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土曜日はベイスターズが負けてしまいイヤな週の終わり方でした。流石、パリーグ首位の日ハム、強敵です。デーゲームに勝てないイメージしかないベイスターズ、何とか勝って良い週のスタートになることを願っています。また、時間をつくって、新橋のタミヤ・プラモデル・ファクトリーに展示されている(期間限定:30Jun2025まで)「たいれるP34(タイレル、ティレル)」観に行きたいと考えています。勿論、撮影した画像は得意気に本ブログで紹介します。今週は無理かな!?一式砲戦車は車体に取付ける装備品の加
今週/今月の始まりは、良かった。ベイスターズが巨人と.5ゲーム差ながら2位に浮上しました。今週から交流戦で楽天と日本ハム、どちらも調子良さそうなので、ちょっと心配です。しかし、F1のレッドブルレーシング(RBR)は残念でした。レーシングブルズ(RB)より成績が悪いとは想像できませんでした。1少し進捗微妙な進捗ですが、鋲接部分は「コの字」ではないので、独立したフレームに見えるよう切り込みを入れました。2排気管カバー思案した結果、ファインモールド製九七式中戦車に付属す
五月最後の一日です。そして一週間の最終日です。大事に過ごしましょう!?五月の大型連休でTIEボマーのパーツを進捗させようとし、気まぐれで工作を始めてしまったタミヤの1/35一式砲戦車です。正しくは「一式7糎半自走砲」と称するそうで、砲兵隊が運用する機材です。しかしながら、シャーマン戦車を撃破できる機動兵器が無かったことから戦車隊から強い配備の要望があり、砲戦車という名称を考案して戦車隊に配備されるようになったそうです。タミヤの製品は1970年代の開発ですが、ファインモールド社長の鈴
メルカリに出品した商品を紹介します。タミヤ・ファインモールド1/35日本陸軍一式砲・乗員セット完成品-メルカリタミヤ・ファインモールド1/35日本陸軍一式砲戦車乗員セットタミヤとファインモールドのコラボ商品タミヤの「日本陸軍一式砲戦車」にファインモールドのフィギャア「帝国陸軍戦車兵セット2」のセット商品になります。ジオラマ台としてのコレクションケース付き。この記事の最後に完成画像を元にChatGPTで生成した画像と生成過程のやり取りを掲載しています。
第四陸軍技術研究所所属221号車前回の記事で左側面防楯にリベットまたはボルトが見える。と記事にしましたが。より鮮明な写真を見ることができて、単なるボルトではなく把手又はフックだったという事が判りました。正確な用途は不明ですが、形状やサイズからカバーや幌の固定用かと思われます。22年11月に制作済みの試製ホニⅠ。基本的にキットのままで手を加えないつもりで制作したのですが、北満試験時のように、左側面の円匙や十字鍬は取付ていません。防楯の溶接ラインも入れていませんでしたが、
ボークス日本橋店R-1188のショーケースに出品中フジミ1/35日本陸軍97式中戦車&一式砲戦車セットを出品しました。アクチュアル・ウォーゲームの駒として使用していたものになります。枯草色の単色塗装で塗り分け等もされていません。基本的にはジャンク品扱いの出品と思っています。経年劣化していますがパーツの欠落などはないので、リペイントすればミニジオラマの小道具程度には役立てるかと思います。コレクションケースのみ新品です。
ボークス日本橋店R-1188のショーケースに出品中タミヤ・ファインモールド1/35日本陸軍一式砲戦車乗員セットを出品しました。タミヤとファインモールドのコラボ商品タミヤの「日本陸軍一式砲戦車」にファインモールドのフィギャア「帝国陸軍戦車兵セット2」のセット商品になります。ジオラマ台としてのコレクションケース付き。こちらの4体のフィギャアはファインモールド製こちらの2体はタミヤの一式砲戦車に付属のフィギャア基本工作後の塗装下地塗装に
