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村上隆版画と「たたかう仏像」を鑑賞した日に“日本カメラ博物館”にも立ち寄っていました。正直言えばカメラについてより写真展「沢田教一と一ノ瀬泰造」に興味があったから。館内は、全て撮影ただフォトサロンでの写真展の模様が公式チャンネルにあったので参考までにご紹介。(これは、館外で確認が取れたので撮影)
カンボジアの牧歌的な日常を綴るカンボジア・ブログで人気のチアさんが“一ノ瀬泰造”のお墓に行った記事を読みました一ノ瀬泰造は戦場カメラマンベトナム戦争時カンボジアの左翼ゲリラ”クメール・ルージュ”とアンコール・ワットの写真を撮るためにゲリラに支配されていたアンコール・ワットに近付こうと試みたが最後は捕虜になり1973年11月29日に処刑(Wikipediaより)“地雷を踏んだらサヨウナラ”で映画化されました
つい先日NHĶで『ベトナムのひびき』を見たベトナムの交響楽団を世界に羽ばたかせるヒューマンドラマベトナム戦争終結から50年か…今年初め頃はドクくんのドキュメンタリーもやっていたドクくんも中高年で、びっくり😲お母さんとはまだわだかまりがあるようだベトクンは分離手術後、脳腫瘍ですぐにお亡くなりになられた沢田教一一ノ瀬泰泰造写真展沢田教一と一ノ瀬泰造に迫る/30日から東京で特別展|文化・歴史|青森ニュース|Web東奥日本を代表する報道写真家、沢田教一(1936~70年、青森市出
普段は「怒ることってあるんですか?」とよく聞かれるのですが最近久しぶりに、はらわたが煮えかえるような怒りを覚えることがありまして…「正しい怒りの使い方」を会得した次第で御座います。きっかけは、とてつもなくレベルの低い学校建設の資料を目にしてしまったこと。建設地はその国を知る人であれば誰でも知っている、主要産業(特産品の生産)を手掛ける土地であり現地政府と協議して、教育が足りていないエリアはどこかリサーチしてから学校を作っている私達とは思想と価値観の違いを感じました。写真を眺め
海外旅行やアンコールワット遺跡群などに興味の無い方にはすみません🙏懐かしい旅の回顧です、出会いや思いがけないことがあった楽しい旅行記ですから、第1話からお読みいただければ嬉しいです再突撃アンコールワット第17話ヴィエラ青年その二カンボジアのアンコールワット遺跡群のある町・シェムリアップ。「アンコールワットを撮りたい。できればクメール・ルージュと一緒に。地雷の位置も分からず、行き当たりドッカンで、最短距離を狙っています・・・・」こう言い残して、フリーの報道写真
海外旅行やアンコールワット遺跡群などに興味の無い方にはすみません🙏懐かしい旅の回顧です、出会いや思いがけないことがあった楽しい旅行記ですから、第1話からお読みいただければ嬉しいです再突撃アンコールワット第6話旅の二日目の朝、四時五十分ごろ目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。昨夜のうちに洗って屋上に干しておいたTシャツなどを取りに上がると、まだ薄暗い空の下でテーブルを囲んで日本人旅行者たちが五、六人喋っていた。どうやら彼等はこれからボチボチ寝るようだ。朝晩が逆で、本当に何
(米国政府が発行した報道写真家・沢田教一さんの記者証)ベトナム・シンガポール・日本合作映画『その花は夜に咲く』(公開中)のアソシエイト・プロデューサー吉田佳代さんのお仕事に便乗して、2024年1月下旬から2週間、ベトナムを訪問しました。その時のベトナム紀行第8弾です。*************************************************ホーチミンを訪れたら、行かねばならぬ場所がもう一つ。ベトナム戦争史をまるっと収めた戦争証跡博物館。これが充実。(珍しく
