ブログ記事31件
まだ、決定ではないけれど概ねこんな感じ♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪プレートカラーはシルバーでいくか?はたまた、木製でいくか‥‥‥そんなことて、一日潰す。
桑の葉お蚕さん御用達本の名を忘れたが塩野七生の著作に、彼女がたまたま旅行中、内戦下のキプロスの軍人に会って話をしたときのことを書いたエッセイがあった。どうすれば、部下は上官のために死んでくれるのかと凄いことを訊いたらしい。軍人曰く、大意、普段から部下の面倒をよくみる。訓練も最善を尽くす。部下の為にできることは何でもやる。そうすれば、いざというとき自分のために死んでくれる。上司は選べないのが組織の原則であり、こういう上官に恵まれればよいが、旧軍には「上官の命令は陛下の御命令で
こんばんは😊国史が大好きHickeyです😁僕は國史が大好き❗️自國の歴史だから当たり前‼️史跡や遺跡を訪ねたり博物館に行くのも大好き‼️『歴史は難しいから興味ない😨💦』そんな事を言う人もいるけれど…勿体ない…僕のブログでは國史や神話の話が出てくるけれど『歴史は難しいから興味ない😨💦』そういう人に興味を持ってもらえるよう工夫し國史を学ぶ入り口づくりをブログでしている‼️どうか『歴史は難しいから興味ない😨💦』そんな風に斜に構えずに楽しんで欲しい‼️國史は楽しいぞ🇯🇵さて昨日
㊗️紀元節建武中興の真実から國體の真髄に迫るー國體と楠公精神ー山下弘枝先生講義拝聴教育の本質を知る素晴らしい講義をありがとうございました佳き日の学びあまねく光美しく強き国🇯🇵日本國弥栄
こんにちは、口もとから全身を健康にする歯科医師・メンタルトレーナーの松谷です。こちらにて『感動・健康・美」を届けています。(松陰先生が2年半いた松下村塾)こちらの続きです。まだ車も新幹線もない時代、松陰先生は楠公(楠木正成)墓地に何度も足を運びました。(楠木正成公)松陰先生は会ったこともない楠公さんの墓地の前で、涙があふれて溢れて・・・どうしても止まらなかったそうです。楠公墓所を訪れた偉人たち・吉田松陰先生・真木保臣・高杉晋作
「日本の星の時間」十九世紀後半に、オーストリアの裕福な家に生まれたユダヤ系作家シュテファン・ツブァイク(1881~1942年2月22日)は、ビザンチンやコンスタンチノープルの陥落ワーテルローの戦い、また、太平洋の発見やドストエフスキーが死刑を免れた瞬間そしてレーニンの封印列車、などの「歴史的な決定的瞬間」を「人類の星の時間」と名付けた本を書いた。ツブァイクは、一つの天才精神が生きると、その精神は多くの時代を超えて生きつづける。そして、避雷針の尖端に大気全体の電気が集中
我が国の「不文の憲法=根本規範」に関するメモを続ける。我が国の「不文の憲法=根本規範」の中枢にあるのは、次の「天照大御神の天壌無窮の神勅」だ。豊葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂國は、是吾が子孫の王(きみ)たるべき地(くに)なり。宜しく、爾、皇孫(すめみま)、就(ゆ)きて治せ(しらせ)。行矣(さきくませ)。寶祚(あまつひつぎ)の隆(さかえ)まさむこと、當に天壌(あめつち)の與(むた)窮り(きわまり)なかるべきものぞ。この神勅で最重要の言葉は、「治せ(しらせ)」であ
半年ぶりにSOLD・・では今一度アルミドッグタグ素材抱えていてもメリットないので少しでも小遣いの足しにしないとねそして「ローゼンリッター」と「パレンケの宇宙飛行士」いい天気ですが暑いですデルタエリート塗装にゃもってこいですが
🇯🇵日本を知る会第143回特別勉強会講師:大楠公伊勢楠氏嫡流25代目末裔・神職山下弘枝先生山下先生のUPされた集合写真が本当に素敵でどうしてもUP致したく拝借させて頂きました。みなさま善き笑顔で直会の画像はジブリ飲み会とリンクします笑神人和樂まこと善哉山下先生著書『建武中興と楠木正成の真実』Amazonベストセラー歴史部門https://www.amazon.co.jp/dp/4792607396/
