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【硝子の夜会|フランス王国】第十四章アルトワ伯シャルル=フィリップのちのシャルル10世王になるつもりなど、なかったのかもしれない。兄が二人いた。王冠はずっと遠く、自分にはもっと軽やかな人生があるはずだった。■王冠から遠い王子1757年、ヴェルサイユ宮殿に生まれたシャルル=フィリップ。ルイ16世、プロヴァンス伯ルイ=スタニスラスの弟である。兄が二人いる三男。若い彼にとって、王位は現実的な未来というより遠い場所にあった。だから彼は、兄たちとは違う生き方をした。狩猟、競馬、
【硝子の夜会|フランス王国】第十三章プロヴァンス伯ルイ=スタニスラスのちのルイ18世王になった男の物語ではない。王になるまで、生き残ってしまった男の物語である。■「次の王」だった弟1755年、ヴェルサイユ宮殿に生まれたルイ=スタニスラス。ルイ16世の弟、プロヴァンス伯。兄ルイ16世に男子が生まれるまで、彼は王位継承に非常に近い場所にいた。兄が王なら、自分は王弟。けれど兄に跡継ぎがいなければ、その先には王冠がある。王ではない。だが、王冠がまったく見えない場所でもない。
朝から気持ちいい秋晴れ@パリ、過日のことさっぱりした空気があまりにも気持ちよくて、パリの秋は特に美しいっと感じていたら、あてもなくズンズン歩けてしまった。気がついたら、ここ。『SquareLouis-XVI』(ルイ16世広場)。ちょっと懐かしいところに出くわした!?というのも9区に暮らしていた時に朝ランで時々やってきたのが、この小さな緑地。わちゃわちゃに賑わうデパート街の近くにありながら、広場に入った途端、そこには静かにゆっくりと時
硝子の夜会|フランス王国第八章マダム・エリザベート「逃げれば、生きられたのかもしれない。でも、あなたたちを置いて生きる私は、私だったのだろうか。」※これはマダム・エリザベート本人の言葉ではありません。史実をもとに、その人生にあった矛盾を「硝子の夜会」の独自解釈として言葉にしたものです。■「逃げればよかったのに」歴史を後ろから見る私たちは、とても簡単に正解を言うことができる。危険が迫っている。革命が起きている。王家は憎まれている。このまま残れば命まで危ない。だったら逃げればいい。国外
ジャルジェ家に呼ばれワカメについての知見を求められたニールス・フルーネは、驚きの声を上げた。「そんな、まさか。乾燥したもので食中毒など起こるはずがない」ラソンヌ医師は冷静に訂正する。「フルーネ殿、食中毒ではありません。乾燥ワカメそのものには害はなくても、大量に摂取することで悪い影響が出るということはないでしょうか」フルーネは狼狽したように顔をキョロキョロとさせた。「・・正直なところ、ワカメの研究は始まったばかりで、未知の部分もたくさんあります・・ですが、何百年も常食している国があるのに
おはようございます🍞☕🍠ぼんじゅーるフランス革命フランス王ルイ16世が1791年憲法を承認後に処刑されたルイ16世は生前ギロチン台の刃に角度をつける切れ味改造案を出したという今日の誕生花ゼフィランサス花言葉「汚れなき愛」「便りあり」「期待」
硝子の夜会|フランス王国第一章ルイ16世「鍵は作れた。扉は開けられなかった。」ルイ16世。フランス革命によって王座を失い、1793年1月21日、断頭台に消えたフランス国王。歴史の中で彼には、いくつもの言葉が貼り付けられてきました。気弱な王。優柔不断な王。決断できなかった王。錠前を愛した王。そして、マリー・アントワネットの夫。けれど私は、その言葉だけで彼を知ったことにしたくありませんでした。王冠を外したところに、どんな人間がいたのだろう。何を知り、何を望み、何を恐れ、何を愛し、そして何を守
こんばんは~🌃今日は少し「レーヴ・デ・リュミエール」についてはお休みにしていま読んでいる本について先日また図書館から本を借りてきていましてうつらうつらになりながらなんとか読み進めています原書房から2020年に出ている本で作者はエマニュエル・ド・ヴァリクールお名前にドが付くとお貴族さまなのかと思うけどどーなのだろう?ベルばら世代なのでマリー・アントワネットはそれなりに好きで今までも読んできましたがここまでの長編は初めてかもしれません翻訳伝記にありがちな断定的な
