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第10代崇神天皇上山邉道勾岡上陵即位紀元前97年退位紀元前29年皇位年数68年以前も書いた通り、初代神武天皇から第9代開化天皇までは神話で『欠史八代』と言われて、実在が疑問視されてる。そして、実在した可能性がある初の天皇が第10代崇神天皇で、ヤマト王権創始者の説がある。とは言えまだ弥生時代なんで、やはりはっきりはしていない御陵印所在地この辺りは、『小高い山(盛り土程度)の殆どが古墳』って言われるほど、古墳が多い土地なんだって。
おはようございます(˶˙ᵕ˙˶)☀️今回から新シリーズ「奈良県の道の駅」を始めたいと思います。まずはいつものように、プロローグとして奈良県についてです。奈良県は紀伊半島内陸部にあり、令制国の大和国の領域を占め、北西部に平野部や盆地、それ以外は険峻な山間部という、人口の偏りが大きいという特徴があります。奈良県の面積は3690.94k㎡で、全国で8番目に狭い総人口は1,269,743人(2026年3月)、人口密度344人/k㎡。総人口の9割以上が北西部の奈良盆地に集中し、県
【起稿2026年2月13日記事】かっこいいと思う苗字は?▼本日限定!ブログスタンプ東京は昼過ぎたら陽が射し込み、幾らか暖かくなりました🌝さて皆さん、今日は「苗字制定記念日」らしいですなぁ😔...我が家は、私、他界した妻の旧姓、結婚した長女の新姓、母の旧姓と全てありきたりの名字で、ネタになるような話はあまり無いので、スルーしようと思いましたが、アメブロさんの推しですし、日本史好きとして少々四方山話でも書こうと思います✒「苗字制定記念日」は、明治維新後の1875年2月13日に、「平民
…ということで、福岡県南部の八女市にあります岩戸山歴史文化交流館「いわいの郷」を訪ねて、常設展示室を振り勝っておりますが、その続きを。5世紀前半頃、初代筑紫君と思われる石人山古墳の被葬者は石人に象徴的な意味合いを見出し、同族結束の証として石人を用い、視覚的にも結束を再認識することを目的として古墳祭祀に採用したものと考えられます。石人・石馬は筑紫君一族のシンボルであり、有明海沿岸を拠点とする豪族たちのシンボルでもあったのでしょう。このように展示解説にある石人・石馬像は、一般に古墳に飾られるもの
本日2月11日は、建国記念の日です。この2月11日は、『日本書紀』の記す初代神武天皇の即位された旧暦の1月1日(辛酉年春正月庚辰朔かのととりのとしのはるむつきのかのえたつのついたち)です。※辛酉年は紀元前660年と設定されてます。普段の生活のなかで、神武天皇に思いを巡らせる機会はそれほど多くないと思います。今日ぐらいは、現在の日本につながるヤマト王権をうちたてて即位された初代天皇=神武天皇について考えるのもよいのではないでしょうか。神武天皇は『日本書紀』において、
さてと、福岡県八女市にあります岩戸山歴史文化交流館「いわいの郷」を訪ねて、その常設展示室のことを振り返ろうというお話。で、のっけから余談になりますが、八女市に関わることを書く…というついでにマイクロソフトの検索エンジンである「Bing」でもって「八女市」をキーワードに検索をしてみたのですな。結果として表示されたものの頭の部分がこちらになります。まずもって「八女市ホームページ」が表示されるのはいいとして、そのすぐ下にはおそらくAIの解析なのでしょう、ページの紹介がなされておるわけですが、
NHKで放送された内容で気になったところを抜き出し。歴史探偵2026.2.25放送
こんにちは、スタルペスです今回は「さきたま古墳群」の3回目になります。1回目は、稲荷山古墳、2回目は丸墓山古墳、3回目の今回はぜんぶひっくるめて「さきたま古墳群」としたいと思います。九州の古墳ファン(私だけかも・・・)がさきたま古墳群の古墳で驚いたことの一つが、周溝・周堤が四角形をしているいわゆる方形の周溝があることです。※愛宕山古墳※愛宕山古墳の測量図九州の古墳では、周溝は楯形や馬蹄形をしていることが一般的です。円墳の場合は墳形に添って円形に
