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避難場所がいっぱいで、少々過酷に頑張らせている蘭が焦げちゃいました私はエアコンで涼んでいる間に、この子達は炎天下でもろに…紫陽花も焦げました精一杯の体力使って頑張っております早く涼しくなりますようにさて、これだけ暑いと、人間も体力勝負です旅から帰ってから、暫く怠っていたトレーニングを開始しました日頃は、なんて事なくこなしていた量がたった2週間空いただけなのに酷い筋肉痛が出てしまいました今日も弱い方のベルトに交換しようかと弱気になりましたしウェイトも軽い方にして…
山を切り崩すカタチで造られているハトシェプスト葬祭殿ここは古代エジプト唯一の女性ファラオハトシェプストが造った葬祭殿です。後にトトメス三世により一部破壊されていますが後に教会としても実際に使われていたこともある葬祭殿です。↓↓↓前回のブログでも書いた通り1997年にイスラム原理主義過激派による外国人観光客に対しての襲撃で日本人10名を含む外国人観光客58名警察官2名エジプト人4名の、65人が死亡85人が負傷しています。尚死亡者数に関し
王家の谷の裏側には王妃の谷があります。よくこんな場所からお墓を掘り当てるよなぁ···と当時の盗賊の勘の良さなのか、根気なのか、なんなのかわかりませんがとにかく感心してしまいました。ここの中もとにかく広いし、暑いっヒィヒィ↓↓↓ここでのメインはそりゃもうネフェルタリのお墓です。そうラムセス二世がこよなく愛した第一王妃のお墓です。↓↓↓ほぼ、完璧な状態で発見されオプション代金20000円也〜この入場料は法外なため他国のツアーからは外されるこ
●平成9年11月18日(火)今日の朝刊と夕刊に、エジプトのルクソールにある『ハトシェプスト女王葬祭殿』にて日本人観光客を含む69人が無差別テロに遭い、死亡したと大きく報道されていた。このハトシェプスト女王葬祭殿は、私が1年前にエジプト旅行で訪問した場所である。日本人の旅行に限らず、世界的なツアー旅行の定番の場所だ。歴史的には、紀元前1500年前、ルクソールに首都があった時のエジプト初の女王であるハトシェプストという女性の神殿である。この観光地で無差別テロが発生した。要は
2017年3月17日ルクソール西岸ツアーは続きます。次に訪れたのはハトシェプスト女王葬祭殿。葬祭殿とは王の葬儀や礼拝を行う所で、わからないように地中に作られたお墓と違い、当時の王の力を見せつける建築物のようです。現代に例えると、派手な墓石なのでしょうか?スケールが違い過ぎますが・・・😅新王国時代第18王朝の女王ハトシェプストは、トトメス1世を父に持ち、異母兄弟のトトメス2世の妻で、夫の死後、幼くして即位した義理の息子トトメス3世(夫の妾腹の子で自分の娘の夫)の後見人的立場から実権
※このブログは2011年11月のブログに加筆したものです11月17日ってルクソール事件があった日だったねσ( ̄、 ̄=)20年前の今日多分1997年だったような…( ̄. ̄;)エジプトのルクソールでイスラム原理主義過激派"イスラム集団"が起こした無差別殺傷テロだった(´・ω・`)日本人10名を含む外国人観光客61名エジプト人警察官2名63名が死亡、85名が負傷した69人と云う資料もあるφ(..)情報が交錯して混乱したね( ̄ω ̄;)事件が起こったル
将棋、できる?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう皆さん、こんばんは。私は将棋が出来ません(汗)。(ノ_・。)機会が有れば、遣り方を覚えたいです。話題は変わります。(。-人-。)11月17日は、忘れてならぬ事件が有ります。エジプトのルクソール事件です。[発生年月日]1997年11月17日[現場]ハトシェプスト女王葬祭殿イスラム原理主義過激派の集団が観光客を襲撃した無差別殺傷テロ事件でした。[死者63名・負傷者85名・犯人は全員射殺]
