ブログ記事73件
4月22日水曜日~その2続いて、HDDに録画した、222BS12トゥエルビ『映画日本大侠客昭和の名優・藤純子の代表作を9週連続放送』も見る。三島ゆり子さんが出演。(写真)H13年5月26日、毎日放送ラジオ『さてはトコトン菊水丸』に、翌月1日と2日に国立文楽劇場で開催の『三島ゆり子芸能生活40周年記念がめつい奴』のPRでお越しになられた際のツーショット。雑事少々。4時、オンセンス⋅パインバスを使っての入浴。水分補給は、三ツ矢サイダー。
12月28日日曜日〜その3久世福商店保津川あられ本舗ちょこあられいちごを食べながら、野地秩嘉著『吹けよ風、呼べよ嵐東映の仁義なき戦い』を読む。P327では、高倉健さんの追悼番組に出演した北大路欣也さんに触れている。(写真)こちらは、三島ゆり子さんに頂いた、北大路欣也さんの手拭い。5時から8時まで二度寝。
三島ゆり子さん三島ゆり子(みしまゆりこ)本名:木内三枝子(きうちみえこ)1940年12月17日生まれ、85歳。神奈川県横浜市生まれの女優、タレント。MC企画所属。学校法人総持学園鶴見女子高等学校中退。第7期東映ニューフェイスに合格(同期は宮園純子・三沢あけみ・結城美栄子)。東映へ入社した当初は本名だったが、1963年からは現在の芸名を名乗る。1970年代半ばからは『暗闇仕留人』で煩悩の塊である中村家の次女・妙心尼(中村たえ)役を演じて有名になり、彼女の発する「
松本城のっとり――。ちょうど60年前の昭和40(1965)年11月9日(火曜)、近衛十四郎主演の時代劇素浪人月影兵庫(NETテレビ)の第4話「黒い霧が流れていた」の番宣広告。年代的に番組が始まってすぐにカラー化された後番組『素浪人花山大吉』(昭和44年~)のほうが再放送の多さからも、圧倒的に記憶に残っているのだけど、こちらの月影~こそが元祖となる。これら初期のエピソードを観てみると、月影兵庫(近衛十四郎)と焼津の半次(品川隆二)によるマシンガントークのような口喧嘩
会ったというか遭遇で。新大阪駅で桂文福(ABCテレビわいわいサタデーに出てた落語家)梅田阪神百貨店で私は下りのエスカレーターで彼らは昇りのエスカレーターですれ違うシャンプーハットのこいちゃんトモノリジンナイケンコバユウキロック4人一緒にいた(笑)3人の頃のはやぶさ(歌謡グループ)うちの相方はタクシー運転手時代にABCテレビとMBSに送迎行ってたんで、西田敏行三船美佳とかを送迎させていただきました。(タイミングがズレて上沼恵美子は一個前の人が行ったら
10月8日水曜日〜その4中山千夏著『蝶々にエノケン私が出会った巨星たち』を読む。P200では、構成作家高平哲郎さんとメディアプロデューサーの澤田隆治さんの貴重な対談の断片が載っている。(写真)澤田隆治さんにはお世話になりました。日本コロムビアで10年間をかけて制作したCDアルバム『河内家菊水丸河内音頭秘蔵コレクション』①〜⑩のプロデュースをして下さり、大阪に存在したローオンレコードの全てのマスターテープを御寄贈いただいた次第です。これは、H23年6月26日、大阪市天王寺区上本町のシェ
7月8日火曜日〜その5HDDに録画した、KBS京都テレビ『時代劇アワー〜大岡越前第11部』〜第10話「相合傘の出逢い」を見る。ゲストは三島ゆり子さん。(写真)H11年3月11日、大阪市北区天神橋の天満宮会館で開催された『アルゼンチン力士を励ます会』に、旭堂小南陵※四代目南陵さんから誘われて出席したパーティーで、初めて俳優の三島ゆり子さんとお目にかかったのです。
