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そういえばマツダRX7七変化というシリーズもブログ開始直後は熱心にやっていたのですがやはり10年以上放置していました。あの当時国産スーパーカーともてはやさてたサバンナRX-7。カッコ良かったしレースにも積極的に出ていました。1979年のルマンにマツダRX7252i初挑戦を果たしたマツダオート東京でしたが、初挑戦ゆえのチグハグさからあえなく予選落ちに終わりました。翌1980年はお休みして(実はこの年にアメリカから参加したIMSA仕様のRX7が見事完走を果たしました)1981年は”JUN”と”D
漆原徳光(うるしばら・のりみつ)。通称「ドクター」と呼ばれたレーシングドライバーですね。眼鏡をかけていたり、寡黙なところから医者のようだと名付けられていたようですが、実際には医者ではなく不動産会社の社長が本業なんだそうです。彼がサーキットを走る少し前、レーシングカーにスポンサーのステッカーを貼ったうえで活動資金を調達するのではなく「金持ちのボンボン」が遊び(は最初だけであとから本気にw)でやっていました。であるが故に今や現場を離れたレジェンドドライバーは大病院の息子だとか、画家の息子だとか
由良拓也氏が率いるムーンクラフトが「違いがわかる」前からやっていたのがGCマシンのカウル製作。なかでも代名詞とも言われるのがムーンクラフトスペシャル、通称MCS。様々なライバルカウルが出てくるなか、GC終焉まで主力選手として戦っていました。とはいえ、いきなり誕生したわけでもなくロイスRM-1という、ある意味「特注品」を製作したことにより産まれたのがMCS初号機であるところのMCS1でした。ロイスに関しては…ちょろっと記事にしたこともあるので、参考程度にどうぞ。『ロイスって何じゃろ?』ロ
ロイスRM-1。主に高橋国光選手が乗っていたマシンなんですが、この「ロイス」って何だろな?って思ってたんですよね。洋菓子にロイスってのがあったような気もするけどよく分からないし…。どうやら、この頃に成績が低迷していた高橋国光さんに直接声をかけたら「それ面白いじゃない!」と新規に立ち上げたチームだそうで、そのチームオーナーが「いつかロールスロイスに乗りたい」からロイスと名付けただけで、スポンサー名ではなかったという話。その後、高橋国光選手による快進撃から製作元であるムーンクラフトへ注文が増え
ニスモが1993年に走らせたGT2シルビア。なかなかカッコいいけど、レースにはこれとR32GT-Rしか出てなくてレース不成立になることもしばしばでした。当初はN2よりも改造範囲の広い「N3」だなんてメディアには呼ばれてましたが、そんな呼び方は後にも先にもこの時だけでして…。さて、翌1994年にムーンクラフトの手へと渡り、あめんぼうシルビアに。それを買って1995年にAIWAが1995年走らせたのがゼッケン41番の「京都近鉄ARPシルビア」。前年のゼッケン14をひっくり返して41番に
たしか、GT300クラスがまだGT2クラスって呼ばれてた頃だと思うんだけど、あのムーンクラフトがS13シルビアを走らせていたことがありました。「あの」ムーンクラフトですから、当然空力関係を大幅にいじってきて空力に特化したマシンになるだろう…と思ったら、案外普通(普通って言うなC.V.佐々木まき絵)だったのでガッカリした覚えがあります。時代的にも「あのアコード」よりも前の頃なので、レギュレーションを拡大解釈したり重箱の隅をつつくようなことも多少はしてるでしょうけど、額面通り読んで対応…なんてこ
とりあえずバーッと貼っていきます。これもこれもこれもこれもこれもこれもこれもこれもみんなおんなじマーチ73Sなんですよね。オリジナルのマーチシャーシもあれば、為替レートの差により今より高価だったために御殿場レース村のレーシングガレージ謹製によるコピーマシンのこともあるわけですが。こうやってMCS製カウルをかぶせられて、グッピーへと進化できたのは5台ほどですからね(ただ73Sではなく74Sや75Sのものもあり)。そんな事を想う「73の日」なのでした。