今日のお休みは近所で花見でも、……と思ったんですが、あいにくの雨模様ということで意気消沈。じゃあ、映画でも、……となって浦和に行くか新宿に行くか。思案の末、やっぱり遠方から行くべし、となって、新宿武蔵野館で『レイブンズ』を見てきましたよ。午後の回でも良かったんですが、所用がたまってたので、眠たい目を擦りながらも早起きして、朝10時の回を見てきましたよ。それにしても、武蔵野館って座席とスクリーンの距離感が解ってないので、チケットを取るときにいつもヘン
こんにちは。トゥエイジアトラベル🇰🇭カンボジア日本語ガイドのラッターです。私はカンボジア世界遺産アンコールワットのあるシェムリアップという町で日本語ガイドの仕事しています。日本語を喋るカンボジア人ガイドです。どうぞよろしくお願いします。2024年年末にツアーご案内したお客様です。お客様はトゥエイジアトラベルの2日間ツアーご利用でした。1日目は私が遺跡と一ノ瀬泰造さんのお墓をご案内しました。2日目は同僚ガイドのスメイがトンレサップ湖観光をご案内しました。1日目は朝早く起きて、アンコールワッ
輝ける闇ベトナム戦記ときたらこれも読みたくなるアンコールワットへはコレを読んでから行きたかった
どうも歩行をコントロールする平衡感覚がかなりおかしくなっているようです🚶♀️5月2日に東京で左顔面から転倒する前までは、歩行もすんなりアグレッシブだったし、フラつく感覚は全く無かったのに、やはりもう一度CT検査を念の為してもらったほうがいいかなぁ🤔3月に東京の仕事が終わって和歌山に帰って来るまでは、休日には荒川土手や隅田川テラスを10〜15Kmほどウォーキングしてたからね🚶➡️そりゃあ5年10年前みたいに、仕事を終えてから芝センターを出て溜池山王から赤坂見附、議事堂前から皇居前を抜けて
1970年頃のベトナム戦争やカンボジア内紛時に活動していた戦場カメラマンに一ノ瀬泰造と言う人がいました。彼には異常な行動があって、一つは戦っている兵士の正面の顔を撮りたいと撃ち合っている兵士の間で写真を撮ったというもの。また、カンボジアのシュムリアップに滞在して政府軍に従軍していましたが、「今のアンコールワットはどうなっているのだろう?」と周りの反対を押し切って一人で出かけたところ、クメールルージュに捕まり殺害されてしまいました。戦争が終結し、現地の住民の証言から、遺族によって遺体が発
2023.11.25旅行8日目No.4ホーチミンベンタイン市場から歩いてやってきたのは、ベトナム戦争証跡博物館。え!入場待ちの人がこんなに並んでるとは予想外だった。バスツアーで来る人もたくさん居たみたいだよ。入場料は40000ドン(約240円)ととても安い。外には戦車などがたくさん展示されている。後から知ったんだけど、ここは3階→2階→1階と見学する順路だったらしい。全く無視して逆から行っちゃったわこの辺りは、世界中の色々な国で行われたベト
※作品評価は◎=おもしろい○=ふつう△=う~む×=よくない珍=珍作2月後半のNHKは10本。ロシアがウクライナに攻撃を始めて2年となるタイミングで、月の終わりには再び関連作品が2本。NHKスペシャル『戦場のジーニャ』は兵士が地雷にやられる瞬間など戦場の生々しい様子をダイレクトに見せているが、こういう“強い”映像頼りで戦争の本質を描けるのかどうか…という疑問も浮かび…戦場のジーニャ〜ウクライナ兵士が見た“地獄”〜-NHKスペシャルテレビカメラマンだったジーニャ(35)
かつて、松野博一議員は、政治家という職業は(中略)「地雷を踏んだらサヨナラ」だし…と、自身のホームページで綴っている。一ノ瀬泰造の言葉を軽々しく引用するなっちゅうの。で、今回の件。まさに地雷だと思っているのかしら?そうだとしたら勘違い甚だしい。だいたい不祥事で政治家が失脚なさるのは、百パーセント身から出た錆であって、無差別に仕掛けられた地雷とはワケが違う。1ミリでも身に覚えがあるのなら、それは自滅というもの。歴代の政治家で地雷を踏んだ人なんて一人もいないでしょ?ついでなので
