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日本の話芸で「鴻池の犬」を聴いたので、三井越後屋のことにも触れないといけません。一番ポピュラーなのは「三井の大黒」ですが、圓窓師匠が創作された「三井の貸し傘」というか噺があります。この噺は2015年(平成27年)に開催された「三越劇場開場88周年記念」の落語会に向けて書き下ろされ、初演されました。『噺枕(三井の貸し傘)』【三井の貸し傘】商売が上手く行くために、とても重要なのが、「知名度」だと思います。作ったり、売ったりする側の名前を、買って使う側に知ってもらうこと、存在を認知…amebl
『江戸川柳辞典』(浜田義一郎編/東京堂出版)より選句はやり風三井が見世で小半年世界を席巻した大モンゴル帝国の衰退の一要因は、コレラの蔓延であったという。江戸の物流、消費革命を起こした大呉服商、三井越後屋も、過密状態による集団感染のリスクはまぬがれ得なかったものとみられる。ThespreadofcholeraissaidtohavebeenoneofthefactorsbehindthedeclineofthegreatMongolEmpire
2006年頃、日本橋・人形町にはまり、よく足を運んでいました。本格的な再開発が始まる前、古くからあるお店や○○跡をを訪ねたり、2006年1月には期間限定でこんなお店もありました久しぶりに日本橋に行って、日本橋の高速道路地下化を思い出し検索したら、地下ルートの開通は2035年・全面撤去は2040年と出てきます。2040年、日本橋に空が戻るのを私は見ることができるのでしょうかまだ元気な予定ですが、少し遅れることはよくあるし三越のライオン像に誰にも見られず触ることができると
牛嶋神社をお参りした後、近くの三囲(みめぐり)神社へ。こちらは初めての参拝です。三囲神社で有名なものといえば…↓えぇっ?三越のライオンが!閉店した三越池袋店のライオン像が1体こちらにいます。不思議な光景…三角石鳥居三井邸より移す。原形は京都太秦・木島神社にある。三囲神社と三井家については後程…御朱印を拝受しました。書置き対応のみです。◇場所は変わり…こちらは私の職場近くの日本橋。3月の後半の様子です。桜がきれいで、ライトア
『江戸のカリスマ商人儲けのカラクリ』(知的生き方文庫)ㅤ発売されました!2021年発売の『江戸式マーケ』(文藝春秋)の文庫化です。ㅤ単行本との主な変更ポイントは以下の3点ㅤ・蔦屋重三郎パートをトップに持ってきて加筆・横書きを縦書きに・グラレコ風イラストはなしにㅤ単行本は内容が江戸時代だから逆にPOPさを目指したのですが、文庫本では落ち着いて読めるようになってます。ㅤ江戸のカリスマ商人儲けのカラクリ(知的生きかた文庫か75-1)Amazon(アマゾ
二条通室町西南・越後屋跡(三越)二条通烏丸を西へ行ったすぐに西洋風のモダンな雑貨店が目に入ってくる。雑貨&カフェ「MarieRose」1階はフランス雑貨で、2階はアンティークな家具のあるカフェとなっている。今年に入った夕方、この店の前を歩いていて、ふと2階見上げるとここの猫と目が合った。そのすぐ西の両替町に、薬問屋街だった名残を象徴する薬祖神社と山村壽芳堂がある。
隊長が訪れた展示会・講演・セミナー・発表会や考えた事、など「学ぶ」の第68課(回)は、『講演会「三井越後屋の発展」』をお送りします。12月2日(土)の14時00分~15時30分に、『三井越後屋の発展』と題した講演会が開かれました。主催は、三重県松阪(まつさか)市。協力:株式会社三越伊勢丹。本講演会は、松阪で元和八年(1622)に生誕した、江戸時代屈指の豪商であった三井家の家祖・三井高利(たかとし)が、日本橋に「三井越後屋呉服店」を開いて、今年が350周年となるのを記念して、開
みなさん、こんにちは三宅あみです三越カルチャーサロンで開催してきた浮世絵講座も残すところあと1回小学館さんとのコラボではじめた「『ニッポンの浮世絵100』を学ぶ」小学館から発売されていた『ニッポンの浮世絵100』を参加資料に浮世絵のジャンルや絵師についてお話しをしてきましたが、全30回を終え31回、32回は特別編です9月1日開催予定の第32回は三井越後屋創業350周年!ということで、講座の締めくくりに相応しい「浮世絵に描かれた越後屋」をテーマにしましたよ三越
