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すっかりブログの更新が滞ってしまい、すみません。実はスキャナーの調子が悪くて、資料用の画像がなかなか用意できていません。立体物ならスマホ撮影でもいいかなと思っているのですが、紙モノについては「スキャナーで取り込んだ画像を載せる」というマイルールがありまして…。とはいえ完全に壊れたわけでもなく、買い替えるのも悩ましいところで、どうするか考え中です。さて、そんな中で過去に撮りためておいた野球カードの画像を少しずつ出していこうかなとも思っていたのですが、せっかくなので先日インスタグラムを開設
今年最後の投稿として「私にとっての2025年ライオンズ」を書こうかと思いましたが、正直、強く印象に残る出来事は多くありませんでした。思い浮かぶのは、西武グループの「昭和100年事業」として行われた「ライオンズ75周年シリーズ」くらいでしょうか。限定ユニフォームの着用やOBイベント、各種コラボや記念グッズなど、球団営業部の盛り上げは十分に感じられました。ただ、グラウンド内から球団史に残るような話題が生まれなかった点は残念です。オフの補強は久々に球団の本気も見え「強いライオンズ」の復活へ
40年前1985年(昭和60年)のライオンズ関連ニュース「文化放送ライオンズナイター」が日本で初の大リーグ方式で放送以下、1985年当時の番組紹介記事より今年で4年目を迎える「文化放送ライオンズナイター」は、放送時間を昨年の1時間30分から3時間30分(午後6時~9時30分)と一気に拡大。しかも、毎週月曜日から金曜日の5日間は、西武を中心としたパ・リーグのカードを独占放送することを決定した。だが、これだけなら何も驚くことはない。文化放送が日本で初めて、「大リーグ流の思い入れ
西武ライオンズカルビープロ野球チップスカード【通算365枚目】カルビー1985年No.447(表面)カルビー1985年No.447(裏面)「おめでとう最多勝利打点」タイトル獲得選手を表彰する金枠仕様のカードです。金枠仕様のカードは、シーズン終了後の短い流通期間だった為、発行枚数も他のブロックよりも少ないと推測されます。秋山選手は人気もあった為、1985年に発行された西武ライオンズ選手のカルビーカードの中では最も入手難易度が高い1枚です。
西武ライオンズカルビープロ野球チップスカード【通算364枚目】カルビー1985年No.438(表面)カルビー1985年No.438(裏面)
西武ライオンズカルビープロ野球チップスカード【通算363枚目】カルビー1985年No.432(表面)カルビー1985年No.432(裏面)
西武ライオンズカルビープロ野球チップスカード【通算362枚目】カルビー1985年No.426(表面)カルビー1985年No.426(裏面)
西武ライオンズカルビープロ野球チップスカード【通算362枚目】カルビー1985年No.419(表面)カルビー1985年No.419(裏面)
西武ライオンズカルビープロ野球チップスカード【通算361枚目】カルビー1985年No.414(表面)カルビー1985年No.414(裏面)
■40年前の今日×西武ライオンズニュース■1985年(昭和60年)9月19日(木)【レオ幻の初回6点も2回降雨ノーゲーム】秋田遠征シリーズ第2戦は西武打線が初回から大爆発。先頭の石毛の28打席ぶりの安打となる25号先頭打者プレーボール本塁打であっさり先制。さらにこの回は大田の8号2ラン、代打・広橋の2号2ランなど打者10人7安打の猛攻で6点先取。だが、2回裏ロッテの攻撃中に雨が強くなり試合は中断し、30分後に中止が決定。降雨ノーゲームとなった。初回から味方の大量援護を受け
西武ライオンズカルビープロ野球チップスカード【通算360枚目】カルビー1985年No.413(表面)カルビー1985年No.413(裏面)
西武ライオンズカルビープロ野球チップスカード【通算359枚目】カルビー1985年No.372(表面)カルビー1985年No.372(裏面)
■40年前の今日×西武ライオンズニュース■1985年(昭和60年)9月7日(土)【やった田尾延長10回サヨナラV打】○西武5X-4阪急●9回二死二塁で中前へサヨナラ打を放った田尾は、両手を上げて高校生のようなガッツポーズ、ナインの手荒い祝福を受けた。田尾「3回の落球(記録は安打)でチームにも高橋直さんにも迷惑をかけたでしょう。あの場面は気合が入りましたよ」と、白い歯をみせっぱなし。迷惑をかけたのは、この夜の落球ばかりではない。夏場になって打率が2割5分台に急降下、スタメン
西武ライオンズカルビープロ野球チップスカード【通算358枚目】カルビー1985年No.366(表面)カルビー1985年No.366(裏面)秋山幸二カルビー初登場はこのカードでした!!
