ブログ記事343件
Newアート考察ワタリウム美術館ジャッド展ワタリウム美術館2026-7-7ドナルド・ジャッドドナルド・ジャッド(1928–1994)コロンビア大学で哲学と美術史を、アート・ステューデント・リーグで絵画を学ぶ。雑駁に言うと美術評論家→絵画を主に制作→立体・空間アート→恒久展示(パーマネント・インスタレーション)と変遷する。当方は小学校のころ6年間、親戚の芸大生に絵画を習っていた。油絵まで描いた。中学に入ってから全く絵を描いていないというか、全く絵が描けなく
ワタリウム美術館の「没後20年ナムジュン・パイク|じゅげむ展」の後編、3Fと4Fの展示です。《ロボットK-567》手作り感てんこ盛りの全然洗練されていないロボット。1989年の作ですが、1964年(!)に作った世界初のアート・ロボットの娘だそうです。2Fではその初代が美術館前で車に牽かれるパフォーマンスの映像がありました。ロボットをアートにして、それをハプニングという形で社会に侵入させて、さらにその映像を作品にする、どれも今では珍しくありませんが、ほとんどパ
http://www.watarium.co.jp/jp/exhibition/202607/ワタリウム美術館|WATARI-UMワタリウム美術館は2020年に開館30周年を迎えた、現代アートの私設美術館です。www.watarium.co.jp
考えてみるとナムジュン・パイクは収蔵品展とかで1~2点だけ見たことはあったけど、個展/回顧展は今回が初めてです。そんなわけでワタリウム美術館の「没後20年ナムジュン・パイク|じゅげむ展」を時間をかけてじっくり見てきました。建物に入ると受付でいきなりこれです。ワタリウム美術館、力入ってるなあ。ナムジュン・パイクはメディア・アート(当時はヴィデオ・アートと言われていた)の創始者の一人で、映像だけでなくアナログTVのモニターやカメラ、ヴィデオテープなどを使った今で言う映像インスタレーション作品
地下鉄の外苑前近くのワタリウム美術館で、ドナルド・ジャッドの展覧会を見てきました。🔳展覧会風景🔳ドナルド・ジャッド(1928ー94)20世紀を代表するアーティスのお一人。ミニマル・アートの作家として語られるみたいですが、本人はそれを認めてなかったようです。彼は1970年代に今まで住んでいたニューヨークから、砂漠の中にあるテキサス州のマーファという街に引っ越しました。その場所を、彼は自分の制作の場として整備します。さらに自分の作品のみならず、他のア
梅雨の中休みと判断してアート散歩に出かけました。原宿の太田記念美術館では、動物と怪物をモチーフとした「アニマル&モンスターかわいい・怖い・ちょっと変」が始まりました正直言えば過去に観たことのある作品もありますが約5分の1が新収蔵だそうです。メインとなるワタリウム美術館の前にギャラリーを〇カ所巡る・・・Part2で最寄り駅や表参道のメインの通りからも少し離れていて行きづらかったワタリウム美術館は、2回目そしてドナルド・ジャッドの個展とあって訪れました。特に立体作品に接触しないために
まずは3代目プレリュードのオートエアコンスイッチパネルの動作確認のことから。40年近く経過した電子部品なので故障多発はもう仕方のない感じです。突然不調になったり元に戻ったり。ずっと不調のままになってしまったり。このパネルだけが不調の原因ということもなく、他の箇所が不調で各種が機能しなくなるということもあるのですけれどね。ただしこのパネルが不調になっても修理で完治することは概ね可能です。(時折治らないものもあり)今回のパネルは動画でも確認できると思いますが正常作動品です。温度表示部
http://www.watarium.co.jp/jp/exhibition/202602/ワタリウム美術館|WATARI-UMワタリウム美術館は2020年に開館30周年を迎えた、現代アートの私設美術館です。www.watarium.co.jp
ジャッド=ミニマリズム、と言う見方が少し変わりました。現在、ワタリウム美術館で開催中の『ジャッド|マーファ展』を観てきました。冒頭述べたようにドナルド・ジャッドというと四角い箱を壁に貼り付けただけのミニマルな彫刻作品というイメージがあります。実際、本展でもその通りの作品も展示されています。しかしジャッドがなぜそのような彫刻作品を作るようになったという経緯を辿ると、単にそれがシンプルでミニマルな彫刻ではないということに気付かされます。ジャッドははじめ絵画を描いていました。それは幾何学
、おー2月はあと2日*有難いことに楽しいことだらけで過ぎてしまいそう久しぶりの原宿青山墓地の梅も香る中サンパウロのヒップホップカルチャーアーチストオスジェミオス双子兄弟がトーキョーに来てこんなイスタレーションをポップポップポップポップポップポップポップポップポップポップポップポップポップポップマリーナタバサの建築TOTOギャラリーでバングラデシュ!!!!エコツーリズムって?考えて解説必要なんですね地元活動は6
