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昭和60年廃線の万字線「万字炭山駅」の跡碑。以前は別の場所にありましたが破損。昨年森林公園に移設されて復活。うれしい限りです。nostalgiaNO65は特別編で北海道に残るトーチカを紹介します。第1回目は胆振地方です。nostalgia製作委員会作成した動画を友だち、家族、世界中の人たちと共有www.youtube.com
昭和60年廃線の万字線朝日駅内。宿直室?かな。この部屋だけでかなりの妄想時間が必要になる。nostalgiaNO65は特別編で北海道の残るトーチカを紹介します。第1回目は胆振地方です。nostalgia製作委員会作成した動画を友だち、家族、世界中の人たちと共有www.youtube.com
室蘭本線の志文駅と万字炭山駅を結んでいた万字線は国鉄再建法による第一次特定地方交通線に指定され、オヤジが中学生の時に廃止されてしまい乗りに行くチャンスを逸してしまった・・・2002年にこの界隈を夕張から岩見沢に向けて車で走っていた時にふと思い出し、訪問したのが下の写真である。道道から万字炭山駅跡に下っていく途中にあった看板。万字炭山駅に到着。夏にも来たことがあってその時はこの駅に住んでいた住民が裏の畑で作業していたのを見ている。今は解体されてしまった。
北海道岩見沢市にはかつて室蘭本線・志文駅から万字炭山駅までの間に旧国鉄万字線が走っていました。石炭輸送や地元住民の足として活躍しましたが、1985年4月1日に廃止後北海道中央バスに転換。しかし路線短縮を経て路線バスも廃止されてしまいました。現在東部丘陵線コミュニティバス(外部リンク)が運行中。旧国鉄万字線・中央バス万字線廃止後はどうなっているのでしょうか?筆者は東部丘陵線コミュニティバスに乗車し、万字線を巡る旅に出かけてみました。
万字線沿線の炭鉱は1905(明治38)年、北炭が万字に万字炭鉱を開坑したことから始まる。1914(大正3)年志文と万字炭鉱を結ぶ万字線が開通し、沿線で炭鉱の開鉱が相次ぎ、朝日、美流渡、万字の各地域は多くの炭鉱関係者が住む住宅街と市街地が広がり賑わいを見せるようになりました。戦時中も出炭量は増加し、昭和30年代には万字線沿線の人口が2万人を超えました。石油や安価な海外炭の広がりによって石炭の需要が減少したことを背景に、1960年代半ば頃をピークに減産へ向かいます。1969年には北星炭鉱、19
【万字線】開発した万字炭鉱からの石炭輸送を目的として敷設された路線1914(大正3)年11月1日:万字軽便線として全線開業(1924年まで万字駅-万字炭山間は貨物営業のみ)1919(大正8)年11月11日:朝日駅を新設1922(大正11)年9月2日:万字線と改称1924(大正13)年9月1日:万字-万字炭山間の旅客営業を開始1985(昭和60)年4月1日:全線廃止万字線①志文駅〜上志文駅『万字線①志文駅〜上志文駅』万字線巡り万字線&万字炭鉱は下調べ不足で思う存分味わえなかっ
【万字線】開発した万字炭鉱からの石炭輸送を目的として敷設された路線1914(大正3)年11月1日:万字軽便線として全線開業(1924年まで万字駅-万字炭山間は貨物営業のみ)1919(大正8)年11月11日:朝日駅を新設1922(大正11)年9月2日:万字線と改称1985(昭和60)年4月1日:全線廃止↓前回、万字線①志文駅〜上志文駅『万字線①志文駅〜上志文駅』万字線巡り万字線&万字炭鉱は下調べ不足で思う存分味わえなかったので、今後の自分の探索の参考にまとめておく。1ブログに収めよ
万字線巡り万字線&万字炭鉱は下調べ不足で思う存分味わえなかったので、今後の自分の探索の参考にまとめておく。1ブログに収めようと思ったが、1駅書いたら止まらなくなったので3回に分けてまとめます。【万字線】開発した万字炭鉱からの石炭輸送を目的として敷設された路線1914(大正3)年11月1日:万字軽便線として全線開業(1924年まで万字駅-万字炭山間は貨物営業のみ)1919(大正8)年11月11日:朝日駅を新設1922(大正11)年9月2日:万字線と改称1985(昭和60)年4月1日
