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京都花月昭和54年10月下席のポスター。中席が比較的若いメンバーでの番組でしたが、この下席は看板が三人奴、笑福亭松之助、あい花・喜多代でなかなかのベテラン揃いです。小文字陣もベテランが多く、若手は笑福亭仁扇とみのる・ゆたかぐらい。ポケット・ミュージカルスはのりお・よしお主演の「スカイ・ハイ!」(構成海生宏彦)。坂田利夫の弟子で後に吉本の社員になった鈴木君男が出ています。吉本新喜劇は中村進作・演出「男の子守唄」。間寛平が座長で、専科は平参平、看板女優に楠本見江子。
京都花月昭和54年1月中席、正月二の替り興行のポスター。正月の上席より豪華な番組編成で、トリは三人奴で、林家小染、笑福亭松之助、阪神・巨人が看板。笑ボックス枠には小づえ・みどり、紳助・竜介。ポケット・ミュージカルスは松本俊介構成「ハッピーニューイヤー」で、カウス・ボタンが主演。吉本新喜劇はこちらも松本俊介作・演出「アーウー親父」。なんばの正月興行と同じと思われる豪華メンバーで、間寛平を座長に専科から岡八郎、平参平、マドンナには山田スミ子。
京都花月昭和53年10月下席のポスター。京都らしい番組編成で、看板はカウス・ボタン、林家小染、三人奴。演芸ワイド版「笑ボックス」の枠に、小づえ・みどり、ザ・ぼんち。ポケット・ミュージカルスは藤井賢構成で、「ススムの多羅尾伴内」。片岡千恵蔵が演じた探偵を木村進が室谷信夫と共に歌とコントで。吉本新喜劇は三原和人作・演出「男なら・・・・・」。木村進を座長に、専科は桑原和男と船場太郎。マドンナに中山美保。
京都花月昭和53年7月下席のポスター。全体的に後年及び現在も活躍しているメンバーでの番組構成ですが、やはり漫才ブーム前なのでトリが三人奴になっています。阪神・巨人と桂文珍が出てますが、阪巨は25~31日、文珍は21と22日の二日間だけ。二組が出ない23・24日はかなり貧相な番組ですね。笑ボックス枠に小づえ・みどり、ザ・ぼんち。落語が桂文珍、笑福亭松之助、露の新五、桂小軽と4人も出てるのも時代です。ポケット・ミュージカルスは藤井賢構成「艶のファンタジー」と題して、ジャズ漫画
京都花月昭和48年10月下席の予告チラシで、前回の記事の裏面。トリは三人奴。看板はラッパ・日佐丸、笑福亭松之助。新喜劇を退団して漫才に転向した谷しげると井上竜夫のざ・どっきんぐ。年内に解散します。Wパンチって初代があったんですか!?田川幸一・幸三って誰?田川の屋号は平川の誤植だと思います。「お笑いコント」という企画コーナーで、かける・めぐる、いくよ・くるよ、白川珍児という珍しい組み合わせ。ポケット・ミュージカルスの構成の明石緑朗って誰ですかね?吉本新喜劇は平参平が座
日本のグランドキャニオン『土柱』を堪能して、お宿へ向かう『サンリバー大歩危』大歩危(おおぼけ)にやって来ました。宿そのものは、まぁ普通なんですが、温泉が強アルカリ性でヌルヌルして、温泉感が味わえて良かった!さて、我々は大歩危にやって来た!そう、日本三大秘境の『祖谷(いや)』にやってきたのです!前日に行ったのは『世界三大土柱』元日に向かうは『日本三大秘境』『三大怪獣』と言えばモスラ・ゴジラ・キングギドラ『レインボー三頭体制』と言えばロニー・リッチー・コージー『お笑いビッグスリー
京都花月昭和53年4月上席のポスター。看板は三人奴と桂きん枝。朝日丸・日出丸に笑福亭松之助って、春休みですが漫才・落語は子供向けではない番組編成です。「笑ボックス」の枠にはこづえ・みどり、B&B、明石家さんま。ポケット・ミュージカルスは大河内通弘構成「春眠暁を覚えず」で、ジャズ漫画の木川かえるが出演。吉本新喜劇は「私の宝物」(作・演出三原和人)。谷しげるが座長で、専科は桑原和男、船場太郎。2月に伴大吾が失踪し、先月から谷しげるが一枚看板になりました。