こんにちはめちゃくちゃ寒いですでも思っていたより雪降らず...まぁたくさん積もるよりは良いけどこの前ダイソーで買ったアヒル製造機を使ってみたかったなワタリウム美術館で明日まで開催されている『オスジェメオス+バリー・マッギーOneMore』最後4階の展示室はオスジェメオスの作品アニメーションルームになっています全面ガラス張りのアニメーションルーム靴を脱いで入りますガラス張りの部屋でこんな感じのアニメーション映像が映し出されてるのでちょっとふらふらし
こんにちは今日も晴れて暖かくなりましたでも明日の雪が心配ですどのくらい降るんだろうワタリウム美術館で開催中の『オスジェメオス+バリー・マッギーOneMore』次は3階の展示室へエレベーターを降りると目の前に作品が3階にはバリー・マッギーの作品が展示されてます窓から屋外展示の作品が見えましたよ吹き抜けになってるので2階にあった作品が上からも見られます次は4階へ移動します今日はここまで続きはまた~どんなジャンルのブログが好み?▼本日限定!ブログスタ
こんばんは今日は暖かかったですね明日もまた暖かいそうなのでどこか出掛けようかな~昨日行ってきたワタリウム美術館で開催中の『オスジェメオス+バリーマッギーOneMore』より2階の展示室にはレコードショップのインスタレーション中に入るとレコードがいっぱいレコードを取り出して自由に聴いて良いそうですよ昭和っぽい物がいっぱい天井にもたくさんレコードがここにあるレコードの一部は日本のフリマを巡って集めたものだそうですよそういえばトシちゃんとか光GENJIがあ
こんばんは水曜日お疲れ様でした立春の今日はちょっと暖かく感じました明日、明後日はもう少し暖かくなるみたいですね今日は表参道~渋谷までまずはワタリウム美術館で開催中の『オスジェメオス+バリー・マッギーOneMore』展へオスジェメオスはブラジル生まれの双子の兄弟アーティストバリー・マッギーはサンフランシスコ生まれのアーティストこの二組による世界初のコラボレーション展ですまずは2階の展示室『オスジェメオス+バリー・マッギー』よーく見ると面白い絵が描いて
前略、、、【一句】“童心やアートは心癒したり”早々追伸、、、に、行ってみた!TVの教育番組で特集の紹介があり、日本で現在観れるとの事このアートの世界観を体感してみたいと、ふと思い計画を立てた当日、履いていこうと思っていた
おはようございますムツミ日記へようこそいつもありがとうございます先日、オスジェメオス+バリー・マッギーのOneMore展をみにいってきました初めてワタリウム美術館へ足を踏み入れたのですが、凄く良かったですその日にお友達にオススメしました写真OKで、動画も10秒までOKでした珍しいですよね可愛い場所が多すぎて沢山撮ってしまった…でも写真に撮るよりも自然に空間を堪能する方向に持っていく、そんな展示でした1フロアそれぞれはこぢんまりとしているけど、ワタリウム美術館の建物の作りを最
今日はWATARIUMで開催中のオスジェメオス+バリー・マッギーOneMore展に行ってきました。バリー・マッギーは、何度か見てますが、今回はオスジェメオスというブラジルの若手兄弟アーティストとのコラボ展でした。この辺りは、バリー・マッギーオスジェメオスの作品も見てみます。オスジェメオスなかなか素敵な作品ですな。映像作品も良かったです。デハデハ
ワタリウムがストリートアートになりました。現在開催中の『オスジェメオス+バリー・マッギーOneMore展』を観てきました。オスジェメスはブラジル・サンパウロ出身の双子のアーティスト。バリー・マッギーはサンフランシスコ生まれのアーティストです。二組の共通点はどちらもストリートアート出身ということです。まあ言ってみれば壁への落書きですよね。なので本展ではワタリウム美術館の壁一面を使って二組のストリートアートが繰り広げられているというわけです。Youtubeで公開されている本展の制作
おわりhttp://www.watarium.co.jp/jp/exhibition/202510/ワタリウム美術館|WATARI-UMワタリウム美術館は2020年に開館30周年を迎えた、現代アートの私設美術館です。www.watarium.co.jp
今回の2泊3日という古巣滞在、結局は映画祭、美術館、カフェ、ヘアサロンと散策……という何ともゆるい構成になってしまった。でも、これでいいのだバカボンボンもしかしたら、瀬戸芸で粟島の叔父に会うという選択でも良かったのかもしれないけれど、いつものような秋の過ごし方は自分にとって大切だったりする。ただ今回は、メンバーだというのに(ワタリウムを応援しているから続ける)気軽に行けなくなってしまったワタリウム美術館にやっとこさ足を運んで、「オスジェメオス+バリー・マッギーOneMore展」を体験