高麗橋のある通りを高麗橋通(こうらいばしどおり)といいます。→高麗橋についてはこちら♪江戸時代、高麗橋通は大坂を代表する商店街として賑わっていたそうです。「ここに来れば嫁入りの支度はことごとく調う」といわれたそう三井越後屋、岩城屋の大呉服店が建ち並び、向かいには紅白粉店、べっこう店があったそうです1673年江戸で創業した三井越後屋は、1691年に大坂高麗橋一丁目に呉服店と両替店を開設したそうです三越のあゆみ|グループのあゆみ(〜2007年度)|事業
コロナ禍以降、ACとでも呼びましょうか、禁煙の飲み屋がさらに増えました。コロナ禍以前(こちらはBCです)だと、タバコも吸えずに飲み屋行けるかって思ってたのですが、今は全く平気になりました。むしろ喫茶店のほうがタバコ吸えるので、飲んだ後にコーヒー飲むことが増えたように思えます。さて、お次は三井越後屋京本店記念庭園に鎮座するという三国稲荷大明神です。三井越後屋京本店記念庭園鳥居見えます。しかし非公開。三井越後屋京本店記念庭園について書くべきでしょうけど、あまりに長文だったので書きま
百貨店を調べていたのですが、百貨店って実はかなり凄かったんですね。まず、松坂屋。松坂屋という屋号だけで100年を超える歴史がありますが、百貨店になる前の服屋時代も含めると、なんと創業1611年です。関ヶ原の戦いから11年後!徳川幕府真っ只中で、伊達政宗もまだ現役だった頃です。三越は銀座に三越前駅があります。他にはネーミングライツを使って企業名が副駅名になっている駅はありますが、本駅名に企業名があるのはかなりレアです。これは当時、日本初の地下鉄である今の東京メトロ銀座線を延伸するにあ
伊勢国松坂の小さな商人「越後屋」が、、、新商法で、それまでの江戸の商業常識を覆し、、、日本橋と言えば、、、まで発展させたのだから、越後屋三井高利は、すごい!うむ、この貫禄こそ、まさに高利さんの風情すら、感じてしまう。「三井・越後屋」=「三越」江戸時代、呉服屋は、元々、店を持つも、客先に訪問し、生地を「一反で売り」、仕立ても別代金が掛かった。そして、払いは、盆と暮れにそれまでの売ったものの代金を頂くのが常識であったのだが、、、三井越後屋高利は、日本橋に店を作った際に、それま
古墳上の社殿&諏訪橋(社殿北側の池に架かる朱色の太鼓橋)(御利益・・・妊婦が元気な子を授かることを願い渡るとGOODといわれる)ブログ412・上州藤岡諏訪神社は狛虎神社中心の話題UPであったこの内容だと当社の部分ガイドだけとなるのでこの際狛犬好きの筆者シニアは狛犬神社としての紹介にプラスして地元の歴史&文化財にも所縁の深い当社の姿に触れておかねばと思い立ったまずは今回[触れたい項目]を以下に整理
2021年9月24日金曜日晴れです。今朝の比叡山です。ガレージと玄関のバラの花殻と枯葉を掃除し、門掃きする。今日のバラです。寒くなって水が冷たくなる前に、金魚の甕を掃除しよ。甕の周りにイタチか猫の糞を発見。ネットをしないとまたやられます。7匹やられました。掃除して水も綺麗になりました。金魚が覗いてます。お昼をすませ、ちょっと休憩です。午後の比叡山です。午後はスピーカー自作の続きです。BGMです。21枚全部聞きました。いいですね。懐かしいジョン・レノンです。ブルースブ
どちらも、地味に感動します。実は三井高利も本居宣長も、松阪木綿と深い関わりがあります。
モズくん(享年17歳)の誕生日にメルちん(享年17歳)が生き返る夢を見たの!モズくんはヘソ天で爆睡の脇役でしたw2人に会えてめちゃくちゃ嬉しかったな〜♪さて、この日は江戸東京博物館へ♪小仏峠の江戸後期のお墓と出会ってから江戸時代の庶民の暮らしに興味津々!日本橋を渡ってすぐに江戸時代初期の日本橋北側町のジオラマがあるのね。このお人形たちがもうッッ!一人一人の生活背景を妄想してるとずーっと見ていられる!本来なら望遠鏡が置いてあるらしいけど、コロナの影響で撤去されてた。MIMIZU
最近の戦利品教えて!▼本日限定!ブログスタンプ今日はバーゲンの日だそうです。あなたもスタンプをGETしよう由来は2つあるようです。まず一つ目は1885年(明治18年)の今日、東京の呉服店が開催したそうです。もう一つは、1923年(大正12年)8月5日に東京日本橋の三越デパートが行ったのが最初という説です。あの、三井越後屋ですね!!しかし、江戸時代にも着物を安く売るという催しは存在したようですから、むしろそれが最初かもしれませんね。(やっぱり三井越後屋でしょうか?)
