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『残存するイメージ』(ジョルジュ・ディディ・ユベルマン著.人文書院,2005年)を読む。Ⅱ情念としてのイメージ残存する運動の場とベクトル―〈情念定型〉―「倒れている身体が死んでいるのか,死なずに生き残っているのか」を知るのなら「動きを注意深く眺める必要がある。」(p280)動いているなら,生きているということ。ここでの問題は「残存」,残存とは「すでに過ぎ去ってしまったが,いまだわれわれにとりついて離れない事物の別種の生である。」その答えが「情念定型Pathosform
『残存するイメージ』(ジョルジュ・ディディ・ユベルマン著.人文書院,2005年)を読む。Ⅱ情念としてのイメージ「〈力動図〉,あるいは突発の循環」症状としてのイメージの運動と時間制は,残存としての出来事,突発の循環の中の臨界点であり,ヴァールブルクはそれを〈力動図〉(Dynamogramm)と名付けた。この「〈力動図〉は,たとえばボローニャの《キリスト哀悼》においてニッコロ・デッラルカの途方もない情念的ドレープが,一種のヘレニズム的ドレープ都の間でとり結ぶ残存関係を説明することが
『残存するイメージ』(ジョルジュ・ディディ・ユベルマン著.人文書院,2005年)を読む。Ⅱ情念としてのイメージ「〈力動図〉,あるいは突発の循環」前節は,ヴァールブルクは「美術史から,当時の歴史学の理解そのものに対してきわめて批評的=危機的な学問-知と非知が混ぜ合わさった場―を作り出すだろう。」〔p171〕という文で終わった。その続き。「歴史は動く」。「一方で流動し,他方で柔軟性を欠き,一方で蛇のようであり,他方で鉱物のようである。ヴァールブルクがそのすべてを弁証法的に思考しよう
『残存するイメージ』(ジョルジュ・ディディ・ユベルマン著.人文書院,2005年)を読む。Ⅱ情念としてのイメージ「生成の可能性と歴史の中の断層」ヴァールブルクはどのようにして「古代の残存」に接近したのだろうか?ボッティチェッリに関する論文からニンフのテーマをめぐる書簡まで一貫して「動く女性性のモティーフ」に魅了されること,によって。さらに時間そのものまで可塑的ベクトルとして捉え,半可塑的原料として歴史的時間を語る。「歴史家が深淵の縁を歩むのは,いくども地震が起こったからである。」
『残存するイメージ』(ジョルジュ・ディディ・ユベルマン著.人文書院,2005年)を読む。Ⅱ情念としてのイメージ「生成の可能性と歴史の中の断層」「よりすぐれた経験論」という概念によって,いわく「首尾一貫していない,微小な問題を対象としている,あまりに幅広くあまりに揺れ動く概念,専門的であると同時に多方面に拡散した成果」というようなヴァールブルクへの否定的判断に対して,縁を切る事ができる。ヴァールブルクの知識は「可塑的な知識」,「あらゆる出来事―美術史の思考しえない,あるいは思考されざ
『残存するイメージ』(ジョルジュ・ディディ・ユベルマン著.人文書院,2005年)を読む。Ⅱ情念としてのイメージ「生成の可能性と歴史の中の断層」前回書いた生成に関連して,記憶と忘却についてもう少し詳しく追ってみる。ニーチェは歴史そのものを「知識」の問題としてだけでなく,「生の問題」として主張する。つまり,ゲーテの言葉にあるように。「ただ単に教えを垂れるだけで,私の活動力を増大したり,あるいは直接私を活気づけたりしてくれないものは,すべてわたしにはいとわしいものです。」(p164
『リーメンシュナイダーとその工房』(イーリス・カルデン・ローゼンフェルト著,溝井高志訳,阪南大学翻訳叢書23,文理閣,2012)よりカタログ9の聖母像について。(p130)VirginandChildByTilmanRiemenschneider(German,1460–1531)about1490–95VirginandChildLimewood120.7x38.1x20.2cmこの聖母子はMuseumofFineArts,Bostonの