■40年前の今日×西武ライオンズニュース■1985年(昭和60年)8月29日(木)【高山やったぜ初先発、初完封、初勝利】○西武11-0南海●西武にまたニュースター飛び出した。それもプロ入り初先発で2安打完封の離れ業。秋田商で甲子園に三度出場、三年春にはベスト8までいったあの高山郁夫だ。「自分でも信じられない。三日前に『東尾さんの肩がおかしいから行くかもしれない』と言われて…。代役でここまでやれるなんてデキすぎ。次のピッチャーにうまくつなげればいいとだけ思ってましたから」と高山
西武ライオンズカルビープロ野球チップスカード【通算356枚目】カルビー1985年No.330(表面)カルビー1985年No.330(裏面)
西武ライオンズカルビープロ野球チップスカード【通算355枚目】カルビー1985年No.234(表面)カルビー1985年No.234(裏面)
■40年前の今日×西武ライオンズニュース■1985年(昭和60年)8月2日(金)【工藤2勝毎回の12奪三振】○西武5-2日本ハム●快記録達成につきもののプレッシャーなど、自分の辞書にはありません、といわんばかり工藤のピッチングだ。最終回、先頭の島田誠を得意のカーブで仕留め、毎回奪三振を簡単にやってのけた。続く高代も三振で料理して、今季パ最多の12個。180球を投げる力投で三振ショーを締めくくった。「ホントですか。知らなかった。三振は多いなと、思ってたけど…。リードのおかげで
西武ライオンズカルビープロ野球チップスカード【通算354枚目】カルビー1985年No.217(表面)カルビー1985年No.217(裏面)実は人生で初めてプロ野球チップスを買って引いたカードがこのカードでした。単なる思い入れの強い1枚と言うレベルではなく、その後の私の人生も変えたと言っても過言でない1枚なのです。詳細については、別の機会にブログに書きたいと思っております。
西武ライオンズカルビープロ野球チップスカード【通算353枚目】カルビー1985年No.156(表面)カルビー1985年No.156(裏面)
さあ、行こう。ライオンズの歴史を切り拓けるのは、ライオンズだけだ。(公式HPより)"ライオンズ"の名を冠してから75周年を迎えることを記念してのシリーズ開催🦁2年ぶりの東京Dでの主催試合🥚たしか3回目?でしたが、今回初めて参戦!!試合前のセレモニアルピッチは、OBの日本一になった2008年の二遊間コンビ片岡氏&中島氏🏆子供の頃大好きだった二遊間コンビを見れただけで嬉しかったな~!!お二人ともナイスボールでした⚾️試合は東京Dだしホームランで勝敗が決まるかなーと予想してま
西武ライオンズカルビープロ野球チップスカード【通算352枚目】カルビー1985年No.146(表面)カルビー1985年No.146(裏面)1985年は来日1年目で開幕から期待通りの活躍を見せていただけにタイムリーなタイミングでカード化されました。郭泰源のカルビーファーストカード(=初登場カード)であり、ルーキーカードでもあります。そうそう1985年~1986年の2年間は背番号は「12」でしたね。背番号の「12」が確認できる写真が使用された野球カードは、それほど多くの種類
■40年前の今日×西武ライオンズニュース■1985年(昭和60年)7月8日(月)【夢か!!郭出たぞ『日本最高』だ156キロ】●西武4-5日本ハム○ついに『日本最高』夢の156キロが出た。1回高代への3球目と2回津末への1球目に計測した。郭は昨年のロス五輪で158キロを出して『オリエンタル超特急』と話題に。来日してからは153キロが自己最高記録だった。日本では昭和54年頃からスピードガンが登場すると各マスコミが話題にするようになった。当初は中日・小松辰雄152キロ(54年5月
