戦国時代に朝倉氏が本拠としていた一乗谷は上城戸と下城戸とに守られた谷間の城砦都市でした。上流部(南側)の上城戸は谷を横切る大土塁と堀とに守られていましたが、上城戸と接続する丘の上には「櫓」があったとの記録があります。そのため上城戸櫓と呼ばれることもあるのですが、もちろん丘の上に櫓がぽつんと建っていたわけではなく、土塁と堀と腰曲輪に守られた単独の砦でした。そのため最近は「上城戸櫓砦」と呼ばれることも多くなってきたようです。もはや何の施設なのかがわからない名称ではありますが、今のところこれがいちばん