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結局、仕事関係の事はせず、午前中はウェザーリポートとモータウンのDVDを観ました。午後からは図書館に行って時間を潰し、晴れてきたので隣の公園を散歩しました。あと、海岸を散策してから、友達の店に行って今帰ってきました。自分にしてはかなり過活動です。腰が少し痛くなってきたので明日は整骨院行く予定です。結局、休職シリーズになりましたね。明日、明後日まではシリーズ続きます。
ロクステ期はモータウンを筆頭にUSソウルのカバー数多だが、1粒で2度美味しいロクステKenBooth-Let'sGetItOn"CopyrightDisclaimerUnderSection107oftheCopyrightAct1976,allowanceismadefor"fairuse"forpurposessuchascriticism,comment,newsreporting,...youtu.beケン・ブースは
ますますニュースがつらい。気をつけてみるようにしても、戦いや争いばかり。だからといって、ただ楽しいニュースや動画をみてもどうも気が晴れない。そんな時は、目をつぶって深呼吸。すると、かつて楽しかった日々の自分がじわっと見えてくる。どんなことに心わくわくさせ、あたたかい気持ちになれたのか・・・自分の中に「安心」の定義があった。例えば、カブトムシを見つけに森にいった
子供の日がやってまいりましたじゃあ子供が関係する楽曲を選曲しなきゃあね子供バンドでいこうかミスターチルドレンにするかてかどちらも名前だけで中の人は大人ですねこのネタは3年に一度くらい書いてるかもしれない話を戻してじゃあリアルにボーイズグループの曲をBeMyGirlProvidedtoYouTubebyUniversalMusicGroupBeMyGirl·TheBoysMessagesFromTheBoys℗1988UMGRecordi
今日は、朝早く起きれたのですが、体調が悪くなり午前中は、横になっていました。やっぱり休職中でも、体調不良あるんだな・・・・。これは双極性障害を発症してから長く働き続きられた時期と変わりませんね。んでもって今日は大村憲司さんの本はおやすみして3時ごろ15分、近く歩いてファミマで缶コーヒーを買ってイートンスペースでゆっくりしました。今日の夜はこの曲をずっと聴いてました、ジミーラフィンというソウルシンガーがオリジナルですが色々な歌手がカヴァーしてますが、私はジョーンオズボーン
老眼でぼやけた目でものを見るのは中々に気分の悪いものだ。スマホのちっさい文字など見えやしない。常に老眼鏡を持ち歩いているわけではないので、見えないながらに見ていることもよくある。家でスマホを見ることはあまりないが、必要に迫られたときは手の届くところに老眼鏡があるのは助かる。字がクッキリ見えのは気分の良いものだ。元々あまり良い音とは言い難かったステージフライトが、この50周年記念盤ではクッキリした音で聴ける。おそらく賛否ある音の変化だろうとは思うが、私は歓迎。おまけに曲
TheTracksofMyTears-SmokeyRobinson&TheMiraclesTheTracksofMyTears-SmokeyRobinson&TheMiraclesClassicMotownwww.youtube.comSmokeyRobinson&TheMiracles-TracksOfMyTearsSmokeyRobinson&TheMiracles-TracksOfMyTearsAclas
スティーヴィーの中で極めてシリアスなアルバム「Innervisions」だが、そこにはラディカルさというよりも誠実であるがゆえのシリアスさという気がする。カーティス・メイフィールドの時にシニカルなラディカルさというものはスティーヴィーにはない。もちろん、どちらが優れているかなどということではない。立ち位置の違いというもんだろう。"TooHigh"でのドラッグ問題へのアプローチなどもカーティス・メイフィールドとは明らかに違うし、アメリカに対する政治批判"Livingforthe
昔、マドンナがジョニ・ミッチェルの「CourtandSpark」を全曲、宙で歌えるほど大好きだと語っていたが、ワタシのそれに近いのがこのスティーヴィーのコレ。このレコードがスティーヴィーの中でベストだというつもりはなく単純に好きで一番よく聴いたレコード。実際歌えるか否かは別として、全曲クチずさめるほど好きだということ。全曲歌えそうなレコードならベスト盤でもいいじゃないか?ともいわれそうだが、そういうことではない。シングル盤にはならないだろうな・・・という曲さえクチずさめるスティーヴ
