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こんにちは☀️リーダー部二年部員の中村です!今日は、「東京六大学の良い所」についてお話しようと思います😎東京六大学には、立教大学の他に、東京大学、慶應義塾大学、早稲田大学、明治大学、法政大学が所属しています!この6校で行われる大きなイベントは2つあります!1つ目は、東京六大学野球⚾️2つ目は、「六旗の下に」です🏳️今日は、「六旗の下に」について、お話したいと思います!「六旗の下に」は、東京六大学の応援団、応援部、応援指導部が集まり、応援歌やチャンスパターンメドレーを用いて、迫力のあ
新歓ブログPart.14「神宮リーダー部編」こんにちは!リーダー部2年の林田です!🔥今回のテーマは「神宮リーダー部編」です!📝チアリーディング部の2年部員も書いてくれましたが,神宮応援とは、春と秋に開催される東京六大学の六校で行われる野球のリーグ戦の応援活動のことです!🏟️🙌リーダー部は、一生懸命大きな声で声援を届けたり、吹奏楽部に合わせて太鼓を叩いたり、拍手でお客様を盛り上げたり、学ランを着て応援活動に取り組む姿は太陽よりも輝いています!✨私は去年のこの時期、神宮ツアーに参加して神
こんにちは!チアリーディング部2年のあゆです🧚♂️🌙今回は、【体育会応援の魅力】についてお話します!応援団は、立教大学の様々な部活の応援に行く✊📣ということは皆さんなんとなーくご存知かなと思います!なので今回は、そんな体育会応援について具体的にどのような部活の応援に行っているのか、どのような応援をしているのかについて詳しくお話しちゃいます🙈💓まずは、野球応援⚾️これはやっぱり定番です☝️野球応援といっても、以前みさが紹介してくれた明治神宮での硬式野球部応援だけではなく、準硬式
新歓ブログPart.3「リーダー部の入部理由」こんにちは!リーダー部2年の藤原です!今日は、「リーダー部の入部理由」についてお話しようと思います🤩現在、リーダー部には、7名の部員が在籍しています。中高時代からの経験者は0人です。高校時代は、野球部、吹奏楽部、帰宅部などなど…つまり、みんなが初心者だから安心です!そんなリーダー部員たちの入部理由は様々。私は中高時代、陸上部に所属していて、箱根駅伝の応援がしたくて入部しました🐥入ってみると、色々なスポーツの応援ができて楽しい!実
こんばんは、今年度上智大学応援団で団長を務めておりました、芥川伊織です。早いもので、もう引退ブログを書かなきゃいけません。引退ブログと言うと、去年の今頃、同期の某チアから「あくたんの引退ブログは感動できると思う」みたいな事を言われてハードルが上がってます。辛い。それはそれとして、今まで抱いていた事を正直に、とりとめもなくつらつら書こうと思います。とりあえず、よく聞かれてその度煙に巻いていた質問の回答でも。「なんでそんなに頑張ったの?」好きな人に褒められたかったから。自分が一生
リーダー部四年団員の勝田智哉です。役職としてはリーダー部長を務めさせていただいております。中学高校時代はラグビー部に所属していました。趣味は映画鑑賞とドライブでしょうか。と、これ以上自分について何か語れないので、リーダー部の事を大いに交えて書いていきたいと思います。まずは同期。自分の唯一の部の同期の芥川という人間は、私の不幸ややらかしが一番笑いのツボという悪意の塊のような人間でしたが、団活動に対して真面目で黙々と仕事をこなすところは尊敬しています。あときっと応援団で一番成長したのはきっと彼
Tobeornottobeシェイクスピアの『ハムレット』の一節であり、私の大学生活の中で最も響いている言葉です。大学生活の中で多くの人々と出会い、楽しい日々が過ごすことができました。なぜ今日私の、引退ブログが更新されたのかと言えば、12/5が体育会総会で、私の体育会常任委員会の委員長の任期が終わりを迎えるからです。応援団と体育会本部常任委員会は違うんじゃないの?役職違うし、荒鷲の時に更新すれば良かったんじゃないのという人もいると思いますので、僕自身の応援団と体育会本部常任委員
こんにちは。リーダー部4年の深澤佑希と申します。引退ブログを書くにあたり、真面目に「応援団とは」について書こうなどと思っていましたが性に合わないですし、4年間を振り返ったときに素直に思い浮かばれるのが毎日のように顔を合わせていた同期やお世話になった先輩方、後輩だったので、普段直接は言えない感謝の気持ちをブログを通じて書いていこうと思います。拙い文書ですが最後まで読んでいただけたら幸いです。こしけんへ頭の回転が速くて決断力があって本当に尊敬しています。追いつけないとはわかっていても4年
今思えば幸せな4年間でした。4年前の春、憧れの大学生活を夢見て上京してきた自分は何を血迷ったのか応援団に入団しました。彼女が出来て最高のハッピーライフを送るはずが何故か体育会の男子寮に入り、男子ばかりのリーダー部に入りとホモなのじゃないかと疑われるレベルで男子校レベルを上げていきました。そんな残念な私の4年間の団生活を振り返ってみようと思います。【1年生】入学式の日に収と仲良くなり無理やり応援団の新歓につれていく収に誘われて見に行ったアイスホッケー部に入っていれば多分スマートな人間に