こんにちは、「こころと口もと」の専門家、メンタル歯科医の松谷です。あなたは、明治時代までの多くの日本人が尊敬していた人物を知っているでしょうか?(楠木正成公)敗戦後、GHQが行った「日本弱体化計画」。教科書の墨塗りや焚書で徹底的に消されたのが、今回ご紹介する『楠木正成公』通称『楠公』さんです。私は心理学を学び、人間性を育んでいくには、母国の歴史がどれほど重要かを思い知らされました。そのような中、皇学館大学教授の松浦光修先生の【新訳】留魂録を読み、
安倍晋三国葬儀に参列して数学者の岡潔先生が、御生涯の最後に強調されていたのは、「情と日本人」、「日本人は情の民族」ということだ。この度の国葬儀は、日本人は情の民族であるということの証(あかし)であった。この度の国葬儀は、天皇の知らす国である日本の國體を顕していた。この度の国葬儀は、国軍が執行していた。まことに、戦場の兵士のように斃れた安倍晋三君にふさわしい。国事に携わる者の覚悟は、戦場の兵士のように死ぬことだ。これが、七生報国に生きると言うことだ。西村眞悟FBよ
山吹谷公園(橦木町2丁目)この公園は名古屋市立第三高等女学校の跡地です。昭和20年1月23日、動員学徒(大曽根の三菱航空機に勤労動員されていました)が退避していた防空壕を爆弾が直撃し、42名が爆死しました。※学徒勤労動員または学徒動員とは、第二次世界大戦末期の昭和18年以降に深刻な労働力不足を補うために、中等学校以上の生徒や学生が軍需産業や食料生産に動員されたことである。wikipediaより抜粋校訓碑「名古屋市立第三高等女学校ここにあり」碑戦後に建てられた慰霊碑です。
神社で手を合わせる時、どの様な気持ち、そしてどの様な言葉で話しかけているだろうか。自分から家族へ。家族からコミュニティへ。コミュニティから国家へ。国家から世界へ。世界から銀河宇宙へ。心を拡げてみませんか?これは政治の世界も同じ事。かつての「日本会議」かつての「自由民主党」その様な方々が沢山おられました。戦時中、「天皇陛下万歳」と言って玉砕した方々もおられました。しかし、日本のある特殊任務要請学校ではこう言っていたのです。「絶対に死ぬな。お国のためなら、恥をかいてでも生き
湊川の合戦に想う「メンツ」より「聞く耳」25日は「天神様」の縁日です勉強するのもいいですね「湊川の合戦」建武3年・延元元年(1336)5月25日摂津国「湊川」で「足利尊氏」の軍、約50万人新田義貞、楠木正成の「朝廷軍」、約5万人劣勢になっても「後醍醐天皇」へ忠義を尽くした「楠木正成」の最期です背景には後醍醐天皇と公家の正成を「軽視」する姿勢がありました武家を冷遇し、朝令暮改を繰り返す後醍醐天皇と一線を画した「尊氏」朝廷軍から尊
桜井の別れに想う「恩」に「報いる」21日は弘法太師の縁日です「南無大師遍照金剛」なむだいしへんじょうこんごうお唱えするのもいいですね「桜井の別れ」建武3年(1336)5月21日楠木正成(まさしげ)、正行(まさつら)親子が西国街道の桜井駅で「訣別」しました後醍醐天皇は鎌倉幕府を倒し「建武の新政」を始めます武士を軽んじたため武士の不満が募ります「足利尊氏」は西国武士を募り九州から東上します「新田義貞」を総大将とする朝廷軍の兵は足利軍の10分
七月中旬に梅雨が明け、八月にはいると、お盆で、戦没者慰霊の日がくる。そこで、現在の我々日本人が、未だ我が国を占領していたGHQに洗脳された通りに、自らの思考を停止していることを指摘しておかねばならない。まず、第一に、総理大臣として英霊が祀られている靖國神社に参拝できない総理大臣が、長期の政権を許され、退任しても、いまだちやほやされていること自体、戦後の思考停止と言わざるをえない。何故、お国の為に戦場に赴き戦死した英霊に総理大臣が靖國神社に参拝して慰霊の誠を捧げること
今の人達に『決死』と『必死』の違いが分かるだろうか?