先日みなとみらいへ出かけた際、横浜美術館の前を通りかかりました。「そうだ、いま『マリー・アントワネット・スタイル展』をやっていたはず・・混んでいるんだろうな…」と思いつつチラッと覗いてみたところ、なんと誰も並んでいません!スタッフさんに「混んでいますか?」と尋ねると、「いま空いていますよ」とのこと。午後16時半頃という時間帯と、あいにくの雨模様だったのが幸いしたのかもしれません。少し疲れ気味で小腹も空いていましたが、「これは今観るしかない!」と思い切り、入館してみることにしま
普段は忘れているのに、ふとしたニュースやきっかけで、記憶の引き出しがパーッと開くことがある。あの日の匂いまで、一瞬で蘇ってくる。今回は、そんなお話。先日、長崎在住の、東京Uターン組同級生からLINEが届いた。母校・長崎西高校の運動会が行われたよーという内容。今時の運動会・・・、暑さ対策のため室内で行われているという。えーーーっ。私たちの頃は、もちろん運動場だった。名物だったのが「もし教」。「もしも教師でなかったら」という、3年生の競技だ。担任の先生たちが
横浜美術館で開催中のマリー・アントワネット・スタイルに行ってきました✨日曜日でしたが、それほど混雑していませんでした。午前中は混むかと思って午後に入場したのが良かったのかもしれませんなんと、ほとんどの展示品は撮影可でしたもちろんたくさん写真を撮ってきましたこちらはルイ16世とマリー・アントワネットの婚礼の記念として制作されたと考えられている扇。マリー・アントワネットが好んだ「真珠とヤグルマギク」が描かれた食器。小花柄が可愛らしいポプリポット。18世紀のヨーロッパの宮廷では花びら
後のルイ16世との初対面で、マリー・アントワネットがしたこととは?後のルイ16世との初対面で、マリー・アントワネットがしたこととは?マリー・アントワネットとルイ16世の出会いにまつわる、もっとも意外な逸話です。…pic.twitter.com/H1Ra1xvsDQ—Nicolas|だんだんフランス語(@Nico_furansugo)May6,2026***********後のルイ16世との初対面で、マリー・アントワネットがしたこととは?マリー・アントワネットとル
みなさん、お久しぶりです確認してみたら前回の更新から1か月近くが経過しておりましたわたし、生きてます(まずは安否確認)もう夏も終わりに近づいていますね今年の夏はビーチに泳ぎに2回行ってもう一度行こうと思っているうちに曇りや雨の天気が続きそうこうしているうちに気温が下がり始め、今日は半そででは肌寒い状態に...ブログも書きたいと思い続けながら、なんやかんやでいろいろとやることに埋もれていて、夏休みで子ど
8月23日、ルイ16世の誕生日です。マリーアントワネットの伴侶、ギロチンにかけられた王様です。LouisXVI、1754年8月23日生まれる。ブルボン朝第5代フランス国王。兄・ルイ・ジョセフがいたが、結核で死亡した。兄が存命なら彼に王位が回ってこず、ギロチンにかけられる運命も回避できたかも??歴史的側面はWikipediaと「ベルサイユのバラ」に譲り、ルイ16世のエピソードを幾つか。かなり有名な話ですが、国政にはあまり興味がなく、内向的な性格であったことは確かな
前回の記事は、『【大人の世界史学び直し㉛】王様はいらない!アメリカ独立戦争と「世界初の民主国家」誕生』前回の記事は、『【大人の世界史学び直し㉚】現代社会のルーツ!「産業革命」が人類の生き方を変えた理由』前回の記事は、『【大人の世界史学び直し】㉙なぜイギリス…ameblo.jp今回は、フランス革命とナポレオンですフランス革命とナポレオンの台頭は、「絶対王政(神と王の支配)を完全に破壊し、近代社会の理念をヨーロッパ中に爆発的に普及させた」世界史上の巨大なターニングポイント