一ノ瀬泰造生年月日1947年11月1日(土)日干支甲申同じ日干支の人物(ブログに掲載済みの人物)・上杉鷹山(上杉治憲)1751年9月9日(木)おとめ座・ジャン・アンリ・ファーブル1823年12月21日(日)いて座・篤姫1836年2月5日(金)みずがめ座・山本五十六1884年4月4日(金)おひつじ座・豊田喜一郎1894年6月11日(月)ふたご座・ベーブ・ルース1895年2月6日(水)みずがめ座・エルヴィス・プレスリー1935年1月8日(火)やぎ座
ずいぶん久しぶりの「遠くへ行きたい」。4年ぶりに(中国を入れると3年半ですが)海外へ行くことを決めたので、カンボジアの話を放り出しておくわけにはいかんのでは、と考えて写真を発掘してきました。そう、アンコールワットです。一ノ瀬泰造先輩もご覧になったとおもいますが、その頃はもっと荒れ果てていたのではないでしょうか。19年には日本の援助もあってかなりきれいに修復されていました。現在はもっと良くなっているのではないでしょうか。夜明けに日が昇る写真も少々ピンボケですが印象的でした。
行ってまいりました。一ノ瀬泰造展。ちょうど私が米国に滞在しているころに落命されたことは存じあげていましたが、74年に武雄高校で救出嘆願署名が行われたことは存じておりませんでした。渡米中のこととは言え、署名できなかったことは大変残念です。でもその替わりに、親父お袋だけでなく、家族・親族は署名したと考えております。とはいえ、一ノ瀬さんの足跡を再度たどることができて大変感動。1時間しっかり見てきましたよ。会期は8月20日までのあと10日。市民、県民の皆さん、ぜひ行って
こういうニュースはもっと地元から発信してもらいたいものです。なぜ、故郷の「誇り」をアピールする努力をしないのか・・・。このブログでも開催を呼び掛けていましたが、それが届いたのかどうか???武雄市役所、佐賀県庁からも発信されていないのが残念です!佐賀・武雄市で「一ノ瀬泰造没後50年記念展」(九州朝日放送)-Yahoo!ニュース
尼崎市立歴史博物館企画展「尼崎紡績-工都尼崎のはじまり-」尼崎市-KissPRESS(キッスプレス)KissPRESS(キッスプレス)尼崎市立歴史博物館(尼崎市)で、7月8日から9月3日まで企画展「尼崎紡績-工都尼崎のはじまり-」が開催されます。そのほか、該当日には学芸員による歴史講座...選手に歴史あり。リッキー・ファウラーのキャリアの歴史を最初から眺めてきた幸運(舩越園子)Yahoo!ニュース-Yahoo!JAPAN誰の人生にも歴史があるように、PGAツアー
今晩はなちですぬいアカにてぬいぐるみを新たにお迎えをしたのですが、ぬいちゃんのお名前の考えていたらふと戦場カメラマンの沢田教一さんと一ノ瀬泰造さんと酒井淑夫さんとロバート・キャパさんがボンヤリと浮かんだので、その方々のお名前を拝借させていただきました前にも呟いたのか忘れてしまいましたが、ぬいぐるみアカでも書いたのでコチラにも書かせていただきます高校の頃、英語の授業でベトナム戦争のについてやっていまして、元女子校だったのに戦争関連に物凄く力を入れて
戦場カメラマンの一ノ瀬泰三がカンボジアとベトナムを駆け抜けて、銃弾の飛び交う中を写真を撮りまくった、その輝かしいそして戦争の空しさを感じて切ない足跡。印パ戦争取材からインドシナに入り、そしてベトナム戦争で戦火のまっただ中のカンボジアに入国して、通信社に所属しない、いわゆるストリンガーと呼ばれる一発屋のフリーランス戦争カメラマンとして、26歳というあまりに短い生涯を終えることになるわけだけれど、キャパにしろ、沢田教一にしろ(作品中、泰三が壁に貼ってあった「安全への逃避」を眺めるシーンが出て