『絵画の発明-ジョルジョーネ「嵐」解読』(サルヴァトーレ・セッティス著,小佐野重利漢訳石井元章・足立薫訳晶文社,2002年)より。「ドメニコ・ギルランダイオは,―かつてアビ・ヴァールブルクが完璧に証明したように―別の方法で“異教世界の死”をサンタ・トリニタ聖堂サッセッティ礼拝堂のために描いた《キリストの降誕》に表現した。」(p172)AdorationoftheShepherds,DomenicoGhirlandaio(1448–1494)1485花綱-フェスト
たまたま図書館で見つけた本が思いがけず面白かった。最近、コロナ禍のため図書館も滞在時間を短くするべく,ネットで予約してそれを受け取りに行って帰るというパターンになっている。ただ少し棚を覗いてみる時もあり,先日は二冊借りた。そのうちの一冊が『絵画の発明-ジョルジョーネ「嵐」解読』(サルヴァトーレ・セッティス著,小佐野重利漢訳石井元章・足立薫訳晶文社,2002年)。ほとんど中身を見ずに,ちょっとジョルジョーネのことを読んでも面白いかなと軽く思ったのが借りた動機。Giorgione,Thete
フランセス・A•イエイツの「記憶術」(水声社)第9章ジョルダーノ・ブルーノ-『影の秘術』「ブルーノが『影』の記憶術体系に用いた星の魔術的イメージは,このアグリッパの魔術教本(※『隠秘哲学について』)から持ってこられたものだった。」(p244)コルネリウス・アグリッパ(1486-1535)は,神聖ローマ帝国下のケルンに生まれた人物。イタリアのジョヴァンニ・ピーコ・デッラ・ミランドラの影響を受けてカバラの研究を始めた。エラスムスやメランヒトンとも親交があったそうだ。ヴァイル―ブルグ
久しぶりにユベルマンに戻ってきた。そもそもピサの洗礼堂の説教壇から,ピサの話に行ってしまのだった。「文化の悲劇―ニーチェとヴァールブルク」①,②https://ameblo.jp/25juqrdlo/entry-12607161738.htmlhttps://ameblo.jp/25juqrdlo/entry-12610690950.htmlカッシーラーが述べたことが最初に引用される。カッシーラーはヘーゲルからブルクハルト,ジンメルにいたるまで,「歴史哲学が“文化の悲劇”という
ジョルジュ・ディディ・ユベルマン著「残存するイメージ」(竹内孝宏・水野千依訳,人文書院,2005年),Ⅱ情念としてのイメージ断層線と強度の定型表現結論部前回述べたヴァールブルクの手書きの地図はいわば「歴史家・思想家の力動図,地震計測図」であり,「定型と情念,抽象的図式と触覚的反動とを併せ持つ図である。」(p145)そしてニーチェもこうした図を描いているという。(「死後の断章」)「時間の中の運動」,作用の時間枠ではなく,「作用する知そのもの」「時間は力,力は時間」「時間線は通常のよ
ジョルジュ・ディディ・ユベルマン著「残存するイメージ」(竹内孝宏・水野千依訳,人文書院,2005年),Ⅱ情念としてのイメージ断層線と強度の定型表現中間部ユベルマンが述べていることの概略を述べる。ブルクハルトとニーチェの二項性は,ヴァールブルクにとっては自伝的次元を持つ。彼は始め,ブルクハルト的地震計として現れた。文化史家として,収集家として,文献学者として。ヴァールブルク文化科学図書館を構築し,時間のあらゆる症状や地震の潜在的な受信基地として。しかし1914年以降のヨーロッパの激