日本橋に本店がある三越百貨店店入口にある有名なライオン像はロンドンのトラファルガー広場の獅子像がモデル今は欧風の建物ですがルーツは江戸時代の三井越後屋越後屋は1673(延宝元)年つまり今から約350年前伊勢松坂(三重県)出身の三井高利が江戸に呉服店を開いたのが始まり350年も続くってすごくない?当時は商人が得意先に商品を持って行って後で利息をとる後払い方式が主流だったのを店頭で現金販売する代わりに利息をとらない「現金懸値なし」の商法
昨日、こんな本を読んでいたら…“adrygoodsdealer”というフレーズが出てきました。「ヘェ~、三井ってもとは乾物問屋やったんや!」と思って対訳を見ると「呉服商」と書いてあります。念のため辞書を見ると…(画像はウィズダム英和辞典からお借りしました)そう言えば、「三井越後屋」は呉服屋ってどっかで読んだような気がします。英語はもちろん日本のこともホンマに知らんことだらけ!あせらず、(なるべく)さぼらず、あきらめず、勉強させていただきます!
作ってくれて、ありがとにゃ~☆
ちょっと真面目にお金の歴史を学んだ後は、三井越後屋へ参りましょう!!実は、私も久しぶりなのです。東京に住んでいた頃は、中野に住んでいたので、デパートの利用は新宿が多かったのですよ。三井越後屋、現在の三越本店です。造りが重厚ですね。それもそのはずです、こちらは国指定の重要文化財なのです。昭和10年に増改築された物で、当時は国会議事堂、丸ビルに次ぐ大建築だったそうです。小学生の頃(低学年だったと思います)、ここでとても綺麗な物を見た記憶があります。しかし、それが何か解りませんで
川村清雄ブースが意外。もうすぐ新潟から三越が消えてしまうのに、佐渡奉行は三井越後屋に旗を作らせていたり。三越が無くなると、本物の文化に触れる接点が消えてしまう。捏造された文化なんかに忖度したくない。
【NeufLesMilleetUneNuits=ヌフレミレユンヌニュイ=ニュー千夜一夜物語No.863】★おまけ付き《一石橋で記念撮影》2019年6月2日撮影此れは此れはようこそお越し下されました!手前は浅草は御籾倉に店を構えます〔赤札付き〕の結城屋滉衛門と申します!江戸時代の変わった職業の第73位(貸本屋)の続きです!《令和の三井越後屋です!》《三井本館》道行く人と比べても円柱の大きさが分かりますね!「日も暮れた!気を付けてまいられ
《三囲神社の鳥居》【NeufLesMilleetUneNuits=ヌフレミレユンヌニュイ=ニュー千夜一夜物語No.669】此れは此れはようこそお越し下されました❗手前は浅草は御籾倉に店を構えます〔赤札付き〕の結城屋滉衛門と申します❗江戸時代の変わった職業の第57位は〔広目屋〕の続きです❗三井高利(1622~1694)が興した三井越後屋の「呉服物現金安売り掛値なし」の商法は、多くの顧客から支持されて、またたく間に売り上げを伸ばしていきました❗
いつも訪問戴きありがとうございます。そして、多くの「いいね!」大変嬉しいです。さて、今週末も地元のお祭り「藤岡まつり」が開催されました。先週からの猛暑日が続き、まさに暑い、熱いお祭りです。お祭りのメインは初日がお神輿が街中を練り歩き、2日目が山車の引き回しです。今回は初日のお神輿を見に行ってきました。なんでも、ここ地元は江戸時代に絹市で栄え、江戸の三井越後屋が神社に奉納したと言われている男神輿と女神輿があります。今では保存会もできていて毎年威勢のいい掛け声とと
昨日の近畿・東海地方では春一番が吹いたらしいが、前日から台風並みの強風が各地に被害をもたらしていた。気温の急上昇により梅の開花がいっせいに始まり、何とか都合つけて回ってみようと思っていたが、昨日は外に出てみて時折吹く強風に気が萎えてしまった(笑)そんなことで予定が狂ってしまったので、前から先延ばしにしていた野暮用をこなす為に、烏丸二条に行くことにした。何時もなら丸太町通りの烏丸を南下するのだが、その日は丸太町の室町通りを下がり冷泉町辺り、二条通りに出てくる。何度かは通ったこ
先日の人形町界隈を徘徊した後、日本橋での発見です。日本橋三越のあたりには、新旧の建物が混在して独特な風景が見られますね。右側の古い建物は大和屋という鰹節専門店です。この辺り、もともと魚市場が近かったせいか、鰹節の店が他にも何店かあります。で、今回の発見ではこれではありません。こちら。何とまあ、江戸時代初期の三浦按針さんの旧居がこの辺にあったそうで、碑が建っていました。三浦按針と言えば、難破船で日本にやって来た英国人のウィリアム・アダムス。徳川家康にかわいがられて武士とな
前回のPART2では吉良邸の隣の佃煮屋・甘酒の店『縁処』で甘酒を飲んだところで終わりましたね。今回のPART3は江戸東京博物館からです。江戸時代の町の風景が模型になって飾られています。(写真の👀📷✨撮り方が下手で、見ずらい画像になってしまい、済みません)