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ガートを歩くと「ボートカワ、ボートカワ」とか「ポストカード」とか「サリーあるよ、シルクシルク」とか一〇秒ごとくらいにいろんな客引きや商売人が来る。毎度のことだと面倒くさいので大体は無視するか、手だけ振って要らないよ、と合図したりするものだが、ヤスさんはまるで友達から声をかけられた時のように、いちいち一人一人に返事をしていた。彼らは無視されるのに慣れているから、たとえ断るにしても、そういうふうに言葉を返されるのが嬉しいのだろう。「ボートどう?」と声をかけられて、ヤスさんが、「おーこ
ヤスさんはよく話し、よく笑う元気のいい青年だった。彼が宿に帰ってくると、宿のおっちゃんのアショクやパプーと冗談を言って、いつも楽しそうな笑い声が聞こえてくるのですぐにわかった。アショクは他のインド人同様、お客様は神様ですなどとは全く考えない無邪気な人で、だから相手によってまるで影絵のように態度を変え、平気でつんけんしたり文句を言ったりした。インドそのもののように。長年知っているが、アショクはあんまり自分からしゃべったりする人ではないのに、ヤスさんが帰ってくると嬉しそうに飛び出してきて出迎
次にヤスさんはガンガーに着いてすぐボートマンに呼び止められてボートに乗ったが、普通はそんなことはしない。ボート屋にもタチの悪い奴がいるからだ。なんといってもここは世界中からツーリストがやって来るインド随一の観光地ヴァラナシの、しかもガンガ―なのだ。ボート遊覧はインド観光の目玉である。大きな荷物を背負って汗と埃にまみれた服を着て、一目で今着いたばかりと分かってしまうツーリストなんか格好の葱しょった鴨ではないか。彼はまだ相場というものを知らないから、吹っかけ放題だ。まずは荷物を置いてシャ
インドにはこういう喩えがある。深い森を歩く人がいるとしよう。その人が木々のざわめきを、小鳥の語らいを心楽しく聞き、周りの自然に溶け込んだように自由に歩き回れば、そこで幸福な一日を過ごすだろう。だがその人が、例えば毒蛇に出会うことばかりを恐れ、歩きながらも不安と憎しみの気持ちを周りに振り撒けば、それが蛇を刺激して呼び寄せる結果になり、まさに恐れていたように毒蛇にかまれることになる。謎めいた言葉でインドは呼びかける。「さあ、いらっしゃい。私は、実はあなたなのだ」これはインドのガイドブ
3月24日(火)お休みです。またのご来店をお待ちしております。猫カフェのご利用はご予約をお薦めします。↓どうぞ宜しくお願い致します。ご予約フォーム又は電話03-5247-7979にてご予約承ります。早くもインド4日目を迎えました。これまで交通量の多い人も賑やかな街の喧騒の中で、ちょっと疲れていたのでゆっくり出来るショッピングモールに行きました。セキュリティチエックもありショッピングやグルメ、スーパーマーケット等、街の客引き詐欺師さん達(私は蹴散らせるタイプですが)を気にする事無く過ごせ
3月22日(日)12時~17時営業です。猫カフェのご利用はご予約をお薦めします。↓どうぞ宜しくお願い致します。ご予約フォーム又は電話03-5247-7979にてご予約承ります。一昨日迄の私の休暇ですが6日間、南アジアに行っていました。私の場合、旅が何よりも重要な事なので、その為に働いているようなものです。旅と共に暮らす動物の面倒を見てくれる人(子供達が小さい時は子守さんも)との兼ね合いを悩み考え、自身でペットシッター業を始めたので、犬猫を置いていくのは少しだけの心配しかないです。今回の
リシケシでしばらく泊っていたヨーガアシュラムには広い庭があって、ツーリストは自分が食べた果物の皮をその庭に捨てていた。するとそのうち、どこからかウサギの家族がそれを食べにやってくる。なんて優しい風景だろう。こうして人間の捨てたゴミはウサギの餌になって循環し、私たちは共に生きることができる。ジャイプルの宿では町の真ん中だったにもかかわらず野生のクジャクが何羽もやって来てそれは美しかったし、コルカタでは天下の公園で何十頭ものヤギを放牧させている人がいたりして驚いたものだ。日本の街はカラスに