由良さんが代表のムーンクラフトが、東レカーボンマジックに吸収合併されると発表がありましたオートスポーツ記事東レ・カーボンマジックがムーンクラフトを吸収合併。ムーンクラフトの事業はTCMが継承へ|ニュース|autosportweb3月24日、ムーンクラフト株式会社(MCS)と東レ・カーボンマジック株式会社(TCM)は、それぞれプレスリリースを発行し、2026年4月1日付で東レ・カーボンwww.as-web.jpたまたまだと思いますが、最近なぜか(紫電強かったな〜、でも好きなのは
「違いのわかる男」由良拓也その由良拓也さんが70年代に興したのが「ムーンクラフト」。CAN-AMマシンのカウルをモディファイするところからスタートし、富士GCのカウルを設計し「空気が見える」とまで言われていました。流麗なボディーラインが特徴的で、複座から単座になると独自のカウル「ムーンクラフトスペシャル」を製作。シーンを席巻しました。僕にとっての由良拓也さんといえばGCなんですよね。GCもやりながらスーパーシルエットのデザインも担当。その後はマツダの252iからデザインを担当。グルー
さて、今回取り上げるのは童夢の86Cですよ。最初はトムス同様の、リアカウルとウイングが一体化されたスタイルでした。余談ではありますが、信頼性からなのか童夢は3S-G改ではなく旧式の4T-GTをずっと使っていました。その後リアウイングを独立させ、その分の翼断面を広く採っていました。こうやって見ると、エンジンの吸気口も強制的に吸わせるシュノーケル型のトムスに対して自然に吸わせるようにしてますね。後のブリティッシュバーン車(コスワースエンジン搭載)がこのようにしていたので、もしかするとコスワ
鈴木亜久里選手が、富士GCで駆ったMCS…7だっけ?6だっけ?なやつ()乗り込む際にはカウルを踏んづけると「ミシッ…」どころか「バキッ!」といく可能性大なので、注意が必要なのです。こちらはポルシェ956ですが、ドアを開けると「NOSTEP(踏むな)」の表示が(マシンによってはドアノブの位置にも貼られていることがあります)。Cカーになると、この位置の後ろ側にラジエーターやオイルクーラー、インタークーラーなどがマウントされていたりします。しかもここが歪むとドアの建て付けにもかかわり、下手を
※語弊がありました。「CJr.からのC2」は作ってますwここでカクタス自動車を持ってくるあたりが、当ブログの変態たるゆえんでしてwコホン…話を元に戻そう。GC複座時代からカウルのモディファイを始めた由良拓也氏。「違いがわかる」どころか「空気が見える」とまで言われていました。時代は単座になりMCS1を発表後、マーチ792シャーシをベースにしたロイスRM-1の設計で氏の才能は花開きます。時代は前後しますが、こいつはそもそも複座のGCですからね?耐久レースも走ってますが、改造自由のRクラ
こんにちは!Tenchoにのみやです^^タミヤ『ビッグウィッグ』予約受付開始です!!今回も入荷数極小!しかも予約受付は2月23日(月)終日までの短期決戦!「空気の見える男」ムーンクラフトの由良拓也氏デザインの押し出し強めのボディ!ラックアンドピニオン式のステアリング!最強イメージの強かったテクニゴールドモーターを装備(当時のお話。復刻版ではGTチューンモーター装備)!8.4Vバッテリー対応のシャーシ(当時のお話)!などなど、ビッグウィッグは話題に事欠かないスペックの持ち主
1983年、当時32歳の由良拓也さん。描いているのは…「FairladyZ」と書かれたプロトタイプカー。ルマン商会のLM03Cなんですかねぇ?フェアレディZ…というかLM03Cの生い立ちについては、専門誌ですらまったく触れようともしません。何か都合の悪いことでもあるのかな?ていうか、スカイラインありき…でスタートしていたと思ったLM03Cですが、実はフェアレディZ主導だったのとデザインに由良拓也さんが関わっていたなんて知らなかったですね。某専門誌編集長さん、これで次の特集はイケますね!
