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しばらくぶりの再開ですね。生活の場は徳島県美波町になっています。こんなとこ、住んでしまって巡拝、遍路せずにおれるわけがありません。津乃峰さんいまも十一面さんのご真言を唱える時想起する霊場。二十一番奥の院黒滝寺。ここ、やばいです。遭難しかかりましたし、祠で勤行したものの、それがこの山窟大師であったのか、わからないんです。旧の木屋平村にあります。これを頼りに歩く八十八ヶ所の納経
1997年6月27日四十番観自在寺(かんじざいじ)にて四国バイク旅行1997.06.27
1997年6月27日四十番観自在寺(かんじざいじ)手前の靴店店員のY青年と女性店員。この青年と昨年の徒歩旅行でしばし彼は自転車であったが同行する。四国バイク旅行1997.06.27四国バイク旅行1997.06.27
1997年6月27日三十九番延光寺(えんこうじ)近くの民宿「嶋屋」の奥さん。この奥さんに昨年は大変お世話になった。話し好きというか聞き上手。固辞したのに食堂での食事中に洗濯してもらう、下着を。恥ずかしい。四国バイク旅行1997.06.27食堂部屋にも昨年泊まった部屋にも、奥さんの労作が沢山飾られている。部屋も清潔。四国バイク旅行1997.06.27四国バイク旅行1997.06.27
1997年6月26日三十五番清滝寺(きよたきじ)⇒三十六番青龍寺(しょうりゅうじ)の峠道工事中のトンネルをバイクで抜ける。よく転倒しなかったものだ。昨年の徒歩遍路の時は大変な山道を越えたのである。四国バイク旅行1997.06.26
1997年6月26日三十五番清滝寺(きよたきじ)高岡町、この境内から南方の土佐湾を遠望する。四国バイク旅行1997.06.26四国バイク旅行1997.06.26
【改訂】定年遍路記目次1996年9月15日(日)快晴足摺の語源昨日どこかの店に入ったときに「足摺まで歩く?随分あるよ、なんといっても弘法さんでも足を引き摺ったくらいだから」との話もあったし、それになによりも海岸沿いに100余キロの長距離という環境、そして使われている漢字の意味するところからこれが足摺の語源とすんなりと理解していた。ところが後日、解説書を読むとそうではないらしい。鎌倉時代の日記文学「とはずがたり」に述べられているそうだ。1人の修行僧がいた。
【改訂】定年遍路記目次1996年9月15日(日)快晴山中のお地蔵さん再び返事をなさるが…足摺岬の手前数キロの山の中、遍路道でいつものように右、左に所々に居並んでおられるお地蔵、野仏さんに大きい声でご挨拶して急いでいると、反対側の雑木林の中から「コンニチハ」との小さい声での返事あり。一瞬ビックリしたが、立ち止まって雑木の中をよく見ると中年男が中腰で何やら作業している。後で判ったのだがどうやら小鳥の密猟らしい。天気や足摺への距離の事などの話の後に、「数少ない鳥を
【改訂】定年遍路記目次1996年9月15日(日)快晴足摺の賑わい宿に往生する7時出発する。しかし、道路標識に「足摺まで22.4キロ」とでている。これにはガッカリする。生意気にもたった22.4キロかと。平坦路の22.3キロでは1日の行程としては物足りない。途中より国民宿舎あしずりに電話予約を入れると満員とのこと。意外なことだ。これまでのところ、シーズンオフのこととて、どこもガラガラでましてや日曜日の夜が満員なんてとても考えられぬと不思議に思ったが仕方ない
【改訂】定年遍路記目次1996年9月15日(日)快晴水平線に朝日を見る楽しみにしていた朝日、起きてみると少し東の空に雲が出ている、ダメかなとは思いつつも、水平線からの日の出は未だ見たことなしで、先日来よりの楽しみであったので粘っていると、突然その水平線の一点に、写真のフラッシュを想わせる、しかしもっと鈍くて赤黒っぽい輝きが一点、燦然と、しかし遠慮深そうに灯る。これには驚いた。実にきれい。厳かだ。あわてて写真を撮る。実にすばらしい。すぐに、見ているまに大きくな