若い頃、ベル薔薇にハマり、マンガも毎日読んでたし、教育テレビ(現在はEテレ)で、宝塚歌劇団の放送があるたびに、テレビを観てました。それもあるからなのかなぁ〜しても、これだけは観たくて、横浜美術館へ行きました。ここもまだ、多くの人たちが並んでました。撮影できるところとできないところがあって、そのドレスや靴は、私の大好きなデザインで、着てみたいなぁ〜と思いました。マリー・アントワネットと言えば、あまりにも、いいイメージはないかも知れない。あの時代に、あんなに贅沢なことをしたからだけど、オーストリアの
横浜美術館マリーアントワネット展の続きですマリーアントワネットの食器セットこのクオリティすごくない?ノリタケの森で陶磁器の作り方ミュージアム見たけど、戦前の時代からこんな技術があったとは…よく見ると、マリーアントワネットの好きなバラ、パンジー、真珠などが描かれています美しいモノだけでなく、美しい音も好きだったマリーアントワネット。男性はイギリス趣味の服装で、ギターは主に女性が弾く楽器だったとか。マリーアントワネットもギターを好んでいたそう。実際に全員アントワネットの宮廷にいた人が
かのベートーヴェンが「もしレクイエムを書けと言われたら、ケルビーニの曲だけを手本にしただろう」と言ったというのは、よく知られていますし、作品的にモーツァルトのレクイエムより優れていると断定しています。また、ベルリオーズ、シューマン、ブラームスも絶賛したとか。そんなケルビーニの「レクイエムハ短調」ですが、現在は今一つ演奏機会が少なく、日本でも人気曲とは言えないのが現状です。原因は、たぶん一切のオペラ的な要素を排除して、ソリストを起用せず、合唱とフルート無しのオーケストラで真摯に祈り、得意とする
横浜美術館でマリーアントワネット展を見てきました〜!20分前に着きましたが、噂通り超大行列横浜美術館ずっと行ってみたかったの婚礼のバスケット刺繍がすごい!手縫いってこと?とんでもなく時間かかりそう豪華な扇子もたくさん出てきました!扇子は日本のものだと思ってた洋服コレクション赤ずきんみたいなドレスマリーアントワネットはハプスブルク家の人だったんですね〜ハプスブルク家の人はアゴが出てることで有名だけど、マリーアントワネットはそんなことなさそうだねマリーアントワネットは日本の漆製品
この前、第9巻を読み終わって思ったこと。ルイ16世、かっこいい、、、少し前に、実はコールドプレイのvivalavidaという曲がルイ16世がギロチンされる直前に見た景色を歌ってることを知り、-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。www.youtube.comしかも、アルバムのカバーはドラクロワの自由の女神でばりばりベルばらそこで、
バイクVT250Fのデッドストック部品を入手したのです。キーシリンダー。鍵が無いので500円で入手。組み替えて自分の鍵に合うようにしようかと思いました。でも、キーシリンダーの完成度が高いので、破壊して内部の部品を取るのをやめて、合鍵を作ろうと思いました。あたしくらいのVTマニアになると、鍵番号から鍵のギザギザが分かるのです。鉄は加工が難しいので、アルミ板で作成可能。作成の為の数値情報(サイズ感)を整理しました。しかし数年前は熱意を込めて合鍵作りに没頭したのですが、今回はそれ
横浜美術館にてマリー・アントワネット・スタイル【公式】マリー・アントワネット・スタイル横浜美術館にて2026年8月1日[土]―2026年11月23日[日・祝]開催。時代を超えて人々を魅了するマリー・アントワネットの革新性と人物像に迫る。ロンドン発世界巡回展が国内唯一の開催。share.googleを観てきた。日本では横浜だけというのもあってか、凄い混雑。会期後半に行った方が良かったかも。ギロチンの刃くらいしか興味がなかったけど、革命で処刑されるくらい悪女であったのかは疑問だよね。