通称モーター・タウンと呼ばれるアメリカの自動車産業地で有名なデトロイトその街で'59年にベリー・ゴーディJr.によって設立されたレーベルの“モータウン”から'62年にデビューした女性ヴォーカル・グループのマーサ&ザ・ヴァンデラスが、'64年に全米2位、全英4位、R&B8位を記録したオリジナル・ナンバー作者の一人でもあるマーヴィン・ゲイが、ドラムスとしても参加!翌年'65年に早速キンクスが、カヴァーして
マーヴィン・ゲイのデュオ・パートナーとしては史上最高ともいえるタミー・テレル。ただ、彼女がそれだけの人でなかったのは、彼女のファンだったら誰しもが知るところだと思います。今では彼女のソロのリイシューもぼちぼちとなされているが、「EssentialColletion」、マーヴィンとのデュオの集大成「CompleteDuets」等に分散されていたものをHip-Oが新たにコンパイルし直し、これは彼女のアンソロジーとも言えるソロの集大成決定版ともいえるものになっています。「Essentia
マーヴィン・ゲイの60年代未発表集。モータウンの未発表集シリーズ「Lost&Found」の中の一枚。かなり久しぶりに聴いた。マーヴィン自体を聴くのも久しぶりのような気がする。60年代モータウンのゴツゴツしたデトロイト・ビートに乗ったマーヴィンの歌ってのも、当たり前だが矢鱈良い。このアルバム、前半にmono録音が続いてるのだが、これが特に良い。monoだとベースがより目立つ。ベースのショボイやつってのはジャンル関係なく萎える。60年代の英国ビートバンドが出せなかったこのビート感。
1981年にリリースされたマーヴィン・ゲイのモータウンでの最後のアルバム『InOurLifetime』を。モータウンの創設者であるベリー・ゴーディの姉と結婚したマーヴィンであったがその後、離婚し、その腹いせか本人の許可なくモータウンが発売してしまったというアルバムだ。このアルバムは、マーヴィン・ゲイのヴォーカルもさることながら、フランク・ブレアのベースラインがとにかくかっこいい。特に「FunkMe」はベーシスト必聴wこの人「HeavyLoveAffair」では、ベース&ドラム
EdSullivanShow1967ブルー・コメッツが出演した日に登場したと思われる、他のバンドやシンガーの歌も聞いて下さい。当時勢いの有ったモータウンや英国のマージービーツが出ていましたが、ジャズのカウント・ベイシー楽団とトニー・ベネットまで登場して、多彩なアーティストの歌が聞ける人気の番組だった事が良く分かります。RareSoundofBSTVVol,2♪EdSullivanShow1967☆彡RareSoundof
NeverCanSayGoodbyeGrantGreen立ち寄ったお店で流れてきたこの曲聴いたことのあるメロディー♪誰だっけ?ほら、イギリスのシンセバンドで…とスマホ検索したら…あら?元の曲があるの?ザ・シュープリームスに書いた曲だがモータウンはジャクソン5で出すことに…?オリジナル版、聴いてみよう!【訂正】こちらのバージョンがオリジナルでした1曲追加しておきます~↓NeverCanSayGoodb
ひとつ前の記事写真ポンひとこと自分としては気持ち良かったでもいささか「不適切」って声も令和のコンプラに従い補足的に本文を添えるまずタイトルの「きせき」これは奇跡(ミラクル)ではなく軌跡が正しいよーく見ると飛行機雲あるでしょ水平方向に一筋空を飛ぶものが好きこの写真あんまり関係ない写真でも肉眼でも機影は見えなかったすごーく高速だったからたぶん戦闘機方向からして、入間基地に向かっていたのだろう
余りにも奇抜なジャケットなので記憶に残ったのが何故かモータウンが送り出したこのガールズグループその名をOnEdgeというのですけれどメンバーの一人が有名人の娘だとは知っていましたがじゃあ親は誰なのか?分からぬまま時は流れましたが長い間謎に包まれていた事がようやく解決しましたよ父親がTheDeeleのKAYOだったんですねまあそのTheDeeleBabyfaceとLAReidは知られていてもKAYOは影が薄いかもしれませんが…ジャケ写見ても私に認識出来ません
Mrロンリーの次12月19日1週だけNO1カムシーアバウトミー/シュープリームス(モータウン)この1964年のNO1ヒットはビートルズの6曲は例外としてシュープリームスは8月の終わりからだけでも3曲のNO1に輝いていますこれ以後もヒットを量産して行くのですから凄いパワーですよね!エドサリバンショーからレコードから
T&D保険グループのCMで「ABC」を使っていますね。1年前からやっていたようですが、私が知ったのは最近です。唄っているのはゴスペラーズですね。ジャクソン5がモータウンで出した2枚目のシングルです。(1970年)「ABC」Jackson5
こんばんは遅くなりましたが、本来はこんな順位ではないんです、色々と忖度がありまして、賄賂とか?なんてあるはずないです、あればくれーです、そんならベイシティローラズでもそこそこ58位ぐらいにはなんか理由をつけて持ってこれます、なんてねダメなもんはダメ、ビートルズ、リボルバーです、ラバーソウルとサージェント〜に挟まれた感じの内容もそんな感じ、ではないんですね、独自の面白さ良さがある傑作です、ボールのこれ以上ないバラードやジョンのハードさ、録音技術の進歩、ジョージの進歩