私の四年間と後輩達へはじめまして、応援団リーダー部四年団員の橋口収と申します。応援団の中ではあまり目立つ方ではありませんでしたが、私も四年間、団員として過ごさせていただきました。日々ただ何となく過ごしてきた私にとって、この団生活もいつの間にか当たり前の日常になっていて、引退といわれても未だに実感が湧きません。それが一気に変わったのが、11/16日、荒鷲の集いの1週間前リハの時でした。同期が3部そろって行う幹部演技の直前に流れる引退ムービーが流され、舞台袖からそれを見た時、初めて「
こんにちは!こんばんは!今日はとてもすっきりとした秋晴れでしたねさて、本日は学習院大学で行われた第49回桜凛祭に参加してきました平日にも関わらず多くの方々が見に来てくださいました!!!リーダー部、チアリーダー部、吹奏楽部の三部一体となったステージを是非ご覧下さい!!もちろん、吹奏楽部のステージも見どころですまた、西2号館301教室には応援団のブースもあります!私たちのこれまでの活動の様子をたくさん見ることが出来ますインスタばえするスポットもあるかも…そしてそして、本日来れなかっ
すっかり秋らしくなって、街も色づき始めてきました。夏の暑さや、日の長さが懐かしいですね10月21日(日)昼11時から、御薗橋801商店街で、みそのばし801フェスティバル2018が開催されます。紫野高等学校吹奏楽部&マスコットキャラ、京都産業大学全学応援団吹奏楽部・リーダー部・チアリーダー部、和太鼓、京都府北警察署&京都産業大学サギタリウスチーム、小学校金管バンド&バトン・ダンス、ぱん食い競争、京都産業大学京炎そでふれ大宮炎龍舞連、京都産業大学放送局など多彩なステージが行なわれます。商店
こんにちは。今日は4月29日と5月6日に行われたリーグ戦について報告させていただきます。4月29日の結果は上智大32(15-18,17-13)31上武大で勝利することができました。5月6日の結果は上智大28(12-11,16-14)25専修大で勝利することができました。現在3勝2敗という結果で3位にいます。6日の専修大戦には上智大学リーダー部の方々が応援にかけつけてくれました。そのおかげで序盤のスタートダッシュが上手くいき
第8回求道者森下暢夫(三十七代目甲南大學應援團副團長)【18】そんな森下副團長が最大の目標に設定しておりました「乱舞の集い」を迎えます。我が甲南大学の学園祭の一環で開催されるイベントの一環でありまして、縁の下の力持ちを旨とする我が應援團が年に一度だけスポットライトを浴びる晴れ舞台でございます。特にこの年は約10年ぶりに他校應援團との交流が復活し「甲南の腕前はどの程度のものか」とばかりには多くの團が「乱舞の集い」の観覧に訪れる事が予想されておりまして、同じ稼業人の前で下手な舞台は見せられな
第8回求道者森下暢夫(三十七代目甲南大學應援團副團長)【17】時間に余裕もあり、練習にマメに参加した上でさらに住吉川沿いを一人ランニングしたり、夕方になると鼓手の團員を伴い体育館に篭り、演武や乱舞に励み、暗くなってからは團室で過去、名人と言われた先輩の過去の映像をじっと見る、そんな生活を森下副團長は送っておりました。自宅にも大きな鏡を購入し、帰宅後も研鑽に励んでいた様であります。乱舞の魅力に憑りつかれた求道者の姿がそこにありました。應援團の練習は苛酷ではありますが、上級生の厳しい
現在、甲南大學應援團には8つの役職で幹部が構成される組織体制になっております。無論、48代の歴史の中で新設された役職、廃止された役職が多々ございます。その時々の團員数や組織体制等を鑑み、整理統合した結果、現在の組織体制になっております。役職が8つあるのに対し、幹部の人数がそれ以下ですと、兼務という事態も発生します。さらに適任者がいなければ空位のまま運営する役職もございます。そういった状況の中で、最も長く空位が続いているのがリーダー部長でございます。昭和61年12月に三十二代目甲南大學應援
第2回静かなる闘志新谷幹雄(二十二代目甲南大學應援團リーダー部長)【前編】昭和45年、甲南大學應援團は存亡の危機に直面しておりました。諸般の事情で50名を誇った団員は四散し、法学部笹井昭夫教授が新たに應援團顧問に就任し、再建に乗り出されました。笹井ゼミ生が動員され、幹部4名、3回生0、2回生2名、1回生1名という陣容であります。当時はまだまだ應援團全盛の時代でありましたので、10名にも満たない我が團は業界でも極めて微弱な組織でございました。その後、顧問、團員が一丸となって再建に取り組み
第1回サラブレッド宮崎忠之(十四代目甲南大學應援團リーダー部長過日、甲南大學應援團リーダーの起源と題し5回連載で我が應援團創設の頃のリーダーの成立の過程について記事を書かせて頂きました。その後、苦心の末、産み出されたリーダーが伝承されてゆく中で、名人として語り草になっている先輩がおられますので、その伝説を追ってみたいと思います。昭和30年代後半から40年代半ばにかけての約10年間は我が團では1学年10名以上の團員が揃う第二黄金期でありました。リーダーの観点から申せば、幹部が10名以上い
昨日の続きであります。應援團は何かと節目を大事にしますので、バッジ授与も非常に重々しい行事を通して授与されます。團バッジは1回生を務め上げるまで授与されないという應援團もあったり、團それぞれでございますが、我が應援團では4月~5月に行われる新入生歓迎会にて授与されます。これは團長直々に1回生各人に手渡されます。そして親衛隊バッジ、リーダー部バッジは夏合宿に授与されます。入團後、夏合宿まで左襟には何も付けるバッジがない状態が続く訳ですが、どうもこれが物足りなさを感じるものでございます。故にこの