ラピュタ阿佐ヶ谷新春初蔵出し東映時代劇まつりより製作:東映監督:長谷川安人脚本:池上金男撮影:わし尾元也美術:富田治郎音楽:鏑木創出演:里見浩太朗三島ゆり子東千代之介品川隆二花澤徳衛近衛十四郎大友柳太朗薄田研二1963年7月7日公開二代将軍徳川秀忠の病篤い折、嫡子家光の弟忠長は駿府にあって外様大名の謀反連判状を集めていました。老中阿部豊後守(薄田研二)はこの動きに対し、伊賀忍者の甚伍左(大友柳太朗)に連判状の奪取を命じます。
3月6日木曜日〜その58時から10時20分まで二度寝。『任侠映画伝説高倉健と鶴田浩二上巻』を読む。P341では、中島貞夫さんの第一回監督作品『くノ一忍法』に触れている。脚本は倉本聰氏。三島ゆり子さんも出演。(写真)DVDを所蔵していますが、まだ未開封。
つぎとまります2024年10月5日公開京都・霧の町を舞台に日本一のバス運転士を目指し奮闘する女性の姿を描くヒューマンファンタジー。亀岡市のバス会社に就職した保津川美南。ピンチの時に現れる憧れの“運転士さん”を頼りに成長してゆく美南だが、ある日、そんな社員は存在しないことを知り……。あらすじ🚏🚌日本一のバス運転士になるという子どもの頃からの夢を叶えるため、京都・亀岡のバス会社に就職した保津川美南。個性豊かな同僚や乗客たちに囲まれながら、失敗を繰り返す日々。そんな美南の心の支えは、バス運
11月29日金曜日〜その35時45分に眠る。10時25分、目が開く。ねじめびわ茶、くらのむヨーグルトプレーンで喉を潤す。『夜明けのブランデー』を読む。P45〜48「永倉新八と映画」の項には、札幌の大学の事が出てくる。(写真)H14年11月27日、毎日放送ラジオ『朝はトコトン菊水丸』が、北海道のHBCのスタジオから生放送することになり、前日に相方の三島ゆり子さんと、札幌市北区の北海道大学応援団の部室を取材で訪れました。
「東映ポルノ」と呼ばれたりするシリーズの一作。筋書きはどうでもよろし。関心はどんな役者さんが出演してるかということや。*****三島ゆり子(あんま芸者の雛奴)應蘭芳(あんま芸者の梅子)金子信雄(品川:接待される側の部長)芦屋雁之助(黒島:接待する側の社長)花紀京(品川の会社の社員)平参平(どこに出てたんや?)小島慶四郎(品川の会社の社員(のはず))上田吉二郎(大宴会ではしゃぐ親分)田中小実昌(本人役)由利徹(雛奴を愛人にする和尚)*****三島ゆり子は関西のテレビ番組で
やっぱりいいのは地元の映画。連日大入り満員で、上映期間の延長と回数追加が決まりました。それが、霧の町で知られる、京都の亀岡を舞台にしたヒューマンファンタジー、「つぎとまります」です。京阪京都交通の採用面接にやって来た、保津川美南。日本一のバス運転士になりますと、高らかに宣言。無事に採用が決まって、亀岡本社で新人研修が始まった美南を取り巻く、個性的な人たち。休憩中にカレーばっかり食べてるおっちゃん、ジャージで休憩してそのままうろうろするおっちゃん。関西弁ばりばりで、きっついこ
9月14日土曜日〜その4(写真)俳優三島ゆり子さんが、シャインマスカットのバイオレットキングと雄宝を贈って下さいました。HDDに録画した、NHKEテレ『ETV特集罪と赦し〜出所者たちの記録〜』を見る。雑事いろいろ。
1964年に「くノ一忍法」で監督デビュー以後、「893愚連隊」や「鉄砲玉の美学」「狂った野獣」、そして「極道の妻たち」シリーズなど、数多くの作品を手がけた映画監督・中島貞夫が、監督としての自身を育ててくれた東映京都撮影所のため、そして京都の映画作りの伝統を残すため、20年ぶりにメガホンを取ったのが「多十郎殉愛記」だ。同作の撮影が行われた2018年、当時83歳の中島監督が東映京都撮影所を舞台に繰り広げる覇気あふれる映画作りの様子を中心に、友人である倉本聰や、かつての仕事仲間である荒木一郎、三島ゆ