ヴァラナシには猿も多くて、私の部屋にもたまに入ってきた。デリーなどでも猿が急増し、人々は暑い夜には道端とか建物の屋上とかに縄で編んだベッドを出して寝ているのだが、サルの被害が多くて困っているという。彼らは油断しているとすぐに部屋に入って来て、何か物を盗って行く。果物があればまずそれを狙うが、見当たらない時は適当な大きさの物を何か持っていく。ノート、カメラ、石鹸、何でも持っていく。猿というのは頭がよくて、人間が中にいるときでもちゃんとその視線を追って死角を通って入って来るのだ。人の
私が泊まっていた宿は人一人がやっと通れるくらいの細い通路の奥にあったのだが、その通路にはいつも一匹の羊が寝ていた。なので部屋を出入りするたび、よっこらしょと跨いで通らなければならなかった。「あ、あいつね。何年か前の祭の時に寺に捧げられたんだけど、その後、勝手にその辺でウロウロ生きてんだよ」と宿のおっちゃん、アショクは気にしない。モコモコの毛で完全に通路を塞いでいるので、通りにくいのだ。「じゃあ、この建物の誰かが飼っているんじゃないわけね」「そうだよ」「お寺はちゃんとエサをあげてる
犬を見ればその土地が分かるというのが私の持論である。犬は飼い主に似ると言うが、飼い主がいない犬はその土地に似る。バリの犬は怖かった。ウブドゥという村で私が泊まっていた宿は細い路地の奥まったところにあり、広い道に出るまでに三軒の恐い犬のいる家の前を通らなければならなかった。家の人に聞くと犬は飼っているわけではなく、ただ勝手に居ついただけだというのだが、その犬たちはいつも私が通るたび、ものすごい剣幕で飛び出してきて吠え立てるのだった。一日最低四回は通るのに一ヶ月たっても彼らは決して慣れ
今日は日没後からはシヴァ神様の一年に一度の聖日、マハー・シヴァラートリーですね。シヴァ神様の聖地はインドではヴァラナシ(カシ)が有名ですね。面白いんですよ。シヴァ神様のお名前、シヴァ(Shiva)のアルファベットや発音はヴァラナシ(Varanasi)に入っているのです。これが、ヴァラナシがシヴァ神様の聖地として栄えている理由の1つでもあります。イギリス植民地時代にイギリスはインドのヒンドゥー教の神様を封じる呪詛の一環として、アナグラムによる名前の転換を行っていたよう
この旅の間、ビザを取り直すために何度かネパールに行ったのだが、私はそこで日本食レストランに置いてある当日の日本の新聞を読むのが楽しみだった。しかしインドでこういうふうに過ごしていると、新聞を読んでもだんだん意味が分からなくなってくる。何が書いてあるのかさっぱり理解できないのだ。どうしてこんな簡単なことをこんなに複雑に考えているのか。どうしてこんなどうでもいい事を難しく議論しているのか。物事はもっと単純でいいはずなのに、新聞に書いてある日本社会の事が、だんだん理解の範囲を超えてくるのだ。
ある時、やはりヴァラナシで面白いことがあった。ガンガー近くは細い迷路のような道が張り巡らされていて、せいぜい三メートルほどの幅のその路上に八百屋が店を広げていた。しかもただでさえ狭い道なのに、八百屋の向かいの電気屋にはおっちゃん連中が椅子を出してたむろし、世間話に興じていたのだった。そこをリキシャが通り、リキシャは避けきれずに八百屋の芋を五、六個踏み潰してしまったようだった。その時八百屋の兄ちゃんは留守で、向かいに座っていたおっちゃんたちがそれを目撃し、八百屋に「おい、リキシャが芋を踏
人の命は地球より重いと言う。しかしインド人は命というものをこの肉体だけではなく、その奥にある魂のようなものも含めて命と捉えているのではないか。だから彼らにとって生きるとはこの肉体を存続させることだけではなく、魂を輝かせること、ハッピーな自分を生きることなのではないか。日本で、私たちはほんの少しだけ、いつも何かを我慢している。本当はこうしたいんだけど、危ないから、みっともないから、失敗したらいやだから、やめよう。本当はこうしたいんだけど、非常識だと思われるから、世間体が悪いから、迷惑をか
コンサート会場で、右側の通路からも左側の通路からも同じくらいの距離の真ん中あたりの席が途中で空きそうな時は、両端の通路でその席を狙って男二人が睨み合っている。そして席が空いたとたんそこを目指して突進し、「やったー!取った!」「ちぇー!負けた!」とか言って椅子取りゲームを楽しんでいる。どうしてここで楽しむことができるのだ?負けてしまったらバツが悪くて、ホントはそんなものどっちでもよかったんだもんね、みたいに素知らぬ顔をするか、勝った方の男をギロッと睨みつけるかするものではないか。