つづくhttp://www.watarium.co.jp/jp/exhibition/202510/ワタリウム美術館|WATARI-UMワタリウム美術館は2020年に開館30周年を迎えた、現代アートの私設美術館です。www.watarium.co.jp
家族アルバムを観ているような展覧会です。現在、ワタリウム美術館で開催中のチェン・フェイさんの個展『父と子』を観てきました。冒頭述べたように本展はとても私的な展覧会です。なにしろ描かれているのは本人と子、妻、そして長い付き合いのある親友や愛犬だけだからです。1枚1枚が記念写真であり、家族の記憶であり、モニュメントなのです。壁面いっぱいに画かれた壁画がそれを表しています。いかにも記念碑的です。そしてそこに写る姿はほんとうに普通のオヤジの姿であり、お子様の姿です。他人の家族の絵観て面白い
外苑西通り(通称キラー通り)にあるコンクリート打ちっぱなしの建物は建築家・東孝光さん(1933-2015)が自宅として建築したもので、三角形の変形地のわずか6.2坪(20.5㎡)の土地で建設面積が11.8㎡に建てたもので6層の建物は65㎡。狭小住宅の嚆矢(こうし)と言われる名建築。この家で育った長女の東利恵さんも建築家に。青山3丁目交差点から千駄ヶ谷方面に向かい、ワタリウム美術館の前にある。
東京アート旅後編2日目は渋谷区神宮前のワタリウム美術展ココは3年前のアート旅でも最後に訪問した美術館。建築士の友人が「建物自体も有名建築家が設計したんだよ」と教えてくれた。今回は鴨治晃次展https://share.google/c3yCOH8PFvdWxPa08この前に座って作品を観ながらワイン飲みたい。説明できない(汗)その場で体験して感じるもの?外階段の踊り場からワタリウム美術館の入口お昼は美術館から徒歩1分ぐらいのイタリアン“ブラマソーレ”名古屋のワインバーの
東京メトロ銀座線外苑前駅の出口を出てから数分👣オン・サンデーズに向かう途中見つけた気になるモニュメントなんでしょう?…気にはなったけれどその時はワタリウム美術館に急ぎたかったから写真だけ撮ってまたね...で...そのまますっかり忘れていたのだけれどなんでか今日ふとあ思い出したから調べてみた青山通りの景観整備事業の一つとして設置された幸福のモニュメントシリーズの第一号"街の音楽"ハンガリーの作家さんの作品なのだそう...都市景観や地域社
何が「正しい位置」で何か「間違った位置」なのでしょうか。現在、ワタリウム美術館で開催中の鴨治晃次さんの個展『不必要な物で全体が混乱しないように』を観てきました。本展では鴨治さんはポーランドの芸術家として紹介されています。鴨治さんは1959年からポーランドに住み、今もなお現地で活動されているそうです。本展はその鴨治さんの66年ぶりの回顧展です。その作品は本展のタイトル『不必要な物で全体が混乱しないように』が表すようにミニマルなものです。不必要なものが一切ありません。最初に展示されている
こんにちは!ワタリウム美術館に車で訪れる予定の方、「近くに駐車場があるのかな?」「料金はどれくらいかかるんだろう?」と、気になりますよね美術館周辺は混雑することも多く、特に週末やイベント時は駐車場を探すのが一苦労ですそんな方のために、ワタリウム美術館周辺の駐車場情報をまとめた記事を作成しました。安い駐車場や、予約ができる場所、最大料金が設定されている駐車場など、実際に役立つ情報を取り上げていますお出かけ前にチェックしておくと、当日安心して出発できますよ♪▼駐車場情報はこち
http://www.watarium.co.jp/ワタリウム美術館|WATARI-UMワタリウム美術館は2020年に開館30周年を迎えた、現代アートの私設美術館です。www.watarium.co.jp
これも気になっている、、、ポーランドより66年ぶりの帰国展鴨治晃次展|不必要な物で全体が混乱しないように2025年4月8日[火]〜6月22日[日]ワタリウム美術館ワタリウム美術館|WATARI-UMワタリウム美術館は2020年に開館30周年を迎えた、現代アートの私設美術館です。www.watarium.co.jp戦後ポーランドの美術史に名を刻む芸術家、鴨治晃次。ワタリウム美術館で、66年ぶりの帰国展となる日本初の展覧会戦後のポーランド芸術の主流を築いた、1960〜70
令和7年3月16日(日)13:30~恵林寺文化講座第46回『山田寅次郎の足跡』が開催されます...講師は、和多利月子氏(ワタリウム美術館ディレクター)山田寅次郎(1866~1957)は、明治から昭和まで活躍した実業家、茶人です。茶道宗徧流の第8代家元を継ぐ立場にありながらトルコに渡り、オスマントルコ皇帝アブデュルハミド2世に拝謁、その信頼を得て、トルコのイスタンブールで事業を興しました。日本とトルコの橋渡しとして活動して後、帰国。その後、57歳