「温泉あんま芸者」(1968)お色気たっぷりのあんま芸者の悲喜こもごもを描く温泉芸者シリーズ第一弾をAmazonプライムビデオで観ました。初見。監督は石井輝男。予告編はコチラ。石川県の粟津温泉で"あんま芸者"として奮闘しているのが、富丸(三原葉子)、雛奴(三島ゆり子)、蔦子(賀川雪絵)、千代(橘ますみ)といった面々。映画が始まってすぐ野球拳で脱ぎ始めます。マッサージ以上の濃厚サービスをする彼女たちは本職の芸者さんから蔑まれていますが、そんなことはお構いなし。エロ目当
6月30日日曜日〜その24(写真提供・河井琴美さん)俳優三島ゆり子様
4月10日水曜日〜その11(写真)東映のお姫様として、高倉健さん、菅原文太さんの相手役を務められた三島ゆり子さん。10年間のラジオ時代、早朝の『朝はトコトン菊水丸』で2年間、水・木・金曜日をご一緒しました。私の芸能界での良き理解者と、お料理を味わいながらの歓談でございます。20時45分、お開き。帰路に就く。22時15分に奈良市法蓮佐保山のコンビニでお買い物。資料をコピー。三ツ矢メロンソーダを飲む。23時、家戻り。HDDをチェック。
4月10日水曜日〜その10シェラトン都ホテル大阪ヘ移動。2階車寄せに着く。18時前、3階中国料理四川に入店。(写真)今夜は、俳優の三島ゆり子さんと夕食です。
2月4日日曜日〜その59時から12時15分まで二度寝。小林信彦著『地獄の観光船−コラム101−』を読む。P115では、東映映画『冬の華』を観た感想が綴られている。(写真)以前、三島ゆり子さんとの電話で此の作品の話になり「テレビでやっていたけど、健さんいい芝居だったわ」と仰っていた記憶有り。高倉健さんの相手役を務めた人ならではの感想。(写真)小林信彦さんが週刊文春で連載されていた『本音を申せば』連載第821回「ぼくの知らない植木等作品」(H26年11月13日号)と、第939回「作者の分身
女優でタレントの三島ゆり子さんを、趣味の姓名判断で、占ってみました。三島さんには、強情さに注意だが、友人、知人、仕事に恵まれる。不和に注意。苦労や困難を乗り越える。地位や財産を得るが、結婚運や家庭運に注意。虚栄心や異性に注意。目下に注意。といった暗示があります。引き続き三島ゆり子さんの本名、木内三枝子さんを、趣味の姓名判断で、占ってみました。木内さんには、家族縁や失敗に注意。社交性があるが、自我が強い。引き立てがある。病難や逆境に注意。成功運はあるが、不安定。といった暗示があります。常
「十七人の忍者」(1963)連判状奪還に命を懸けた忍者たちの物語をU-NEXTで観ました。初見。監督は長谷川安人。予告編はありません。寛永8年12月。二代将軍秀忠の病状悪化に伴う跡目争いを危惧する老中阿部豊後守(薄田研二)が、公儀隠密の伊賀三之組の甚伍左(大友柳太朗)を召集。家光が将軍になることを反対する駿河大納言徳川忠長陣営の謀反を未然に防ぐため、その計画の証拠となる連判状を駿府城から奪取するよう命令。甚伍左は配下の15名の忍者を数班に分けて駿府城潜入作戦を開始。甚伍左の
1991年~1992年に放送された、毎日放送「きらめきワイド」関西を中心に昼に放送されていたので、TBS系ではあるが、関東以北で放送されていたかは不明です。コメンテーターとして登場している女優の三島ゆり子さんは、東映映画「銭形平次」「一心太助江戸っ子祭り」で共演されており、その時の話をされます。舟木さんの子供の頃からの友人、「うを六」の樋口さん、萩原中学時代の北原先生も、当時の舟木さんの話をされます。また日活映画で、数々の作品で共演された、山内賢さんも撮影時や舞台の時の話をさ