「おい、そこは俺の席だぞ。ハンカチ置いてただろ」「何言ってるんだ。席を空ける方が悪いんだよ。ほい、ハンカチは返すよ」「退けよ。もともと俺が座ってたんだぞ」「今は俺だよ」と、しばらくもめていたが、話がついたのか、次の瞬間、なんと彼らは一人用の椅子に二人で並んで座ったのだ。日本ではこういうことは絶対に考えられない。平和といえばこれ以上平和な解決法はないだろう。「狭いね」「うん、そうだね」とか言いながら彼らはニコニコして仲良くお尻半分はみ出して座り、アーティストについてなんだかんだ
ある時、私はヴァラナシでバスに乗っていた。道はいつも混雑していて、車も自転車もリキシャもスピードの違うものがぐちゃぐちゃに混ざり合って、ぐちゃぐちゃのまんまビュンビュン飛ばしている。その上、牛までまかり通っているし、人も隙間を縫って歩いている。これぞまさに社会構造をそのまま写し出したかのようなインドの道、秩序も何もあったもんじゃない。ピーピーガーガーとクラクションはけたたましく鳴り続けて音の洪水、誰も彼も自分ファーストにそこのけそこのけと大声で怒鳴り合っている感じ。車線なんてものもなく、
インドは毎日新しい扉を開けていった。一つ扉を開けるとまた次の扉が現れ、私は毎日解放されていった。そしてその最初の扉が開いたのが、ここヴァラナシだったのだ。破壊と再生の街で古い私は死に、また新しく生まれ変わったのだ。この時は二年ほどをインドで過ごしたと思う。そうして日本に帰った時、風景が一変していた。昔から知っている人たちはみな、始めて会う人のようだった。きっと一生を過酷な炎天下で自転車をこぎ続けるのであろうやせっぽちのおじいさん。おじいさんは私の厚い鎧など始めからお見通しで、だか
こちらの心がそのままインドというスクリーンに映し出されて、インドは魔法のようにその姿を変える。この国はまるで奇跡のような国だ。これがインドだと思っていたものが変わっていく。これが世界だと思っていたものが変わっていく。私自身が変わっていく!歪んでいたのは世界ではなかった。自分の心だったのだ!私は自分が光の中にいるのを発見した。そして本当はずっとずっと光の中にいたのだということを発見したのだ。そうだ、インドは初めから扉を開いていた。私にそれが観えなかっただけなのだ。ああ、ああ、
そうだ。泥棒事件の後に倒れ込んだ宿、ナブラングの主人シャームは、毎日食事を出してくれた。今もお元気だろうか。隣の棟に投宿していた出稼ぎの男性は、噂を聞いて「これを使ってくれ」とお金をくれた。ありえないことだ。物事は全て陰と陽、プラスとマイナスでできている。とんでもない災難に見舞われたと思っていた。だけどそれ以上に多くの人に助けられた素晴らしい体験ではなかったのか。普段の生活では、それぞれが分をわきまえ、粛々とやるべきことをやり、物事は何もかも滞りなく流れていて、困る事は何も起
それは初めてインドがドッカーン!と扉を開いた瞬間だった。そして一度弾けたインドは次々とそのベールを脱いでいった。私は毎日生まれ変わっていった。何となく親切にしたくなる人、何となく意地悪をしたくなる人。インド人は相手から受けるその時々の印象そのままに反応する。騙されたらどうしようという不安、騙されてたまるかという怒り、それらは相手を騙してやろうという気持ちにさせる。心の中に不安や怒りがあると、それ自体がエネルギーとなって、それを満足させる出来事を呼び寄せるのだ。私たちは日
ナマステ?合掌?笑顔?この人は何をしているのだ?今からいつもの、見物人を巻き込んでの言い争いが始まるのではなかったのか?なんてことだ。リキシャというのはボるものではなかったのか。なんてことだ。インド人というのはツーリストと見れば騙すものではなかったのか。私の経験の中のインドのガイドブックにはそんな人は載っていない。インド人というのはずるくて意地悪で嘘つきで、全然信用できない人種のことではなかったのか。ツーリストは寄ると触ると「インドに来てから人間不審に陥った」と怒りまく