先月の大阪旅行の余談としてなんばグランド花月(NGK)と上方演芸資料館(ワッハ上方)での見た話を前回から書いておりまして、今記事はそのパート2を書かせていただきます。◎3月9日(木)なんばグランド花月当日ワッハ上方の演芸ライブラリーで昔の演芸番組を見た後11時過ぎてある程度経った頃にNGKに向かい生の寄席見物をする事にした。●テンダラー今年結成30年目を迎えたベテランコンビではあるが、テンポのある漫才で面白かった。●もりやすバンバンビガロこの方はジャグリングの芸人で、名前だけは
京都花月昭和53年1月下席のポスター。正月興行も二の替りも終わり、「新春特別番組」と銘打ってるものの、いつもの番組編成であります。看板は四組で、コメディ№1、露乃五郎、三人奴、桂文珍。演芸ワイド版「笑ボックス」の枠には、由紀子・たか志、ザ・パンチャーズ、桂文福他。ポケット・ミュージカルスは大河内通弘構成の「遅かったなー冬将軍」で、専属歌手とバンド以外は多分新喜劇座員でしょう。吉本新喜劇はこの時期にはよく出てくるタイトルの「早春譜」で、作・演出は松本俊介。木村進
前回のチラシの裏面で、なんば花月昭和51年1月中席の予告。「新春二の替り」という言葉も使わなくなりましたね。やすし・きよし、桂三枝よりも三人奴の方が看板が上ですね。林家小染、かける・めぐるなど、正月中席はまだ豪華番組です。竹本浩三構成の「津軽民謡特集」では、「素人名人会」の審査員だった京極利則が出演。こういう民謡企画や天津竜子舞踊劇団は退屈やったなぁ・・・。吉本新喜劇は人気絶頂の木村進、間寛平の二枚看板に、お馴染み平参平と片岡あや子の組み合わせ。
京都花月昭和52年10月下席のポスター。人気の桂三枝は29・30日の二日間限定出演。それ以外の看板は、三人奴、笑福亭松之助、朝日丸・日出丸と京都花月末期の出番編成みたいです。この5~9年後も同じようなメンバーってのがある意味すごいですが(笑)明石家さんま、B&Bもまだまだ浅い出番。ポケット・ミュージカルスは一陽斎蝶一の「ヨーロッピアンマジック」で、構成は大河内通弘。吉本新喜劇は松本俊介作・演出の「柿と栗」で、専科なしの木村進単独座長作品。マドンナに中山美保。
平成2年3月のなんばグランド花月。うめだ花月はこの月で閉館し、翌月からしばらくはNGK1館体制となり、芸人の出番が激減。救済としてダウンタウンが東京進出し、閑古鳥が鳴く2丁目劇場を、若手や古参芸人の寄席としてオープンしますが・・・。そして寄席興行の通例だった上・中・下席の10日間興行が3月で終わり、4月からは現在のように週替わりの興行となるのです。吉本新喜劇はやっておらず、大して変化のない出番編成であります。●上席三人奴が中席のチャンバラトリオと入れ替わり、木川かえるがジョニー広
ワッハ上方で、気になったポスターだけ撮影した。特に調べず、記憶の範囲で語っていくシリーズの2回目。→「寄席とポスターと昔」その1かしまし娘が20周年ということなので、1975年。テレビで知ってるぐらいで、生で見たことはなかった。私が花月に足を運び始めるのは、まだ先の話。幼稚園のころに、火曜の昼間に岸和田まで行けるはずがない。かしまし娘が大看板であったことは言うまでもない。ネタは覚えていなくても、オープニング曲を覚えているのが音曲漫才のいいとこ
春の「なんば花月」ですが、寂しい番組編成は相変わらずです。●上席恐ろしいぐらいベテラン揃いのメンバーで、こだま・ひびきが一番若手(笑)しかも漫才がこの1組だけ、なのに中席には5組というバランスの悪さ。桂小文枝、三人奴、翠みち代ってこだま・ひびきを除けば昭和40年代後半やないねんから。失礼ながら爆笑できる演芸がありません。吉本新喜劇は岡八郎単独主演。●中席カウス・ボタン、Wヤングが出てるのですごーくマシに見えます。ですが次にけん太・ゆう太が大文字になっていることでメン
1月6日昼の部。フレッシュコーナー(ティーアップ、ぴのっきを)、まるむし商店、圭・修と漫才が続きます。さて五組目は?若井小づえ・みどりが登場。やっと客席が沸きます。お次は三人奴がお正月らしい舞台を。いつもなら松づくしとかしてましたけど・・・。決して爆笑できる人たちじゃないんですけど、私は好きな芸人さんでした。ポケット・ミュージカルスは大河内通弘構成で「お正月でありがとう」。池乃めだかの司会で進行。右後ろにあるのはマジックの一陽斎蝶一のモノ