今日は雛祭りだけど冬に逆戻りした様な寒い一日だった🥶朝から冷たい雨だったしちょっとだけ雪も降ったっぽい❄️ランチの予定がキャンセルになってホッとした😌先日父から「孫(私の甥っ子)に作らされたプラモデルがやっと完成した〜!」と写真&動画が送られてきた🤳兄(小学生)が弟(小学生)の誕生日プレゼントに買ってあげたけど、弟には難しくて「おじいちゃん作って〜!」と頼まれたらしい😁なかなか細かくてビックリ‼️こりゃ小学校低学年の子には難しいかも😅繊細な作りだから、動かして遊ぶ物じゃなくて飾って
日本の戦車です。レジンの物とWTMKがあります。レジン製は20年程昔に作りました。見るに堪えません。特に艶っているのが何とも…塗り直しも考えましたが原型自体も酷いのでドライブラシとウォッシングをして艶消しのトップコートを掛けようと思います。で、やってみたところドライブラシで艶が消えたのでトップコートは止めました。一式砲戦車です。ドライブラシと墨入れでメリハリが出ると見られるようになりました。これでも良くなったんですよ。一式中戦車です。キャタピラが真ん中で離れてい
ボークス日本橋店R-1188のショーケースに出品中タミヤの1/35日本陸軍一式砲戦車(人形6体付き)を出品しました。タミヤ1/35MMシリーズNo.331日本陸軍一式砲戦車(人形6体付き)コレクションケース付き6,300円です。日本陸軍後期迷彩塗装枯草色はファレホの枯草色(70.610)草色はミスターカラーの草色茶色はミスターカラーの赤褐色ジオラマ台はダイソーのコレクションケース(中)300円
第四陸軍技術研究所所属221号車前回の記事の書いたように左側面防楯にリベットまたはボルトが見える。22年11月に制作済みの試製ホニⅠ。基本的にキットのままで手を加えないつもりで制作したのですが、北満試験時のように、左側面の円匙や十字鍬は取付ていません。防楯の溶接ラインも入れていませんでしたが、この221号車の特徴なので追加工してみました。防楯上面の前後方向の溶接ラインは初めて入れてみました。また左側面防楯にリベットまたはボルトを追加しました。外側にリベットがあれば
試製一式七糎半自走砲の防楯についての疑問試製七糎半自走砲試製第一号車の防楯は小型で量産型とは違っていた。この後、試製十糎自走砲の防楯を経て量産型の防楯形状になったと思います。昭和17年7月試製一式七糎半自走砲1号車7月には5門が生産されている。完成直後と思われ覗視窓の扉はまだ取付加工されていない。第四陸軍技術研究所所属221号車昭和18年1月、北満試験時の車体なので初期の生産車両と思われます。ハッキリと断定できませんが、防楯側面に何ヶ所かリベットまたはボルトが
年末年始も仕事が続き、纏まった休みも無かったため更新出ませんでした。タミヤの一式砲のほぽノーマル状態。砲の可動用レールのみは実物に無いため削除しています。ホ二1の大架は空洞部分のモールドは凹みのみ。小架右側はちょっと物足りない感じ、FM社のホ二Ⅲでは更に精密に。上タミヤ一式砲キットのまま。中照準螺稈の軸受と駐板をFM三式七糎半戦車砲Ⅰ型を参考に追加。下以前プリントアウトしていたファイルからホ二Ⅰ実車写真を参考に、照準螺稈の軸受と駐板と、攫爪軸受とボルトをプラ板で追
YouTubeにホ二Ⅰの動画があります。InsideTheChieftain'sHatch:HoNiUnearththeincrediblestoryoftheJapaneseType1Ho-NitankdestroyerwithourChieftain🤯Joinhimasheexploresitsingenioustacticsanduncoversits...youtu.be残念ながらなにを話しているかはわかりませんが