出光のシビック。ずっと無限のオペレーションで「中子・岡田」組のように思われがちですが、EF3で走った1990年の1年だけはムーンクラフトによる運営で片山右京・村松栄紀のコンビで走っていました。もちろんムーンクラフトとはいえ、空力的なアプローチは一切やっちゃダメなので、普通にツーリングカーレースをしていました。もちろんフォーミュラカーで売り出し中のふたりへのスキルアップも目的だったんでしょうね。片山右京選手が耳栓を忘れてしまい、直管サウンドを1スティント聞かされて「1週間ちかく難聴になった
EPSONのロゴを透明シートで修正しました。これで走行可能です✨ホイール…探してこないといけませんね。
全国中年グラチャンファンの皆さまこんにちは、ドナルド@関東自宅一時帰省中です!8/9にGCreturns1stのレース観戦に富士スピードウェイへ行って来ました!70年代、80年代に日本の自動車レースを席巻したグラチャンマシンが富士に帰って来るとのことで、居ても立っても居られず(笑)参加して来ました。連休初日のため、渋滞を避けるべく単身赴任先の群馬を夜中3時に出発し早朝6時前に富士スピードウェイ西ゲート前に到着。すると、なにやら改造車の軍団が...これ、謂わゆる昭和で流行ったグラチャ
8月9日に富士スピードウェイで開かれたGCリターンズ。40から50年前のレーシングカーが10台ほど揃いました。第一世代として2座席のレーシングカー、2リッターのシングルシーターマシンの第二世代、3リッターのシングルシーターマシンの第三世代があってフォーミュラーカーと違ってフルカバーの流れる様な美しいシルエットが好きです。エンジンも2リッターの4気筒NAや2ローターの12Aや13Bロータリーエンジンや3リッタークラスのフォードや無限のV8エンジンや3ローターエンジン。と様々ですが、ターボエンジン
本日もご来店頂き有難うございます今日は夕方になっても気温が下がってきませんねぇ先週とかはこの時間になると程よくて良いね~~~って感じだったのに、今日はまだショップ内は29度あるし湿度は60%近くだしなかなか厳しい気候の一日になっちゃってます。明日以降は日中、今日よりも気温上がりそうだしそ~っと箱を開けてみて、懐かしい~ホイールを眺めておりました”MOONCRAFT”の刻印が入ったホイール今、また由良さんにデザインお願いしたりしたらどんな感じのを作られるんでしょうね~?
本日もご来店頂き有難う御座います定休日もあっという間に終了明日からまた頑張りましょう!!今週はこちらが発売になりますっ!タミヤRC特別企画商品1/10RCビッグウィッグ(2017)www.tamiya.com”47330ビッグウィッグ(2017)”その名の通り、2017年に復刻版として発売されたキット久しぶりかな?再販になりますよ~。知る人ぞ知る!?ムーンクラフトの由良さんがボディデザインを担当されているというモデル。ホイールにMOONCRAFTの
先日、富士スピードウェイにて軽自動車ベースのマシンだけで行われた耐久レース「K4GP(冬版)」。そこで参加者でもあり、解説者としても配信に登場するのが「違いのわかる男」由良拓也さん。言わずと知れたムーンクラフトの代表ですよね。当ブログでも最新マシンの解説をしている動画などを紹介してきましたが、そんな感じで参加車を配信中に解説するコーナーもあります。そこで興味深い話が。由良拓也さん「P子ちゃん…P子ちゃんっつっても今の人は何人わかるんだ?って話ですけども、ダイハツのP3をコペンで作ろ
お前、古いレーシングカーばっか取り上げてるよな?って言われるのも、何かしゃくに障るので(マンドクサBMWMHybridV8でやんすwこの開口部、やっぱりキドニーグリルでしたwほいで、由良拓也氏がYouTubeで詳しく解説してくれてるので、こういうのはありがたいですね。-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be個人的には「カーボンの柄が(隣り合う