ジョルジュ・ディディ・ユベルマン著「残存するイメージ」(竹内孝宏・水野千依訳,人文書院,2005年)を読む。I幽霊としてのイメージに,9つの小論がある。それの6番目。「ルネサンスと時間の不純―ブルクハルトとヴァールブルク」ヴァールブルクの〈残存〉(NachlebenあるいはSurvivance)と言う観念について。とりわけヴァールブルクの問題はイタリア・フランドル・ドイツの特殊なルネサンスと言う文脈にあったということ。イタリアでも特定の画家に執着している,ボッティチェッリ,ギルランダイオ
メッレンドルフ宛書簡(1924年ヴァールブルク著作集別巻2『怪物から天球へ』(ありな書房2014,第1章)人間を芸術的に描写するという視点から,イタリア・ルネサンスそしてドイツのルネサンスの美術に対しても及ぼされる“古代からの影響”について問いかけ,古典的で静止した理想的な表現だけででなく,熱狂的で動きに満ちた身振り言語もルネサンスの形態言語に影響を及ぼしている。この二つの根源的様式の回復が中世末期の服飾上の現実主義とひきかえに遂行された。これについてはバルディ―二の暦を例に
松本卓也『創造と狂気の歴史』から第4章フィチーノとデューラー批判することが目的ではないのだが,あまりにもと思ったところだけ書く。同書99ページから,ヴァールブルクに従ってデューラーのメレンコリアを読み解くとある。ヴァ―ルブルグの「異教的ルネサンス」(ちくま学芸文庫,2004)からの引用。まず「ルターは,占星術など信じておらず,誕生日の変更に反対したのです。しかしルターは別のところでは占星術を信じている様子を見せ自らの“土星の子ども”としての運命をなげいています。」(松本p101)
新約聖書の使徒言行録に,マルタ島でパウロは蝮に噛まれても傷つかなかったという話が出てくる。パウロは死ぬどころかその蝮を火の中に投げ込んだという。この物語は信仰の強さを表しているのだろうが,16世紀にいたるまで,蛇にかまれた時の薬としてマルタ島の土を売っていたという。ヴァールブルク曰く「信仰の強さが危害から身を守るという考え方が,迷信による呪術の風習に再び結びついているのです。」(p85)ジュリオ・ロマーノ《蛇にかまれた時の薬を売る人》1524-35ごろ-CameradeiVent
デューラーの“メランコリア”については,これを見ると,占星術や宗教・神話に関した当時の作品とのあまりにも隔絶した凄みを感じる。それを天才と言ってしまえば,身も蓋もないのだが,ヴァールブルクは何と言っているのか。まず同時代のメランヒトンからの評価を引用しながら,「メランヒトンはデューラーの天才を,元来は憂鬱なものであるが幸運な星位によって精神化されたメランコリーの最高形態として捉えているのである。」幸運な星位というのは,例の天秤宮におけるサトゥルヌスとユピテルの合のこと,それによってメラン
ヴァールブルクは,メランヒトンの書簡を最初に挙げている。この書簡に入る前に,メランヒトンという人物の背景を少し調べてみた。フィリップ・メランヒトン,ドイツ人にしては変わった名前だと思ったら,生まれたときの名前はフィリップ・シュヴァルツェルト。この姓は“黒い土”を意味する。大叔父が古典学者のヨハネス・ロイヒリンでこの人の勧めで,姓を“黒い土”を意味するギリシャ語の“メランヒトン”に変えたという。このエピソードを聞いただけでも,フィリップの古典古代への傾倒がうかがわれる。メランヒトンは1497
装飾写本に興味を持ってから,少しずつ本を読んだり画集を購入したりしてきた。MasterpiecesofIllumination:TheWorld'sMostBeautifulIlluminatedManuscriptsfrom400To1600(2005Tschen)と言う本を中古品で2018年に購入した。英語なので読むと言うより眺めて楽しんでいた。ただその表紙の絵が謎だった。裸体で身体の中心に大きな星がついていて下の方に天秤と牛が描かれている。その星が奇妙だった。英語