昭和60年廃線の万字線のさよなら記念切符。廃線から今年で40年。じっくりともう一度訪ねてみよう。
三菱鉱業美唄鉄道で使われていたもの。こちらは万字線のもの。削られた跡に歴史を感じる。nostalgia製作委員会作成した動画を友だち、家族、世界中の人たちと共有www.youtube.com
こんにちは!819manです!昨日の話です。天気も良くて「どうしよう、バイクに乗りたいな…」。で、とりあえずR25を走らせました。とりあえず行き先は「いつものクネクネ道」。途中「旧万字線朝日駅」旧道はフェンスで進入禁止。毛陽地区の果樹園のリンゴも大きくなってきました。で、丁未風致公園へ続くクネクネ道。通い始めて40年弱。走らせながら「昔は路面もキレイで走りやすかったな…」と感じていると「オマエの走りも昔はキレていたけどな」と言い返されました。「まぁお互い年月
国鉄万字線は万字炭山からの石炭輸送を目的に1914(大正3)年に開業しています。途中駅の変わった名前、美流渡(みると)駅も炭鉱の名前。朝日駅は朝日炭鉱。多くの炭鉱があり活気が溢れていましたが炭鉱閉山の後、1985(昭和60)廃線。23.8kmの路線に6つの駅がありました。昭和57年に乗りに来た記憶があります。万時炭山駅は取り壊されていましたが、万字駅は簡易郵便局になっています。あいにく時間外(15時まで)で間に合わず。薄暗く郵便局も休みなので、ちょっと怖い。
昭和60年廃線の万字線「万字駅」の看板。お隣の「美流渡駅」。そして「上志文駅」。こちらは建物付きで楽しめます。
昭和60年廃線の万字線で使われていた警戒標。解説です。警戒しましょう。nostalgiaNo45は太平洋石炭販売輸送臨港線です。nostalgia製作委員会作成した動画を友だち、家族、世界中の人たちと共有www.youtube.com
昭和62年廃線の湧網線「卯原内駅」の看板。駅跡が残っています。昭和60年廃線の「万字駅」の看板。駅舎が残っています。看板と駅跡とセットで見られるのは幸せ。
昨日は岩見沢駅まで電車で出かけました岩見沢駅に友人夫婦が迎えに来てくれましたまず旧万字線に沿って東部丘陵地帯へ小樽駅から江別行に乗って江別で乗り換え岩見沢行が来た万字(まんじ)線は岩見沢志文駅で室蘭本線から分岐し栗沢町の万字炭鉱まで結んでいました1985年全線廃止朝日駅(朝日炭鉱)は公園になっています美流渡(みると)地区美流渡炭鉱があった所旧美流渡中学校でイベントありましたみる・とーぶフェスティ
夕張市街地を後に岩見沢方面へ向かいます。夕張市の外れにある「秋桜塚」という場所を地図で発見し、立ち寄ってみました。ここは炭鉱事故で亡くなった方の慰霊碑のようです。奥にはバーベキュー場もありましたが、朽ちていました。クマ注意看板がありましたが、薄紫、ピンクのルピナスが綺麗でした。北海道の花は紫色が多いですがなぜだろう?幌向川ダムです。ここはもう岩見沢市です。コンクリートダムではなく石を積み上げて作ったロックフィルダムで、迫力はあまりありません。近く
昭和60年廃線の万字線「朝日駅」の歴代駅長。往時に思いを馳せるには十分な資料です。
岩見沢の志文から万字炭山までを繋いでいた国鉄万字線の駅跡を辿ってみた。始めに朝日駅。ここは“万字線鉄道公園”として整備されていて、駅舎もキレイに残されていて見応えがある。ホーム側から見た駅舎駅碑もあって大切に保存されているのがわかるSLのB201が動輪も中に乗り込むこともできる駅名標駅舎の中もいろいろ残されていて、窓にヘリ付いて覗き込んでしまったわこの先に線路は続いていないのが切ないこの後、美流渡駅へ。こちらも公園になっていて、駐車場側に第二種の車止めちょっと離れて駅碑