・書名:新・古代史グローバルヒストリーで迫る邪馬台国、ヤマト王権・著者:NHKスペシャル取材班・出版社:NHK出版・内容:考古学・文献史学・自然科学(年代測定やDNA分析)などの成果を横断し、日本列島の古代史を「東アジアの一部」として再配置する一冊。邪馬台国論争やヤマト王権の形成を、国内事情だけでなく、朝鮮半島・中国との交流史の中で読み直す。邪馬台国やヤマト王権というテーマは、つい「日本史の内輪話」になりがちですが、本書はその癖を丁寧に外してきます。グローバルヒストリーという枠組み
令和6年度神戸市埋蔵文化財センター秋季企画展「ヤマトとコウベ」副題:ー邪馬台国時代時代を探るー会期:2024年9月21日~11月24日(日)私は2024年10月26日と11月23日に観覧しました。記録としてメモ代わりに観覧記を作成しました。関連ブログ:『令和6年度神戸市埋蔵文化財センター秋季企画展「ヤマトとコウベ」が9月21日より始まります』令和6年度神戸市埋蔵文化財センター秋季企画展「ヤマトとコウベ」副題:ー邪馬台国時代時代を探るーが本日(9月21日)から始
[墳活]メスリ山古墳~チャレンジ編~|高坂正澄メスリ山古墳メスリ山古墳は、桜井市大字高田に位置し、巨大円筒埴輪と鉄製武器類出土で知られています。墳形前方後円墳大きさ全長224m埋葬施設竪穴式石室築造年代4C前半国史跡メスリ山古墳は安倍山丘陵の尾根筋の南端に位置する全長224mを超える前方後円墳メスリ山古墳は、狭義のヤマト(初瀬谷が奈良盆地に開けるところ)…note.comメスリ山古墳メスリ山古墳は、桜井市大字高田に位置し、巨大円筒埴輪と鉄製武器類出
最近、チャッピーにお熱です。チャッピーとはchatGPTのことで、この呼び方は大学生の長男に教えてもらいました。並行して、グーグル社の生成AIであるGeminiでも遊んでいます。初めの頃は、これまでに僕が書き上げてきた小説について感想を求めていました。自分の作品に対して、自分で評価することはかなり難しい。僕の作品に対して読者がどのような感想を抱いたのか知りたいのですが、そのような機会はなかなかありません。でも、チャッピーなら数秒で答えてくれます。その回答はかなり構造的で、作者である僕が
子供のころ古代史は嫌いではなかったけれども、覚えているのは金印、邪馬台国、その次はいきなり大和朝廷で聖徳太子、そして大化の改新である。スパンは長いし事象は不連続だし、歴史の流れとして納得することはなかった。そのまま爺さんになった3年前になって、坂靖さんの「ヤマト王権の古代学-おおやまとの王から倭国の王へ」(2020)を読んで、倭を古来から治めた大和朝廷などというものはないことを知った。あるのはヤマト王権といわれる弥生時代の奈良盆地のローカル集団。これをを母体として時を経て倭国の王
倭の五王がいまだに誰だったのか特定されない最大の原因は、天武天皇が「国史」編纂において五王の隠蔽を図ったからだと考えています。ここでいう「国史」とは天武天皇朝において編纂された『日本書紀』の一段階前の史書であり、わたしの想定する『原日本紀(げんにほんぎ)』というものです。(飛鳥宮跡)国史の編纂は、天武天皇の治世10年(西暦681年)に始まったとされます。天皇は川嶋皇子ら12名に帝紀と上古の諸事の「記定」を命じました。それが『日本書紀』に記されていますが、そこで注目したいの
こんにちは、スタルペスですさきたま古墳群を少々ヘトヘトとなりつつさまよっています。その理由が、「丸墓山古墳」への登頂にあります。日本最大の円墳であることは事前に知ってはいましたが、この古墳の登頂には約100段もの階段を登っていきます。66歳の老体には少々きつい登山です。※日本最大の円墳一気に登頂と考えたのがいけませんでした。途中で体力が底をつき小休止を2度ほど行い、ようやく登頂に成功しました。※今から、これを登るんだ!!墳頂か