こんばんはオイラのランキングに女性が少ないの?という意見を受けまして、確かにキャロルキングしかもう40位だと言うのに、物理的に女性の傑作アルバムは少ないかもしれません、でも素晴らしい歌声はリンダやらボニーやら心に届いてはいるんですローラ・ニーロ、美人さんで声が素晴らしく、意外に黒人音楽が大好きと言うお方です、ちと気が強そうで性格的には苦手かもしれませんが、歌は一級品です、俺がこのもうがこのまかろーが、音楽は嘘はつきません、ではローラの亡くなる前、「エンジェル
フィル・コリンズのカヴァーも記憶に新しいですねシュープリームス「恋はあせらず」ジェームス・ジェマーソンのベースが印象的です
モータウンからの初シングルヒットジャクソン5「帰ってほしいの」『エド・サリヴァン・ショー』での一幕
今日、3月26日はダイアナ・ロスとスティーヴン・タイラーの誕生日です。去年のブログでも取り上げました。↓「ダイアナ・ロスの誕生日」(80歳)「スティーヴン・タイラーの誕生日」(76歳)今回はスプリームスを取り上げたいと思います。最初の1961年の時はザ・スプリームスだったのですが、1968年からダイアナ・ロス&ザ・スプリームスにグループ名を変えます。モータウンの社長、ベリー・ゴーディ・ジュニアの一方的なアイデアだったので、他のメンバーの不満が募り、フローレンスはアル中になり解雇さ
マンフレッドマンの次10月31日~11月21日4週連続NO1ベイビーラブ/シュープリームス(モータウン)この曲を初めて聴いたのは中学時代でした聴いた途端に全身に稲妻が走ったのですその稲妻は私自身の場所で落雷し私自身が反応してしまいました…つまり何が言いたいかというとダイアナロスのヴォーカルが色っぽい過ぎて思わず中学生の私は悶々とトキメイタ!と言う事です!色んな感情を歌に乗せれるなんて凄い!エロさも立派な感情の一つ!と思っておりましたので
今日はコレ今日もというべきか西山隆行イケシブ・アコギワークショップ本日の課題曲は『歩いて帰ろう』有名なモータウンビートのノリノリな楽曲いつも通り開場13:30前には到着。今日は会場入りする前にMNGですよスライドバーを買いますたそして会場入り。はい、いつもの指定席もう毎回ここですよ。左側砂かぶり今日のギターもまたHeadwayHF−25NAいつもHeadwayだね。オープニングはにっしーさんのオリジナル曲で『NiceToSeeYou』を演奏してくれる。いい
本日10:30〜のハタヨガクラス。本日もお陰さまで定員となりました。休日にもかかわらず、レッスンにご参加いただきありがとうございました。レッスンは、ねじって、ねじって、ねじってデトックス。皆さん頑張ってついてきてくれました。午後はお休みをいただいて横浜へ移動。Kアリーナ横浜到着。グッズはすでに売り切れ。残念。ラウンジはジャネット爆音でクラブ化してました。会場でかっ!コンサート始まる前のBGMのレベルですが、音質がめちゃいいです。ジャネットのリミックスが流れると、始まる前
言うまでもなく、マイケル・ジャクソンはR&B、ソウル・ミュージック、ファンク、ヒップホップなどの黒人専用だった音楽を世界的なメインストリームに引き上げてくれたアーティスト。そういう意味でブラックミュージックの分野で歴史上、最も偉大なアーティストだと思う。今でもヒットチャートに上がってくるような曲やヒットチャート志向の強いアーティストにまるで興味がない私ですが、マイケルだけは別だった。売れればなんでもありのポップミュージックの世界において、それまで私が聴いてきた古き良き時代の
第37回「今日は、歌姫、高橋愛、ユーの労をねぎらおうと思って、招待シマシタ」エフビーアイ捜査官、新庄芋は六本木の高級ステーキ店に探偵高橋愛を招待した。探偵、高橋愛は来たくもなかったのだが、自分の依頼をしている相手なので無碍にことわることも出来なかった。それと、最近、妻ゃ子供をなくしたばかりの男性ホストみたいな男が自分に好意を持っているということが疎ましかった。高橋愛にはモータウンでデビューして全米進出を計るという大きな夢がある。このモーニング娘もその踏み台にしか過ぎない、自分に近寄っ
みんな元気ですかエルビス特集を・・・1960年代はアメリカの音楽シーンにとって特別な時代でした。それまでカントリー&ウエスタンと大雑把に呼ばれた音楽がエルビスの登場により大きな市民権を得た時代でした。このあたりからその音楽の中心地の名前を取ってナッシュビル・サウンドと呼ばれるようになりました。その後すぐに黒人音楽中心のモータウン・サウンドが出現します。ナッシュビルがアメリカの南の地方中心の白人音楽だとすると、モータウンは対局的にアメリカの北側