第二回旅順口閉塞作戦で福井丸に乗船する際に詠まれた詩(明治三十七年三月)七たび生まれて国に報ぜんShichi(Nana)TabiumareteKuninihōzen一死心堅しIsshiKokoro(ni)katashi再び成功を期しFutatabiSeikōwokishite笑みを含みて船に上がるEmiwofukumiteFuneniagaru<解説>例え何回生まれ変わろうとも、国家に尽くすという気持ちは変わらない。死ぬことは勿論、
前回の続き、境内入口から。詳しい地図で見る境内全景。人家の中にあっては社叢も含めると広い方だと思う。向かって左手のコンクリ造りの祠。詳細不明だが戦没者を祀る忠魂社系のものではないかと思う。その隣の江戸時代の石灯籠二基。手前が天保十五年(1844)、台座に「村中海上安全」とある。奥が文政九年(1826)の秋葉灯篭。台座に龍の彫刻が施されている。社殿前。手前の幟立ては上の灯篭と同じ天保十五年のもので、「最初定」と彫られている。初めて見る言葉で、検索
https://www.nicovideo.jp/watch/sm36972804
最近ブローのキャスに入り浸ってるが、こいつの目線もおかしいよな。りいなの目線もおかしいんだよな。俺がいくらりいなとのDMで日本人目線で語っても、それには一切共感せず、でもだってでもだってで、全部チョンを擁護。お前ら、本当に日本人か?wしかもりいなは、君が代を習わなかったし、歌えないとブローのキャスで語っていた。一度、りいながブローのキャスの終わり頃に、みんなにフルボッコされていたぶーを、逃すようにりいながキャスを始めたよな。後日、別のキャスで、あれ、ないんちゃうん?と
自分を"近代ゴリラ"と揶揄された討論会のポスターを眺めて三島はニヤリと笑っていた父は東大法学部出身の農林官僚母は前田家の儒学者の血筋絵に描いたエリート家庭に育った高等科までは学習院で学ぶ高等科は優秀な成績を修め首席で卒業天皇陛下(昭和天皇)から銀時計を拝受されるそれが天皇崇拝、皇国主義の一因でもあると討論会でも披露していた中等科5年のとき「花ざかりの森」を処女出版し"天才現る"と称賛されるその後はノーベル文学賞候補として川端康成と肩を並べたりもした比較的ちやほやと扱
もしも、人間の波動を数値化するようなマシーンがあったとしたら、私たちからどんな波動が出ているでしょうか。食べ物に仕込まれている波動からいうと、粗食の人以外は殺人の波動が確実に溜まっているはずなのです。(私自身、日本のマヨネーズに中毒になっていたのですが、これをやめたとたんに頭がはっきりしてきました。)つまり、スピリチュアルな説明の仕方をしますと、「カルマの捏造」というか「罪のなすりつけ」(刷り込み?)が行われているというわけです。*リブログ本文↴◆人喰波動日本の昔話「鬼退治
西村眞悟の時事通信平成30年9月15日(土)天皇がしらす國である我が国の歴史を振り返るとき、古事記の日本武尊と、身を捨てて荒ぶる海を鎮め愛する日本武尊を救った弟橘姫の物語から始まって、武士(もののふ)や軍人また兵士ら、そして、民族の運命に選ばれたかのようにその場に遭遇した人々には、自らの生を切断することによって、後世に深く巨大な影響や思想を与える人々の系譜があるように思える。平成三十年九月八日、鹿児島の錦江湾を見晴るかす丘にある南洲墓地を訪れた。そこには、西郷
今日は父を連れて「桜井駅跡」と「勝龍寺城」に行って来ました。「桜井駅跡」は「湊川の戦い」を前にした大楠公が長子正行と涙の別れをしたところです。以前にもブログアップしたので、今日は「七生報国」と頼山陽の漢詩を・・・父の母つまり僕の祖母が「桜井の訣別」という歌が好きでしたので、父はそれを思い出していたようでした😌僕も祖母が歌っていたのを覚えてます🎶この後は「勝龍寺城」へここは「細川ガラシャ」が嫁いだお城です🏯「山崎の合戦」の時はその「細川ガラシャ」の父である「惟任
うまく言えないのですが、日本人の真髄にあるもの、それを身をもって体現した“これぞ日本人”と思えるのが「楠正成公」。「七生報国」がどういうことであったのかを知り、震えるような感動を覚えました。天皇への変わらぬ忠義『七たび生まれ変わっても足利を滅ぼす』[海外の反応-日本人に誇りを!]6:05https://youtu.be/E3ElnS6GcIY【日本人に誇りを!海外の反応-】内容書き起こし「楠正成」と言えば戦前では学校でもよく教え、唱歌でも歌い、多くの子供達が尊敬していた。江戸
にほんブログ村モイ!(^-^)/こないだ餃子の王将住之江駅前店を経た後、大阪護国神社へ行って参りましたよ。御祭神として、明治維新前後の天誅組八柱を始め、西南の役、日清戦争、日露戦争、大東亜戦争に至る大阪府出身並びに縁故の殉国の十万五千余柱の英霊が祀られています。霊石、さざれ石。特攻勇士の像余談ですが、日本の教科書には「日本軍は特攻隊を編成し、飛行機などによる体当たり戦法を採用したが、劣勢を立て直す事は出来なかった」としか記述がありません。
遅ればせながらの鑑賞記です。「ハクソー・リッジ」公式サイトは、⇒こちらそちらからの引用ですが、監督であるメル・ギブソンさんの言葉を先ずはお聞きください。空前絶後の沖縄戦。これを観るにあたって、お詣りをしてからでないと、何故か、いけないような気がして、「七生報国」と書かれた鉢巻を締めるような、変なスイッチが入ってしまうと怖いので、6月の上京時に、靖国神社に参拝したと云う訳です。数十万の英霊が、常世とあの世を行き来をするというならば、このくらいの大きさが必