好みのタイプとしてTipsしてます。
三沢タイガー戦歴おまけスーパーパワーシリーズ開幕戦でいきなりマスクと決別した三沢光晴。第2戦ではマーク・スカルパなるジョバー的レスラーとのシングルマッチでした。1990年5月16日(水)90’スーパーパワーシリーズ第2戦愛知・田原町総合体育館30分1本勝負○三沢光晴(8分15秒体固め)●マーク・スカルパタイツもまだタイガー仕様です。翌17日広島大会は小橋と組んでアジアタッグの防衛戦1990年5月17日(木)90’スーパーパワーシリーズ第3戦広島・広
三沢タイガーマスク遍歴「ラストビクトリー」総括見やすい画像がままあったおかげかラストビクトリーは8枚カウントしましたがミラーゲジやオレゲジも資料さえあれば実はもっと亜種を見つけれた可能性はありますね。ここまで紹介した7枚を左上からA~Gとして羅列しました。下段一番右はラストマッチのものですがFと同様にも見えますし違うようにも見えます。このラストマッチマスクは闘道館で2010年に販売されたようです。ただスーパーパワーシリーズ最終戦の控室に置かれたマスク
本日はアルバイトでした💦こんなわけで【レベル4大雨危険警報】富山県・朝日町に発表03:45時点(TBSNEWSDIGPoweredbyJNN)-Yahoo!ニュース気象台は、27日午前3時45分に、レベル4大雨危険警報を朝日町に発表しました。東部では、低い土地の浸水や河川の増水に厳重に警戒してください。【大雨警報(発表中)】■高岡市●レベル2大雨注news.yahoo.co.jp未明のレベル4危険警報県東部で大雨と土砂災害黒部市と入善町で観測史上最大の1時間降水量
三沢タイガーマスク遍歴56枚目「ラストビクトリーG」使用時期:1990年4月13日1990年4月13日日米レスリングサミットブレット・ハート戦で使用された一枚。額のランプがビクトリーパーツに重ねっているのが特徴
三沢タイガーマスク遍歴55枚目「ラストビクトリーF」使用時期:1990年3月~4月3/30富山大会4/9岡山大会チャンピオンカーニバルシリーズを戦い抜いた1枚先のエキサイトシリーズのものと牙の形状などに違いあり。シリーズ途中の日米レスリングサミットはまた別マスクなのよね次回紹介。
三沢タイガー戦歴1990年4月15日~4月19日5戦(計831戦)4月15日(日)90'チャンピオンカーニバル第14戦愛知・稲沢市総合体育館30分1本勝負○ザ・グレート・カブキ、タイガーマスク、ジャイアント馬場(18分28秒体固め)●大熊元司、永源遥、渕正信4月16日(月)90'チャンピオンカーニバル第15戦大阪・大阪府立体育会館30分1本勝負○タイガーマスク、マイティ井上(15分21秒エビ固め)●デビット・サンマルチノ、ジョー・マレンコ
三沢タイガー戦歴1990年4月13日1戦(計826戦)4月13日(金)日米レスリングサミット全1戦東京・東京ドーム(4/15TV特番録画放送)20分1本勝負△タイガーマスク(時間切れ引き分け)△ブレット・ハート※現地観戦
三沢タイガー戦歴1990年3月31日~4月9日7戦(計819戦)3月31日(土)90'チャンピオンカーニバル第7戦富山・富山市体育館(4/15TV録画放送)30分1本勝負○テリー・ゴディ、スティーブ・ウイリアムス(18分9秒エビ固め)●仲野信市、タイガーマスク4月1日(日)90'チャンピオンカーニバル第8戦福井・勝山市総合体育館30分1本勝負○ダグ・ファーナス、ダニー・クロファット(18分28秒エビ固め)●菊池毅、タイガーマスク4月2日
三沢タイガー戦歴1990年3月24日~3月30日6戦(計813戦)3月24日(土)90'チャンピオンカーニバル第1戦東京・後楽園ホール30分1本勝負○ダニー・クロファット、ダグ・ファーナス(16分27秒エビ固め)●北原辰巳、タイガーマスク3月26日(月)90'チャンピオンカーニバル第2戦新潟・長岡厚生会館30分1本勝負○ダグ・ファーナス、ダニー・クロファット(10分34秒片エビ固め)●菊池毅、タイガーマスク3月27日(火)90'チャンピ
https://ameblo.jp/asuz0605/entry-12620617667.html『三沢革命はなぜ起こったのか!?111』196cm、125kgの髙山、192cm、120kgの田上、183cm、106kgの川田という強力なヘビー級トリオを相手に、185cm、110kgの三沢、1…ameblo.jp現代プロレスを見ると、どこの団体も階級の垣根を飛び越えた闘いが当たり前となっており、むしろ重量級の選手よりも軽量級の選手の方が重宝されるようになっており、まさしくこのときの三
https://ameblo.jp/asuz0605/entry-12620390378.html『検証三沢革命はなぜ起こったのか!?110』1998年の最強タッグに話を戻そう。三沢、小川組の戦績は7戦3勝3敗1分、計7点で8チーム参加中5位。いくら初参加のチームとはいえ、"全日本のエース"三沢の…ameblo.jp今日はアメリカ、そして日本でも開幕した新日本プロレスの今年のG1について書くつもりでいた。⋯がやめた、それを後に回してもどうしても先に言いたいことが他にでてきたから