西武ライオンズカルビープロ野球チップスカード【通算350枚目】カルビー1985年No.75黒文字版(表面)カルビー1985年No.75黒文字版(裏面)西武ライオンズカルビープロ野球チップスカード【通算351枚目】カルビー1985年No.75赤文字版(表面)カルビー1985年No.75赤文字版(裏面)No.75田尾安志のカードは、表面選手名、チーム名の色が黒文字バージョと赤文字バージョンの2種類が存在します。2種存在した明確な理由は不明ですが、私個人の推測
■40年前の今日×西武ライオンズニュース■1985年(昭和60年)6月22日(日)【東尾4安打完封10連勝145与死球の日本新も】○西武1-0近鉄●登板条件は悪かった。中9日、先発予定の6月18日、スライドした19日を雨で流した。こんな時、投手はコンディションづくりに苦しむ。東尾は「一度、頭をカラッポにしなきゃならんかった」。そしてかすかな痛みがつづく右肩は、まだ全力投球を許してくれない。「頭と顔と意地やろうねえ、オレを支えとんのは」遅い球を速く見せる工夫、変化球のコン
西武ライオンズカルビープロ野球チップスカード【通算349枚目】カルビー1985年No.48(表面)※サインは、直接ご本人から書いて頂きました。カルビー1985年No.48(裏面)裏面は、「プロ野球選手の似顔絵大募集!!」になっています。
■40年前の今日×西武ライオンズニュース■1985年(昭和60年)6月4日(火)【郭泰源ノーヒットノーラン達成史上54人目の偉業】○西武7-0日本ハム●回を追うごとに、そしてアウトが重なる度に、平和台球場は興奮と熱狂のボルテージを上げていった。9回最後のマウンドも郭はいつものクールフェイスで上がっていった。二死から高代が一塁へフライを打ち上げ、偉業の瞬間が訪れるはずだった…。ところが途中から一塁の守備についていた広橋がまさかの落球。興奮して怒ったスタンドのファンから座布
■40年前の今日×西武ライオンズニュース■1985年(昭和60年)5月26日(月)【秋山17号5試合連続だ日本記録月間16発にあと3】○西武10-5近鉄●6回表二死二塁。代わった近鉄・住友のシンカーを秋山幸二が振りぬいた。打球は羽根が生えたように軽々と左中間席へ飛んでいった。5試合連続の17号が生まれた。5月絶好調の秋山は自ら「強運」をも引き寄せた!?のかもしれない。6回表チームは秋山の打席直前に近鉄先発・村田辰美投手を攻略し逆転に成功していた。そして秋山が3打
■40年前の今日×西武ライオンズニュース■1985年(昭和60年)5月17日(金)【黒原プロ初勝利教育リーグで勝てた!!大きい白星西武20勝一番乗り】○西武5-2阪急●20勝一番乗りの西武・広岡監督は試合後「教育リーグで勝ったこの1勝は大きいよ」とご機嫌だった。順当なら中5日空いている高橋直樹の先発が予想されたが、そこに川村一明をもってきた。プロ入り初先発の二年生に経験を積ませるのがこの試合の目的だった。チャンスを与えられた川村だったが緊張からか2回無死一、二塁で一塁
■40年前の今日×西武ライオンズニュース■1985年(昭和60年)5月10日(金)【連敗止めた東尾完封4勝、大田が決勝タイムリー、頑張った34歳オールドレオ】○西武1-0日本ハム●いまや西武が出す一切の印刷物から「西鉄ライオンズ」の輝かしい歴史は除外されている。福岡を去り埼玉・所沢に移転しても「ライオンズ」に変わりはないのだが…。この試合の勝利の立役者・東尾修と大田卓司は西鉄時代から一緒に戦い、それぞれ投打の主軸としてチームを支え続けてきた。非管路野球の権化みたいな西鉄