操縦席車体側の計器類を制作しました。操縦士の左に、油圧計、電流計、速度計が収まる計器盤。(上には計器盤灯)。操縦手正面(下側)に、回転計と始動釦。また点視孔にはFM社クリアパーツから防弾ガラスを装備します。車体に組込むと覗き込むようにしないと、見えませんが、防楯前面にも防弾ガラスを装備しています。クリアパーツだけではなく左右の取付具とボルトも追加しました。九〇式野砲の閉鎖機には拉縄も追加しました。入手と加工のしやすさとから、爪楊枝を削り出ししました。小架右側面にはネッ
PCが復旧したので投稿を再開します。新規PCも購入しなければなりません、今度はノート型にしてみようかと思います。また、繁忙期の為早朝からの勤務で、制作は停滞しています。FM社のチハ・インテリアキットを部分的にコピーしてみました各レバー類は細いのですが入るとスグに折れてしまいます。複製した駆動系と操縦系のパーツを組込んでみました。操縦席と反対側(左)には、何らかの工具箱又は弾薬箱をセットする台があります。タミヤがホ二Ⅰをキット化する頃のアバディーンでの写真で確認できます。
昨年の12月に制作した戦車第二師団機動砲兵第二連隊第二中隊仕様ですが、戦闘室内部は見える範囲で内装部品を製作取付けています。なので、操縦席や操縦装置類は作っていません。また室内も艶消し黒で塗装し見えない事にしていました。今回、操縦席の背もたれ部分をつけ忘れていたので、複製して取付けようと思いましたが、どうせなら操縦装置も入れようとしたものの、部品をガッチリ接着してしてあるため、履帯がバラバラになっても外れませんでした。何とか床部分を削り落とし室内をホワイト・サフェーサー
今回は昨日紹介したシャーマン中戦車と絡ませて見ました。まずは歩兵。側面から襲撃しようとするも見つかってしまう、という状況ですね。続いて、一式砲戦車。だいたいこのような形でシャーマンを撃破していったと考えられます。ということで、今回の記事を終わります。
今回からタミヤの一式砲戦車を紹介したいと思います。箱を開けて、まずは素組み。お披露目。続いて、塗装して完成。兵士のフィギュアを添えてお披露目。最後にボックスアートと共に。次回に続きます。
※度々お知らせしておりますが、当方のPCの不具合につき、皆さまの全てのアメブロ記事でタイトル部分と本文以外が欠落し表示されません。「いいね」「フォロー」をしていただいてもお返しすることも出来ません。見返りを期待して押される方は申し訳ありませんが、ご遠慮下さい。当面の間冒頭にこのお知らせを載せることにしました。1944年9月半ば~下旬にかけて敵機動部隊が比島東方海域に現れ比島各地の空襲を実施しました。敵の空襲が一段落し
1945年1月9日、敵はリンガエン湾に上陸を開始。リンガエン湾で揚陸作業中のLST-469約6個師団175000人がこの日に上陸を果たしました。16日夜、第23師団及び独混第58旅団の一部と戦車第2師団の重見支隊が夜襲をかけますが、圧倒的兵力の元次第に消耗していき27日には奮闘していた重見支隊がサンマヌエルで全滅。ルパオやサンホセなどで戦車第2師団主力が敵の侵攻を押し留めてる間に北部の日本軍は山地へと物資を輸送
服部半平のスバル360・2号車製作で休止していた試製ホ二Ⅰ製作再開しています。しかし、12月は繁忙期になり疲れが溜まると予想されるので製作ペースはのんびりです。第四陸軍技術研究所所属221号車昭和17年度冬季北満試験を実施中の221号車。取りあえず完成しています。左側面の円匙や十字鍬は取付ていません。同じく北満で射撃試験中の221号車。ほぼキットのままの車体後部。履帯はFM社のベルト式を流用。あまり追加工作はしないで製作しました。打重機の取付具は薄く加工し