みたかった、と一ノ瀬泰造先輩の話、続きです。「地雷を踏んだらサヨウナラ」を読むと、一ノ瀬先輩の手紙と日記の量に驚かされます。家族に対し、恩師に対し、友人に対して、あらゆる環境から手紙を書かれていますし、日記についても事実の記載だけでなく、戦闘や庶民の生活に対する興味深い考察がされ、ときにはユーモアあふれる表現がされており、思わず笑ってしまうことも。赤裸々な表現も多いのですが、後で考えれば少々悲しいのですが、26歳の男性が「生きる」という欲望を持って生活していたことがうかがえるので
私の書棚の片隅に、古ぼけた文庫本が1冊、およそ35年も居座っています。「地雷を踏んだらサヨウナラ」一ノ瀬泰造著(講談社文庫)です。この件は、8か月前にブログを書き始めた頃から触れなくてはいけないと考えつつも、なかなか着手できずにおりましたが、そろそろ潮時ではないかと、重い腰を上げてみようかと考えています。私の中では「葉隠」と同様に、いやそれ以上に重い話なので、何回かに分けることになると予想していたので、重い腰が上がりませんでした。「地雷を踏んだらサヨウナラ」という題名は馴染
新潟、今時書店ブックオーナーの本の森です。お立ち寄りいただきありがとうございます^_^地雷を踏んだらサヨウナラ一ノ瀬泰造50年前に戦場で消息を絶った、カメラマン一ノ瀬泰造さんの本を読んでいます。なぜ今なんでしょうね、私。古い戦争モノなんて今興味を持つ人はあまりいないだろうな。でも今も世界の何処かでこの本にあるような戦争は起きていて、武器や戦い方は変わっても暴力で人の命が失われていく事は殆ど変わっていないはず。古い話に思えない。いとも簡単に命を落とす人の傍で、食って寝る、笑う恋をす
地雷を踏んだらサヨウナラ1999年12月4日(土)公開あらすじ72年、民族解放軍クメール・ルージュと政府軍との闘争が激化するカンボジアの首都プノンペン。25歳のフリーカメラマン・一ノ瀬泰造は、解放軍の聖地である遺跡アンコールワットの撮影に燃えていた。そんな彼の心の支えになっていたのは、親友の高校教師・ロックルーや彼の親類でレストランを営むマダム、そしてソッタとチャンナの幼い兄弟を初めとする子供たちだ。その子供たちがロケット弾の犠牲になったことで、益々アンコールワットへの想いを強めていった
個人的に名作だと思っています。1972年、ベトナム戦争が激化する中、ポルポト政権下にあったカンボジアに入国し、フリーランス戦場カメラマンとして活動をした一ノ瀬泰造さんの話。浅野忠信さんが主演を務めていらっしゃいますが、どこか本人と似ていて一ノ瀬泰造さんが亡くなった日に浅野さんが生まれたんだとか。私は高校の時初めてこの映画をみて、一ノ瀬泰造さんの生き方、考え方に深く感心をもち、一ノ瀬泰造に関する本を買いあさりました。日本で生活していると得られる安定した生活よりも、自分にとって
世界の旅動画を1分でご紹介第4回はカンボジア2018年10月に訪問アンコールワット遺跡が有名な国しかし半世紀前に起きた悲劇の歴史ある日本人カメラマンの足跡から過去と現在を辿る是非本編もご覧くださいTHEVOYAGES「カンボジア2018」4K〝一ノ瀬泰造に捧ぐ〟【旅動画】「地雷を踏んだらサヨウナラ」45年前、東南アジアのこの国でこう手紙を残した一人の日本人カメラマンがいた。カンボジア王国、アンコールワット遺跡であまりにも有名なこの場所。しかし、197
横溝正史原作のドラマや映画について毎週金曜日にお届けする「週刊金田一」先週は疲れてお休みしてしまいましたが、今はリフレッシュ休暇中。ゆっくり書くことができます。昨夜は彼と焼肉食べに行って、そのままお泊りでした。彼は午後から仕事だったので、私も10時半近くに家に帰り、ごはんを食べて寝たら、3時近くになっていてびっくり何もしないまま一日が終わりそうです。でも疲れはすっかり取れていますでは、今日も「犬神家の一族」の現代