KAWASAKIZRX1100部品は洗って付けていきます、ボルトも磨けるものは磨いて付けていきましょう。キャリパーの取り付けはアクティブさんのサポートを使ってますが、位置はピッタリでした。0.5mmのシムが8枚入っていましたが使わなくてOKでした。バンプラバーが飛んじゃってますね。リヤショックを両方とも外してスイングの動きを確認します。スイング本体は問題なくスムーズに動きました。リヤタイヤが付いてチェーンが付いた
皆さん3連休は楽しまれましたか?FIREしている私にとってはそんなのどうでもいいのですがw、しかしそうは言ってもそういうけじめは重要。となるとなぜか現役時と同様にそういう時には色々なweb記事をあさりに行って一気読みしたりしてしまうものなのです。そんな前置きの中で今日紹介したくなったのはこのサイト。ゆらたくヒストリーwww.mooncraft.jpレーシングカーデザイナーとして有名な方なのですが、最近の人は知らないかな?ちなみに私の世代でもモータースポーツに興味が無いと知
レストア中の当時物ビックウィッグのボディを新調しました。ステッカーはカスタマーに問い合わせた所、現在生産していないとの事…カナダ🇨🇦調達も考えたのですが、Yahooのフリマで発見💡ちょっとお高い買い物となりましたが、仕方ないので、時間優先で購入しました💦途中過程を一切すっ飛ばしましたが、今回もブルー部分はメタリックにし、ステッカーを貼って完成👍一度試走したら、殿堂入り(観賞用)になりそうです。😆
GC21ってのがありましてね。「富士GCを21世紀に復活させよう!」って由来拓也氏の肝いりで製作、レースも開催されていました。F3のシャーシをベースにムーンクラフト製カウルを装着、WEC富士1000kmなど耐久レースにも参加できたものの、メディアの完全無視による人気の低迷ですぐに消滅しました。まあ、デザインも由来拓也氏にしては「さほどかっこ良くない」のもありますが、メディアが全く取り上げなかったのは闇でしかないですね。
ご存じ紫電です。中の人はアメリカIMSAで走っていたライリー。これに由来拓也氏の製作したLMPっぽいカウルをかぶせたもの。元祖は富士GCで走っていたこちら。名前だけ借りた感じですよね。「名前だけ復刻」するんなら、これの名前も復刻できないかなぁ?「童夢ー零RL」って名前。こちらはフロントのトレッドを拡大した'81年型。こんなペチャンコな車がスーパーGTに出てきたら、ワクワクしますやん?似たようなコンセプトで製作するのって夢があると思うんです。デビュー戦の見出し文句は、もちろんこれw
1月に行ってきたFUJIMOTORSPORTSMUSEUM。Part6はMOONCRAFTMCS7を紹介します。富士スピードウェイで、'71年に始まった富士グランチャンピオンシリーズ。当初は2シーターでしたが、'79年からシングルシーターの参戦が許可されると、MOONCRAFTはMARCH製のシャシー部品を使い、自社製のボディーカウルを被せたMCS(ムーンクラフトスペシャル)を発売。続く'80年に、解良喜久雄氏と共同開発したRoyceRM-1で手応えを得ると、'81年からは前年の
JGTC初期に出ていた「CCIあめんぼうシルビア」。乗っていたのが服部尚貴/大井貴之のベストモータリングコンビwつか、はっちゃんは今スーパーGTの競技長じゃなかったっけ?ハチマキにもあるように、運営はムーンクラフト(JTCCのジャックスアコードも同じムーンクラフトでゼッケン14でしたね)。空力関係は由良拓也氏デザインによるものなんだけど、S13純正グリルを残してるのは何か意味があったのかな?特筆すべきは現在のGT300にあたるGT2クラスではなく、GT500にあたるGT1クラスへの参戦
グラチャンで走っていた紫電改なんですけど…こんなブサイクだったっけ?(客席前方に向かってオーマイガー)そうそう、これよコレw紫電の頃は格好良かったのに…。まだ、コレなら許せるとしてもだ!何でこんなとこに穴を開けちまうかね?案の定成績は出ず、最終的にはクラッシュして全焼でしたっけね?