試製一式七糎半自走砲・機動砲兵仕様の製作アバディーン戦車試験場に展示されていた機動砲兵第二連隊第二中隊所属車の車内。無線機ラックの側面には軽め穴?が空いている。ラックの両端下側には謎の部品が見える。ファインモールドチハ系インテリアセットの無線機の操作パネル部分を複製しました。無線機ラックはキットとは形状が違うため写真を参考にプラ板を箱組しました。側面の軽め穴は開けましたが、ラック側面のリベットは付けませんでした。ラック両端下の部品は特徴的なので、それらしくしてみました。ラックの
試製七糎半自走砲に組立式可動履帯が組みあがり、軽く塗装して取付しました。左前面から可動履帯は指定の93枚+1枚ですが、もう少し弛みが欲しい、、、右前面からこちらは履帯の緩みは上部は良い感じですが、ピントが合っていませんが。九〇式野砲改は車内側はFMのホ二Ⅲ・三式戦車砲をベースにしました。閉鎖機周辺は、ホ二Ⅰ、ホ二Ⅲ、チヌ搭載時とは違うので、返って試製砲の感じが出たかと思います。小架にリベット追加、揺架匡左側面に防危板(柱)を追加、平衡機下部を現存ホ二Ⅰを参考に
最後の一台では、転輪の塗装をランナーに付いた状態でゴムリムまで塗る事にしました。転輪を組立てから、パーティングラインを削り、ゴムリムを塗り直す予定です。四研仕様は素組で、機動砲兵仕様は側面にも少し内装部品を追加します。先行制作していたファインモールド・インテリアセット組込み。試製七糎半自走砲ホ二Ⅰ系列四両同時進行になってしまいました。
試製一式七糎半自走砲製作タミヤキットの車内は床下は弾薬箱と変速機、後方の機関室隔壁を再現しています。逆に言うと操縦席辺りから前方と、側面は再現されていません。この辺りは覗き込まないと見えないとして黒塗りで誤魔化します。第四技研仕様は、キットの素組みで仕上げるつもりです。機動砲兵第二連隊第二中隊所属車仕様については米国アバディーン戦車試験場に展示されていた機動砲兵第二連隊第二中隊所属車の車内上に無線機用ラック、下に車載重機用弾薬箱が見える。機動砲兵第二連隊第二中隊所
ホ二Ⅰの量産型である試製一式七糎半自走砲の製作一日少しずつ進めていきます。先に足回りは車台に組んでいますが、面倒な転輪関係は後回しにします。北満試験時の写真では円匙や十字鍬を装備していないので1台は穴埋めしました。このキットの欠点である前部泥除けと起動輪基部との隙間をプラ板で修正します。この後で、左前泥除けに無線機用の空中線取付用の穴を開けます。試製一式七糎半自走砲・車台は相模造兵廠の新車なのではないかと思います。記録に残る車台の生産台数は昭和17年度。7月5台、
試製七糎半自走砲・戦車第十四連隊整備中隊仕様制作中にリヤのナンバープレート・デカール貼りに失敗してしまい、手持ちのデカールが見つからなかった為新規にタミヤ一式砲戦車(人形6体付き)を購入しました。折角ですので、ホ二Ⅰの各仕様を作ってみようと思いました。ホ二Ⅰの各仕様のマーキング記事『試製一式七糎半自走砲塗装とマーキング』タミヤ一式砲の塗装とマーキングから陸軍野戦砲兵学校所属370(770)号車。枯草色・草色・土地色の後期迷彩の指定となっていますが、生産された時期や配備された時
昭和16年12月陸軍兵器廠へ返納された試作自走砲は昭和17年2月陸軍兵器本部から兵器調達によると九〇式野砲搭載自走砲26十糎榴弾砲搭載自走砲14も至急調達とある。昭和17年3月以前の記事で述べた「自走砲の量産に関する打合せ」が行われた。同じく3月に試製兵器の熱地試験に試製七糎半自走砲も出発している。つまり、昭和17年3月時点では試製一式七糎半自走砲は量産以前であり、七糎半自走砲としてこの一台しか存在し
昭和14年12月「自走式火砲の研究」としてスタートし、昭和16年1月「試製兵器現況調」によると、試製七糎半自走砲第1案2門分材料準備中試製七糎半自走砲第2案2門分砲身素材準備中とある。昭和16年5月試作砲竣工昭和16年6月中戦車車台に搭載し、400km運行試験実施。昭和16年7月機能抗堪弾道性試験実施。昭和16年10月陸軍野砲兵学校にて実用試験実施。判決(イ)本火砲ハ主トシテ戦車支援ヲ目的トスル自走砲ト