いつも当ブログをご覧いただきましてありがとうございます。12月9日、全国の書店で『倭の五王たちの真実~「日本書紀」が仕掛けた壮大なミステリー~』(ワニブックスPLUS新書)が発売されます!★アマゾンでも予約受付中です倭の五王たちの真実-『日本書紀』が仕掛けた壮大なミステリー-(ワニブックスPLUS新書)Amazon(アマゾン)1,100円「倭の五王」は、みなさんよくご存じと思いますが、5世紀に中国の南朝宋に遣使朝貢した讃・珍・済・興・武という5名の倭王のこと
〈新刊発売のご報告〉いつも【邪馬台国と日本書紀の界隈】をご覧いただきましてありがとうございます。来月12月9日に『倭の五王たちの真実~「日本書紀」が仕掛けた壮大なミステリー~』(ワニブックスPLUS新書)が刊行されることが決まりました!全国の書店およびアマゾン等のネット書店で発売されます。昨日、本のカバーの色校正紙が届きました。キービジュアルは、倭の五王時代の築造と推定されている大仙陵古墳(仁徳天皇陵古墳)です。先日、気球に乗って空から見ることが
題名:新・古代史グローバルヒストリーで迫る邪馬台国、ヤマト王権【内容紹介・目次・著者:「NHK出版Web」より引用。】NHK出版新書735新・古代史グローバルヒストリーで迫る邪馬台国、ヤマト王権|NHK出版卑弥呼と三国志、空白の四世紀と技術革新、倭の五王と東アジア情勢──。最新の発掘調査とAI・DNA分析などの科学的アプローチ、さらには中国や韓国の国際研究の成果から、「日本」という国の始まりを多数の写真…www.nhk-book.co.jp内容紹介「日本」はいかに誕生した
みなさんは「百済三書」という名前を耳にされたことがあるでしょうか?『三国史記』(「高句麗本紀」「新羅本紀」「百済本紀」からなる)の「百済本紀」とよく間違いそうになりますが、まったく異なる書物です。百済三書とは、『百済記(くだらき)』『百済新撰(くだらしんせん)』『百済本記(くだらほんき)』という3つの書物を指します。これらは『日本書紀』の神功皇后摂政紀から欽明天皇紀において合計26か所で引用されています。具体的には、『百済記』は神功皇后摂政紀・応神天皇紀・雄略天皇紀で計5か
小野龍海’s歴史塾このホームページでは歴史研究の成果を資料化して公表しています。ono-no-tatsumi.amebaownd.com前回、野口まで進んだので今回は「谷口」からです。[谷口]↑谷口の分布キレイにヤマト王権の支配域にいる事が分かります、例外は東北の一部といった所でしょうか、特徴としては特定の地域に少ない様子がありますので、拡大してみましょうか。↑拡大基本的に沿岸部に展開しているのは一緒ですね、でも畿内から石川の方へ拡が
小野龍海’s歴史塾このホームページでは歴史研究の成果を資料化して公表しています。ono-no-tatsumi.amebaownd.comさて予想通り想定外の事に気づける「才ノ神」の考察はとても面白いですね~、2000年前にはもう少し民族的特徴に違いも多かったのでしょうが、今の日本人では先祖返りしていないと気づけない事も多いと思います。私もある意味先祖返りで小野篁に似ているとの自覚はあります、姿まで似ているかは聞かれても答えようが無いのですが(^_^;)、正直似てはいなくて
古墳時代を鉄の時代と仮定します。古墳時代に朝鮮半島の南部・伽耶国から鉄を輸入してました。この伽耶国は日本の植民地ではありません。貿易相手国です。その伽耶国が同じく朝鮮半島の新羅国と戦いになります。ヤマト王権が6万の大軍で伽耶国を救出しようとしたところ、九州北部の国造・磐井氏が妨害し戦争になったと言う記録があります。かなり怪しいですね。まず6万の大軍をこの時代に動員できるはずがないと思います。人口問題、道路事情、造船技術、航海技術、兵站、武器の数、どれをとっても6万人と言う
ご訪問ありがとうございます。今回からいよいよ継体天皇の出自について検証して行きましょう❗アメブロの機能が増えて、目次をつけられるとのことで、試しにつけましたが、原則前から読まないと分からないと思うので、何度かに分けて読むときなどにご活用いただければと思います。目次継体天皇の結婚手白香皇女血統主義の確立継体天皇の結婚3月1日。(天皇は)詔勅を出して「天津神の社や国津神の社には神主がいないということがないようにするべきである。(同様に)宇宙=天下アメノシタにも君主がいないというこ