振り向いた私は多分交戦的な顔をしていたと思う。しかし次の瞬間私が見たものは、まったく想像を超えたものだった。おじいさんはニコニコ笑って合掌し「ナマステー(いい旅を)」と言ったのだ。、、、、、、、、!ナマステ?それはまったくあり得るはずもないことだった。イミフメイ本当ならそこにあるのは目を三角にして私に食ってかかるリキシャマンの姿のはずなのだ。リカイフノウパッシーン!と体の中を稲妻が貫いたような衝撃だった。
再びリキシャに乗り次第にガンガーに近づいて道は混雑してきた。そして見覚えのある場所に出て、私は無事に目的地に着いたのだった。リキシャを降りて、私はおじいさんに五ルピー札を渡した。リキシャ代が四ルピー、さっきのお茶代が一ルピー、それでちょうど五ルピー。何と言われようと、それ以上はビタ一文出すつもりはなかった。「はい、五ルピーね、文句ないでしよ」とお金を渡して行こうとすると、案の定背中に「ちょっとちょっと!」と私を引き止めるおじいさんの声が響いた。ほら、きたきた、やっぱり。これが
お茶屋のおっちゃんと世間話を始めてしまったおじいさんは一向に出発する気配がなく、仕方ないので私もお茶を飲むことにした。まったくのんびりしていること。客を待たせて平気なんだから。やっと世間話が終わり、自分の分のお茶代一ルピーを払おうと五ルピー札を出したら釣りがないと言う。たった四ルピーがないなんてよく分からないのだが、なぜかインドではわりと普通のことだ。リキシャのおじいさんは「それならこのお茶屋はわしの友達だから、あんたからリキシャ代をもらった後、わしが払っとくよ」と言うのでそうして
乗ってしばらく走っていると、どうも道筋から外れて違う所へ連れていこうとしているような気がしてきた。そしてある程度走ると、リキシャのおじいさんは一軒の露天のお茶屋の前で「ちょっと一休みして行こう」と言ってリキシャを止め、お茶を注文したのだ。ほら、やっぱり回り道してる。うまいこと言って私にお茶代を払わせようとしてるんだろう。絶対払ってなんかやらないぞ。
リキシャはこの客を逃すかと我先にとカモに寄って来て「二十ルピー!」とか「十五ルピー!」とか「いくらでもいいよ!」などと口々に叫び、リキシャ同士でも争って喧嘩を始めたりしている。そんな中、一人だけ隅っこでニコニコしながら「四ルピー」と破格の金額を言った痩せっぽちのおじいさんがいた。当時四ルピーというのは現地の人の相場で、ツーリストに対しての相場は十ルピーだった。だからツーリストの私に最初から四ルピーということはまずありえない。あまりに安く言う人は要注意である。こういう場合はと
駅を出たらさっそく二十人くらいのリキシャに取り囲まれる。最初の関門だ。これを突破せねば宿には行けないのだが、一大観光地ヴァラナシではタチの悪い奴も多い。リキシャマンたちの目はナイフのように鋭く、彼らが客待ちしている姿は、猛禽類が獲物を狙っている様子そのものだ。「◯◯宿まで」と行き先を告げても「そこはもうやってない」とか「その道はいま通れない」などと嘘を言って強引に別の場所に連れて行こうとしたり、乗る前に五ルピーと合意していても降りる時には目を吊り上げて「二十ルピー出せ!」な
本日2025年2月1日、とうとう長い大学2年生の春休みが始まりました!どーもこんにちは!はじめまして慶應大学商学部2年生20歳ののよっさんです。(名前迷ったけど親父の昔のあだ名らしい笑)ブログ書くの始めてで言葉変かもしれないけど、よろしくお願いします!!実はこう見えてまだ20歳なんですねぇ、よくパパって言われます軽く自己紹介すると旅行がとにかく大好きで、行ったことないところに行ったり、秘境とか未踏の地とか景色綺麗なところとか大好きです😍箱根神社と星ですあと長距離サイクリングにハマってい
インド旅。今回は三度目のインドになります。一度目はデリー、ジャイプール観光&宮殿ホテルに宿泊、アグラではもちろんタージ・マハルに行きました。二度目は紅茶の研修でコルカタでティーオークションや紅茶会社訪問。ダージリンでは茶園を何ヵ所か訪問し、その中の1ヶ所に宿泊。三度目の今回は一度見てみたかったヒンドゥー教の聖地ガンジス川。デリーからは✈️でヴァラナシへ行きました。デリーからヴァラナシは行きは夜行列車で帰りは飛行機…というプランをよく見ていたのですが、できればこ往復飛行機