【改訂】定年遍路記目次1996年9月14日(土)快晴民宿くもも(久百々)少し早過ぎたが14時にたどり着く。この宿も海に国道をはさんで直面しており、そのため夜になると部屋の光を求めて、海の虫類が大挙する。カーテンをめくると窓ガラスにカメ虫等沢山の虫が歓迎の挨拶に来ている。ここの若奥さん、ニコニコ顔だが、口数は少し控えめ、社交性もあえて求める気質でなさそうであるがなかなかの気遣い人。小学生のお嬢ちゃんも少しお手伝いをしてくれて可愛い。翌日の朝食、6時過ぎの無
【改訂】定年遍路記目次1996年9月14日(土)快晴四万十川の河口を渡船でいくあの有名な四万十川に近づく。環境保護活動関係でもその運動が活発であるし、バイク雑誌でも「その源流を訪ねる…」とかの特集記事を載せている。人工堰が無いことでも有名で、約80キロ(?)にもおよぶ大川は四国だけでなく日本の自然財産でもあるようだ。その川辺に着いて、さて渡船場はどこか、また船の出る時刻は、と道路沿いの民間会社らしい小さい事務所に尋ね入ると、中年紳士と女性事務員さん、仕事
【改訂】定年遍路記目次1996年9月14日(土)快晴5五時20分、民宿海坊主を出る。国道56号をしばらく歩くが途中より国道より離れて海岸道路を南下する。この遍路道はすばらしく快適。天気も良いし、足元もアスファルトが少なく当たりが柔らかくてすこぶる快調。大方町の海辺で朝食に喫茶店に入ると、中年男性が沢山、朝早いというのに団欒中。手持ちの地図で四万十川への道の説明を受けると、こうだああだ、歩いて2時間いや3時間との親切な解説の後、ふっと天井を見上げて、本当にそ
【改訂】定年遍路記目次1996年9月13日(金)小雨、一時本降り新しい靴の履き心地はもう一つ(その2)2日目の靴だが、足の裏前半分(土ふまずより先側)が焼き付くように痛む。底ゴムが薄っぺらく、小石を踏んでも敏感に痛みを感じる。全く安物には泣かされる。それでもガマンしてよく歩いた。♪歩行量=48.1キロ
【改訂】定年遍路記目次1996年9月13日(金)小雨、一時本降り民宿海坊主佐賀町より南へ8キロ。ドライブインであり釣り客宿でもある。遍路客は今夜も自分ひとり。夕食には勿論海の幸だが、カニ、エビ、貝類が中心で魚は少なく刺身のみ。この道の食通にはよいだろうが自分にはもう一つ。広い食堂の座敷での1人だけの淋しい食事はせっかくのご馳走も栄えてこない。海に直接面しているためガラス窓に虫類がベッタリとへばりつく。風呂、トイレに窓のすき間を通って沢山入ってくる。カメ虫も今年
【改訂】定年遍路記目次1996年9月13日(金)小雨、一時本降り三度目の栗拾い佐賀手前の遍路道、雨も小雨になったところで、栗がボロボロ落ちている所に出会い、気晴らしにしばし栗拾い。しかしわずか4、50粒の栗とはいえ、リュックは途端に重みを増して、大方町の民宿海坊主までの約10キロ、リュックの肩に食い込む重みに泣く。
【改訂】定年遍路記目次1996年9月13日(金)小雨、一時本降り四国の自動車道の歩道事情しかしなんと言っても1番腹が立つ(お大師様すみません)のは、ところどころ道路が狭く、その上に歩道が無いところがあると言うこと。道路幅が十分にあり対向車が無い時は、トラックでもバスでもセンターラインを越えてでも歩行者から遠ざかってくれるが、その逆はほとんどがそうではない、ハッとするぐらいギリギリに迫ってくる。実際には4、50センチぐらい離れているのだろうが、よく接触しなかった
【改訂】定年遍路記目次1996年9月13日(金)小雨、一時本降り雨に泣かされる7時40分、宿を出る。出がけから雨であったのは今日が初めて。徳島で初めてビニール製カッパ(簡易品)を被った感触がすこぶる悪かったので、小雨でもあるので思い切ってカッパは被らず、大きい菅笠だけを頼りに歩き出す。まっ先にやられるのはやはり靴、これもスニーカーだから致し方なしか。足指先の上からも両側面からも布製だから容易に雨しずくが入ってくる。道は長い長い、気の遠くなるような、四国随一の長
【改訂】定年遍路記目次1996年9月12日(木)曇、午後一時小雨あり福屋旅館須崎市から電話で予約を申し込むと出てきた若い声の女性、もう一つ当方にとっては張り合いのない、先方にとってはありがたくない迷惑そうな、そして商売げのなさそうな、そんな雰囲気が感じられたので少し案じて足を引きずり引きずりして久礼に着いた。昔からある街並みの旅館だが、外から見ると地元の料理旅館のようで歩き遍路は対象にはしていない雰囲気。14時40分、着くのが早過ぎたせいなのかどうか、何