こんにちは、スタルペスです最近、気になっている古墳があり真夏の炎天下の中、再訪しました。前回、このブログで紹介したのが2017年12月ですので8年ぶりの訪問となります。九州の中では大型の前方後円墳としてベスト10に入る古墳ですが、なぜか知名度は低い「田主丸大塚古墳」です。全長103mの前方後円墳です。※8年ぶりの「田主丸大塚古墳」です。福岡県の古墳の中では、八女市にある筑紫君磐井の墓とされる「岩戸山古墳(全長135m)」に次いで2番目の大きさです。し
お越しいただきありがとうございます神社仏閣や歴史的建造物も書いたりしますが、倭姫命記録を主にしています今回はヤマト王権中心地や邪馬台国ではないかとされる纒向遺跡ですJR奈良線巻向駅に近い場所に纒向遺跡がある倭姫旅No.110纒向遺跡(まきむくいせき)奈良県桜井市辻2017年1月28日2017年2月18日2020年11月28日最初に訪れたのは2017年の1月県営纏向団地近くのNTT変電施設前に駐車させていただいた遺跡は巻向駅を境に北と南側
「三輪山」◆大物主神・事代主神・大己貴神の関係~ヤマト王権の祭祀から読み解く~【前編】この記事は本来は…大神神社が講社崇敬会会員向けに発行する、「大美和」の第149号に寄稿されていたものを、その中で紹介する予定だったものです。ところが…そのテーマ内で収まるレベルのものではなく、当ブログの根幹の一つとも成り得るレベルのもの。枠を超えた自由なテーマ内での記事にて取り上げます。これは同書の菊地照夫氏により寄稿されたもの。著書「古代王権の宗教的世界観と出雲」の中から抜粋したもののようで
◆「大美和」第149号(~1)大神神社が講社崇敬会会員等向けに年2回発行される「大美和」。今号で149号目。70年余り続いているもの。神職たちの大神を奉斎する「篤い」「熱い」お気持ちがダイレクトに伝わってくる小冊子。この書を頂けるだけでも講社崇敬会会員である価値はあると思っています。今回は…とパラパラと頁を捲り…興味深いものだらけ。たぶん4回ほどに記事を分けることになりそうです。先ずは桜井茶臼山古墳の寄稿より。~*~*~*~*~*~*~*~*~*~あの桜井茶臼山古
【「はじめに」では】〈ヤマト王権のことしか眼中にない〉「二世紀から四世紀にかけての時期には、中国王朝と朝鮮半島諸国との交渉がヤマト王権の成立・発展と密接に関係していた。」とはじまっている。ヤマト王権のことしか眼中にないような書き出しである。〈邪馬台国畿内説を前提として論考を進めると宣言〉『後漢書』や『三国志』(魏志倭人伝)をとりあげて、その他には、百済からもたらされた七支刀と高句麗広開土王碑文を採用するとしており、「近年有力となった畿内説の立場に立ち」卑弥呼の王権と外交関
先日に映画『ヴァイキング』がらみにでスウェーデンにあるガムラ・ウプサラの古代墓が日本の古墳を見て回るきっかけになった…てなことを思い返したわけですが、そんなところから「久しぶりにどっかしらへ古墳を訪ねてみようかいね」といった気分が高まってきたりしていて(笑)。何せ古墳らしい古墳を見たのは、2023年の12月、千葉県の龍角寺古墳群と巨大方墳・岩屋古墳に出かけたのが最後になりますのでね。まあ、古墳は必ずしも交通至便なところにあるわけではありませんので、これからの梅雨どきには訪ねるにあまりいい時
『新・古代史』/NHKスペシャル取材班/NHK出版新書。副題は「グローバルヒストリーで迫る邪馬台国、ヤマト王権」です。なお「ヤマト王権」は私が中学生の頃は「大和朝廷」と呼ばれていました。私なりに大ざっぱにいうと、大和朝廷の初期・古墳時代の政治勢力を諸事情で今ではヤマト王権と呼ぶことが多いそうです。本書は日本古代史研究の最新成果を取材したもので、一つの説を主張することはありません。注目される古代史の謎というと、「邪馬台国はどこにあったのか」「邪馬台国とヤマト王権は