北畠神社攻城団もちろん全国各地のお城について、その見所やうんちくのほか、駐車場などの...平均評価:2.91(298位);見学時間:39分(393位);攻城人数:31...波賀城城めぐりチャンネル-WordPress.com波賀城(はがじょう)は播磨北部の因幡街道を眼下に見下ろす場所に築かれた中世山城。資料が殆ど残らない謎の城ら北ノ庄城城旅人北ノ庄城(きたのしょうじょう)は、福井県福井市にある平城です。織田信長が越前・龍門寺城を本陣として、1573
ルクソールは余裕の3泊日程です😊エジプトの治安の悪さ情報に怖気付き専属ドライバーをつけての2日目観光(笑)でも、実際ルクソールは危ないとはほとんど感じなかったし人も優しくてとても良い場所でした。ナイル川を挟んで東西に分かれているルクソールの街。まず西側へ連れて行ってもらいました。西側は太陽の沈む場所、つまり死者の眠る場所です。だからお墓ばかり。西側は死者の街とも呼ばれています。はじめは王家の谷。王家の谷は、古代エジプトの新王国時代のものすごい数の王たちが眠る場所。と
ルクソール、中王国新王国時代にテーベと呼ばれたその町は、7世紀アラブ人の到来時に王宮の街という意味でルクソールとなる。3500年前の遺跡群はナイルの西岸に集まり、当時と変わらぬまま生活は東岸にある。現在の人口は48万人。1度今日からのホテルであるクルーズ船ファラー号に入ったが少しだけ暑さが和らいだ午後4時に(オプショナルツアーで)街へ出る。ナイル川、世界最長6550㌔の流れはルワンダ又はエチオピアに始まり砂漠の地に5000年の文明に歴史をもたらした。古代から風を捕え行き来して
ベッドで寝ていました。朝方、息子が自分の寝床からのそのそとベッドに這い上がってくるのを感じました。ベッドに上がってくるなんて珍しいな〜いつ以来かな〜毎日だったら絶対イヤだけど、たまにだったら嬉しいな〜・・とうつらうつら息子に布団をかけながら頭をナデナデし息子の体温を感じながらまた眠りに入ろうとしました。それから2〜3分たったあたりでしょうか。地震がきました。けっこう強めに揺れました。
今から19年前平成九年11月17日というのは大変な日でしたあり得ないと思われた都銀の破綻北海道拓殖銀行が経営破綻の会見そしてその一週間後には四大証券の一角、山一證券の破綻日本金融史に残る月でした海外ではルクソール事件外国人観光客が61名殺害されましたまさに12月にエジプト旅行を目前にした状況での事件その後、外務省の渡航注意喚起が出て初のエジプト旅行はオジャン旅行はスペインに行き先を変え行きましたけれどね本当に急遽行き先を変えたんでバタバタでし
さて、再びロバに乗り王妃の谷から王家の谷を目指す。岩山の上からハトシェプスト葬祭殿が見える。150mくらいの高さにいるのだろうか。人間も米粒くらいだ。やばい・・・私死ぬかも・・・ここで初高所恐怖症発覚。もう落ちることしか想像出来ない。何度も何度も崖からハトシェプスト葬祭殿に落ちて行く自分の姿を想像する。脚が震える。あ、それはロバに乗って揺られてるからか?私よりかなり小ぶりなお姉ちゃんのロバはこころなしか楽そうだ。こんなことならもっと早くダイエットしとけば良かったたまに足をす
1997年、1ヶ月のユーレイルパスの旅からのトルコ、エジプト旅行。この日のイスタンブール観光。まずは、停電で何にも見えなかったブルーモスクへ、リベンジに。今朝も一時停電となりましたが、すぐに直ったので今回ブルーモスクのタイル模様がちゃんと見えましたタイルもキレイでしたが、ステンドグラスがとても美しい床のトルコブルーの絨毯は長方形の模様になっていて、その長方形がちょうど一人分のお祈りスペースの大きさ。これならキレイに並んでお祈りできますね次は、イェレバタン
阪急交通社トラピックス感動のエジプト紀行8日間2日目(2012年12月29日ルクソール・ハトシェプスト女王葬祭殿)古代エジプトで唯一の女性ファラオであるハトシェプスト女王の葬祭殿です。ハトシェプストの存在を抹消したかったのか、後継のトトメスⅢ世にハトシェプストの名前や顔をけずられたとのことです。現地ガイドのシェリフの話によると、ムバラク大統領の退陣に追い込む革命の混乱で昨年は観光客が、バッタリだったとのこと。ようやく先月から観光客が戻ってきだしたそうですが、まだ多いと