昭和60年廃線の万字線で使われていたもの。一の沢踏切付近。このあたりでスピードが落ちて、乗り降りがあったよう。乗ってみたかったなぁ。万字線。
岩見沢市にある万字線の資料館。たくさんの資料があります。そして、万字線にどっぷり浸れます。
岩見沢駅からやっと北海道最後の大物、室蘭本線の乗り潰しスタートです。北海道名物ばんえい競馬。実物を見たことはありませんが、きっと力強く重い荷物を引いて、ゆっくり走るんでしょうね。そう言えば最後のデゴイチも室蘭本線でしたよね。現在の室蘭本線は岩見沢口では列車密度も低く、すっかりローカル線になってしまいました。のんびりと進みましょう。岩見沢のお隣が志文です。その昔、ここから万字炭山まで万字線と言う炭鉱ローカル線が伸びてました。確か昭和60年に乗ったと思います。志文から出ていると言っても旅客
昭和60年廃線の万字線廃線記念の手形。そのほか記念品の数々。惜しまれて廃線となったことがよくわかります。
昭和60年廃線の万字線「朝日駅跡」にあるキロポスト。ここには動輪や警報器もある。車両や駅舎も残っているワンダーランド。何度行っても楽しめます。
今回の「大いなる日帰り旅」、最終目的地は、旧・国鉄万字線の、旧・朝日駅跡であります!豪雪地帯である岩見沢市の山あいにあって🤭、保存状態はすこぶる良好。さぞや静かな所だろうと思ったら、ナナナ南斗、習志野ナンバーの車で来た先客が居たのであります!………おおかた、ネットもしくは雑誌で取り上げられていたのを見て来たのだろう。わいと次男クンの好きな雑誌「鉄おも!(ネコ・パブリッシング刊)」でも、取り上げられてた場所だし。可愛いマンガ字で書き直された駅名標。旧国鉄、B2
昭和60年廃線の万字線で使われていたタブレット。この写真2枚でかなりの妄想ができるのは私だけでしょうか。
今日も早起きのかものはし。2時に起きて風呂に入ったりして、ふと天気予報を見る。今日は一日中、雨予報だと思っておったが、朝方だけ天気がもちそう。それは出かけねばならん。ということで、朝4時から、前からちょっと気になってたところへ行ってみることに。岩見沢まで行って、ちょっと山の方に入ると旧・国鉄万字線の朝日駅。かつては炭鉱とつながる線路として活躍するも、昭和60年に廃線となった鉄道の跡である。鉄道遺構が結構残っている、この朝日駅。ご覧のとおり、駅舎やレールはおろか、踏切やらポイントや
いつもありがとうございますぅホシノです<(__)>私もヨウコちゃん同様今週はしっかりブログアップしてまいりたいと思う所存ですっ<(__)>笑がんばりますさて今年の第二弾の撮影会は岩見沢を回りましたぁ~題して「健康的撮影会ザワを楽しもう」ですたまには・・・地元、ザワ(私は岩見沢をこう呼んでます笑)を、皆さんに案内したいということでまずはここにお連れしました旧万字線の朝日駅でございます~
4/29今日は昭和の日。久々何もない日。いや、午前中お見積りがあったけど、現場作業がなく、事務仕事がはかどります。去年、国鉄万字線資料館が岩見沢市美流渡バスターミナルと美流渡の奥地の2か所にあって何度も行ったんですが、いつもしまっていて、「今年こそ!」と意気込むなか、朝日地区のコミュニティー交流センターに移設したとプレス空知に出てたので即行ってきました。期待に胸膨らませ室内へ・・・の前に万字線について。旧国鉄万字線かつて日本国有鉄道(国鉄)が運営していた鉄道路線(地方
詳しくはこちらをご覧ください旧国鉄万字線鉄道資料展示室|岩見沢市ホームページ大正3年11月11日に室蘭線の支線として開業した国鉄万字線は、昭和60年4月1日の廃止をもって、70余年の歴史に幕を閉じました。岩見沢市及び栗沢町を含め、空知一帯の山岳地は、明治時代から石炭の埋蔵量が極めて多い地域として政府や北海道開拓使から注目され、石炭産業の開発が当時の国力増強の屋台骨を支えてきました。万字線は、沿線炭鉱からの石炭輸送を中心に、開業から昭…www.city.iwamizawa.hokkaido.jp