1470年のトゥーラのキュベレの伝説(スキファノイア宮の七月),それを散文的な様式と言うヴァールブルク。その中世的な路上の行列から,マンテーニャの1506年の『キュベレ信仰のローマ伝来』をつなぐものは?そしてコッサのフランス風の衣装をまとった写実主義から,ラファエロの光輝くエーテルへと上昇するには?その間をつなぐのがボッティチェッリだと言う。ボッティチェッリの『春』1485-87テンペラ/木材ウフィツィ美術館高さ:203㎝;幅:314㎝フィレンツェでもっとも有名な絵と
ヴァールブルクの続き。フランチェスコ・デル・コッサが描いた3月の上部ここには一角獣によって引かれた凱旋車の上に,パラス(アテナ)がいる。胸にゴルゴンをつけている。ヴァールブルクは車のカーテンが風に揺らいでいることを書くのも忘れない。左側には医者,詩人,法律家たち,そして興味深いのが右側の女性たちのグループ。一番手前には木枠の布に刺繍をしている女性,その後ろには機を織る三人の女性,そして優雅な服装の女性たちが取り囲んでいる。それは古代ローマの詩人マリニウスの詩に歌われたものと一致。三月白羊宮の
ヴァールブルクは,スキファノイア宮の壁画について語る前に,古代の占星術について述べている。占星術の根本的な手段は,天体の名称,見かけにおいて不規則な軌道をえがく惑星と,相互に同一の位置を保っているかのように見える恒星に関連。「占星術とは,結局未来へと投影された名称のフェティシズム以外のものではありません。」(補注ではこの言葉に対してのヴァールブルク自身による説明として《自己自身のエゴの抑圧をともなう,ある像の特質への感情移入的な変化【芸術的像との同一化】,外的な像的本質を介しての,意図
ヴァールブルクは言及していないけれども,コッサの描いた5月もなかなか魅力的だと思う。と言って奇妙なこの絵の意味が分かっているわけではないのだが。暁の女神アウローラが手綱を取る凱旋車に乗るのはアポロ?右側にたくさんいる子供の意味は解読されていないそうだ。(museoschifanoiaのサイトより)真ん中には3人のデカンに囲まれたジェミニ(ふたご座)下は18世紀にドアを開けたために損傷しているとのこと。またどうもすべてがコッサの手によるものではないらしい。
ヴァールブルク著作集5の第1章(ありな書房)「デューラーとイタリア的古代」は,1905年にハンブルグで行われた講演がもとである。ここでは,デューラーの「オルぺウスの死」と北イタリアの作者不詳の銅版画の二点を題材に論を述べている。テーマは古代世界が初期ルネサンスの様式発展に与えた二つの影響。オルペウスの死ペンとインク,1494(Kunsthalle,ハンブルク)オルペウスの死1470年頃ヴァールブルクはこの画像から,イタリアの芸術家たちが古代から「古典的な理想化傾向ばかりでなく,
ヴァールブルクの『ムネモシュネ・アトラス』(ありな書房)を読んでいる。700ページを超す大部の書。これはアビ・ヴァールブルクが遺した図像パネル集である。そのパネル49,50-51はマンテーニャの作品で占められている。ギルランダイオやボッティチェリについても多くの画像があるがパネル一面一人の画家と言うのはなかったような。単純にマンテーニャが好きだったのだろうと思う。この図像集に文章が付けられたわけではないので,この日本で出版された本の解説によると,【抑制された勝者の情念】【「隠喩のようなもの」とし
ヴァールブルクの『初期ルネサンスにおける古代的な理想様式の出現(講演草稿)』(ヴァールブルク著作集3ありな書房2005)を読む。いろいろな意味でヴァールブルクの凄さを知る。図版の素晴らしさはどれだけ彼が多くの図版を見て、その中から良きものを見抜く目があったかということを物語る。彼が何を主張したかったかについて述べるのは手に余るので,とりあえず読んで引っ掛かりがあったところだけ書く。それはピエロ・デラ・フランチェスカの聖十字架伝説に関するところである。まずジョットの弟子(※と,ヴァールブ