1792年8月10日事件におけるルイ16世の状況1792年8月10日事件(テュイルリー宮殿襲撃)におけるルイ16世は、激昂したパリの民衆や義勇兵の襲撃を受け、王権を完全に停止されて事実上の虜囚(囚われの身)となる決定的な危機に陥っていました。事件当日のルイ16世の具体的な状況と動向は以下の通りです。1.宮殿の孤立と防衛の崩壊孤立無援の状況:外国軍(オーストリア・プロイセン)の侵攻や、国王が発動した拒否権への怒りから、民衆の敵意は最高潮に達していました。宮殿を守るはずの国民衛兵の多くが
前夜の喧騒も去り…ゴミが散乱して片付ける人、お疲れ様朝食はお気に入りのこの店ホテルに持ち帰り美味しく頂きました🥖アップルパイが美味🥧地下鉄に乗ってConcorde駅へ半自動扉で停車前にボタンを押すと開きます5km/h以下で開くのかな?コンコルド広場ルイ16世やマリーアントワネットなど1,100人以上が処刑された地ですこれはコンコルド広場にある「海軍省」の衛兵詰所(ガルド小屋)ですチュイルリー庭園を通り抜けチャッピーによりますと…現代アートの彫刻ジャン・デュビュッフェの作品
Marie-Antoinette;Voilà!C’estpapa!LouisⅩⅥ;Venezàmoi,meschersenfants!Louis-Joseph;Papa,papa!Marie-Thérèse;Çafaitlongtemps,papa!Marie-Antoinette;ほら!
気づいたらもうすぐ、7月が終わりますね…フランス革命記念日からすでに10日ほど経ってますけど、わたしはようやく、バスティーユ攻撃の下りまで読みました。(すなわち、オスカルの戦死のところ)もうこのあたりは何度も読み倒していてしかも一気に読んでいないからか、あまり感情移入せずにあっさりと読んでしまいました^_^;そうそう、わたし、ちょっと前の記事に書いた通り、今年のフランス革命記念日を記念して創作した曲があって
■講座■<横浜美術館「マリー・アントワネット・スタイル」展を記念してパリから結ぶZOOM講座「フォンテヌブロー城で見つける、王妃マリー・アントワネットの薔薇色の時間」&2026年プティ・セナクル修学旅行~シシリアとフォンテヌブロー」報告会>講師:石澤季里今年のフランスは、18世紀をテーマにした展覧会が目白押しです。そのなかでも、秋からフォンテヌブロー城で開催予定の「ルイ16世とマリー・アントワネットの華麗で穏やかな暮らし」展は普段訪れることのできない銀の私室や寝室がオープンされ、贅
日本はよく古来からの一揆を含めて小さなクーデター暴動は起こす国だと思いますだが今迄からみても革命は起こしたことがないので革命は起こさない国だと思われます革命とクーデターの違いについてですが革命とはそれまで支配されていた者が武力などにより支配者に取って代わって権力を奪いとること社会などの仕組みなどが大きく変わると考えられますまた急激な発展や変化などの意味で使われることがあります革命とはそれまで被支配者だった者(支配されている者)が支配者から国家権力を奪い取り政治や権力などの構造を
こんにちは、甘露ですいつもたくさんのアクセスやいいねを頂き、ありがとうございます✨とても嬉しいです✨コンシェルジュリー。前記事でーー。「ヴェルサイユ宮殿」の見学を軸に、マリー・アントワネットのお話をいたしました『【フランス・ヴェルサイユ宮殿編】フランスで有名なあの女性の生涯に触れる。』こんにちは、甘露ですいつもたくさんのアクセスやいいねを頂き、ありがとうございます✨とても嬉しいです✨フランス・ヴェルサイユ宮殿フランス旅行編から少し空いてしま…ameblo.jp今回は、絢爛豪華な宮
時はブルボン朝ルイ16世の時代バスティーユ牢獄には王政に異を唱える政治犯が多く収容されており悪しき絶対王政の象徴とみなされていた1789年7月14日蜂起した市民たちによりこの牢獄が襲撃され革命の幕開けとなった・・(ザックリまとめ)このバスティーユ広場は今でも政治集会のみならず青空市場・蚤の市が立ったりオペラ・バスティーユの上演日は周辺のカフェ・レストランが深夜まで賑わいます古くから広場の周辺は家具職人のアトリエが連なっており今でもその名残か数件家具屋さんを見かけま