「TOKYOMX」「テレ玉」「tvk」を視聴していると必ず「必殺仕事人」シリーズのその時々のものの再放送が放送されている。実際の放送当時は視聴していなかったが今となって当時の出演者が、誰なのか知るうえでエンディングまで見ている。時代劇「必殺シリーズ」のコンセプトを現代に置換えたものの「ザ・ハングマン」は当時も視聴していたが、出演者のデータを比較すると「三島ゆり子」「鮎川いずみ」は重なる。特に「鮎川いずみ」は芸能界からは引退して実業家の立場となっているが、正直、もった
『丼池太閤記』(どぶいけたいこうき)テレビドラマ1977年1月7日→1977年4月29日NHK総合脚本梅林貴久生出演財津一郎中野良子長門勇1949年頃の大阪を舞台に男二人の友情と未亡人との交流を語るドラマでした。財津一郎と長門勇の掛け合いは素晴らしかった。笑いの音楽詩という感じでした。主人公は愛する未亡人と踊る光景を夢見ます。「踊るんじゃ」「踊るか。わしとあんたが。」「何でわしがあんたと踊らなあかんの?わしは○○さんと踊
『必殺仕置人』「人間のクズやお払い」テレビ映画トーキー55分カラー昭和四十八年(1973年)五月十二日朝日放送系放送令和五年(2023年)七月六・七・八日二十一時ラピュタ阿佐ヶ谷上映製作国日本製作言語日本語のさばる悪をなんとする天の裁きは待ってはおれぬこの世の正義もあてにはならぬ闇に裁いて仕置する南無阿弥陀仏天狗の面その下でやくざが抗争を繰り広げ、斬り合っている。聖天の政五郎は凄腕の
「俳優山﨑努より念仏の鉄へ」山﨑努師が念仏の鉄へメッセージを語って下さいました。「お前、愛されてるなあ」この言葉に胸が熱くなります。鉄さんの声としても聞こえる。山﨑努師が念仏の鉄物語は終わった事を確かめておられることは大事です。山さんのこころに鉄は遊びに来るそうです。新発売のフィギュアは楽しみです。坊主頭と長髪の髪型二つのバージョン。嬉しいです。右手は焼かれるバージョンもあるそうです。本日十五時BS松竹東急
『必殺仕置人』第一話「いのちを売ってさらし首」テレビ映画トーキー55分カラー放映日昭和四十八年(1973年)四月二十一日朝日放送系再放送令和五年(2023年)七月一日二十一時時代劇専門チャンネル製作国日本製作言語日本語のさばる悪をなんとする天の裁きは待ってはおれぬこの世の正義もあてにはならぬ闇に裁いて仕置する南無阿弥陀仏大雨の降る刑場。役人の持つ傘に雨が激しく当たる
ご訪問誠にありがとうございます。「楓坂四駒堂」「耄碌妄想日記」木曜版No.110でおます。当ブログは日曜・木曜週2回更新です。訃報が続いております…。ドラマ創成期の脚本家でもあった「平岩弓枝」「女と味噌汁シリーズ(1965~・TBS)」の「てまり(池内淳子)」と「小桃(長山藍子)」「下町の女シリーズ(1970~・TBS)」の「桐子(吉永小百合)」…ぬぬぬぬぬそして「御宿かわせみ(1980~・NHK)」これは圧倒的に「真野響子」のイメージが強く
6月14日水曜日〜その23時に休眠。6時、目覚める。ねじめびわ茶、キリンのやわらか天然水、カルピスL-92で喉を潤す。小林信彦著『地獄の映画館』を読む。P382には、市川右太衛門主演の東映映画「旗本退屈男」のことが出てくる。(写真)菊水丸コレクションより、三島ゆり子さんに頂いた右太衛門御大の手拭い。