昭和56年11月中席「うめだ花月」の入場引換券。11月16日の夜の部に使えた引換券。(マンスリーよしもとのプログラムはこちらへ)宣材写真がみんな若いなぁ!既に漫才ブーム真っ最中ですが、まだまだ花月が演芸場の雰囲気を残しており、演目も多彩。ですが全体的に演者の平均年齢が高い(笑)トップのショート・ショートには当時の若手秘密兵器(笑)だったアラン・ドロンとWパンチ。それぞれ横山ノック、平川幸男の弟子です。ドロンはコンビ解散後ショーパブを経営し、そこからテンダラーや水玉れっぷう
昭和49年9月上席「うめだ花月」の新聞広告。トリは三人奴。80年代漫才ブーム以前は大看板でトリを取ることも多かったです。たしか松竹からの移籍だったかな?モタレはコンビ結成7年目のコメディ№1。私は花月に行くとコメワン出番に当たることが多く、カメラを向けると坂田利夫がよくポーズしてくれました。確実に笑いの取れるコンビだっただけに、あのような解散は残念でなりません。前田五郎の娘二人(前田真希、前田まみ)が現在新喜劇で活躍中ですが、本人たちも周囲も気を使う部分もあるでしょうね。落語二
昭和49年6月中席の「なんば花月」の新聞広告。演芸のトリは三人奴。80年代の漫才ブーム以前は看板がかなり上でした。その次に載っているのがまだコンビ結成5年目のカウス・ボタン。いかに人気が凄かったのかがわかりますね。B&Bは島田洋一(現洋七)の相方団順一(現在放送作家の萩原芳樹)が失踪し、翌年上方真一(現上方よしお)と二代目B&Bを結成。ですがケンカし3年でコンビ解散。その後、洋一は洋八と三代目を結成し大ブレイク。真一は西川のりおとコンビを組む。トップ出番はいくよ・くる
昭和49年3月中席「うめだ花月」の新聞広告です。トリが三人奴、モタレがラッパ・日佐丸とは演芸場の雰囲気たっぷりですね。歌謡浪曲などの音モノが多いのも時代を感じます。ザ・ダッシュはこの頃は音楽ショーでなく音楽コントで、末期の頃には音楽ショーになってました。ザ・ぼんちはコンビ結成して1年目。まだまだアイドル人気のカケラもない頃。なんばの落語二題がきん枝、文珍なら、うめだ花月は林家小染と月亭八方。ザ・パンダとしてテレビでは人気者でしたが、落語家としてはまだまだ若手。翌年発売され
昭和48年3月中席「うめだ花月」の新聞広告。この席のポスターが「吉本新喜劇名場面集」に掲載されていますね。ダイマル・ラケットとカウス・ボタンで中田一門が揃っています。カウス・ボタンはダイラケの直弟子ではなく孫弟子。笑福亭松之助はまだ大酒飲んでいた頃。翌年明石家さんまが弟子入りします。奇術のジョージ多田・リンダ藤本は当時は看板が上にいますね。しかし吉本は段々と奇術や諸芸に冷遇ですが・・・。桂きん枝はデビューして3年半ぐらい。ザ・ダッシュ、滝あきらの位置はずっと変わり
昭和55年師走の「うめだ花月」です。年末で忙しい時期ですが、やすし・きよしを10日間を出しています。しかし休演も多かったでしょうね。明石家さんまもまだ花月出番は当たり前の時期。三人奴はまだ塚本やっこの頃。この翌年に引退し、息子の小やっこに替わります。ベテラン芸人が多く出ていて、朝日丸・日出丸、翠みち代など当時結構看板が上に扱われる人たちもこの面子が揃うと下になっていますね。トップはこだま・ひかり。翌年にひかりが引退し、現在のこだま・ひびきとなりますが、当時所属は吉本ではなかった
今回のポスターは昭和50年10月中席のなんば花月です。パッと見れば演芸は末期の京都花月のようなメンバーですが、漫才ブーム以前ではまだまだ古参芸人が看板を飾っていまして、トリは三人奴。モタレがまだ当時45歳の桂小文枝(五代目桂文枝)。コメディ№1はコンビ結成8年目。浪曲の中山恵津子がこんなに看板が上だったんですね!歌志・泰子は歌謡夫婦漫才。こうして見ると昔の吉本も音曲モノが多いです。いくよ・くるよはコンビ結成2年目の若手。まだ漫才ブームまで5~6年は売れない時代を過