【改訂】定年遍路記目次1996年9月12日(木)曇、午後一時小雨あり遍路道案内今日も泣かされる2ヶ所で意味不明の表示に悩まされる。地元の中年女性2人も「そーねー、どういうことかしら?」と首をひねる。写真を撮って、なんとかしてくれーと送りつけたいのだが、そんな事していたらあまりにも多いのでやっぱり今日も諦める。こうして腹を立てながら、久礼(くれ)まで歩き、福屋旅館に投宿する。
【改訂】定年遍路記目次1996年9月12日(木)曇、午後一時小雨あり車の排気ガスに悩まされる悪質者の取り締まり強化を!!近道を経て国道56号線に出ると途端に狭い街路に車やトラックがひしめきあい大混雑。特にバンや小型トラックのディーゼル排ガスには泣かされる。無神経というか無法というか黒煙をもうもうとあげながら走っている車がある。通常の排気黒煙量とは異なる。このような異常な大量の黒煙排ガスはエンジンの整備不良とばかり思っていた。ところが何年か前に、ガソリン販売関
【改訂】定年遍路記目次1996年9月12日(木)曇、午後一時小雨ありヤキメシを食べる須崎市手前で朝昼食兼用に喫茶店に入ってヤキメシを食べる。空腹のせいもあろうがこれがまことに美味。味噌汁もこれまたうまい。年のせいか"ヤキメシ"というのはゴロも聞こえも悪いし、なんだかありあわせの残り物利用のインスタント料理のごとく思われて丼物と同様、めったに食べたことが無いのだが、こんなに美味いものなら、もう1度どこかで食べてみたくなる。遍路とは本来、お大師さんに同行してい
【改訂】定年遍路記目次1996年9月11日(水)晴稲の取り入れ三人衆田んぼで好天のもと、稲の取り入れ作業中の親子らしい三人衆あり、ごく自然に挨拶した「こんにちは。いい天気ですね」。作業中のこととて背を向けたままであったが娘さんらしき1人より「今日は」との返事あり。そこで「今日は良い天気でいいですね」と続けると、3人ともこちらを振り向き、そのままだまってふたたび農作業となる。さらにつづけて「今年の出来栄えはいかがですか」「…」「今年の夏も猛暑だったので豊作なんで
【改訂】定年遍路記目次1996年9月11日(水)晴新しい靴の履き心地はもう一つ(その1)昨日買ったスニーカー、今朝より履き始めるが、少し大きめのもので足の水袋対策にはまずまず良かったが、ショックアブソーバー性能なく、昔のテニスシューズを履いている感じでソフト感がない。やはりこの買い物は失敗であったようである。稲の取入れの3人衆に会う。遍路者と知って途端にソッポを向かれる。やはりS学会派であろうか。定年遍路記1996.09.11(水)
【改訂】定年遍路記目次1996年9月11日(水)晴遍路道の清流、景色、宇佐大橋清滝寺から三十六番青龍寺までの遍路道は天気もよかったし歩いていて実に楽しい。遍路道に沿って流れる小さな疎水、潅漑用であろうか、実にきれいな水が豊富にとうとうと流れる。実に美しく、のどかな田園風景である。お杖も暑くてお疲れであろうと、その流れに何度も浸して洗い、涼んでもらった。道中には鰹の加工工場もあって、道路際にいくつもの鰹の大きな冷凍ブロックが自然解凍を待っているのか放置さ
【改訂】定年遍路記目次1996年9月11日(水)晴山門の仁王像どのあたりのお寺からであろうか、遍路に出るまでは全く関心のなかった山門の仁王様が気になりだした。山門入り口で「お参りに参りました。よろしくお導きくださいますよう…」と最敬礼をしながら、遍路に出るまでの自分には殊勝なことを申し上げて、あと両側の仁王様とにらめっこする。はじめのころは、恐い顔、いかつい顔、筋肉隆々という印象だけであったが、だんだんとお寺によって大きさ、表情、お肌の色が異なっているのがわか
【改訂】定年遍路記目次1996年9月11日(水)晴ビジネスホテル論勿論徒歩遍路者にとっての昨夜は民宿が近くにあるのに、それもあとで判ったのであるが、地元でも評判のよい(宗教信心が深いとか)昔からの遍路宿が2軒もあるのだが、そのうちの1軒に電話して留守だったので、安易にビジネスホテルに投宿した。理由はただ1つ、夕食に野菜炒め、または八宝菜等の野菜類を食べたかったから。民宿にしろ国民宿舎にしろ、夕食には必ずといってよいほど刺身が出る。魚は好物、だが自分