今回のポスターは昭和50年7月上席のなんば花月です。トリは三人奴。まだ漫才ブーム前は大看板だったのです。モタレは若き桂三枝。タレントとしての人気はありましたが、落語家としてはまだまだという頃。多分この演芸の中ではコメディ№1が一番面白かったでしょうね。歌謡浪曲の芙蓉愛花・松島洋子。この翌年に松島洋子がなんば花月出番中に脳内出血で倒れて急死。芙蓉愛花ははなあい花と改名し、一時期今喜多代とコンビを組んでいたこともありました。桂文珍は人気的にはまだまだ。ザ・ローラーズは結構
師走の寒い寒い「京都花月」は、経費のかかる吉本新喜劇とポケットミュージカルスの上演をしなくなり、ついに演芸だけとなりました。3時間の興行時間を持たすには、演芸の数が足りないので2丁目劇場などの若手を出しています。プログラムの誌面もスカスカ感を埋めるために、宣材写真を増やしたり大文字を増やしていますが・・・。しかし、若手は進行係をしながらという条件付。閉館の決まった客の少ない劇場の出番を若手はどう思っていたのでしょうか・・・。●上席トップの大井・二宮は芸名の付く前の中田はじめ・圭
閉館へのカウントダウンが始まった「京都花月」。新喜劇が先月で終了し、さてどんな番組なのか?●上席演芸は相変わらずの面々。トップに出てる博子・京美。京美はたしか小づえ・みどりの弟子で後の若井のこやったかな?博子?新喜劇の今西博子かなぁ?一ヶ月出番ということは進行係もしてたんでしょう。ホンコン・マカオも二十日間出番。若手にしたら閉館の決まった劇場での出番をどう思ってたのでしょうか。吉本新喜劇はポケットミュージカルスの拡大版のような「よしもとバラエティ」として上演。「ワイドマジックシ
昭和62年(1987)11月1日にNGK(なんばグランド花月)が華々しくオープン。吉本興業が本社、劇場、スタジオ、飲食店の総合ビルを完成させました。その少し前の10月11日に南海通にあった「なんば花月」は閉館し、NGKに後を任せるつもりでしたが・・・。何故か11月21日に再オープンし、興行を始めましたがメンバーは明らかにダウンし京都花月のような番組。それまでは吉本の中では一番格上だった劇場が、NGKがオープンし「NGK>うめだ>なんば」という序列になってしまいました。しかし、当時のNGK
昭和51年8月下席。夏休みも終わりに近づいた頃の「京都花月」です。トップにはまだコンビ結成三年目のザ・ぼんち。まだ漫才ブームまで後四年あり、まだまだ売れない時代を過ごします。落語が笑福亭松之助、月亭八方、露乃新五と三本あります。モタレは中田カウス・ボタン。もうアイドル的な人気は落ち着いてしまい、看板だけは上になっていますが、しばらくは中途半端な状態が続きます。トリは三人奴。センターが塚本やっこさんの時代ですね。漫才ブーム以前は古参芸人が花月には多く出演しており、三人奴
前回のチラシの裏面で、来席の予告です。トリは三人奴。私が花月に行きだした頃はセンターがやっこさんの息子の小やっこに変わってからで、トリを取ることはなくなっていました。モタレはコメディ№1。全盛期の頃でしょうね。アクロバットの内田ファミリーは後のザ・ローラーズの前身。女性奇術師のワンダー天勝。娘であり弟子であるワンダーのり子が、海原かける・めぐるの海原かけるとこの年に結婚。その二人の娘が海原やすよ・ともこ。海原めぐるは現在新喜劇の池乃めだかです。桂文珍がまだ三つ目
前回のつづきです。笑福亭松之助。相変わらずのバカボンネタ。「これでいいのだぁ~!」ポケットミュージカルス「バカ当たり」まだまだ若手の内場勝則と未知やすえ。阿吾寿朗・今日規汰代。大御所なんですが、出番の扱いが低かったですね。三人奴。いつも粋な舞台で爆笑はないですが、ホッとするひとときでした。東京から来演のマジックのナポレオンズ。相変わらず右のボナ植木はしゃべらずマジックだけをし、左のバルト小石はしゃべり専門(笑)次回
またまた懐かしい「毎日グラフ」からです。三弦粋曲の三人奴。真ん中の塚本やっこさんが懐かしいです。(なんば花月)ジーパンにTシャツのカウス・ボタン。アイドル漫才で若い女の子からキャーキャー!(なんば花月)桂きん枝。選挙に出馬以来あまり見かけませんね・・・。(なんば花月)吉本新喜劇の花紀京と桑原和男。二人とも若いなぁ~当たり前か(笑)当時花紀京37歳、桑原和男38歳。ポケット・ミュージカルス。若手の木村進と間寛平。座長昇格直前です。